第8話 老人というのは侮れない
カヴェル一行に連れられて、街に入ることができた。
道中は特に話すことはない……というより、どう接していいのか分からなくて、何もできなかったというのが正しい。
「さて、どうすっかねえ……とりあえずは身分証か」
カヴェルが髭を触り、そう呟く。
確かに、この先行動するなら身分証は絶対にないと困る。
「身分証って、どこで作るの?」
「ん? そりゃあ、教会だよ。『
「
「知らねえのか? まあ、一言でいうと《天能》は神が与えた才能っつう教えに従う奴らだ」
「…………」
それを聞いて、ニィナは《能無し》としてみんなから見捨てられた時の記憶を思い出す。
……この教えがあるから、ニィナみたいに《天能》を持たないものは『神から見放されたもの』として見られることが多いのだろう。
ニィナの境遇を知っているからか、その神典教っていう存在を好ましくは思えない。
「んで、祭司さまになると、
「そう、なんだ」
表情が陰り、落ち込んだ口調になるニィナ。
あからさまに、不安そうになるニィナに周りが気付かないわけもなく……少し考えた末に、手持ちがないからと発行できないと不安になっていると思われたのか、カヴェルが初回ならタダだから安心しろ、と励ましてくれる。
でも、そういうことじゃないのだ。
そういうことじゃないけど……こちらを励まそうとしているのが、分かってしまう。
なんだか、疑って《念力》でいつでも仕留められるようにしている自分の器が小さくて情けなくなる。
けれど、やめはしない。
これはニィナと俺の今後に関わる保険だから。
***
ガヴェルの仲間は酒場に行ってくると、途中で解散してしまい今は二人きりとなってしまった。
道すがらに声をかけられては、軽くあしらうといことを何度か繰り返しているガヴェル。きっと街では有名人なんだろう。
だからか、隣にいる獣人の女の子がいるとつい声をかけてしまうのだろうけど、そのたびにニィナは警戒して相手を困らせてしまった。
そんなこんなで、ようやく辿り着いた教会は白く立派な建物だった。
庭や門があって、真っ白な建物ということもあってとても目立っている。
『うおっ、リアル
「神様……?」
中を見れば、真っ白な建物とは相反する真っ黒なシスター服を着込んだ修道女たちが庭の中を彷徨いていた。
なんだか感動を覚えてしまう……シンプルながらも人を惹きつけるあの服はいったい何なのだろう。
とまあ、おふざけはこれくらいにして。
「こっちだ、ついてきな」
カヴェルが教会の門をくぐる。
門は開かれており、中には誰でも入ることができるようだった。
すれ違う修道女さんたちにカヴェルは挨拶をしながら、建物の中へと入る。
教会の中は長椅子がたくさん並んでおり、奥には綺麗なステンドガラスに赤い表紙に金の装丁が施された大きな本が台座に置かれていた。
「おや、ようこそカヴェルくん。……そちらの小さなお嬢さんは?」
「よう祭司さま。実は身分証を発行してもらいたくてな」
重そうな音を立てながら横の扉が開き、そこから手を後ろに組んだ老人が現れる。
修道服とは真反対に白を基調に赤のラインが入った服を着ており、見るからに立場が上なのだと分かる。
装飾は少ないながらも、重厚な布地でとても重そうな服。
そんな重苦しい服の上からでも分かるほど老人の肉体は若々しく見えた。
そんな老人は睨みつけるような鋭い目つきでこちらを見つめる。
……そして、カヴェルを見て、その首あたりを見て顔をしかめた。
「なるほど、お人好しの君らしいが――寝首には気を付けるべきだな」
「ん?」
「――《
『っ!?』
祭司が手をかざし、何かを唱えるとカヴェルの首にかけていた《念力》が突然消え去る。
いきなりのことで動揺するが、祭司は不思議そうに首を傾げていた。
「ふむ? そこの少女のものではないようだな」
「おいおい、あんたは説明不足なんだよ。いきなりどうしたんだ」
「なに、カヴェルくんの首辺りに悪意のある魔力を感じたのでな。《解呪》をすれば動揺が見られるかと思ったのだがな。勘違いだったようだ」
「はぁー……相変わらずだな」
どうやら、俺が使っていた《念力》がバレてしまったようだ。
幸い、俺が勝手にしていたことなのでニィナに動揺が伝わることはなかったけれど……今すぐにでも、ここから離れたい。
かといって、そんな不審な行動をすれば祭司に感づかれて怪しまれてしまう。
警戒しつつ、ニィナを守れるように。
……何より、俺の存在がバレないように気を付けないと。
「それって、神官の魔術?」
「おや、興味があるのかね?」
「……わたしも、神官だから」
と思っていたら、珍しく他人に話しかけるニィナに俺はますます焦ってしまった。
ニィナは小柄だから祭司を見上げるような形で話しかけている。
なので、下から見ると見下されているような、叱られているような感じだ。普通に怖い。
「ふむ、珍しい。天能授与の時に神官と判明すれば、たいていはこの神典教に連れてくるのだがな。それも獣人……もしや、別の神を信仰しているのかね?」
「う、うん。たぶん、そうなる?」
正確には何の天能もなく、村から追い出されたのだけど。
そんな説明してもややこしくなるだけだし、嫌なことを自分から話すこともない。
「なるほど。神官とは神の加護を得て発現する天能……故に獣人は数が少ない。獣人は神よりも同族や先祖を崇めるからな」
「そうなの?」
「うむ。つまり、ほとんどの神官は神典教の信者であることが多い。……まあ、神の加護さえ得られればどのような神であれ神官になるものも居ないことはない」
実際、俺が加護を与えたら神官の天能が発現したし、そういうものなのだと思う。
けど、才能に合わせて発現する天能が神を信じないと発現しないなんて、神官っていうのは変だな。
……もしくは、神を信じる才能っていうのが神官に必要な条件だったりするんだろうか。
まあ、考えても分からないことか。
「んなことは、後で良いからよ。とりあえずこいつの身分証の発行できねえか?」
「む、そういえばそうだったな。いかんな、年寄りなると考え事に没頭してしまう」
そういって、祭司は台座に置いてある赤い本を手に取り、こちらに近づいてくる。
本を開き、左手で持つと、右手をこちらの額辺りにかざす。
「――《神典:身命表示》」
黄金に輝く粒子がニィナに降り注ぎ、祭司は本を見る。
「ふむ……まあ、問題ないだろう。悪性に偏りはない。これなら問題なく身分証を発行できるだろう」
「そっか。よかったぜ」
「すぐに手配しよう。……それで、その子はカヴェルくんと同じ冒険者にするのかね?」
「いや、冒険者ってのは簡単にはなれねえよ。まあ、やる気があるってんなら面倒は見るが」
ちらりとこちらを見るカヴェル。
けれどすぐに祭司に視線を向けなおした。
……冒険者、つまり魔物狩りを生業とする職業か。
俺の魔術や念力があれば、できそうな気もするけど――まあ、ニィナ次第か。
「――んじゃま、今日は世話になったな」
なんて、考え事をしていたら、話は終わったらしくこの場から帰ることになっていた。
……これでようやく、息の詰まりそうな祭司から離れることができる。
「気にするな、これも祭司の務め。身分証は明日にはできるだろう」
「おう、じゃあまた明日取りにくるぜ」
そう言って、カヴェルは振り返りすたすたと去っていく。
その背中を追うようにニィナも歩き出し、祭司の下を後にする。
何事もなくて本当に良かった……もう今日はこれ以上、面倒なことは起きないでほしい。
今はただ、俺の存在が祭司にバレなくて良かったと心の底から思う。
「――悪性に偏りもなく、善性にも偏らず、完全な純粋無垢な少女……か。まるで、神への捧げもののようだな」
俺は安堵からか、そんな祭司のつぶやきを聞き逃すのだった。
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