第3話 雨はまだ自分を知らない
チャイムが鳴った。
今日は自己分析の時間だ。自分自身について深く探求することで、来年からの進路選択に役立てるらしい。正直、あまり乗り気ではない。
配られたプリント(自己分析シートと記されている)には、将来の夢、自分の長所短所、特技など、自分自身を評価するための欄がびっしりと詰め込まれている。
僕の人格や思考、行動原理ともいうべきだろうか。自分自身でも気づいていない無意識の領域にすら足を踏み入れられ、それらに対して、厳格に調査される。
まるで自分が囚人で、取り調べを受けているようだ。
しかし、取り調べを行う警官もまた自分自身であることが厄介かつ奇妙なところだ。
火曜日の一時間目に設定されている
現実味がないからだ。働いた経験もなく、学問を修めたわけでもない、まだ何者でもない人間がどうして将来のことなど決められようか。
僕は将来について考えたことがないわけではない。分析したことがないわけでもない。
しかし、毎回最後まで決めることができない。
学生時代に決定した進路はその後の人生を大きく変えるものだ。そして、どのような決断を下したにしろ、その責任を取るのは自分自身である。
責任能力がないとされる未成年がその後の人生の責任を背負っている。
実に奇妙である。
数人を除き、クラスメイトの筆は一向に進まない。
僕はこの奇妙な体験に再び足を踏み入れることを決意した。
将来の夢はまだ良い。現実味がなく、なにを書こうが自由である。
しかし、長所と短所は実に厄介だ。客観的で現実味があり、なおかつ的外れな記述は許されない。
どちらも厄介とはいえ、短所は幾分マシだ。
短所は他人から明らかに劣っている点を記せば済む。
僕の場合、他人とのコミュニケーションが苦手だ。
特に他人の気持ちを推し量ることができない。
そう考え、自己分析シートに記した。
最も厄介なのは長所である。
他人よりも多少優れている点は誰でもすぐに見つかるだろう。しかし、それを凌駕する人物はもっとすぐに見つかるはずだ。故にそれを長所と呼んでよいのだろうか。
なにせ僕たちの大部分は凡人だから。圧倒的な才能の前に凡人の長所などたかが知れている。自分が長所だと思っていた点が、天才たちの短所にすら及ばないということは実に滑稽だ。
最初に終えたのは桜庭さんだった。
クラスには既に数人、具体的な進路を決めている人はいた。特にスポーツ推薦組や特定の教科に優れているクラスメイトは顕著だった。
しかし、彼女はどちらにも当てはまらない。一見すると普通の女子だ。特別何か才能に恵まれたわけでもない。ただ明るくて、クラスの中心にいつもいる女子だった。僕はそんな彼女にいつも劣等感を抱いていた。
彼女はいつも眩しくて、羨ましかった。
僕も彼女のように、明るく振舞えたら。そう何度思ったことか。それでも僕にはできなかった。
それから僕は長い間、自分の長所について考えていた。
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