第4話 豚野郎【香織目線】

――――半年前。


「えっ!? 要ちゃんが行方不明……?」


 おばさんから、災害に巻き込まれたって聞いて、私は頭の中が真っ白になった。それ以来ずっと彼が無事、戻ってくるように祈り続けた。けど、一ヶ月、二ヶ月経っても何も変化がなく、手が掛かりさえ掴めていない。


 要ちゃんが居なくなって四ヶ月が経とうとしたときだった。


「千堂さん?」

「山崎くん……」

「まだ、残ってるの?」

「うん……」


 放課後、教室で戻ってくることを祈っていると、クラスの山崎くんから声をかけられた。要ちゃんとは正反対の彼。


「そこ、桐島の席だけど……」


 要ちゃんの席に座っていたので彼は不思議そうに私を眺めていた。要ちゃんは普段は口数が少なくて、ちょっとぶっきらぼう。だけど、山崎くんは女の子の扱いが馴れているというか、話し上手……


 放課後、こうやって要ちゃんの席に座ってると押し付けられた仕事を終えて、後ろから私の肩に手を置いて帰ろうと声をかけてくれる。ありえないって、思っていてもいつか彼が戻ってきて、そっと肩に触れてくれるんじゃないかと……


「うん、要ちゃ……桐島くんを待ってるから」

「一人で待つの、寂しくない?」

「ううん……大丈夫。山崎くんは先に帰ってて」

「分かった。それじゃ、気をつけてね」


 「うん、山崎くんも」と返事すると屈託のない笑顔で手を振ってくる。良くない噂も聞くけど、その日にどうかとか、身体に触れてくるとか、そんな嫌なことは全然してこなかった。むしろ凄く紳士って感じられた。


 それからというもの、山崎くんは私の待ちぼうけに付き合ってくれて、お互いのことを色々と話す仲になっていった。要ちゃんが居なくなって、心に大きな大きな穴の開いた私を慰めるかのように。


 山崎くんの声質は要ちゃんにどこか似ていた。そんな彼にどこか私は……


 高校に入って、変わったことがある。髪を下ろして、地味で野暮ったい眼鏡からコンタクトに替えると、


「ねえ、キミ……かわいいね。ちょっと遊びにいかない?」


 なんて男の人から声をかけられようになった。中学生のころなんてまったくそんなことなかったのに……


 だから、男の人から声なんてかけられると挙動がおかしくなってしまって、いつも走って逃げてたんだけど、その日は運悪く、しつこい人に絡まれてしまってた。


「すみませーん! その子、俺のツレなんです。ちょっとその手、離してもらえます?」


 要ちゃん!


 そう思って、振り向いて見た相手は……


――――山崎くん。


「よっ!」と片手を軽く挙げて、明るく私に声をかけてくれていた。


「くそっ、彼氏持ちかよ」


 私を無理に連れて行こうとした男の人気は、プッと唾を吐いてどこかへ消える。山崎くんは心配そうに私を見てくれていた。


「大丈夫だった? 怖くなかった? もしかして、余計なことしちゃった?」

「怖かったです……助けてくれてありがとうございます」


 お礼にチェーン店のカフェで、と言ったら逆に彼におごられてしまっていた。お小遣いをたくさん貰えてるから、と。


 透明なカップに緑色のストロー、彼の物は濃い琥珀色。私の物はベージュ色。少し表面に水滴のついた容器をお互いに啜りながら、話していた。


「そっか、二人は幼馴染なんだよな。もしかして、千堂さんって、実は桐島と付き合ってた?」

「あ……うん……要ちゃ、桐島くんが噂されると面倒だから、学校じゃ内緒にしておこうって……」


 要ちゃんと学校ではほとんど話すことはなかった。同じクラスだったのに。けど、いつもメッセージのやり取りをしたり、放課後はどちらかの家で遊んだり、話したりしていた。


 私がミルクティーに口をつけていると、彼が訊ねてくるのでそのまま、上目遣い気味に彼の目を見る。せていて、目鼻立ちのはっきりした優しそうな顔。


「いつから?」

「中学から」


「へ~、そうだったんだ。全然、気づかなかった。でも意外だな。桐島って、そんなモテそうにないからさ。千堂さんみたいなかわいい子が彼女だなんて、うらやましいよ」


 多分、要ちゃんは周りからそんな風に言われるのが嫌で黙っていようと口裏を合わせていたんだと思う。


「何で千堂さんってかわいいのに、こう言っちゃあいつには悪いけど、桐島となんか付き合ってたの? 他にいい奴いっぱい居たでしょ?」


「あ、うん……あのね、私って高校まで地味で目立たなくて、はっきり言ってかわいくなかったから……コンタクトと髪を下ろした方がかわいいって教えてくれたのは要ちゃんなの」


 山崎くんは要ちゃんの容姿と私が釣り合わないように思っているようで、腑に落ちてない。


「う~ん、じゃあ二人はどういう経緯で付き合ったの?」

「それは……」


 私は山崎くんに私たちに起こった昔のことを話した。



――――小学校の頃。


「あーっ! ブラジャー落ってぞ」

「誰だぁっ、こんなえっちなもん付けてる奴はぁ?」

「捕ったどぉーっ!」


 ホックをつなげて、ぶんぶんブラジャーを回す男子たち……私は成長が他の女の子より少し早くて、胸が小学生にしては大きかった。だから母親からブラをするように言われ、つけていた。


 でも、運悪く風で飛ばされたのか、落ちている私のブラを男子に拾われてしまって、引っ込み思案の私はとても名乗り出ることができないでいた。


 そのとき……


「それ、俺のなんだよ。返してくれよな」

「これ……桐島の?」

「マジ?」

「そうだよ、見りゃわかんだろ! この俺のおっぱい見りゃよぉ!」


 要ちゃんは体操着を脱ぎ捨て、上半身裸になり私のブラを吊り上げてる男子に向かって堂々と宣言して、唖然あぜんとする彼らから取り返してくれたの。


 そのあと、私の家によってくれて……


「うい」


 恥ずかしいのか、私と目線を合わせず顔を赤くして、布に包んだ私のブラを差し出す。


「ありがとう」

「ガキくさい馬鹿どもが見るに堪えなかっただけだから、礼なんていい」


 照れ隠しなのか、そんなことを言い終えるとすぐに家に戻ってしまった。


 ときどき、その身体のせいで男子たちから胸を揉まれてた要ちゃん。豚野郎という渾名あだなから、ブラ野郎って、それから卒業するまでクラスメート全員から蔑まれ馬鹿にされてたけど、私にはあいつらに何も言うなって、口止めしてた。


 もうそれ以来彼が私意外の他人と積極的に関わることはなかった。



 そんな昔話を話し終えると山崎くんは感心したのか、驚いたのか目を丸くしていた。


「なにそれ……あいつ、そんなに男気のある奴だったの?」

「うん……あんまり他人と話さなくなったから、誤解されてるんだけど……」


 クラスメートにそんなこと話したことなかったけど、久々に要ちゃんのこと訊いてもらえて嬉しかった。ずっと要ちゃんを待ち続けた私だったけど、あることで心が折れてしまって、私は山崎くんに依存してしまう。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。

【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】

石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


よかったら見てくださ~い。

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