第9話 公園での電話
浩哉が花菜をお茶に誘った次の日、LINEの返事が無かったため、休憩中に浩哉は花菜に直接謝罪した。
「昨日はごめんね。仕事終わった後もあんまり遅くまで事務室に2人でいるものどうかと思って。」
「謝らないで下さい。悪いのは私なんで.....
本当ごめんなさい。あ、これ私のお気に入りのお店のマカロンです!食べて下さい!」
「ええ!マカロンって高いじゃん。めっちゃ甘いけどめっちゃ美味しいよね〜!本当いつもありがとう!」
花菜はちょっとした事でも、お礼に何かくれたり、謝る時もお菓子などをくれる事が多かった。
普通であれば、悪いので今度から買ってこなくていいからね?と、なる所だが、花菜は何度断っても必ず渡してくるので浩哉はそのうち素直に受け取るようになっていった。
お返しなどしようものなら、さらに3倍返しでお返しが返ってくるので逆に花菜の負担になると考え、お返しも滅多にしないようにした。
浩哉はそのかわりに少し大袈裟に、必ず「ありがとう」とお礼を伝え、少しオーバー気味に喜ぶようにした、その方が花菜が嬉しそうだったからだ。
「それと、チーフに提案なんですけど、休憩室がダメなら電話で話しませんか?」
(う〜ん、訳がわからん.....話しはしたいけど表では絶対に会いたくない!と言う事なのか?)
「分かった、じゃあ花菜が家に着いたら電話してくれる?俺は事務室で話してから帰るからさ。」
「はい!分かりました!」
それからは仕事の後、花菜は家で、浩哉は事務室で電話で話すようになった。
ただ、いくら仕事の後とはいえ他の人が働いている時間に、職場内でプライベートな電話で盛り上がるのも、浩哉にとっては少し気まずかった。
何より、この食堂の事務室は閉め切る事が出来ないオープンな空間のため、会話内容が表に漏れて聞こえてしまうのだ。
そのため浩哉は仕事を少し早く切り上げ職場近くの公園に行き、そこで花菜と電話で話すようになった。
公園では会話を聞かれる心配もないため、いつしか会話の内容はプライベートな話題になっていった。なにより、対面で話すよりも花菜が驚くほどよく喋るのだ。
「皆藤さんは、友達からなんて呼ばれてるの?」
「友達はいないですね.....昔は花菜ちゃんって呼ばれてました。前任のチーフも花菜ちゃんって呼んでましたよ。」
「前任のチーフって中本さん?そっか、じゃあ俺も今日から花菜ちゃんって呼ぶね!」
「はい、どんな呼び方でも大丈夫です。」
「じゃあかなっぺでもいい?」
「チーフが呼びたいならそれでもいいですよ!」
「でも、よく考えたら美味しそうな渾名だし、2人ともお腹すいちゃうと困るからやめとくね!」
「それはカナッペですね」
「正解!」
そんな他愛のない会話で盛り上がっていたが
前任のチーフ中本さんの事が気になった。
中本さんはあまり口数が多くなく、女性を名前呼びするようなイメージが無かったからだ。
「中本さんとも、電話で話したりしたの?」
「たまに、電話かかってきましたよ。仕事の相談とか、愚痴とかよく聞いてました。話しが長いのでいつも1時間以上は喋ってました。」
(そうなのか.....そんなに長く?誰とでもそうやって電話だったら話すって事か?俺と特別仲良かったわけじゃないのか?あんまり言いたく無いけど、あの中本さんだぞ?)
浩哉の中にいつの間にか、嫉妬心のような、対抗心のようなものが芽生え始めていた。
「花菜は電話だったら、どんな男の人ともプライベートな話しするんだね。」
「そんな訳ないじゃないですか.....花菜?今呼び捨てにしましたよね?まあ、良いですけど。」
「だって、俺の方が中本さんより花菜と仲良いから。」
「そうですよ。中本さんからの電話は、上司なので断れなかっただけなので、プライベートな話しするのはチーフが初めてですよ。」
「そっか、それは素直に嬉しいな。そういえば花菜って呼んでみて分かったけど、とっても響がいいし、女性らしくて素敵な名前だね。」
「恥ずかしいので、やめて下さい。言われた事無いです。」
「本当?名前もそうだけど、性格も見た目も女性としてすごく素敵だと思うよ。」
「チーフ大丈夫ですか?もしかして酔ってます?」
会話の内容は、他愛もない話しから、まるで女性を口説いているかのような内容に変わっていた。
花菜もまんざらでもなく楽しい時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか時計は夕方19時を回っていた。
「ごめん!こんな時間になっちゃった!お子さんと旦那さんは大丈夫?夕飯とか作らなくちゃだよね?」
「私こそごめんなさい!チーフこそ奥様大丈夫ですか?うちはまだ、子供が塾から帰ってきてないし旦那はいないので」
「俺は子供いるわけじゃないし大丈夫だよ。それより、旦那さんいないってまだ帰ってきてないって事だよね?」
「いえ、そう言う訳ではなくて.....」
「ごめん、ごめん、色々あるよね!話したい時に話してくれればいいよ。」
「実はわたしシングルマザーなんです。隠しててごめんなさい。今日は時間も遅いので...また明日話しますね。」
「あ、待って!明日は.....」
プツッ!ツー.....ツー.....ツー.....
花菜は話してしまったことを少し後悔するようにいきなり電話を切った。
浩哉は次の日の夕方は本社で会議があったのだが、花菜の話しが気になって仕方なかった。
(シングルマザーなんて、隠すほどの事じゃないと思うんだけど.....まあ、花菜の方から明日と言ってくれたのだから、明日は会議を休んで詳しく話を聞いてみよう.....)
次の日、浩哉は初めて会社の会議を欠席した。
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