第11話 花菜の過去

2011年6月。


23歳の皆藤花菜は小さな工場に就職し、事務員として働いていた。


この日は毎年6月に行われる社員旅行。

熱海のホテルに一泊し、次の日に観光して帰るプランだ。


断る事が苦手な花菜は、他の女性社員から誘われたため参加する事にした。


参加者は全員で14名。


花菜はこの頃からよく気が利き、周りに対してよく"尽くす"タイプだった。お菓子や薬などを配ったり、率先して荷物を持つなど周りに対して必要以上に気を配っていた。


そんな花菜の行動を悪い方向に勘違いした人物がいた.....


それが主任の島田和彦だった。


「島田主任、ご気分悪くないですか?酔い止めなど持ってきてるので言って下さいね!あ、お腹空いてないですか?お菓子もありますよ。」


「じゃあ、もらおうかな。いつもありがとう!花菜ちゃんはいつも頑張ってるね!今日は楽しもうね。」


「全然、頑張ってないですよ...主任も楽しんで下さいね!」


14人を乗せたマイクロバスがまず到着したのはバーベキュー場だった。


ここで昼食を取ってから旅館に向かう。


バーベキュー場でも、男性社員が沢山いるのにも関わらず、肉を焼いたり、お酒を配ったりと花菜は忙しく動いていた。


「島田主任、ビールいかがですか?お肉も焼けましたよ!」


「ありがとう!花菜ちゃんはいつも俺が欲しいタイミングで欲しい物くれるよね!」


「いえいえ、偶然ですよ。」


花菜は特に島田のために動いている訳でなかった。


今回の旅行では、他に女性社員は3名いるのだが、3名とは特に仲がいいわけではない花菜にとっては、色々と動いていた方が気持ちが楽だったからだ。


バーベキューの後はホテルに到着。


ホテルでは最初に自由時間があり、その後は宴会場の個室で夕食、就寝前にまた自由時間、といった予定だ。


最初の自由時間で女性3人にお風呂に誘われた花菜は大浴場にいた。


「お風呂上がったら、洋服のまま?それとも浴衣着る?」


「わたしは浴衣着る!牧田先輩誘惑しちゃお!」


「あなたも牧田先輩ねらってんの?じゃあ私も浴衣かな.....」


「牧田先輩以外はおっさんしかいないじゃん!っていうか、牧田先輩来てなかったら社員旅行なんて来てないっつーの!」


「それな。じゃあ皆で浴衣ってゆー事で!皆藤さんもね!」


「分かりました。浴衣ですね!」


花菜は正直乗り切ではなかったが、皆に合わせて浴衣を着る事に決めた。


浴衣に着替えた4人は夕食会場に向かう。


夕食会場は個室で、4つのテーブルに分かれていたため女性4名は同じテーブルに座った。


「皆さんいつもご苦労様です!今日は日頃の業務を忘れて楽しんで下さい!お酒は飲み放題なのでじゃんじゃん飲んで構いません!それでは乾杯!」


「乾杯!!」


部長の挨拶で夕食が始まった。


最初は皆、各々のテーブルで食事を楽しんでいたが、女性4名はお酒を注ぎに他のテーブルを周った。


少し経って、お酒が回って皆が酔いはじめると


「牧田さーん!隣座っていいですか?」


「部長!部長も飲んでますか!?」


「おいお前!飲みが足りないんじゃないのか!?」


女性3名はいつの間にバラバラの席になっており、花菜は1人孤立していた。


そんな花菜に島田が声をかけた。


「花菜ちゃん。こっち来て一緒に飲まない?」


「お声かけ下さってありがとうございます。」


「そんなに固くならなくていいよ、花菜ちゃん浴衣よく似合ってるね、可愛いよ。」


「いえいえ、全然そんなことは.....」


「このお酒知ってる?結構強いんだけど美味しくてさ。お気に入りなんだよね。花菜ちゃんも飲んでみて!」


「あ、はい。ありがとうございます。....あ、美味しいです。ありがとうございます。」


花菜には正直かなり強く、口に合わなかったが断れず飲む事にした。


「花菜ちゃん付き合ってる人とかいるの?」


「いないです。私なんて誰も相手しないですよ。」


「そうなの?勿体ないよ、まだ若いのに。スタイルもいいし、気が利くしモテると思うけど。」


「いやいや、本当男の人に縁がないんで...主任こそモテるんじゃないですか?」


「俺はそうだね、経験豊富だから花菜ちゃんに色々教えられるかも。」


花菜は正直、恋愛話しなどは苦手だったので早くこの時間が話終わらないかと思っていた。


20分ほど話した所で


「花菜ちゃんの連絡先、聞いてもいい?」


「いいですよ。あんまりメールとかした事無いですけど...。」


花菜は島田とメールアドレスを交換した。


その後はビンゴゲーム等の余興を皆で楽しんだ後に解散。21時以降は各々が自由に過ごす予定だ。


「牧田さんとどこかに消えた誰かさんは置いて、皆藤さんも一緒に3人で飲み直さない?」


花菜は女性2人から声をかけられたが


「酔ってしまって体調が悪いので、先に寝ますね。本当にごめんなさい。」 


花菜にしては珍しく、誘いを断った。

実は島田に薦められたお酒で、花菜はかなり酔っていていたのだ。


宿泊する部屋は


女性4名は同部屋、男性10名のうち部長、係長、主任の役職3名は個室、残りの7名は3名と4名の大部屋に宿泊する事になっていた。


花菜は部屋に戻ると、すぐに布団に横になってしまった。


少しウトウトしていると、携帯に主任の島田からのメールが届いた。


島田:花菜ちゃん、今部屋にいる?俺、ちょっと体調崩しちゃって熱があるみたい...薬持ってたよね?届けてもらってもいいかな?


どうやら主任が体調を崩してしまったらし

い。


花菜:大丈夫ですか?すぐ向かいますね!

お部屋番号教えていただいてもよろしいですか?


島田:東館の306。助かるよ!ありがとう!


花菜は薬が入ったポーチを持つと、島田の部屋へと向かった。

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