第5話 街に入るには身分証がいるらしい。そして身分証は街でしか発行できないらしい

 ――ついに街が見えるところにまでやってきた。


 ようやく、ようやく辿り着いた。


 もう炎天下の中、何の対様もなしに歩きたくない……。


 汗を吸った服は不快だし、何より喉が渇いて仕方ない。


 そういえばと《浄化の加護》を思い出したように使用するけど……汚れは取れても、結局は汗をかいてしまうため効果は薄かった。


「はぁ……疲れた……」

『だなぁ……街に入ったら体を綺麗にして、落ち着きたいよ』


 歩く途中で水場を見つけることができず、結局街まで、水浴びなし、水分補給なしで頑張るしかなかった。


 けれど、その苦労もようやく終わる。


 不安要素はあるけれど、とりあえずは街で一休みしてから考えようと、街の入り口へと向かう。



 街は木造の壁で覆われていて、かなり大きな街に見える。

 入り口に近づくと、鎧を着て槍を携えた門番が二人。


「ぁ……」


 消え入りそうなほど小さな悲鳴をあげて、ニィナは立ち止まってしまう。

 ニィナは久しぶりに見る人間に少し怯えているようだった。

 足が竦んで、近づくのを怖がっている。


 ……その行動に俺は何も言えなかった。


 ずっと虐げられてきたから、ニィナにとって他人とは傷つける者として認識しているから。

 その心が痛いほどに伝わってくる。


「っ!」


 ……だけど、唇をかみしめて、一歩ずつ確かに進んでいく。


 そして、入り口に近づき、入り口を通ろうとしたら――



「身分証の提示を。なければ通行料として銀貨一枚を」


 …………。


『……パードゥン?』





 ――さて、どうしよう。


 一度、引き返して、街の近くにあった森にやってきた俺たち。

 とりあえず日陰に入って涼しいところへ。


 それに森の中なら川とかあるかもしれない。


『身分証ってあるわけ……ないよな』

「……うん」


 木に太陽が遮られて涼しい森の中を歩きながら、ニィナと相談をする。


『困ったな……門番さんの話だと、身分証を発行するには街の中に入らないといけない』


 身分証がなければ街に入れない。なのに街に入らなければ身分証は発行できない。

 なんというジレンマ。


『お金を払うか、身分証を持っている人と一緒なら通れるらしいけど……アテなんてないしなあ』


 門番さんの話を思い出しながら、ため息をついてしまう。

 街に入らずに様子見とかしたほうがいいのかな、とか悩んでいた自分がアホらしくなる。


「……街の近くで、一緒に入ってくれる人を探すのは?」

『それしかないかなぁ』


 結局、大した解決策は思い浮かばなかった。



***



『ん? あれは……!』


 なんかないかなーと森の中を散策していると、ニィナの耳が水の流れる音を捉えた。

 その音がする方へと進むと……なんと、泉があったのだ。


「……!」


 ピコン、とケモ耳を立てて、その泉へと走っていく。


 底が見えるくらい綺麗な泉で、濁っていたり変な植物が浮いていたりもしない。


 ……ニィナは泉のそばでしゃがみこみ、そっと手を伸ばして水をすくう。


「ごくごく……ぷはぁ!」


 念のため《浄化の加護》を水にかけてから、今まで飲めなかった分を埋めるように水を飲んでいく。


 渇きが癒され、喉が潤う。


 やっぱり水を飲めなかったのは辛かったようなので、何度もすくっては口に持っていく。



「はぁ……」


 満たされたように息を吐き、ごろんとそのまま空を見上げるように寝転ぶ。

 水っていうのは生きる上で、欠かせないものだと思わされた。


「…………」


 ニィナは何も考えず、ただ目をつむっている。


 感覚を共有しているおかげで、俺も喉が渇いて仕方なかった。

 そのせいか……満たされた今、同じように今は何も考えず、ただこのままでいたい。

 しばらくぼーっとして、そのままでいると……。


「んっ」


 おもむろに立ち上がり、服を脱ぎ始めた。

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