親友の置かれた状況
昼時の食堂は一日で最も騒がしくなる場所である。普段は淑女堂と成人堂に分かれて講義を受けている生徒が一堂に会するからだ。大抵は気の合う友人と一緒に食事を楽しむ。
普段のヴァルトルーデもエイミーと食事をするのが常だ。今まで王立学院を欠席しない限りはいつも二人一緒だった。
ところが、この日のヴァルトルーデの食事の相手はアルだ。エイミーではない。
「いつもと違うと落ち着かないわね」
「僕で不足だっていうのなら、そうはっきりと言ってくれたらいいのに」
「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと不安な部分もあるし」
「大丈夫だって。信頼できる人も一緒に席にいるから、単に食事をする機会があったっていうようにしか見えないよ」
「わかってるんだけどね」
豚肉のステーキを切り分けながらヴァルトルーデがつぶやいた。その視線のはるか先にエイミーが食事をしている席がある。
今日のエイミーはイグナーツに同席しているのだ。四人席の残り二席はアルが選んだ口の堅い子弟子女である。
これほど堂々と会っている理由は二人の時間を作るためだ。今年に入ってイグナーツは政務の一部も任されて王立学院の外で会うことが難しいのである。
しかし、婚約者の選定中であるイグナーツの一挙一動は注目の的だ。そこで、食事の場で交友の輪を広げているという体裁をアルが整えたのだった。
視線を戻したヴァルトルーデは小さく切り取った豚肉を口に入れる。脂が乗っていておいしい。
「エイミーって夢見がちなところがあるから、のめり込んでしまわないか心配だわ」
「そこはエイミー嬢を信じるしかないよ」
わずかに悲哀を帯びた表情になったアルが言葉を返した。
王太子の婚約者は候補者から選ばれるが、その候補者になれるのは伯爵家以上の身分の者というのが暗黙の了解になっている。形式上は貴族の令嬢ならば誰でも候補者になれるのだが、選定時の家同士の競争で勝てないのだ。
そのため、二人の感情はともかく、男爵令嬢のエイミーでは候補者にすらなれない。習慣のためにこの恋は実らないことが最初から決まっているのだった。
食堂内の喧噪に比べてヴァルトルーデの雰囲気は暗い。
「絶対に叶わない恋だけどせめて今だけは、か」
「僕なんかは、後々あきらめるときがきつくなるとしか思えないんだけどね」
「だからって確認できたからさようなら、なんてできるわけないじゃない」
「だったら、麗しの君の正体はわからないままの方がよかったのかもしれないな」
「私が夜会にエイミーを連れて行かなかったらよかったわけ?」
「それを言うなら、僕もきみに夜会の同伴者になることを頼まなきゃよかったね」
「あーもう、暗い話ばっかり! こんなのいや!」
「少しの間の辛抱さ。婚約者の選定が終わったら、あの逢瀬も終わりなんだから」
「どんなに長くても今月中? もう、終わった後にエイミーを慰めるの私なのよ?」
「一番の貧乏くじを引かせたのは悪いと思ってる」
「埋め合わせは絶対してもらうからね。夜会」
「あーうん、わかってる」
「なーんで目をそらすのよぅ」
頬を膨らませたヴァルトルーデが豚肉のステーキを切り分けた。せっかくのおいしい料理もおいしさが半減である。
苦笑いするアルは少し考えるそぶりをした。そして、ヴァルトルーデを見て口を開く。
「そうだ思い出した。昨日別れ際に言っていたエイミー嬢の持ち物の件について話してくれないか? シュテラ嬢が何かを探していたって?」
「露骨に話を逸らしてきたわね。まぁいいわ。そっちも重要な話だし」
「だろう? 何を探していたかわからないんだったよね」
「そうなの。私が講義室に入ったときにシュテラ様とそのお仲間二人がエイミーの鞄の中を見てたのよ。私が問い詰めるとあんたには関係ないでしょって開き直られるし、教員に訴えるって言ったらもみ消すって言い返されたわ」
「そりゃまたすごい。典型的な貴族ともいえるけど。で、教員には訴えたのかい?」
「言ってないわ。私以外に見た人がいないから」
「せめて僕がいたらまた違った展開になったんだろうな」
「男の人が淑女堂に入れるのならね。ともかく、せっかく犯行現場を押さえたのに何にもできないってのが悔しいのよ」
少し口を尖らせたヴァルトルーデが切り分けた豚肉をフォークで口に入れた。
落ち着いた様子のアルが問いかける。
「さっきから探しているって言ってるけど、それは間違いないのかな? 荒らしているってことはない?」
「たぶんないと思うわ。私に見つかったときにシュテラ様が散らかった物を片付けるよう仲間の二人に指示していたもの」
「そうなるといじめが目的じゃないんだ。もしかして逢い引きしていたことを知られた? 何らかの方法で」
「だとしても鞄の中を探し回る理由になる? それだといじめるっていう方がまだ筋が通るわ。それに、エイミーによると逢い引き前からだったらしいのよね」
「ますますわからないな」
首をかしげたアルがうなった。目下一番知られると困る秘密が関係ないとなるとすぐには思いつかない。
「でも、どうしてシュテラ嬢がエイミー嬢の持ち物を狙うんだろう。何か心当たりある?」
「ないわ。エイミーにも尋ねたけどわからないって。何しろ接点がほとんどなかったら当然よね」
「そうなると、シュテラ嬢の意思で動いているわけじゃないのかもしれないのか。パオリーネ嬢が指示をした?」
「何のために、ってそうよ思い出した! エイミーは呪われそうだったんだわ。今でも呪われているのよね、オゥタ?」
『呪いの気配は感じるぜ。その首飾りってのを外すと倒れちまうんじゃねぇのかな』
問いかけられたオゥタはのんきな調子で返事をした。
それを聞いたヴァルトルーデはうなずく。
「まだ首飾りは必要らしいわ」
「あの魔剣がそう言っているのか。そうなるとまずいな。いや、そうでもないのかな?」
「どっちなのよ?」
「呪いを防いでいる手段をエイミー嬢が持っていることに気づかれたのはまずいんだけど、シュテラ嬢の行動がヴァルテに見つかったことはパオリーネ嬢への牽制になるはず」
「いいのか悪いのかわからないわね。というか、パオリーネ様がエイミーを呪っているって証拠は掴めたの?」
「まだだよ。守りが厳しくてね。それに、僕の使える手段も限られているんだ。でも、状況証拠はパオリーネ嬢を指しつつあるよね」
「だとするとますますわからないわ。どうして婚約者候補でもないエイミーを呪うのかしら?」
「逢い引きのことを知らないとしたら、それ以前に何か気になることがあったんだろう。ただ、今はパオリーネ嬢にエイミー嬢が目をつけられたってことが重要だ」
「あーもう、婚約者候補同士でまっとうに喧嘩していてくれたらよかったのに」
「僕もそう思う」
怒るヴァルトルーデにアルが同意した。呪いの騒ぎが起きなければ、普通の婚約者選定として外部で無責任に楽しんでいられたのだ。
そうはいっても、実際はエイミーの件も含めて二人とも巻き込まれてしまっている。
「アル、エイミーの身を守る方法って何かある? パオリーネ様とシュテラ様のどちらにしろ、狙われているのは違いないんだから」
「護衛でもつけろっていうの? そうしたいとは思うんだけど、名目がないんだよね。今のところ集まっているのは状況証拠だけだし」
「私の目撃証言だけじゃたりない?」
「きみとエイミーの距離が近すぎるんだ。高位貴族ならまだ何とかなるんだけど」
「せめて常に誰かそばにつけておけないの? 私だって講義があるからいつも一緒にいられないし」
「そうなるとエイミーとあの方のことを知る人が増えることになる。今相席してもらっている二人だってやっと見つけたんだ」
「魔法具は何かない?」
「それは僕も考えたんだけどぱっとは思いつかないな。あったとしても高価すぎて関係の薄い男爵令嬢に貸す理由がないだろう。エイミー嬢との関係はきみ経由なんだから」
「呪いを防ぐ首飾りは貸せたのに」
「むしろあれは奇跡的だと思ってほしいよ」
『もう娘っ子二人をぶっ殺した方が早くね?』
突然ヴァルトルーデの頭の中にオゥタの声が響いた。物騒な提案に眉をひそめる。いつもなら呆れたり怒ったりしているところだ。しかし、こうも手詰まりの状況となると悪い案に思えない。
かぶりを振ったヴァルトルーデにアルが怪訝そうな顔を向ける。
「急にどうしたの?」
「なんでもないわ。あーもう、どうしよう」
しかめっ面をしたヴァルトルーデがため息をついた。どうしても直接行動に移れるきっかけが掴めない。田舎なら直接喧嘩ができる分わかりやすくていいなと強く思う。王都のこういうところは未だに慣れない。
ナイフで少し大きめに切った豚肉をヴァルトルーデは不機嫌そうに口に入れた。
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