微妙に違う物の位置
逢い引きを手引きした翌日、ヴァルトルーデはいつものように王立学院に登校した。休日明けで気が重いがこれはいつものことだ。
一方、同じく登校してきたエイミーは普段よりもぼんやりとしていた。たまに赤面したり顔を隠して体を横に振ったりしている。明らかに様子がおかしかった。
昼休みに入ると、ヴァルトルーデはいつもより挙動不審な親友を捕まえて食堂の席に座らせる。その間も目を潤ませて自分の世界に入っていた。
呆れた顔をしながらもヴァルトルーデはエイミーに尋ねる。
「エイミー、あなたどうしたのよ? 朝からずっと変よ?」
「だってあたし幸せなんだもの。まさか憧れの君にお目にかかれるなんて!」
「それ誰にも言ってないでしょうね?」
「もちろんよ! あの人とのお約束を破るなんてとんでもない!」
完全に夢見る乙女になっているエイミーは手を合わせて恍惚とした表情を浮かべた。
その様子を見たヴァルトルーデは顔に手を当てる。
「黙っててもそんな態度じゃ一発でばれるじゃないのよ。もっと普段通りにできないの?」
「だって今のあたしって人生で一番幸せなんですもの!」
「そりゃそーなんでしょうけどね、その態度から勘ぐられて相手の方に迷惑がかかるんじゃないの?」
「うっ。そ、それは困るよぉ」
悲しそうな潤んだ瞳を向けられたヴァルトルーデが嫌そうに顔を背けた。エイミーの幸せに水を差すのは本意ではないが、事が
損な役割だと承知しつつもヴァルトルーデは忠告する。
「喜ぶなとは言わないけど、あんまり露骨にはしゃぐと怪しまれるわよ」
「そうだね。う~、なんかもどかしいなぁ」
肩を落とすエイミーの姿を見てヴァルトルーデは渋い表情になった。給仕が食事の用意するのを尻目に話題を探す。食事の用意ができた後も二人はしばらく黙っていた。
すると、エイミーから話しかけてくる。
「ヴァルテ、今回はありがとうね。あたしのためにいろいろと動いてくれて」
「いいのよ。私はアルに頼まれてちょっと動いただけだから。元はあちらの方から何とかしてほしいって頼まれたそうよ」
「それでもだよ。ヴァルテがいなかったら、夜会であの人と踊ることもなかったもんね」
「だったら、カミレの特製チーズケーキはあの一回だけでいいわよね?」
「ううん、あと六回は食べるわよ?」
「なんでこの流れで許してくれないわけよ!?」
「それはそれこれはこれ、だもん。いきなりあの方と会うことになって心臓に悪かったのは確かなんだから」
「エイミーのけちぃ。私の財布の中身を知ってるくせにぃ」
「しょうがないなぁ。それじゃあと一回だけで許してあげる!」
「あと一回かぁ。でもどうして?」
「だってヴァルテ自身が二回って言ってたじゃない」
「あ~そういえば」
過去の自分の言葉を思い出したヴァルトルーデは天を仰いだ。一回だけと主張するべきだったと後悔する。
まるで魂が抜けたかのようなヴァルトルーデをエイミーは見て笑った。いつもの笑顔だ。ところが、それは長く続かず、最後は小さくため息をつく。
「エイミーどうしたのよ? 今の話でため息をつくところなんてある?」
「ないよ。それじゃなくて、別のことを思い出してちょっとね」
「なによそれ?」
「あたしって今、アル様から届けてもらった首飾りで呪いを防いでるじゃない。もしかしたらそのせいで変なことが周りで起きてるんじゃないかなって思ったの」
「聞き捨てならないわね。その話ってとりあえず何とかなったんじゃないの?」
「あたし自身は別に何ともないよ。でも先週の終わりから物が荒らされたような感じがあって、ちょっと気味が悪いの」
「荒らされたような感じ?」
「うん。取られた物はないし壊された物もないけど、離れてから戻ってくると物の位置が変わっていることがあるのよね」
不安そうなエイミーの話を聞いたヴァルトルーデは眉をひそめた。目的がまるでわからない。
「嫌がらせというより何かを探しているような感じがする」
「そうなのよ! だから気持ち悪いのよ。明らかにお金がないとわかるところまで探されていたから何が何だかもう!」
「落ち着きなさい。あなたがあの方と街中を歩いていたのを偶然知って、嫌がらせをしているだけかもしれないわよ」
「それはないと思う。あの人と街中を歩いたのは昨日でしょ? でも、物の位置が変わるのはそれより前の先週のお休み前から始まったんだもの」
「え?」
とりあえず慰めようと適当なことを言ったヴァルトルーデはエイミーの指摘に呆然とした。そうなると、何のためにエイミーの持ち物に手を付けているのかわからない。
深まった謎にヴァルトルーデは頭を抱えた。
食べると眠くなる。これは真理だ。そのため、昼休み直後の講義は起きているだけでも精一杯なのは仕方のないことだろう。
睡魔との戦いに何とか勝利したヴァルトルーデだが今にも眠ってしまいそうだった。講義が終わって次の部屋に移動する途中であくびをする。
「ふぁ~あ、ねっむ」
「ヴァルテ、次は小舞踏館で舞踏の実習だよ。舞踏用の靴はどうしたの?」
「え? あ!」
淑女堂と小舞踏館をつなぐ渡り廊下に出たところでヴァルトルーデの脳は急に目覚めた。エイミーの指摘通り周りの子女と違ってヴァルトルーデだけ手ぶらである。
「なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!?」
「だって気づいたの今なんだもん」
「あーもう! 先に行ってて! 戻って靴を取ってくるから!」
踵を返したヴァルトルーデが小走りで淑女堂へと入った。休み時間中の建物内は生徒のざわめきで騒がしい。その中を縫うように急ぐ。
先程までいた講義室はそんな中でも静かだった。次の時間は講義がないからだ。
当然誰もいないと思っていたヴァルトルーデは何のためらいもなく講義室の中へと入る。しかし、予想に反して三人の人影が室内にあった。しかも、エイミーの鞄の中を覗いている。
「え?」
扉を開けて中に入ったヴァルトルーデと振り向いた三人が同時に声を上げた。全員が目を見開いてお互いを見つめている。
その三人とはシュテラとその仲間の令嬢二人だった。息をするのも忘れたかのように固まっている。
王立学院は四年生の教育機関だ。生徒の習熟具合や選択内容によってカリキュラムが変化するため、異なる学年であっても同じ講義を受けることは珍しくない。
しかし、シュテラたち三人とヴァルトルーデは講義が重なることは今までなかった。ましてや次の時間に使われることのない講義室にいる理由もわからないし、エイミーの鞄を覗いていい理由などないはずである。
「シュテラ様、どうしてエイミーの鞄の中を探っていらっしゃるのですか?」
「こ、これは! あんたたち、早く片付けなさい!」
シュテラに命じられた二人の令嬢ははじかれたように動き始めた。一人がエイミーの鞄を持つと、もう一人が机の上に出されていた道具を詰め込む。
その様子を見たヴァルトルーデはまなじりを上げた。シュテラから今まで何度も嫌味を言われたことはあったが、直接何かをされたのは先日貴族子弟をけしかけられたとき以来だ。しかしそのときでも相手はヴァルトルーデであってエイミーではなかった。
三人に近づきながらヴァルトルーデは問いかける。
「先週から物の位置がおかしいときがあるとエイミーが言ってましたが、まさかシュテラ様がこのようなことをしていらっしゃると思いもしませんでした」
「な、何の話よ? わたしはそんなの知らないわ」
「では、今までエイミーの鞄の中を探っていたのはなぜですか?」
「これは、ちょっとその、あんたにはどうでもいいことでしょ!?」
「そんなわけないでしょう? 友達の鞄の中を他の誰かが勝手にまさぐっている場を見つけて、どうでもいいわけありません」
「うるさい! あんたには関係ないことよ。ほら、あんたたち行くわよ!」
「教員の方々に訴えますからね」
早足で講義室から抜け出そうとしたシュテラたち三人はヴァルトルーデの言葉を聞いて立ち止まった。目を見開いて振り向いて引きつった笑みを見せる。
「へぇ、このわたしに楯突こうっていうの?」
「元々シュテラ様は私を嫌っていらっしゃったではありませんか。今更何を」
「ふん、そんなことをしても意味はないわよ。だって、ここにいるのはわたしたちだけですもの。他の証人がいないのならあんたの証言なんて取り消せるわよ」
何かを言い返そうとしてヴァルトルーデは言葉に詰まった。貴族社会において爵位の上下は非常に重い。ましてやヴァルトルーデは田舎貴族の出身である。その言葉は軽んじられる傾向にあった。
睨むだけのヴァルトルーデを見たシュテラは勝ち誇った笑みを浮かべる。そして、すぐに踵を返して講義室を出た。
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