第9話 酒の席で呑めないのは辛い(前半)

 そんなこんなで怖い祭司のいる教会をあとに、カヴェルの後ろについていく。


 いや、めっちゃ怖かった。というよりニィナが捕まるんじゃないかとヒヤヒヤしいた。


 《念力》は見えないから不意打ちとか、さっきみたいにこっそり使うのに良いと思っていたけど、バレる人にはバレてしまうらしい。


 あまり無闇に使うのはやめよう……。


 ……それより、また俺の不用意な行動がニィナを危険に晒してしまった。

 奴隷商でやらかした時と違って、怖い目に遭わせたわけじゃないけど、少し間違えればニィナが捕まっていたかもしれない。


『はぁ……』

「……?」

『あぁ、いや何でもないよ』


 ニィナのためにと思ってしたことがこうも裏目に出ると、ため息もつきたくなる。

 《神託》でニィナに聞こえてしまうと頭の隅では分かっているのだけれど、それでも抑えることができなかった。


 カヴェルが近いからか声には出さなかったけれど、ニィナはどうしの? と心配に思っている。


 いい子だな、とそう思う。

 同時に、こんないい子を俺の勝手な行動で危険な目に遭わせたことを自覚する。


 ……このままでいいのだろうか。

 いや、いいわけがない。

 ニィナのことを不安にさせて、危険な目に遭わせるような存在のままでいるなんて……そんなことは絶対に。



***



 ――神様が何か悩んでいる。


 何に悩んでいるのか、わたしにはさっぱりだけど……何かに困っているだけは間違いない。


 わたしでは力になれないのだろう。


 当たり前だ。

 生きる術も力も目的も。

 全部、神様がくれたもので……わたし自身で何かできたことなんて、神様と出会ってから一度もない。


 ただじっと、死を待つだけだったわたしに、わたしが望む力をくれて、檻から出してくれた神様。


 これからどうしたらいいのかと悩むわたしに、自分のことを助けてほしいと目的をくれた神様。


 空腹なわたしに食べ物をくれて、寒さに震えるわたしに火を起こし、ずっと一人だったわたしに寄り添ってくれる神様。


 そんな神様の力になりたいと願うわたしだけど、今のわたしには何の力もない。



 ……だから、わたしは強くなろうと思う。


 この神様がくれた力で、神様の助けになれるくらい強く。


 一人で立って歩けるくらいに強くなってみせる。


 ……きっと、そうしたら神様はわたしに頼ってくれるかもしれない。


 だから、


「カヴェルさん、わたし……冒険者になりたい」

「ん? ……そうかい。それで?」


 見知らぬ街で前を歩くわたしの恩人に話しかける。


 カヴェルさんからしたら、突然わたしが冒険者になりたいなんて言っているのに、驚いた様子はなく、わたしの言葉を待つ。


 こうして、自分から動いて自分のしたいことを口にするのはとても怖い。

 でも、そうじゃないとわたしは、神様の助けになれないから。


「だから、わたしに冒険者の生き方を教えて」

「いいぜ。どのみち誘うつもりではいたんだ」


 そう言ってカヴェルさんは、ニッと笑う。

 待ってましたと、それはもう見事な笑顔だった。


「そうなの?」

「ああ。身寄りのないお前だと、稼ぐ手段が限られているからな。……教会に入るってんなら別だが」


 カヴェルさんの話だと教会には孤児を保護する施設や、身寄りのない人を助ける役割があるのだとか。

 ただし、『聖典教』に入信する必要があり、生活の面倒を見てもらう代わりに教会に奉仕しなければならないらしい。


 そう言われて、教会に入った自分を想像する……


「ううん。教会には入らないかな。やりたいこと、あるし」

「だろ? なら冒険者が一番だ。……大変だけどな」


 それは窮屈で、とてもではないけど神様を助けに行くことはできそうにない。

 なら魔物を倒して、強くなってお金を稼ぐことができる冒険者のほうがわたしに向いていると思った。


「っよし! とりあえず今日は小難しいことは終わりだ。酒場に行くぞ! 改めて仲間に紹介したいしな!」

「……こんな時間から?」


 わたしは空を見上げて、まだまだ日が高いことを確認する。

 お酒を飲んだことはないけど、少なくとも昼間から飲むものではないことは知っているつもりだ。


「何言ってんだ。こんな時間に呑む酒だからうまいんだろうが。今日みたいに仕事が早めに終わった日は、飲むもんだ」

「へぇ……」

『酒かぁ……いいなぁ……』


 神様がぼそりとカヴェルさんの言葉に反応していた。なんだかあまりにも切実な反応で、ちょっと面白い。

 ともあれ、わたしはカヴェルさんのパーティーの人たちに挨拶することになるのだった。





「お! リーダー! やっと来たよ!」

「ようクルト。すっかり出来上がってんなぁ」


 酒場につくと、クルトと呼ばれていた薄緑色の髪の青年がジョッキを掲げてカヴェルさんを呼ぶ。


 昼間だというのに、客であふれている酒場の席をくぐりぬけ、カヴェルさんの仲間が座る席につくと……


「うへぇ……」

「あ、あのミルカ様……そのあたりにしておいたほうが……」

「え~……もっと飲めるわよぉ。それよりミスティも一緒に飲も~」


 つばの大きい帽子が目立つ金髪の女の人が、白い服を着た女の人に絡んでいた。

 ぐてっと、肩にしなだれながらも酒を煽る手を止めない。

 ぷはーっと器を空にして、頬ずりまでしている。


「あー、リーダー……遅いわよぉ」

「わりぃわりぃ。――あ、エール酒一つ!」

「はーい」


 カヴェルさんに気付いた金髪の人――ミルカさんって人は悪態を吐きながらも、白い服のミスティさんへ絡むのをやめない。

 それに軽く謝罪しつつカヴェルさんが席につき、通りかかった店員さんに注文をする。


「あ、ニィナちゃんだ。おいでー」

「えっと」

「いいからいいから」


 わたしはどうしようと悩んでいると、ミルカさんから手招きされる。

 近づくと、急に体に抱き着かれた。


「えへへ、いい匂いだねー」

「ミルカ……さん」

「お姉ちゃんでいいわよー。あー、かわいいー」


 お酒くさい。助けを求めて、近くにいた同じ神官のミスティを見るけど……


「…………」


 ものすごく見ないふりされながら、くぴくぴと飲み物を飲んでいた。


 他にも目を向けたけれど、同じように目を逸らされてしまう。


「ねー、お姉ちゃんて呼んでー、呼んでよー」

「……おねえ、ちゃん」

「っ~~! かわいいー!」


 そのあともミルカさんのダル絡みは続いた……。

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