第10話 酒の席で呑めないのは辛い(後半)

「すぅ、むにゃ」

「はぁ……」


 それから十分ほど。

 わたしは永遠にミルカさんに絡まれ続け、そしてミルカさんはお酒が回ってきたのかそのまま寝てしまった。


 ようやく解放された……。


 テーブルに突っ伏して気持ちよさそうに眠るミルカさんから距離を取り、わたしはテーブルの隅っこに移動する。


 そこでわたしは何も頼んでいないことに気付く。


 特に喉が渇いていたわけじゃないと、ないと分かると途端に何か飲みたくなる。


「あの、オレンジジュースでよければどうぞ」

「……ありがと」

「いえいえ、これくらい何てことないですよ」


 そう言ってほほ笑むのは真っ白な服を着た同じ神官の女の子、ミスティ。わたしと同じようにミルカさんに絡まれていた人。

 どうぞ、とわたしにコップを渡してくる。


 そのまま一口だけ飲み、テーブルに置く。

 ぬるかったけど、ほどよく酸っぱくておいしかった。


「あむ」


 そのままテーブルにあった食べ物を適当に口に入れたく。

 木の実とか野草の炒め物に、切り分けられたお肉が大きなお皿に乗っかっている。


 ちょっとしょっぱいけど、どれもおいしい。……さすがに、神様がくれる「はんばーがー」には敵わないけど。



 ちなみに正面にカヴェルさんとクルトさんは、先ほどから飲み比べをしてぐでんぐてんに酔っ払っている。

 人って酔うと声が大きくなって、会話の内容繰り返されるらしい。


「ん? どうしましたか?」


 それに比べて、ミスティさんはさっきからお酒を飲んでいるのに頬が赤くなる程度で、ひどい酔い方をしていない。


 ニコニコと上機嫌に口角を上げていて、お酒って怖いけど、楽しそうだな……。

 飲みたいとは思わないけど、楽しそうなのは素直に羨ましく思う。


 周りを見れば、誰も彼もが楽しそうに笑っている。


 わたしだけ、そこに混ざれていないような感じがして少し寂しい。


『うわっ、ひどいなこれ』


 ――と思っていたら、神様が戻ってきた。



***



 ニィナのために何かできないかと“マイルーム”に戻っていろいろと調べていたら、いつの間にかひどい有り様になっていた。


 一人は酔いつぶれてるし、男連中も酒の飲みすぎで酔っぱらっている。


 まともなのは、ニィナと隣に座る白い服を着た薄紫髪の神官のミスティだけ。


 昼間だというのに酒場は騒がしくて……なんだこの飲んだくればかりの店。


 見れば誰もが革鎧や剣などを装備してるのが分かり、ほとんどがカヴェルと同業、冒険者である。


「あ、おかえり神様」

『うんただいま。……大丈夫か? 酔っ払いに絡まれたりしなかったか?』

「…………。うん」


 あぁ……絡まれてしまったらしい。しかも、横でスヤスヤと酔いつぶれているミルカに。

 思い出すだけでも辟易するくらいに、ひどい絡まれ方をされたらしい。


 まあ、その、うん。


 酔っ払いって性質悪いから……。


「ニィナちゃん、どうしたんですか? 急に独り言なんて」

「う、ううん。なんでもない」

『あ、ごめん。黙っとくね』

「そうですか……同じ神官なんですから、何かあったら遠慮せずに何でも相談してくださいね」


 ミスティが近くに居るのを忘れていた。

 頬を赤らめて緩く笑いながら、距離を詰めてくる。

 先程までちびちびと飲んでいたのに、急にぐっと傾けてお酒を飲み干す。


 お酒を飲むペースがハイになっていく。


「ところで話は変わりますがわたし、孤児院出身なんです」

「う、うん。そうなんだ」

「孤児が生きていくのは大変です。わたしはたまたま、信仰が認められて神官になることができました」


 お酒が回ってきたのか、急に身の上話が始まる。


「下の子たちがいい暮らしをできるように日々、頑張っているんです。みんなかわいんです」

「……うん」

「とっても、とってもかわいんです」


 素面の時は気弱そうで、誰かの後ろに隠れているような性格なのに、今はお酒のせいなのかぐいぐいと自分の主張を押し出してくる。

 延々と、やれ最近は生意気になっただの、ちょっと前までおねーちゃんと甘えてきてくれただの、そんな他愛もない話ばかり。


 ……血のつながりのない、家族の話。



「――だからニィナちゃんも寂しくなったら、いつでも頼ってください。孤児院ってそういう子がたくさんいるところですから」

「なんで……?」

「そんな感じがするんです。身寄りのない子供が一人でうろつくなんて、そういうことじゃないですか」

「…………」


 ニィナはそのまま黙ってしまう。

 家族や村のみんなから捨てられて、寂しい思いをしているのは確かだけど……また、裏切られるのが怖くて人に好きになることをためらっている。


 カヴェルに冒険者になりたいと頼るのとは違って、愛されていると思われるのがたまらなく怖いのだ。

 いつか裏切られるんじゃないのか。

 ミルカに絡まれているときだって、今はそうでもいつか嫌ってしまうのではないかと考え込んでしまっていた。


 ……やっぱり、酒の席で飲めないのは辛い。

 こんな憂鬱とした感情を吹き飛ばすことができないのだから。





 ――その後。

 酔いつぶれていたミルカが起きてきて、再びニィナが絡まれつつ、時間が過ぎていった。


 ニィナは何とも思っていないようだけれど、俺からしたらおいしそうな酒の匂いが辺りを包んでおり、めちゃくちゃ飲みたくなって辛い。


 そんなこんなでこの飲み会は夕方まで続き、ミスティが「そろそろ孤児院に帰りますね」と言ったところでお開きとなった。


 ……俺、めちゃくちゃ酒好きだってのは今回で分かったよ。酒飲みたい。

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