第15話 この目で直接見ることができないのが残念だ

『そういえば、なんであんなに魔物と戦いたがるんだ?』


 今日はこのくらいにしておこうと、街に帰るその途中。

 俺は、ふと思ったことをニィナに訊ねる。

 みんなからは少し離れたところにいるから、会話してもバレない……はずだ。


「うーん……」


 ニィナはその言葉に少し悩み、


「……神様に、ほめてほしくて」


 そう口にした。


『どうして?』

「早く強くなったところを見せれば……わたしのこと、頼ってくれると思って」

『…………』


 なんて言葉を返したらいいか、分からなかった。

 そんなことは思っていないと言えれば良かったけれど――実際、勝手に体を操ったり、黙って《念力》で保険をかけたりしていたから俺は黙ることしかできない。


 信用してるなんて、口が裂けても言えなかった。


「わたし、頑張るから。……だから」


 ニィナは俺のことをどう思っているのか――手に取るように分かる。

 純粋に、俺にほめてほしくて認められたい。

 まぶしくて、自分のしてきたことがその心を裏切るものなのかを見せつけられた。


『……うん。見てるよ』


 その真っ直ぐすぎる思いに応えられるような存在でいよう。

 今はまだ、向き合うことはできずとも――そうで在ろうと思わされる。


 人を信じることができない彼女が唯一、信じてくれる自分のことはきちんとしよう。


 ニィナの心は俺を写す鏡のようで。

 悪いことをすれば、後ろめたくなり。

 良いことをすれば、素直に帰ってくる。


 どこまでも純粋で、何者にも染まらないその心が――俺を邪悪にさせてくれない。


 ニィナと接する度に、俺がどういうものかを表してくれる。

 今、俺はきっと、善なるものとは言えない……。


 ――そう在りたいと思っても、きっと危険が迫れば、悪辣なことをためらわないと分かっていても。


「……っ! うん!」


 嬉しそうにほほ笑むニィナの顔を見れないことが、今はとても恨めしかった。



***



「っよし! ミスティ、ニィナちゃん、銭湯に行くわよ!」

「戦闘……?」

「戦うほうじゃないわよ。大きいお風呂よ」


 街に帰るなり、ミルカがニィナやミスティを銭湯に誘う。

 カヴェルやアレクは森での出来事を報告しに組合へ向かっているため、今ここにいるのはカヴェルパーティーの女子だけだ。


「魔術士見習いの小遣い稼ぎに、街の火熾しがあってね。銭湯もその一つなの。安く利用できて、おすすめよ」

「はい。私もよく通ってます」

「そうなんだ」


 と、表面上はどうでもよさげに見えるけれど、内心だと興味津々でとても気になっている。


 ……しかし、銭湯か。

 つまり脱ぐってことになるわけで……ニィナごしとはいえ、俺がそれを見るのはまずくないだろうか。


 先ほど、ニィナに恥じないような行動を心がけると誓ったばかりで、こんなこと許されるわけがない。


 ニィナから目を離すのは、とても不安になるけれど――


『じゃあ、俺はしばらく別行動してるから。ゆっくりしてきてね』

「……あ、うん」





 ニィナの“憑依”を解除して、マイルームに戻ってくる。


「ふぅ……この目で見ることができなくて残念だ……」


 パソコンに映っているニィナの周辺映像も閉じておく。

 これでうっかり、覗き紛いのことをしては離れた意味がない。


「さーて、何するかなー」


 一時間……いや、30分くらいか。

 この真っ白で何もない空間だと、暇をつぶすということ自体が難しい。


 ここに居ると感覚がぼやけて、自分という存在が曖昧なものであるような気がして、あまり帰ってきたいとは思えない場所だ。


「あ、そうだ。ニィナのステータスとか確認しよっと」


 あれだけ魔物を倒せば、レベルの一つや二つくらい上がっているだろ。



――――――――――――


【ニィナ】

天能:《神官Lv4》

技能:《神託Lv-》《回復術(ヒール)Lv1》《祝福(ブレス)Lv1》《防御プロテゴLv2》《解毒デトクスLv3》《根術》《根術:スマッシュLv1》

特性:《静謐》

加護:《外神の加護》

体力:8

魔力:12

持久:10

筋力:10

知力:15

敏捷:14

善性:0

悪性:0


――――――――――――



「おおう……ごちゃっとしたな」


 マウスを弄りながら、増えた技能を一つずつ確認していく。



防御プロテゴLv2》

 魔力消費:2

 不可視の鎧をまとい、攻撃を防ぐ神官の魔術。


解毒デトクスLv3》

 魔力消費:3

 術者の力量に応じ、対象の毒素を排出する神官の魔術。


《根術》

 棍棒の扱いが巧くなる。


《根術:スマッシュLv1》

 派生技能。

 強烈な殴打を与えることで、確率で気絶付与。



「……魔術はともかく、後半の《根術》ってのは普通に取得した技能だろうなあ」


 猪を倒したときに見せたキレのある一撃はこの技能のおかげだろう。


 かといって、技能を得ても何かが劇的に変化することはない。ちょっと上手くなったかな? 程度の差だ。

 正直、こうしてステータスがなければ気付かなかった。

 それよりも――


「やっぱり、俺の《魔術》が関与してるのかなあ……」


 習った常識と異なり、教わる前に魔術を習得してしまっている。


 防御の魔術に、解毒の魔術。


 どちらも味方を支援する神官らしいけれど、どこかで見聞きした覚えはない。


 となると、俺が取得した魔術の知識のおかげ――と考えてもいいのだろうか。

 他に思い当たる節がないともいうけど。



「まあ、いっか! それよりニィナのレベルが上がったおかげで、俺が取得できる力も増えたし……色々と考えないと!」


 ……案外、時間を潰すことは難しくなかったのかもしれない。

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