第5話 雨もたまには止む

あれから随分と時がたった。

それでもまだ、自分の長所を見つけることができなかった。


私が考えている中、数人、また数人と自己分析シートを提出していた。

なぜそんなにも早く自己分析が済むのか甚だ疑問ではあったが、羨ましくもあったことは否めない。


チャイムが鳴った。

ついに私は与えられた課題を終わらせることができなかった。


「終わらなかった者は放課後までに職員室に持ってくるように。」


そう言って担任はクラスを出た。


面倒な課題を持ち越してしまった。

そんなことを考えていると、桜庭さんに声を掛けられた。


「自己分析シート、終わらなかったの?」




「うん」


「長所から全然進んでないじゃない!思いつかないの?」




「うん」


「一緒に考えてあげるよ。高橋君の長所かー。」

彼女はペンをその膨らませた頬に当てながら考えてくれた。


正直、桜庭さんさんはかわいい。男女ともによくモテる。男子は特に。ファンクラブがあるとかないとか噂になるほどだ。いつも誰かに囲まれて、笑顔を絶やさない。困ったら誰かに助けてもらえる。僕と違って。なぜここまで世渡りが上手いのか。そんなことを考えていると彼女は机の上に置いていた本に興味を示した。


「図書室の本だね!つぁらとすとぅら?」


「ツァラトゥストラ。」


「よくこんなに難しい本読めるよねー。頭いいよね!どうしていつも難しい本を読んでるの?」





「暇だから」

彼女は少し驚いたふうな顔でこちらを見ていた。


「暇でこんな難しいのが読めるなんてすごいね、、」

彼女は気まずそうに苦笑していた。これだから人と話したくないんだ。またおかしな奴だと思われた。いつもそうだ。


暇だから読んでいる。それは本当だ。読みたいものもないし、話したい人もいない。小説はすぐに読み終わってしまうし、人と話しても話の内容が途中で大体分かってしまう。だから最後まで聞いても仕方ないし、聞いたところで意味もない。

だから少し時間のかかるものを暇つぶしで読んでいるだけだ。


「それって才能だよ!」




「え?」




「ほかにも難しい本たくさん読んでそうだから知識とかすごそうだしさ!

長所は思考力があるとか、教養があるとか書いてみたらどうかな?」


彼女は眩しすぎる程の笑顔でそう言った。


この程度を長所と書いて良いのだろうか。ツァラトゥストラを読んでいる程度で。

僕なんかニーチェに比べたら思考力も知識も足元にも及ばない。いや、比べること自体が失礼だろう。思考力がある人間というのは、ニーチェだとかパスカルだとかそういう人間たちではないのか。

知識についてもそうだ。単に一定の分野において一定の知識があるから、その人は教養人であるというのは、余りに粗末な理屈だ。近しいものはあるにせよ、それはあまりに短絡的であろう。


そう彼女に尋ねてみたい気もしたが、またおかしな奴だと思われるのは御免だ。


「うん。ありがとう。」


そう言って、彼女の言った通り、自己分析シートを提出してきた。




やっぱりちょっと気になる。後味の悪い、じめっとした気分だ。





将来の夢:哲学者?

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