ケモ耳っ子な奴隷少女の神様 ~記憶のない俺が可哀想な女の子から神様扱いされる~
天兎クロス
第一章 自由へと向かう旅立ちの朝に
第1話 神になった日
――気が付けば、真っ白な部屋に閉じ込められてしまっていた。
「はて?」
ついでにいえば、自分が何者なのか。
どんな人生を送り、どんな人間と関係を持っていたのかも。
なにも思い出せずにいた。
「これは……」
ぺたぺたと裸足のまま部屋の中をうろつき、とあるものを見つける。
それはモニターとキーボードに、マウスの三つ……パソコン一式がそろっていた。
とりあえずマウスをいじって、モニターを起動させる。
そこには――
『あなたにはこれからゲームをしてもらいます。』
『遊び方は簡単です。キャラクターを選び、敵を倒し、経験値を得て、成長し、その部屋から脱出することです。』
『むずかしいことは考えず、好きに選択しましょう。』
『※注意 キャラクター変更はできません。あなたはプレイヤーとしてキャラクターと向き合いましょう。』
下にスクロールすると、キャラクター一覧が表示される。
「勇者、賢者、王女……獣人にエルフに、魔族……ドラゴンとかスライムとかもいる……」
思いつく限りのファンタジー物語に登場しそうなキャラクターたちがならんでいる。
状況はまったく呑み込めないけれど……どうやら俺は何者かに監禁されたらしい。
で、このゲームをクリアすれば、脱出できるらしい。へぇー。
どこか他人事のように感じるのは俺に記憶がないからだろうか……。
「おっ、ステータスとかある。ふむふむ……勇者とかあるんだ」
まあ、人間、なんだかんだで馴染むものだ。
なにも分からなくたって、分からないなりに楽しんだもの勝ちってことで。
多種多様なキャラクターの情報を見るのは楽しい。
「まあ、こういうのは直感で選ぶかぁー。……この女魔術師とか面白そう。やっぱり魔法とか使いたい」
雑に強いドラゴンとか、世界を救う宿命を背負った勇者とかもいいんだけど……どうやら詳細を見ると、序盤に強いキャラクターはハンデを背負うらしい。
ドラゴンだと、大量の食糧だったり、害獣扱いだったり。
勇者は人を見捨てることができず、人に裏切られやすくなりやすいとか。
逆に、悲惨すぎるステータスだったり、境遇だったりすると後々強くなりやすいらしいけど……ハードモードすぎるので見送るぜ。
「だって、この獣人少女とかスキルなし、ジョブなし、ステータス貧弱の奴隷とか……役満にもほどがあるだろ」
こっからどう強くなれと。
これはないなと俺はその下のキャラクターに目を付ける。
「貴族の生まれで、魔術の才能に恵まれて魔術学院で学ぶお嬢様……いいじゃないか。ほどほどに強くて、弱くもない」
これくらいがちょうどいいだろう、と俺は直感する。
迷ったときは直感だ。
「というか、これ以上見てると選べなさそうだし……」
ということで、ちょっとだけ才能があるだけで特にデメリットのない女魔術師を選択しようとクリックしようとして……
「あっ……」
カーソルが少しだけ上にずれてしまった。
『キャラクターが選択されました。ステータス情報、プレイヤースキルを解放します。』
――――――――――――
【ニィナ】
属性:獣人 奴隷 栄養失調
天能:なし
技能:なし
特性:《静謐》
加護:なし
体力:1
魔力:3
持久:5
筋力:3
知力:4
敏捷:1
善性:0
悪性:0
――――――――――――
――――――――――――
【男】
AP 10/10
…アクティブポイント。これにより加護を行使する。自然回復。
WP 10/10
…ウィズダムポイント。これにより自身の知識を顕現させる。日付が変わると共に回復。
BP 10/10
…ブレインポイント。これにより行使できる知識、加護を増やすことができる。リソースのため【男】の成長によりポイントが増える。
SP 10/10
…スペシャルポイント。これにより神の権能を顕現。超常現象を起こす。【男】の魂を消費し、理を超える。回復しない。
加護:
知識:
権能:
――――――――――――
『これより、キャラクターに憑依します。以後の操作は憑依を解除することで行えます』
「ちょ、まっ――」
俺の言葉はむなしく響くだけだった。
***
――とある獣人の集落。
貧しい農村に住む、獣人の少女ニィナ。
僻地に存在するその村では不作が続き、飢え死にするものが続出しており、口減らしと称して奴隷にされるものが絶えなかった。
ニィナもその一人で、さらに言えば彼女は村のみんなから虐待を受けていた。
まともな食事を取れずにやせ細った手足。
艶のないボサボサの黒髪。
生気がなく虚ろな黒目。
おおよそ服と呼べるようなものではないボロボロの布をまとい、体中があざだらけで、獣人の証である尻尾は切り落とされ、獣耳は元気なくへたりこんでいた。
それもすべては、彼女が《天能》を授かることができなかったから。
10歳になるとその者の資質に合わせて発現するはずの不思議な力。
それがニィナには宿らなかったのだ。
まれに、こういった者が現れ……その者たちは《能無し》と呼ばれ、蔑まれるようになる。
「…………」
冷たい檻の中。
たいした力もなく、薄汚いだけの獣人の子供なんて買い手が付くはずもなく、ただただ『死』を待つだけの日々だった。
この世に救いはない。
14歳の少女が悟ったこの世界の現実。
死にたくない、大人が怖い、大きな音が怖い、石を投げられるのは痛い。
彼女の心は擦り切れて、ぐるぐると同じことばかり考えている。
――どうして、神様はわたしに力をくれなかったのだろう。
***
……。
や っ ち ま っ て ぜ !
誤クリックだよ、ちくしょう!!
「というか、今の景色なんだよ……リアルすぎて気色悪い……」
目蓋を閉じれば、俺……いや、このキャラクターに石を投げる子供や、押さえつけて尻尾を切り落とす男たちの姿が目に浮かぶ。
ちなみに、痛覚とかもあったよ。漏らすかと思った。
そしてそれが終わり、気が付けば檻の中で冷たい床の感触を味わっている。
「憑依……って言ってたよな」
俺は、床に寝転ぶ視点を眺めながら、この『ゲーム』について考察する。
「おそらくこれは、俺がこの子を育てて、俺を脱出させるゲームってことだ……」
で、この子……ニィナは俺が誤クリックしてしまった獣人少女だろう。
俺はこの子に憑りついている。というか、最近の境遇まで共有してしまって他人に思えないというか、先ほどまで役満とか言っていた自分を殴ってやりたくなるくらいに
そして、俺……プレイヤーの力で強化できるのだろう。
「……“マイルーム”」
俺がそう唱えると、視界は揺らぎ――先ほどまでの真っ白な部屋に戻ってくる。
違うところはモニターに、ニィナと俺のステータス画面と、ニィナの周囲を俯瞰で映している画面があるところ。
あと、右下のほうに『ルールブック』って項目がある。
「さて……俺にできることは」
BP 10/10
…ブレインポイント。これにより行使できる知識、加護を増やすことができる。リソースのため【男】の成長によりポイントが増える。
俺は【男】のステータスにあるこれを見て、クリックする。
すると、取得できる加護や知識が別窓で表示された。
加護ってなんぞや、って思ってたら、再び別窓が開かれ詳細が開示される。
『加護…キャラクターに対して行使できる奇跡。APを消費する。』
「うーん……簡素!」
まあ、いいや。とりあえず今のニィナに必要そうなものを取ることにしよう。
――――――――――――
【男】
AP 10/10
WP 10/10
BP 1/10
SP 10/10
加護:《満腹の加護》《健康の加護》《安眠の加護》《浄化の加護》
知識:《魔術》《技能付与「神託Lv-」》
権能:
――――――――――――
「なにはともあれ、体を万全にさせないと」
ということで、栄養失調を治すためにAPを消費することで食料を与えられる《満腹の加護》に、充分な休息さえあれば健康でいられる《健康の加護》、寝つきがよくなる《安眠の加護》、そしてなにより体を綺麗にできる《浄化の加護》。
それぞれの1BPで獲得できるお得セット。ついでにいえばAP消費も1なコスパセット。
で、次に知識。
これは、俺に付与するもので、なんの力もないニィナの手助けにと獲得したもの。
《魔術》……まあ、うん。使ってみたかったんだ。2BP。
今のところは《火》っていう簡単なものだけ。
《技能付与「神託Lv-」》……3BPだけど、これは必須。なぜなら、俺はニィナのことを見たり聞いたりできるけど、ニィナは俺のことを認識できない。ルールブックに書いてあった。
けれどこれがあれば会話し放題だ。
合計で9BPの消費。
SPを使って権能も取ろうかと思ったけど、取れる権能は限られているから、慎重に選びたかった。
まあ、あとで絶対に取るんだけどさ。ニィナのステータス的に。
問題はどれを取るか。
これは、ニィナと相談して決めたい。
「……とりあえず、これで……“憑依”」
視界は揺らぎ、再び、ニィナの視点に戻る。
「…………」
ニィナは先ほどと変わらず、冷たい床に寝そべり、空腹に耐えながら時が過ぎるのを待っていた。
俺は、まず《技能付与「神託Lv-」》を発動させる。
まずはともかく、会話をしないと。
***
――わたしはいつものように、寒さと空腹に耐えていた。
ここの食事は一日一回。
冷めた麦粥と水だけが与えられる。
まずいしくさいし、おいしくないし。
ともかくわたしみたいな底辺で《能無し》の奴隷に与えられる環境はこんなもので、それでも誰も痛めつけてこないのが救いだと思うくらい。
冷たい檻の中だと、時間の感覚が薄れていく。
今が朝なのか夜なのか。
分かるのは食事の時間は終わりということ。
ぐぎゅるる、とお腹が鳴る。
……ああ、お腹空いたなぁ。
パンでも降ってこないかな、なんてバカなことを考えていると――
『お、できた。――おーい、聞こえる?』
――わたしの頭は狂ってしまったらしい。
『いや、ひどいな……正常正常。お腹が空いてちょっと頭が働いてないだけだって』
「……誰?」
わたしは小さく小声で質問をする。
体を動かすのは怠いので目だけで檻の中や外を見回すけど……人影はなかった。
この声はどこから聞こえてるんだろう。
『ま、なにはともあれ……ほい、食べもん』
「……!?」
パァっ、と目の前が淡く光ったかと思えば……そこには、袋に包まれたパンが現れた。
『あれ? ハンバーガー? しかもダブルなチーズのやつ……おいしいけど、それ?』
「……っ」
とまどう声なんてわたしの耳に入らず、必死に手を伸ばして、その包みを取る。
嗅いだこともない不思議な香りと、肉の匂いに誘われるがままにかぶりつく。
「!?!?」
うまみが、口の中に広がる。
気が付けばごくん、と呑み込んでしまう。
たまらずもう一口。
口の中でとける濃厚な味がするやつと肉の塩辛さがちょうどいい。
もう一口、もう一口……。
「あ……」
……気が付けば、手の中は空になっていた。
もっと食べたかった……でも、不思議とお腹は満たされて、体中に力がみなぎっている。
そっか、これが満腹なんだ。知らなかった。
『ま、まぁ、食べられるならいいけど……』
「あ、あの……あなた、は」
何者……と訊ねようとしたところで、お腹いっぱいで働くようになった頭が警告を促す。
奴隷に、しかも《能無し》のわたしに施しを与えて、何か目的があるに違いないと。
『……まあ、警戒するのも分かるけど……話だけでも聞いてくれない?』
「…………」
『俺は――』
声はそこで途切れてしまった。
「おいっ! 奴隷! なに騒いでやがる!」
「あ……」
「て、なんだその紙は? ……それに、なんかいい匂いがするな」
「あ、その、これ、は」
「てめえ、それどっから持ってきた! 吐け!」
見張りの傭兵がガンッ、と檻を蹴ってこちらを睨みつけてくる。
どうしよう。
勝手に食事をしたことがバレれば、折檻は免れない。
というか、どこから調達したのかも分からないものを持っていることで、反抗的として処分されるかも。
『え、まじ? あー、やっば、強面こわい!』
「っ、うる、さい!」
「なんだと?」
「ぁ……」
『あ、ごめん……』
騒ぐ『声』に反応してしまい、傭兵の男に反論したみたいになってしまった。
「チッ、売れ残りの《能無し》が……舐めてっと、どうなるか分かってんのか、アァン!?」
剣を抜いて、檻の隙間から突き刺してくる。
とっさのことで動けなかったわたしは左腕に剣が突き刺さってしまった。
痛かった。痛かった。痛い。痛い。
「~~~っ!?」
『痛っでぇえええ!!!』
「うっせえ! 黙れや!」
耳元で喚く声をかき消すようにわたしを怒鳴りつけてくる傭兵の男に――尻尾を切り落としてきた村の大人を思い出してしまう。
痛めつけるように、刃こぼれした鉈でわたしの尻尾を何度も何度も叩きつけて、千切ってきた、あの村の大人。
あの日からわたしの頭から離れてくれない光景。
忘れたくても、ないはずの尻尾が痛んで忘れない。
「ひ、やだ、やめて、やめて!」
「黙れって言ってんのが分かんねえのかよ!」
ガンッガンッと苛立つように檻を蹴る傭兵。
わたしは耳を塞ぎ、うずくまることしかできない。
もう傭兵の男が何を言っているのかが分からなくなっている。
わたしはただただ、痛いのは嫌だと泣き喚くことしかできない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「――チッ、気分悪ぃーぜ」
傭兵の男は舌打ちをこぼすと、足音を立てながら離れていく。
興がそがれてくれたのだろうか。
……わたしは、おそるおそる、伏せていた顔を上げる。
「――ヒュッ」
息を呑む。
だって、傭兵の男は熱された焼きごてを持っていたのだから。
それがゆっくりと、わたしのほうへと近づいてくる。
『っ! まずい!』
「――っ」
ギュッ、と目をつむる。
『……ああ、もうっ。こんなことになるなんて! 自業自得だけど!』
焦ったような声が遠く聞こえる。
すぐ近くに熱があるのが分かる。
痛みに耐えるように体を強張らせていると――
『――《
『――《神官Lv1》を獲得しました』
『――《
『――《外なる知恵の神》による強制操作を開始します』
そんな無機質な声を聴いた――。
***
やっべー。やらかしてしまった。
むやみに騒ぎを起こして、危険な目に遭わせてしまった……。
本当なら、餌付けして、話しを聞いてもらって、体調を万全にしてから動きたかったのに。
……これは使いたくなかったな。
「『権能……こんな序盤で使うなんて』」
俺は、俺の体になったニィナの口でため息をつく。
――――――――――――
【男】
AP 10/10
WP 10/10
BP 1/10
SP 9/10
加護:《満腹の加護》《健康の加護》《安眠の加護》《浄化の加護》
知識:《魔術》《技能付与「神託Lv-」》
権能:《
――――――――――――
《外神》……この権能は、キャラクター操作を可能としたり、キャラクターを
本当なら、万全な体調で《魔術》を駆使しつつ、ここを脱出したあと、ゆっくり選ぶつもりだった。
《戦士》とか《狩人》とか、ほかにも候補はあったのに。
……でもなあ、傷に対してトラウマ持ってるみたいだし。
それなら傷を治せる《神官》がいいかなあって。
「『“
俺は《火》を起こし、傭兵を燃やす。
問答無用。
対象を燃やす魔術を発動させる。消費WPはなんと1。
「くぎゃああああ!!??」
容赦はしない。
こうなったら徹底的である。
ニィナが安全になるまで、ここをつぶす。
「『“
この建物を対象として《魔術》を発動させる。
「『“
この建物に存在する人を対象に《魔術》を発動させる。
「『“
最後に、この冷たい檻を対象に《魔術》を発動させる。
さぁーて、逃げよっと。
***
「ん……」
『あ、起きた。おはよう』
「ここは……」
『どっかの草原。少なくともあの奴隷商からは結構離れているはず』
「そう」
足が痛い。
かなりの間、歩き続けたみたいだ。
太陽は高く、今は昼過ぎ……だろうか。
『あ、痛いなら《
「? なに言ってるの、わたし《神官》じゃないよ」
『……それがその……ごめんね。勝手に《神官》にしちゃった』
「…………」
テヘっ、と嬉しくない誤魔化しを聴きながら、わたしは絶句してしまう。
だって……絶対に変わることのない《天能》を変えたと言っているのだ。
神から与えられた資質とされている《天能》を。
「な、なにを……」
『いやその、俺的には戦いに向いてるのがよかったんだけどさー。というか相談して決めたかったというか。……状況が危機的だったしね』
まるで、なんてことのないように声は続ける。
『まあ、その状況も俺が招いたことなんだけどさ』
「あ、あはは……」
もう、乾いた笑いしか出てこない。
あれほど望んだモノが、こうもあっさり手に入ってしまうなんて想像もしていなかった。
嬉しいはずなのに、驚きとかその他いろいろで心が追いつかない。
「あなたは……」
『うん?』
なんか色々と言い訳を重ねているこの声の主に訊ねる。
初めに訊ねようとして、遮られてしまったこと。
でもその時と違って、わたしの中にはある答えがあった。
こんなふざけた態度で、なのに気まぐれに奇跡を起こす存在に、ひとつだけ心当たりがあったから。
わたしには、それ以外の答えを知らない。
どこかまだ疑わしいし、信じられもしないけど――だからこそ、そうとしか思えなくなっている。
この声の正体は、きっと
「神様ですか……?」
――――――――――――
【ニィナ】
属性:獣人 奴隷 栄養失調
天能:《神官Lv1》
技能:《神託Lv-》《
特性:《静謐》
加護:《外神の加護》
体力:1
魔力:3
持久:5
筋力:3
知力:4
敏捷:1
善性:0
悪性:0
――――――――――――
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