第7話 嘘臭い話の開幕

――――半年ぶりの学校。


「今日、千堂さんお休みなんだ」

「みたい。それに山崎くんも休みだよね」

「うん、ねえねえ、知ってる? 二人って……」

「え? なになに?」


 女子たちはグループを作って、噂話に夢中。山崎の奴、また彼女でも変えたのか……色んな子からモテるなんて、ホントうらやましいよ。


 俺の前にもウザ絡みしてくる花山っていうリア充がいるんだが、その態度は以前と何か違っていた。


「はっはっはっ、おまえ半年の間にそんな冗談が言えるようになったんだな。感心したよ」


 俺の言葉を冗談だと受け取ったみたいで意外にも花山は腹を抱えて笑っていた。体育でしくじったときのように嘲笑う感じはまったくない。ただ、純粋におかしいから笑ったように思えた。


「いや、本当の話だから……」


 両親、警察、先生……大人たちに話したところで異世界に飛ばされたなんて信じてもらえないから、結局詳細は誰にも話してない。


 だけど、何故だか分からないが大人には信じられなくても同年代の子たちには信じて欲しいと思って、花山に向かって小声で答える。


「じゃあ、暇潰しに訊いてやっから話してみろよ」

「長いけど」

「飽きたら、勝手にどっか行く」


 なんという俺さまっぷり……


 ウザいか、ウザくないかで言ったら、やっぱウザい。けど、どうせ嘘だと思われても、話相手もいないから、俺は花山に異世界で起こったことを話そうとしていた。


 うぐぅぅっ……


 そのとき突然、強い痛みが四肢に走る。思わず机の上に突っ伏すように倒れ込んでしまった。


「おいっ! 大丈夫か? 保健室に連れて行ってやろうか?」

「だ、大丈夫……しばらくすれば収まるから」


 はあ……はあ……くっ……


 固有ユニークスキルを使ってから、それ以来ずっと続いていた【幻肢痛ファントムペイン】……こうやって、五体満足になっても続くなんてな。


 三十秒ほど続いた苦痛に表情は歪み、脂汗が滴る。だけど、俺はこいつのおかげでこうやって帰ってこれたんだ。これくらいどうってことない。そう思うとさっきまでの痛みは嘘のように消え去っていた。


「はぁーーっ、収まったよ」

「おいおい、マジで大丈夫なのかよ? 半年間も行方不明になってたんだから、無理すんなって。保健室に連れて行ってやんぜ」


 深く息を吐き、上半身をお越しながら花山の顔を見る。なんか、おろおろしてマジで俺を心配してくれてるっぽい。


「大丈夫だから。身体が痛いんじゃない。脳が痛みを憶えてるだけなんだ」

「よく分かんねえけど、次痛そうにしたら保健室送りにすっぞ」

「ああ」


 こいつ、そんなに優しい奴だったのか? ウザいから俺から絡もうとしたことはなかったが……


 花山が俺を心配そうに見つめていたとき、クラスの女子の視線が集まっていたような気がする。まあ、花山は脳筋だがイケメンだから、クラスの女子人気もあるからな。そんな奴の困った顔も女子にとったら、メシ旨なんだろう。


 特に眼鏡美少女の金子さんは花山をよだれを垂らしそうなくらい緩んだ笑顔で見てるから、かなりの面食いなんだと思った。


 花山は俺の前の席の椅子を勝手に借り、俺と対面する。訊ねる声は俺にも分かるくらい弾んでいた。


「その異世界ってのには、どうやって行ったんだ? あれか、トラックに轢かれるとかか?」

「いや、俺の場合は転生じゃない。転移だよ。その途中で死にかけたけどな」


 もちろん、異世界に転移したことで俺は命を取り留めたとも言える。あのままこの世界に留まっていれば、死んでいたかもしれないから。それは他の転移してきた人たちも同じだったかもしれないが……


 寝る前に親から語られる童話を楽しみしているように花山は目を輝かせ、俺の言葉に耳を傾けてくれていたので、まるで辛い過去を打ち明けることで楽になりたいという思いも重なり、話し始めた。



 * * *



――――異世界転移。


「こ、ここは……」


 さっきまでいた灰色一色の生命の感じられない世界と異なり、ひたすら高い天井に豪奢なシャンデリア、窓ガラスの一部にはステンドグラスが使われており、大きなドーム状の屋根や壁は白亜に輝いていた。


 それに装飾も王や騎士がドラゴンや様々な魔物と闘っているような英雄譚のレリーフが彫り込まれてある。明らかに日本ではなさそう。


 俺の周りには、ここに来る前に声をかけてくれた白樺さん、あと三人か居るが……みんな、ここがどこか知らずにキョロキョロと挙動不審気味に辺りを見回していた。


 上ばっか気にしてたけど、足下を見ると俺たちがここに来たときは蛍光塗料なんか目じゃないってくらいに紫や青、それに緑に輝いていた魔法陣っぽい図案はすっかり落ち着き、黒いラインと判別不能な文字が刻まれている。


 その魔法陣の外にはイカみたいな帽子ミトラとゆったりとした白い祭服カズラを着た僧侶っぽい奴らが円になって俺たちを囲んでいた。


「やった! 成功だ!!」

「これで我々は救われる!」

「勇者さまぁぁぁーーっ」


 まるで野外フェスのアーティストに煽られたように彼らの信者ファンのごとく拳を突き上げたりして湧く神官たち。


 明らかに外人ぽいのに言ってることが分かる。


 それとは真逆に何が起こっているのか、分からない人もいる。災害に巻き込まれ、何の因果か顔を合わせた俺たち五人。俺はこれほどテンプレな異世界召喚もないと、口元を隠して薄ら笑っていた。


(まさか、異世界に転移してしまうなんてな)


 そのときだ。


 バーンと金色に塗られた装飾の施された大きな扉が開いた。


「素晴らしいですわっ! 勇者さまが四人も。これで我がアラステア王国も安泰……」


 侍従、侍女を多く脇に控えさせ、現れたのは自分のふくよかな胸を抱きしめる女性。胸元がバニースーツのように谷間が強調され、鎖骨から胸の稜線は素肌をこれ見よがしに魅せる。


 背の生地も大きくえぐられ、肌をこれでもかとさらしていた。いかにも童貞を殺害するかのような胸元の開いた薔薇のように赤いドレスデコルテを身にまとったお姫さまっぽい人物が腕組みして震える。


 いや、五人居るよな?


「あの、あなたは……?」


 思わず、年長の白樺さんがお姫さまに問うた。


「申し訳ございません。名乗るのが申し遅れました。私、アラステア王国第一王女ユリエル・エイシャ・アラステアにございます。此度は我々の召喚に応じてくださり、感謝の極み。国王に成り代わり、お礼申し上げます」


 装飾の盛られたドレスの裾を摘み、美しいカテーシーで俺たちに挨拶すると白樺さんも姿勢を正し、敬礼を返す。


「本官は陸上自衛隊、仲志野駐屯地所属の白樺治憲しらかばはるのり一佐。応じるもなにも……召喚というのは、ここは俺たちのいた世界とは違う。その認識で違いないか?」


 顔まで筋肉の筋が浮かぶような白樺さんが鋭い目つきで童貞殺し姫ユリエルを見透かそうとしていたが、それに動じる気配もなくさらりと回答していた。


「はい、間違いございませんわ。ここはあなたがたの言う異世界、ドラガレア。神託により、あなた方にお越しいただいた次第です」


 残りの三人が名乗ったところでユリエルが赤く妖艶な口紅に彩られた口を開き、


「さあ、皆さま。このような場所で長話もなんです。宴のご用意をしておりますので、どうぞこちらへ」


 白樺さんたちを伴い、どこかへ案内しようとしていた。


 いや、俺忘れられてる。


「俺は桐島要って言います。よろしくお願……」


 急いで、童貞殺し姫ユリエルたちに挨拶しようと前に出ようとすると侍従の背中が当たり、突き飛ばされた。そそくさと勇者四人とユリエルたちは去ってしまう。


 ギィと音を立て閉まった大きな扉……


 えっ!? 俺、まさか勇者扱いされてないとか?


 去り際、一瞬だったがユリエルの麗しい顔が蛇蝎だかつ……いや、ゴブリンやオークを見かけてしまって、反吐へどが出ると言わんばかりに激しく嫌悪の眼差しに変わり、顔を歪ませていたのを見逃しはしなかった。


 明らかな格差……


 俺が呆然と召喚の間に立っていると後ろから声をかけられた。


「お姉さまが大変、失礼な真似をいたしました。心よりお詫び申し上げます。勇者さま」


 目元は童貞殺し姫ユリエルと違い、優しげだけど、顔の輪郭や鼻や口はそっくりの美姫。そこはかとなく漂う儚げな雰囲気が彼女が苦労人っぽいように思わせた。


「キミは……俺は桐島要。ただの高校生だ」

「私は第二王女のマリエルにございます」


 ユリエルに勝るとも劣らない美しい所作の見事なカテーシーで俺に丁寧に挨拶をしてくれた彼女そっくりの金髪碧眼の見目麗しい同い年くらいの女の子。


 陰キャ、オタク、小太りに優しいお姫さまが存在してたなんて。派手なユリエルよりもマリエルの方が落ち着く。白い清楚なドレスが彼女そのものを表すようだった。

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