第7話 野生児と魔物は変わらないらしい
「ん? 誰かくる……?」
服が乾くまでじっとしていると、不意にニィナの耳が足音を捉える。
当然、感覚を共有している俺にも聞こえた。
小さすぎて、普段なら聞き逃してしまいそうだけど、《外敵察知》の影響か、気配に敏感になっている。
追われている身であるため、当然、身構えてしまう。
さらに神経を研ぎ澄まして、気配を探ると――明らかに、こちらに近づいてきている。
「……《
身体能力を向上させる《
その傍らで逃げ道を探す俺だけれども――この泉を囲うように迫ってくる敵の気配に、心の中で舌打ちをする。
どの方向に逃げても、誰かと接触してしまう。
残された退路は森の奥くらいだけど……それだと、森で迷って出られなくなる。
つまり、ここで迎え撃つしか対抗手段がない。
『…………』
ニィナに戦わせることに、不安を感じる。
もちろん、ニィナ自身に戦うことへの躊躇いは感じない。……でも、傷つくことへの恐れはある。
もしもの時は、俺がニィナの体を使って戦ってもいい。
もちろん、ニィナ自身が戦ってくれれば、俺は《魔術》や《念力》といったサポートに徹することができる。
けれど、それでニィナの心が傷つき、立ち直れなくなるならニィナの意思を無視することを躊躇いはしない。
一番、大事なことはニィナが生きていることだ。
「――来るっ!」
ガサ、とニィナの耳が草をかき分ける音を捉えた。
その音を聞いてニィナは姿勢を低くし、爪を目立たせるように手を開いて構える。
獣人は頑丈な体を活かし、鋭い牙や爪を使って戦う……とニィナの記憶にある獣人の戦士は語っていた。
もちろん、ニィナは頑丈じゃないし、爪だって武器にできるほど鋭くもない。
「……ぐるる」
不安な気持ちを抑えるように、声をうならせて威嚇する。
いつでも相手になると、相手に伝えているのだ。
わずかな隙も見せまいと、小さな体で見栄を張るニィナのことが見ていて、その気持ちが伝わってきて……やっぱり、俺が戦うとニィナの意識を乗っ取ろうとして――
「ちょ、ちょっと待った嬢ちゃん! こっちには戦う気はねえ!!」
なんて、男の声がその場に響くのだった。
***
「すまねえ、この森の水場にいるのはたいてい魔物だからよ……てっきり、そうなのかと」
そういう髭面の剣士……カヴェルは頭を下げて謝罪してくる。
革の胸当てに篭手と動きやすそうな軽装で、腰には直剣を携えており……聞けば、彼は魔物狩りを生業としており、今日は森の魔物を狩りに来たらしい。
見た目は茶髪に、髭を整えたかっこいいおじさんといった感じ。
「別に……それより、そっちの仲間はいいの?」
「ん? ああ、そりゃ気付くか。安心しろ、俺が誤解だったって伝えとく」
「そう」
カヴェルはあぐらをかいて座り、こちらのことを気まずそうに眺めている。
というより、なるべくこちらに目線を向けないようにしていた。
その様子にニィナも気づいており、不思議そうにカヴェルのことを見ている。
……あ。
『服! ニィナ、服!』
「あ……そういえば」
服を乾かしていた途中だったから、真っ裸なことを忘れていた。
枝に干していた服を手に取ると微妙に乾いていないけど、着れないことはなさそうだ。
「はぁ……ようやく気付いてくれたか」
「ごめん」
それでようやくこちらをまともに見てくれるカヴェル。
……でも今度は、ボロ布同然の服を見て、哀れみの視線を向けられる。
「あんた獣人だろ? 仲間はいないのか?」
「……いない」
「そうか……まあ、何があったかは聞かねえよ」
こんな危険な森で水浴びするくらいだもんなぁ、とカヴェルが呟くと、こちらに近づく足音。
「リーダー。何があったんだ? 魔物じゃないのか?」
「おぉ、クルト。魔物じゃなくて獣人の女の子だ」
「うわ、ほんとだ……でも、なんでこんなところに?」
初めに顔を出したのは薄緑色の髪をした青年だった。
クルトと呼ばれた彼は弓を構えており、こちらの様子を見て怪しんでいる。
「バッカ、あの格好見なさいよ。きっと何か事情があるに決まってるでしょ」
「あ、あの、とりあえず治療は必要ですか?」
そんなクルトをたしなめるように、金髪のローブ姿の女性が現れ、身の丈ほどの大きな杖で青年の頭を叩く。
気の強そうな鋭い目つきで、ふん、と鼻を鳴らす。
その影に隠れるように後ろから、反対に気の弱そうな薄紫色の髪をした小柄な女性が現れた。
彼女はこの森に似合わない真っ白な服をまとっており、不安そうに様子を伺っている。
「とりあえず、今日は引き上げるぞ。……この子を街まで連れていかねえと」
仲間が全員集まったのか、立ち上がるカヴェル。
「……連れてってくれるの?」
「ああ。……その様子だと、身分証もねえんだろ?」
「うん」
「おいおいリーダー、いいのかよ?」
「……かもしれねえ。でも、置いとくのも問題だろうが」
「けどよ……」
「はいはい。話し合いは森を出てからにしましょ」
「わ、私はリーダーに従います。孤児なら神官ギルドで保護しないとですし」
魔物を狩りに来ていると言っていたからか、初めは緊張が走っていたけれど、カヴェルの説明を聞いて一気に落ち着いて賑やかな空気になる。
そうすると仲間内での空気が漂い、ニィナはその輪に入ることができずに居心地が悪い。
「……神様」
『ああ。……とりあえず街には入れそうだな』
「うん……」
歯切れの悪いニィナ。
この人たちを信じていいのか分からずに不安なのは分かっているけれど、もともと、こうして街に入る計画だった。
渡りに船だ。信用できるかはともかく、利用はできる。
それに、
『いざとなれば俺が何とかするから。今は付いていこう』
「! うん!」
《念力》で彼らの首に手をかけながら、俺は安心させるようにニィナに言葉をかけるのだった。
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