第2話 デリート

 俺はラブホの階数を確認もせずに窓を開いて、そのまま飛び下りていた。


「要ちゃーーーん!」

「桐島ぁぁぁーーーっ!」


 上から二人の声が響いてくるが、俺の身体はすでに宙を舞っていて、どうしようもなかった。一瞬で大地が迫ってきて、俺の身体は叩きつけられることだろう。だけど、俺の中での時間は不思議とゆっくりと流れた。


 思い出すのは香織と付き合い出した頃の良い思い出ばかり……


『俺、香織のこと……ずっと前から好きだった』

『うん……私も』


 たどたどしくて雰囲気もへったくれも、くそもない俺の部屋での告白。だけど香織はOKしてくれたことが、ただただ嬉しかった。そんな初々しかった彼女はもういない。クラスメートと手をつなぎながら腰を振るただの他人。


 美しい思い出が走馬灯のように脳裏に流れていたが、さっき目の前で起こっていたことが思い浮かんだときに現実にクレーンにでも吊られたのかと思うほど、強引に引き戻され、凄まじい衝撃が足に走り、俺の身体はゴロゴロと駐車場のアスファルトの上を転がった。


 俺は飛び下りたが、死ねなかった。下を見ずに窓から飛び出すなんて、もうやけくそだ。だけど、あんなの見てしまったら、正気を保ってなんかいられない。


 死ぬはずだったのに、かすり傷程度で済んでる。気になって見上げると三階で香織と山崎が飛び下りた俺を見ていた。そりゃあの高さじゃ、死ぬに死ねないか……


 二人が何か言ってたが、もう見たくもねえ! 少しすると痛みも和らいだのでラブホの敷地をでると見慣れた駅前。


 傷心に打ちひしがれた俺は、一人寂しく転移する前の記憶を頼りに自宅へと戻った。


 受動パッシブスキルの空中散歩エアウォーク衝撃緩和ショックアブソーバも発動してなかっただろう。白樺しらかばさんに五点着地を習ってなかったら、骨折してたかもしれない。鈍くさい俺が生き残って、あの人が死んでしまうなんて……


 だけど、生き残って無事、帰ってこれた俺もこのざまだ。本当はあの人が帰ってくるべきだったんだよ。俺は半べそかきながら、異世界でリーダーをやってくれていた人に思いを馳せた。



 * * *



 せっかく異世界で制服っぽい服をわざわざ作ってもらったのにちょっと破れてしまった。マリエルは全部、絹に、とか言ってたけど綿でお願いしておいた。俺みたいな庶民がそんなのきてたら、それこそ奢侈しゃしってもんだ。


「ただいま……」

「!?」


 荷物は全部転移したときに失ってしまってたので、家の鍵すら持ってなかった。だからインターホンを押して、俺だって母さんに伝えたら、ドアが開いた瞬間、抱きしめられた。


「どこ行ってたのよ……」

「あ~その……俺の知らないとこ……」


 異世界に行ってたなんて言っても、信じてもらえないだろう。母さんは驚いていたが、落ち着いたあと父さんに連絡したようで、父さんは仕事を早退したのか、すぐに家に帰ってきた。


「要ぇぇぇ!!!」

「そんな抱きつくなよ、暑苦しいって」

「何言ってんだ、これが抱きつかずにいれるか」


 両親に訊いたら、俺がいなくなって半年が過ぎた頃に失踪届しっそうとどけが出されて、受理されてしまったらしい。


 それで保険金が下りて、俺の墓まであるとのこと……何の痕跡もなく、消えて両親は絶望に打ちひしがれてしまったらしい。


 その晩なんて、保険金があるから何でも好きな物を買ってやるとか、やたら甘やかされた。いや、保険金……俺が生きてたんだから、返さなきゃなんねえんだろ。


 母さんはエプロンして、ハンドミキサー片手にケーキを作る気満々。そのあとも俺の好きなメニューばっかり出てきて、満腹になった俺の腹から何か産まれそうだった。そういや、異世界でもそんな話もあったっけ。思い出したくもねえけど……



 ――――次の日に……


 俺は色々両親やら警察から根ほり葉ほり訊かれたが、夢のような世界をさまよっていたとか、適当にお茶を濁すような回答をしていた。


 はっきり言ってそんなことより、気になっていたのが香織のこと。直に香織が寝取られてた場面が何度も過ったことで耐えられなくなっていた。


 はっきり言って、香織が山崎相手に嬉しそうに突かれてるシーンがリピートしてしまい、昨晩もまともに寝れてない。異世界で辛いこと、苦しいことがあっても生き抜けたのは香織と再会できることをずっと楽しみにしていたから……


 半年、半年だけ待っててくれたら……何でそれができなかったんだよ!!!


 お姫さまやら、女騎士やら、魔王の誘惑にも屈せず、童貞を貫いたというのに香織はあっさり俺以外の男に処女捧げてしまうなんて、すべての努力が無駄に思えてくる。


 一分一秒でも、くそったれた寝取られシーンを……いや、幼馴染という存在を脳みそからほじくり返して、記録された肉片を切断分離して消し去りたい衝動に駆られていた。



【デリート!】



 異世界でやってたようにこめかみに指を当て、拳銃を打つ真似をした。


 なんてな。


 異世界じゃ、ちゃんとステータスバーが表れて、


【記憶をデリートしますか?】


 はい  ←

 いいえ


 みたいに訊ねられたもんだ。向こうじゃ、望郷の念に駆られて暴走したり、死線をくぐって仲間を失ったりして、メンヘラやPTSDになる召喚者が続出してたから。


 そんな召喚者たちの病める精神を和らげるために召喚者と異世界人の共同で創られたスキル、デリート……


 俺も後半はツラいことばっかだったから、メンタル保つために世話になりっばなしだった。まあ、それもこっち戻ってきたら、蘇って来ちまってるけど……


 飛び下りたことで分かったが、異世界でのスキルが生きてるはずがない。それでも何だか嫌な気分が楽になった気がした。


―――――――――あとがき――――――――――

新作書きました。

【勇者学院の没落令嬢を性欲処理メイドとして飼い、最期にざまぁされる悪役御曹司に俺は転生した。普通に接したら、彼女が毎日逆夜這いに来て困る……。】

石鹸枠の悪役に転生したラブコメです。


https://kakuyomu.jp/works/16817330665423914887


よかったら見てくださ~い。

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