第2話 もう色々とごめんなさい…

 ――かくかくしかじか、ほにゃららら。


『って、わけで。俺が何者なのか分からないんだけど、とにかく俺の目的は君を強くして、俺を助けてもらうってこと』

「……なる、ほど……」


 あ、ダメだこりゃ。

 憑依してるせいで心情まで分かってしまうせいで、まったく理解できてないことが分かってしまう。





「とにかく、わたしは神様のせいで怖い目にあって、神様のおかげで助かった……てこと?」


 ちょっと時間を置くとニィナは自分の中で噛み砕いて受け入れたみたいだ。


 それと、きちんと説明したはずなのにニィナは神様呼びをやめなかった。

 まあ、ほかに呼び名もないし、好きにしてくれていいんだけどさ。


『ま、まあ……ごめんね? いろいろとまずいよね』

「……うん。まあ、その、いろいろとまずい」


 ニィナ曰く――奴隷商をつぶしたからといって、奴隷であることはやめられないらしい。

 きちんとした手順を踏んで、奴隷の身分から解放されるとのこと。


 ……つまり、今の状況は。


『勝手に脱走したから、その正式な手順が使えない……てコトっ!?』

「うん……」

『オーマイガー……』


 気まずそうにうなづくニィナに俺は絶望する。

 どうしたもんか……幸先が悪すぎるぜ。


「でも……」

『うん?』

「わたし、本当に《神官》になったんだよね?」

『そこは保証するよ。不安なら自分のステータス見てみたら?』


 俺は視界にウィンドウを映し、ニィナのステータスを確認する。


 ……うん。きちんと天能:《神官Lv1》になっていた。

 とりあえず見てみなよ、とニィナを促す。


「……どうやって?」

『え、そりゃ普通にこう、ステータスオープン! 的なので?』

「そんなものはない。ステータスを閲覧できるのは高位の神官だけで、普通は水晶を使って天能と技能だけ知るの」

『へぇー……だったらちょっと、体借りるねー』



『――《外なる知恵の神》による強制操作を開始します』



 適当な小石を拾って、土の地面にニィナのステータスを書き写していく。



 ――――――――――――


【ニィナ】

属性:獣人 奴隷 栄養失調

天能:《神官Lv1》

技能:《神託Lv-》《回復術ヒールLv1》《祝福ブレスLv1》

特性:《静謐》

加護:《外神の加護》

体力:1

魔力:3

持久:5

筋力:3

知力:4

敏捷:1

善性:0

悪性:0


――――――――――――



 こんな感じねー。


「これが、わたしの……!」


 なにやら、とても感銘を受けているニィナ。

 過去を追体験したから、それの感動がどれだけ大きいのかがよく分かる。

 ……とはいえ、喜んでばかりもいられない。

 なにもかも俺が勝手にやったことであり、そこにニィナの意思はなく、今後協力してくれるかどうかは分からないのだ。


「あ、そうだ――《回復術ヒール》」


 本当に使えるのか。試すように自分に《回復術ヒール》をかけるニィナ。

 薄緑色の淡い光がニィナを包み、足の痛みが引いていく。


 この痛覚を共有するのはどうしてだろう……キャラクターは生きてるんだってことを強調したいのだろうか。


 ふと疑問に思ったけど、どうでもいいと判断して思考の彼方へと吹き飛ばす。


「すごい――すごいな……ほんとうにわたし、神官になれたんだ」


 大はしゃぎである。

 子供のように両手をあげて、バンザイしている。


 飛び跳ねて喜ぶほどのことだろうか? と思う自分がいるけれど、彼女の生い立ちを考えると、そんなことは口が裂けても言えない。

 彼女にとって、これはとても大切なことなのだろう。


 けれど……こんなにも喜んでいるというのに、口角が動いている気配がないのにはとても気になるけれど。


 それ以上に、はしゃぎすぎて服――とは言い難いボロ布がめくれて下が見えてしまっている。

 よかったな俺が主観で……めくれてることが分かるだけで良く見えなかったよ。


 まあ、そうじゃなくともこんな小さな子の裸を見ようとするなんてありえないだろう。

 そんなド変態にはなりたくない。


 ……こんなことを気にしてる時点でそうなんじゃないのか? みたいな自問自答が思い浮かぶけど、無視する。


『こほんっ……それで、君はこれからどうしたい?』

「……どう、したい?」

『うん。奴隷のままだけど、君は自由を手に入れた……何かしたいこととかないの?』

「うーん……?」


 あまりピンときていないニィナ。

 首を傾げて困惑してしまっている。

 やりたいこと……やりたいこと? と呟きながら必死に考えているけれど、なにも思い浮かんでいない。


 ふらふらと頭を揺らすけれど、やりたいことなんて何もなかった。


「とあえず、他の町に行きたい……かな。いつまでもこんなところにいたら魔物に襲われちゃう」

『それもそっか。じゃあ、レッツゴー』

「……ところで」

『ん?』


「神様は他の町の行き方は知ってる? わたしは分からない」


『…………』


 困った。



***



 まあ、適当に歩いてりゃそのうちどこかに着くだろう……という甘い考えの下、街道に沿って歩いているけれども。


「…………」

『…………』


 会話はなく淡々と道なりを歩いていく。

 日差しがきつく、汗が滴る。


 ニィナは汗をぬぐいながら、先の見えない道を進む。


 俺はその感覚を共有しているだけで、その辛さを実感できない。


 入れ込んではいる。

 だけど、一歩退いて、現実とは違う視点から見ているような感覚。


 先ほどからずっと、ニィナの中には不安しかない。


 それを和らげる方法もなければ、できるほどの仲でもない。


 ……困った。



 ――ぐぎゅるるる~~



「……………………」

『……………………』


 その音に、ニィナは立ち止まってしまった。


 そのまま長い沈黙が続き、耐えきれなくなった俺はAPを消費して《満腹の加護》を使う。


「……っ!」


 パァっと光り、ニィナの手の中に包みが現れる。

 前はダブルなチーズだったけど、今度はてりやきだった。


 おいしいよね……でも、なんでハンバーガー?


「神様……食べても、いいの?」

『もちろん……というか、素直にお願いすればいいのに』


 お腹は空いてるなあ、とは思ってたけど。

 でも、なにも言わないし、心の中でも気にしてもいなかったから、大したことじゃないと思っていた。


 だけど、ニィナは手にあるハンバーガーの包みを取っ払うと、勢いよくかぶりついて咀嚼し、胃の中に収めている。


 ……どうしてそこまで空腹なのに耐えるのか。


 俺には分からない。


 だって、食事が手に入らない環境じゃないのに。耐える理由がないのに。


 今だって、食べるのに躊躇いを覚えている。


「ごくん……だ、だって……」


 ものの数秒もしないうちに完食したニィナはおそるおそる、口にする。


「こんなすごい食べ物、わたしなんかが食べちゃいけないって思って」

『……そっか』


 それが当たり前であると、ピクリとも動かない表情でそう言葉にするニィナを見て、俺はこの子が本当に奴隷だったのだと認識するのだった。



***



 ――夜になった。

 昼間の暑さはどこかへと去り、薄着のわたしは冷えた夜の空気に体を縮こませることしかできなかった。


 寒さには慣れているから平気……と思っていたら、神様が『そういうことは素直に言おうよ……』と言って火を起こしてくれた。口にしてないのに。


 神様は心が読めるの?


 そんな不思議なことを思いながら、目の前には神様が《魔術》? とやらで熾してくれた焚き火を見る。

 これのおかげで寒さはそんなにひどくない。


 神様は捕らわれている自分を助けてほしいからだと説明してくれたけど……だったら、どうしてわたしを操らないのだろう?

 ステータスとやらを地面に書き写すときみたいに体を操ってしまえばいいのに。



 人は、神に抗えない。


 なぜなら自分を救う神に抗う理由がないから。


 分からない。

 今まで生きてきて、こんな……人みたいに扱ってくれる存在なんていなかったから、分からないのだ。


 それに、素直に信じるにはちょっと怪しいというか――神様のせいでわたしが怖い目に遭ったことは忘れられそうにない。


 だけど、こちらのことを気遣ってくれるし、なによりあのおいしい肉を挟んだパンのことも忘れられなかった。


 うさんくさくて、だけど憎めない。


 わたしを助けてくれたことは事実だし……なにより、


「……《回復術ヒール》」


 わたしに力をくれた。

 《能無し》だって蔑まれて、死ぬのを待つしかなかったわたしに力を。


 これが、一番うれしかった。


 これを唱えると、体が温かい光に包まれる。

 自分が本当に《天能》を得られたのだと、確かめるように使ってしまう。


 でも、これを使うと体が少しだけ重くなる。


 目蓋も重くなってきた……


 こんな平原の真ん中を一人で眠るなんて、危ないってわたしでも分かるのに、その眠気に抗えない。


「わふ……」


 欠伸を噛み殺し、眠気に耐えようとする。

 ……でも疲れた体は言うことを聴いてくれなくて。


「…………」


 ゆっくりと意識が落ちていく。


 あいまいな意識の中で……確かに神様の声が届いたような気がした。


『――おやすみ、ニィナ』

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