一話 シグマな彼

 十二月二十三日、某所。

 時間にして午後五時過ぎといったところ。


 あと数日もすれば一年が終了する年末シーズン。

 思い返してみれば今年も色々あった、あっという間だったと一年を振り返る時期。

 しかしながら、感慨に浸るのはまだ少々早い。何を隠そう明後日はクリスマス。さらに明日はその前夜祭とあってクリスマスイブと、民衆のみならず、企業も率先して大々的に盛り上げるイベントが控えている。

 一年に一度訪れるイベントを鑑みても殊勝に賑わうだろう。


「————であるからして。このままでは少子高齢化が加速する一方であります。数十年前まで逆ピラミッドと言われた年齢構成。しかしながら、今では高齢者すら減り続ける勢い。このままでは日本が外から来た国の者に乗っ取られてしまう。現に今も尚、数少ない土地が外国人の所有権となっている。だからこそ、今こそ日本人の日本人による日本人の為にレ◯プ合法化をッ!性教育での実技導入をッ!数少なき若者に未来をッ!少子高齢化に一手をッ!立ち上がれ我らが——」


 多くの人々が行き交う駅前繁華街。

 その一端では今、宙に三十センチ程浮く街宣車の上で、熱心に自らが思い描く少子高齢化対策を訴えていたスーツ姿の中年男性が、頭から地面に倒れた。


 拡声器による騒音は、無駄によく通る声を相まって駅前周辺に響かせていた。


 それが突如途絶えたのだ。


 都合、演説に耳を傾けていた人、ただ道を歩いていた人、タクシーを確保するべく並んでいる人、さまざまな人々が中年男性に注目する。


 近年、年齢を重ねるにつれ頭頂部は段々と寂しくなり、禿げ散らかしていた頭の左顳顬こめかみあたりには、九ミリほどの穴が開けられ血が流れている。

 さらに目は見開かれたまま、首は明後日の方向を向いていた。


 数秒の沈黙の末、演説を特等席で拝聴していた数人が絶叫する。


「う、うわああああ!!」「だ、大丈夫ですか!?」「しっかりしてください!!」「あ、目が合った」「誰か救急車を!!」「早くここから逃げろ!!」


 誰もがああだこうだと騒ぎ立てる。その喧騒を聞きつけ、今度はなんだなんだと野次馬が騒動の源へと足を運んでいく。


 そんな中、黒のコートを羽織った男は一人踵を返し、皆々とは逆の方向へと歩き始めた。


 男は突っ込んでいたポケットからスマホを取り出す。九月に購入したばかりの最新型スマートフォンのハイエンドモデル。色はゴールドだが、破損防止の為防弾式の黒色のスマホケースが装着されていた。

 画面のロックを解除すると、どこかへ電話を繋ぐ。


 三回コールの末、反応があった。


「……モシモシ」


「あぁ。俺だ、ソフィ」


「オレオレ詐欺ハ間に合ッテイル」


「…………」


 電話の相手は女性。

 その滑舌やイントネーションからして日本人ではないことが窺える。

 しかしながら、ややカタコトながらもなかなか流暢な日本語を口にしていることから、滞在歴は長いのかもしれない。さらに開口一番「もしもし」を使用するなど、日本に親しんでいなければ出てこないだろう。


 だがそれに構った様子もなく、逆に不機嫌な雰囲気になっているのが通話をかけた側。


「もうお前の依頼は受けない。次回からは別の人材を雇うんだな」


 数秒後、男の口からは電話相手に対し辛辣な言葉を投げかけられた。


「マテ。冗談ダ、ヤマダ」


「……ソフィ、お前の冗談はいつも古臭い。もっとユーモアに溢れるジョークは言えないのか。後、今の俺は山田じゃないといつも言っているだろう?」


「ソウダッタナ、シグマ。ソレヨリモ——」


「既に依頼は片付いている」


 山田もといシグマと名乗る男は、ソフィという電話相手の女性の言葉に覆いかぶさるように言い放つ。


「ソウカ、ワカッタ。後ハコチラニ任セレオクトイイ」


「あぁ、頼んだ」


「報酬ハ、ドウスル?」


「そうだな、今からそちらに向かおう。その時に改めて話をするとしよう」


「ソウカ、ワカッタ」


「あぁ、では失礼する」


 そういうと男は耳介じかいからスマホを離し、画面の赤いボタンを母指で押す。

 時間を確認後、スマホを握ったままポケットへ再び突っ込むと、フッとシニカルチックな笑みを浮かべ、どこへともなく人混みへ紛れた。



 ーーーーーーーーーー



 駅へ歩み電車に揺られること数駅ばかり、やってきたのは電気街。

 電気街といっても今は昔の話で、現代ではアニメ関連や漫画といったサブカルチャーに精通しており、さらにいえばアイドルなどのイベントも数多く開催されている。

 いわばオタクの街とでもいうべきだろうか。

 しかしながらそういったオタクの街も、今では表通りばかり盛んで、一度ひとたび通りを外れれば廃ビルが立ち並んでおり、哀愁漂う雰囲気を醸し出している。


 男は目的の駅で下車すると、そのまま駅を出て表通りではなく、ビルの合間を進み裏通りへ。

 やはりこちらは表に比べると人々の姿はかなり少ない。さらにすれ違う人も観光客というよりかは、何かしら訳ありの風貌の者が多い。


 しかしながら、こちらの自称シグマなる山田も全身を黒のコートで身を包んでおり、おまけにフードも被って顔を隠しているため怪しさでいえばどっこいどっこいである。


 もしかしたら、周りと比べればこちらが一歩先を行っているかもしれない。

 否、逆に街に溶け込んいでる、とでもいうべきか。


 その昔、黒のコートに二本の剣を背負った英雄の戦士へ憧れ、その姿格好を真似た輩が激増した時期があったという。その事実を加味するならば、寧ろこちらの方がナチュラルな風貌と言えるだろう。


 そんなこんなで歩くこと数十分、山田が訪れたのは数少ない営業中のビル。

 こちらのビルは地下一階、地上三階建となっており、地上一階にはエレベーター乗り場と地下へ続く階段のみ。

 山田は二、三度周りを見渡すと、そのまま中へ入りエレベーターへ乗り込み、任意のボタンを押す。


 数秒の末、チンッと軽快な音と共に一歩踏み出す。


 彼がやってきたのはビル二階にテナントを構えるメイドカフェ。

 しかしながらこちらのメイドカフェ、昼と夜ではそれぞれ違う顔を持つ二毛作店である。昼は名前通りメイドカフェとして営業し、夜はBARを営んでいる。


 そして、ただいまの時刻午後六時前。既にカフェとしての営業は終了しているが、BARとしてはやや早い時間帯であった。


 ちなみにこちらの店、名を『メイドカフェ 悪事千里』という。

 一体、何をどう考えたらこの名前に結論づいたのか。もっと可愛らしいフリフリで、メイドメイドしている名前はなかったのか。それともオタクに対する皮肉なのか。

 こちらに訪れる度に嫌でも気になってしまう山田である。


「…………」


 今回も毎度よろしく店名への疑問を抱きつつ、ドアへ手をかける。


 こちらのドアは、全体的に焦茶色で木目調となっており、所々に様々な装飾が施されているアンティーク仕様。

 更に半分ほどより上が、霞仕様の型版ガラスになっている為、店内は窺えないようになっている。

 そんな無駄に洒落ているドアには小さな看板がかけられ、そこにはclosedの文字。


 山田はその文字を気にすることなくドアを引く。決して文字の意味を理解していないわけではない。


 カランコロン。

 ドアベルの音と共にいらっしゃいませ。


 店内はこじんまりとしており、カウンター席が四つに二人掛けのテーブル席が六つ。広さにして八坪ないだろうか。

 さらにカウンターを正面として、向こう側の棚には多種多数なお酒が綺麗に陳列されている。

 皆が想像するテンプレ的なBARというやつだろう。

 本当にここは日中メイドカフェなど営んでいるのだろうか。


「……ン、キタカ、シグマ」


「あぁ」


 声の主へ視線を移すと、そこには背中ほどまで伸びた綺麗な金髪に宝石のような翡翠色の瞳を持つ女性がいた。

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