第5話 曇りのち雨【香織目線】

――――お昼休み。


「ほら、手間賃」

「いや~、声かけするだけで五千円なんて、祐介くんは太っ腹!」

「あの手の子はこれが一番なんだよ」


 たまたま、体育館裏に立ち寄ると私に絡んできた男の子と山崎くんが話していて、封筒が手渡されていた。


 普通なら彼に幻滅して、軽蔑するところなんだろうけど、容姿も良くて、家もお医者さんやってて、人当たりのいいのに、私に対してそんな小細工することが意外に思えてくる。一通り見届け終えると彼らより先にその場を離れた。


 そんなことするほど私に価値はないよ。私の過去の容姿を見たら、きっと彼は幻滅すると思うけど。



 また放課後に彼が声をかけてくる。私に体育館裏でのやり取りなんか見られてたなんて、ちっとも思ってなさそうな顔をして……


「私、山崎くんに声かけてもらえるような子じゃないよ。ほら……」


 要ちゃんに撮ってもらった昔の写真を彼に見せた。かわいさの欠片もない、ただただ地味な私の。スマホの画面に見入る彼は答えた。


「化粧を落とした女の子なら、そんな子いっぱいいるから。結構びっくりしたことがあるなぁ~」

「やっぱり、山崎くんは経験豊富なんだね」


 女の子が男の子の前でお化粧を落とすなんて、よっぽど親しい仲じゃないと素顔なんて見せない。やっぱり派手に遊んでるんだ……


「私って、山崎くんが必死になるくらいなの?」

「えっ!? 何のこと?」

「見ちゃったの。私に声をかけてきた男の人にお金渡してるとこ……」


 彼は罰が悪そうに頭を掻いたあと、私から視線を外していた。


「ああ……見られてたのか。そうだよ、俺は千堂さんのことが気になってしまって仕方ない。けど、千堂さんは居なくなった桐島しか見ていない……汚い真似してでも振り向かせたいって思ったんだよ!」


 だけど、眉目秀麗びもくしゅうれいな彼が格好悪いところもさらけ出し、本当のことを語ってくれたことが逆に彼の印象を良くしてしまっている。


 手を握られ、熱い眼差しで私を見つめてくる。ずっと見てると雰囲気に流されてしまいそうになって、すごく怖い。


「ごめんなさい。今はまだ、そんな気分じゃ……」

「いや、こっちこそごめん。そうだよな、桐島は千堂さんにとって大事な人だったんだよな。すぐに忘れるなんてこと、できないか……」


 受け入れられないと分かると山崎くんは私の手を離す。するとどうしたことなのか、触れていた彼の手の温もりが恋しくなってしまっていた。


「そうだ。ウジウジしていても、気が滅入るだけだから、どこか遊びにいかない?」

「ありがとう。けど、今は……」

「そっか、そんなすぐに桐島のこと、忘れられないよな。ごめん、配慮が足んなくて」


 落ち込みながらもずっと要ちゃんを待ち続ける私を励ましながら、お誘いの話をくれる山崎くん。断っても、断っても嫌な顔一つせずに、また誘ってくれる……


 なんだかこう何度も断ってると、こっちが彼に対して申し訳なくなってくる。



 しばらくして彼のお誘いを断り続けていると、陰口を叩かれるようになってしまっていた。


「山崎くんに声かけてるのに、全然彼、振り向いてくんないんだよね~」

「なんかさぁ、最近彼って二組のあの~なんてったけ?」


「ああ、それそれ。千堂って中学んとき地味だった子。同中おなちゅうだから知ってる。なんか入れあげてるっぽいよ。あんなのどこがいいのかなぁ。私の方がかわいいのに」

「よく言うわ~、でも山崎くんも趣味悪いよね」


 女子トイレからそんな話が漏れてきて、彼女たちの影が見えたことでサッと壁際に身を隠した。制服を着崩し、襟元を大きく開けて、スカートは短くこれでもかと言わんばかりに生足を見せびらかす女子生徒が隠れた私の前を通り過ぎる。


 別に私は何も悪いことしてないのに……


 彼に少し声をかけられるだけで、これだ。もしも、もしもってことがあれば、彼女たちの嫉妬しっとくすぶった種火はすぐに燃え上がってしまうだろう。



 そんな日々を過ごしていると要ちゃんのご両親から呼び出され、一枚の紙を渡された。床の間のお仏壇には要ちゃんの写真が……


「良かったら、要の奴に手を合わせてくれるとうれしい」

「あの子、香織ちゃんのこと、すごく好きだったみたいだから……」


 うれしいも何もない。


 まだ、どこか生きてるって信じたい。けど、ご両親の手前、要ちゃんの写真の前で手を合わせるとおかしくなりそうだった……


 家に帰りもらった紙を見る。少し山手にある霊園の案内。細かく区画が分かれていて、まだまだらにしか埋まっていないところに丸がしてあった。


 週末、山崎くんからお誘いがあったけど、用事があるって断ったら、すぐに見透かされて「桐島のところに行くんだね」とメッセージが返ってくる。私は「うん」とだけ、返事した。



 日曜の朝、バスに乗りどんよりとした曇り空の中出かけ、案内に従い霊園内を歩くと目的の場所へとたどり着く。


「そんな……」


 先祖代々でなく、要ちゃんの名前だけが刻まれた墓碑銘に頭がくらくらとしてくる。彼の足取りも、手がかりも数ヶ月が過ぎようとしているのに何も出てこない。


 ご両親を前にして、まだ要ちゃんは戻ってくるかもしれないのに! なんて、とても言えなかった。二人は他人の私から見ても、とても憔悴しきっていたから……


 もちろん、墓石を暴いても要ちゃんの物なんて何も出てきやしない。けど、ご両親が愛情の分、立派なお墓を立てた現実を見ると彼は必ず戻ってくると信じて揺るがない心が、震度七クラスの地震にあったかのようにまともに立ってられずにぐらぐらと揺らいだ。


 ポタポタと髪に水滴が落ちる。さっきまで耐えていたのに空の涙腺が開いてしまい、ザーッと本降りへと変わっていった。


 傘……差さなきゃ。


 空はまるで私からもらい泣きしたようだった。考えとは裏腹に傘をバッグから取り出す気分になれない。突きつけられた現実を前にして、傷心する。


 濡れたままバスにも乗らず、山手からずっと徒歩で歩いていると……


 一台のバスが通り過ぎたあと、後ろから傘を差して追いかけてくる人がいた。


「風邪、引くから」

「うん……」


 何やってんだよ! って叱られるかと思った。山崎くんは、ずぶ濡れになった捨て猫のような私に傘をかざして、優しく肩を抱き寄せた。


「濡れちゃう……」

「気にしない。家、医者だからね」


 ふふっ、と笑う彼。脱いだジャケットをかけられると濡れて肌に張り付いたブラウスの上からまだ残った温もりが私を包んでくれた。


 道すがら、彼の優しさに当てられたのか、すがりたかったのか、分からない。あろうことか、私はそのまま彼の家に来ていた。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。

【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】

石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


よかったら見てくださ~い。

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