親友との再会
空き倉庫での戦いから一週間以上が過ぎた。九月も残すところわずかである。
脇腹を負傷したヴァルトルーデは一週間丸々王立学院の講義を休んだ。傷を癒やすことももちろんだが、魔剣の真の力を解放した疲労がなかなか抜けなかったからでもある。
久しぶりに登校した王立学院にヴァルトルーデは懐かしさを感じた。夏休み明けでも感じなかった感覚に苦笑する。
週明けの王立学院は一見すると何も変化がないようだった。しかし、周りの会話に耳を傾けると、誰もが王太子の婚約者が決まったことについて熱心に話している。
そんな中、ヴァルトルーデはエイミーと早く会いたがった。先週一足早く王立学院に復帰していたと聞いていたので様子か気にしていたのだ。
ようやく昼休みになっていつものテーブルで再会できる。
「エイミー、ああよかった!」
「会えて嬉しいよ、ヴァルテ!」
手を取り合って喜んだ二人は給仕がやって来たので席に座った。今日の昼食は豚肉たっぷりのホワイトシチューだ。
食事を始めてすぐにヴァルトルーデがエイミーに声をかける。
「見た感じ平気そうだけど、体の具合はいいの?」
「大事を取って何日か安静にしていたけどもう大丈夫! 部屋でじっとしている方が返ってつらかったくらい。あたしよりもむしろヴァルテの方が心配だよ」
「すっかり治ったわよ。アルが優秀なお医者様と魔法使いをよこしてくれたから」
「そんな治療費よく払えたわね。生活が苦しいって言ってたのに」
「払えるわけないじゃないの! アルがお詫びだって全額負担してくれたのよ。金額を聞いて目をむいたわ。何回破産しても足りないくらいの額だったんですもの」
「そっかぁ。あたしのところもアル様に治療費を負担してもらえたけど、ヴァルテの方はもっと大変だったんだね」
「大変だって言ったら生活費もよ。何しろ一週間丸々働いていないんですもの」
「夏休みに稼いでまとまったお金が手に入ったって言ってなかったっけ?」
「あれほとんど大舞踏会のドレスを新調するのに使っちゃったのよ。こんなことになるなんて思ってなかったから」
しゃべっているうちに自分の財布の中身を思い出したヴァルトルーデは頭を抱えた。今すぐ行き詰まることはないが、一ヵ月もしないうちにパンのかけら一つ買えなくなってしまう。
悲嘆に暮れるヴァルトルーデの様子を見たエイミーの表情が暗くなった。心苦しそうに頭を下げる。
「ごめんね、ヴァルテ。あたしのことで巻き込まれて大変なことになっちゃって」
「悪いのはエイミーじゃないわ。一方的に絡んできた方よ」
「でもあたし、ヴァルテを刺しちゃった」
「そこまで。あれはあなたが操られていたからでしょう。エイミーがそいつらの分まで誤る必要なんてないわ」
「うん。ありがとう」
目を潤ませ泣きそうだったエイミーが笑った。
心配事を一つ取り除けたヴァルトルーデが穏やかな表情になった親友に問いかける。
「アルからは間接的に聞いているけど、あなたってパオリーネ様に呼び出されて捕まったのよね? 一応誰かにそのことを訴えたの?」
「官憲の人にはお話したんだけどそれっきりだった。自分は謝罪してすぐに帰ったからその後のことは知らないってことになってるそうね」
「腹が立つわよねぇ。周りでみんな話をしてるのを聞いて知ったけど、先週ついに王太子様の婚約者がパオリーネ様に決まったでしょう。あれだけのことをしたっていうのに!」
「元々あたしは王太子様と一緒になれないから、婚約者が決まったことはあきらめられるけど、それがパオリーネ様となるとやっぱりイヤかな」
「あーもう、腹が立つ!」
怒りを露わにしたヴァルトルーデがシチューの豚肉をすくって口に入れた。柔らかい豚肉が口の中でほぐれておいしい。
そんなヴァルトルーデを見るエイミーは、しかし同調せずに悲しそうな顔になる。
「でも、パオリーネ様はともかく、シュテラ様はちょっとかわいそうかなって思ったよ」
「シュテラ様? 今は静養中なのよね。いつ戻ってくるかはわからないけど」
「もう戻ってこないって話を聞いたの。先週ここを退学したんだって」
「え? どうして?」
「ちょっと復帰するのは難しいらしいって聞いた。ある程度落ち着いたら修道院に送られるそうだよ」
「そんなにひどいの?」
「あたしはあの倉庫に着いたら縛られて眠らされたから覚えてないけど、相当ひどい目に遭ったってアル様に聞いたよ。だからそのせいじゃないかな」
「その話は私もアルから聞いたわ。そっか、シュテラ様は退学したんだ」
予想外の話を聞いたヴァルトルーデはわずかに呆然とした。復帰してきたら証言を迫ることも考えていたからだ。しかし、完治が見込めず修道院送りとなるとそれもできない。
改めて現実を突きつけられたヴァルトルーデは肩を落とす。
「結局、パオリーネ様の一人勝ちかぁ」
「一人勝ち? 婚約者に選ばれたってこと?」
「そうよ。ところで、エイミーはこれからどうするのよ? あの方と」
「それは婚約者の選定が決まるまでっていう話だったから」
「もう会わないっていうの?」
「本当はそれが一番いいんだろうけど、最後に大舞踏会で一曲踊ってもらって終わりにしようかと思ってる」
そこで二人の会話は途切れた。ヴァルトルーデとしてはエイミーを応援したいが、婚約者候補にすらなれなかった親友の立場ではどうにもならない。
何ともいえない暗い雰囲気が二人の囲むテーブルを覆った。
その後も王太子の婚約者についての話が盛り上がり続けた。王立学院から下校してもその状況は仕事先でもあまり変わらない。耳にしなくなったのは帰宅してからだった。
夕食を済ませると二階の寝室に引きこもる。今晩は持ち帰ってきた作業はない。
ベッドに仰向けに倒れたヴァルトルーデが大きく息を吐き出す。
「今日も一日が終わるわねぇ」
『何だあるじ、黄昏れてんのか?』
「そりゃ黄昏もするわよ。婿探しに王都へやって来て一年半になるのに、生活に追われてばかりでろくに探せてないんだもの」
『わし見てて思うんだけどよ、何で人間ってつがいを見つけるのにそんな面倒なことしてるわけ? どーせやることなんて変わんねーんだし、もっとすぱっと決められねぇもんなの?』
「子孫を残すだけならあなたの言う通りなんだろうけど、他の要素が絡んでくるから簡単にはいかないのよ。生活するための経済的基盤とか個人の要望とかね」
『かーっ、めんどくせー! でも、あるじを見てるとこのままじゃ見つからねー気がするんだが』
「うるさいわね! 私だって焦ってきてるんだから! 残り二年半あるけど、ろくな噂しか広がっていないからみんな私のことを避けるのよ!」
『あるじ大変だなー』
まったくの他人事だという口調が頭の中に響いたヴァルトルーデは口を尖らせた。大きなため息をつく。
「パオリーネ様には結局散々振り回されて終わっちゃったし、本当にもう最悪!」
『あれなぁ。終わったかどうかはまだわかんねーぞ』
「え? でもあの悪魔ってオゥタが食べたんでしょう?」
『確かに喰ったぜ。けど、あれが全部なんて確認できてねーからな』
ベッドの上をごろごろとしていたヴァルトルーデはぴたりと止まった。そして、横になったまま眉をひそめる。
「もしかして、あれで終わりじゃない?」
『わしだってあの悪魔の全貌を見たわけじゃねーから断言はできねーけどな。二手に分かれて片方が死んでも別の方が生き残れるようにするってーのは珍しくないぜ』
「ということは、まだ悪魔が何かしそうってことなの?」
『あの娘っ子との契約内容次第だろ。用が済んだんなら契約履行でおさらばしてるはずだけどな』
「パオリーネ様は目的を達成できたんだから、もう終わりでしょう」
『普通はな。けど前にも言ったが、悪魔の手を借りるとまずろくなことにはなんねーんだ。大体は余計なことをやらかして悲惨なことになる』
「でも、パオリーネ様には今のところ何も起きていないということは」
『そうなんだよ。よっぽどうまくやったんなら大したもんだが、わしにはそーは思えねーんだ』
説明を聞いたヴァルトルーデは不安な表情を浮かべた。まだ何かあるのだとすれば、自分も巻き込まれる可能性があるからだ。
そんなヴァルトルーデにオゥタが更に話しかける。
『だからよ、前にあの悪魔の命を喰ったときに知ったおもしれーことを教えてやる』
「なによそれ?」
『ヤバくなったら使いな。文字通り切り札だからな』
「絶対ろくなことじゃないでしょ?」
『悪魔関係でろくなことなんてあるわけねーだろ。いい加減諦めろよ、あるじ』
楽しそうにオゥタが笑った。ヴァルトルーデは不安を強めてしまうが拒否できない。
ベッドで横になりつつもヴァルトルーデは渋い顔のままオゥタの話を聞いた。
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