第19話 旅立ちへのカウントダウン(3)

 さてさて、勇猛果敢に俺は野盗のアジトに攻め込んだわけなのたけれど。

 拍子抜けするくらいにあっさりと殲滅できそうな気がしてきた。


 《念力》と《魔術》があれば、たとえ囲まれたって切り抜けられる。


 というより、野盗たちがビビってしまったせいで囲まれるどころか逃げる野盗を追いかけている始末。


 ――そんな感じで、野盗を追い詰めていき、全滅に追い込むことができた。



 俺はそのままバレないように《隠匿》をかけて街に戻り、ベッドに入る。


 横になると軽い疲労で体が重く感じる。

 けれど、それだけで、かすり傷一つだって負っていない。


 ま、周囲に気を遣わずに全力でやったならこんなもんよ。

 やる気になっていたニィナや準備していたカヴェルたちには申し訳ないけど……さすがに棍棒と神官の魔術だけで、あの数相手に無事にいられる自信はない。


「『さて……』」


 腕を動かすのが面倒なので《念力》で野盗のアジトから持ち帰ってきたものを見る。

 宙に浮かぶそれは、指令書のようで……黒い髪をした獣人の子供……つまりニィナのことを生かして捕らえろと書かれていた。

 ほかには報酬や居場所の予想など……懸念していた通り、奴隷商からの追手だったようで、俺は思わず渋い顔をニィナでしてしまう。


 はっきり言って、すぐにでもこの街を離れて奴隷商の手の届かないところへ逃げたくなってくる。


 こんなしつこい相手に付け狙われていたら、どこに行ったって安心できないし、なによりめんどくさい。


 これじゃあ何のためにあそこから逃げ出したのか分からなくなってくる。


「『あー……どうしようかな』」


 と思いつつも、ここで逃げても何も解決しないことが分かっているからどうしようもないのが現実。

 とりあえず夜更かしはニィナの体に悪いし、いい加減眠るとしよう。


「『おやすみ……』」


 といっても、憑依を解除するだけで俺は寝ることはできないんだけどね。



***



――《貴族視点》――



「たかだか『能無し』の奴隷一人にここまで手こずるのだ!」


 でっぷりと肥え太り、額には汗を浮かべるその貴族はデッブーカ。

 ニィナが売られていた奴隷商のオーナーであり、そのほかにも貴族の権力を使い、様々な汚職をして設けている商人上がりの貴族。


 その貴族は今とても焦っていた。


 なぜならデッブーカが経営する奴隷商が燃え落ち、それが商品である獣人の奴隷の手によって起こされたため、デッブーカに対する商人としての信用が揺らいでいるからだ。


 あまりの怒りから執務室にてお茶を淹れているメイドに平手打ちをし、机を叩きつける。

 目の前に傅く従者は倒れるメイドに目もくれず、ただ自分にもその怒りが向けられないように淡々と報告を続けた。


「デッブーカ様。申し上げにくいのですが……野盗共も全滅していると、連絡があり……」

「ちっ。やはり卑しい野盗なんぞに頼るもんではないな。まったく使えるやつはおらんのか!」

「それから気になる報告もございます。……例の『能無し』の奴隷が火を操り、神官の魔術を行使していると」

「……ほう? 神に見初められたと?」

「おそらくは」

「ふむふむ。神官は後天的に発現すると聞いたことはあるが……そのような物好きが神にいるとはな」


 デッブーカは考える。

 後天的に目覚めた神官は特殊な能力を保有することが多く、また神官そのものはとても貴重な人材だ。


 なにせ、この世界で貴重な他者を癒す力を持つ神官は、教会によって厳重に保護されてしまい……貴族が私的に抱え込むことは位の高いものにしかできない。


 奴隷商を失った補填としてはつり合いが取れると、デッブーカはいやらしく笑みを浮かべる。


「……おい。奴隷契約書は燃えていないだろうな」

「はい。ここに」


 従者は懐から丸まった紙をデッブーカに献上する。


 奴隷契約書とは、奴隷のあらゆる権利を記述されたものに献上するという呪いがこめられた契約書で……幸いにも厳重に保管されていたために燃えることはなかったのだ。


 奴隷契約書にデッブーカの名前を記し、デッブーカはニィナの主人となり……これによりニィナの所有権や命令権はすべてデッブーカのものとなった。


 あとは、本人の前で『我に従え』と告げるのみ。


「しかし、神官は呪いを解呪できるからな。念には念を入れるか」


 デッブーカは従者に、お抱えの魔術士を呼ぶようにと命令するのだった。

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