第5章 捜し物
面白くない状況(パオリーネ サイド)
王立学院は未来の貴族の子弟子女を育てるための教育機関だ。そのために必要な施設がいくつも用意されている。
庭園もその一つだ。しっかりと手入れされた花や草木が彩りを添えており、ここでお茶会の作法を学ぶのも大切な学びである。
お茶会は庭園にある
パオリーネはこの庭園でよくお茶会を開く。仲間との結束を固めるという意味も当然あるが、こういう場で互いに情報交換することが重要だと知っているのだ。
この日も令嬢たちを集めて放課後にお茶会を開いていたが、その雰囲気は普段と違った。
一通りの挨拶が終わるとパオリーネが近くに座っているシュテラに目を向ける。
「シュテラ、面倒なことをしてくださいましたわね」
「も、申し訳ありません、パオリーネ様」
「お友達と一緒にヴァルトルーデを囲み、殿方一人に襲わせようとしたところ返り討ちに遭ったと。念のために確認しますが、誰にも見られていないですわね?」
「はい、それは大丈夫です!わたしたちとあいつだけでした!」
「軽率にもほどがありますわ。これで誰かに見られていればどうなっていたことか」
お茶会にしては冷たい雰囲気の中、いつもと様子が変わらないパオリーネは用意されたティーカップを口にした。
一方、青い顔をしたシュテラが怯えた目をパオリーネに向けている。いつもの強気な態度はかけらもない。
「それにしても、あの田舎娘が黒い剣をいきなり手に出現させるとは。手品でなければ魔法剣ですわね」
「あんな見るもおぞましい剣を手にするなんて、きっとあいつは悪魔の手先なんです! それまでなんにもできなかったくせに、あの剣を手にしたらいきなり強気になって!」
「殿方も何もできなかったのですか?」
「そうなんです! 目の前であっという間に地面に倒されて剣を突きつけられたんです! あんなの相手にわたしたちじゃ何にもできませんよぅ!」
「厄介ですわね」
想像以上にシュテラが恐れていることにパオリーネは眉をひそめた。一応他の令嬢からも事情を聞いていたがどれも伝聞にすぎない。正確なところはわからなかった。
ティーカップをソーサーに置いたパオリーネの表情が愁いを帯びる。
「ヴァルトルーデそのものはどうでもよいですが、エイミーと仲がよいというのはよろしくありませんわね」
「エイミーですか? あのヴァルトルーデと仲がいい男爵令嬢ですよね?」
「ええ。三日前の夜会で王太子様と一曲踊ったときのことが気になりましたから」
「あのときですか! ずいぶんとへたでしたよね! あれで王太子様と踊ろうと思ったのでしたから、恥知らずというべきです!」
「確かに踊りはとても見られたものではありませんでしたが」
無邪気にエイミーを見下すシュテラを見てパオリーネはわずかに眉をひそめた。気にしているのはそこではないからだ。
あの夜会で王太子と踊った令嬢は何人もいたが、もっとも密接だったのはエイミーだった。単に体が近かったというだけではないとパオリーネの勘が告げている。
しかもその踊りにしても、不格好ながら王太子と息が合っているようにも見えたのだ。
確かに王太子の婚約者候補ではない。男爵令嬢では普通なら候補にすらなれない。側室すら難しく愛妾がせいぜいだろう。しかしそれでも、パオリーネの胸の内から不安がわき上がる。
しかしそれも一段落した。今頃はヨーナスの呪いで苦しんでいるはずである。
「今は自宅で病に伏せていると聞きますわね」
「あれ? そうなんですか? お昼に食堂にいるのを見かけましたけど」
「なんですって?」
予想外の事実を告げてくるシュテラにパオリーネは目を見開いた。夜会の後、確かにヨーナスに命じ、そして呪ったと報告を受けている。なので王立学院に登校できるはずないのだ。そんなことはあってはならない。
目をむいたパオリーネに顔を向けられたシュテラは口元をわななかせる。
「パオリーネ様、どうかなさいました?」
「いえ何も。それより、エイミーが食堂にいたのは確かなのですか?」
「はい。この二人といつもの席に向かう途中で確かに見ました。前と同じようにヴァルトルーデと一緒に食事をしていましたよ」
「そうですか。見間違いではないのですね」
「あの二人もいつもの席でしたので、見間違いではないはずです。何かあるんですか?」
わずかに自信なさげにシュテラは返事をした。失敗をとがめられた後に再び間違いを犯す恐怖で身を震わせる。
自分の手下が窺うような目を向けていることを気にせずにパオリーネは考え込んだ。これは早急に調べなければならない。
パオリーネは不機嫌そうにため息をついた。
グリム侯爵家の屋敷内は高価な蝋燭で絶えず照らされている。それは豊かさの象徴だ。しかし、パオリーネの寝室にはその明かりがなかった。
暗い室内でパオリーネがきらびやかな椅子に座って目の前を見ている。そのすぐ先にはヨーナスがいた。気負うこともなく立っている。
「
「確認したわ。わたくし以外は候補者であり続けるのは無理ね」
「しかし、一つ問題が発生した」
「エイミーの件ね」
「知っていたのか」
わずかに顔をこわばらせたヨーナスだったがすぐに無表情に戻った。
目の前の男を見据えながらパオリーネがいつも通りの口調で話す。
「わたくしのお友達からうかがった話しですけれど、今日のお昼に王立学院の食堂で見かけたそうですわ。いつも通りだったそうですけど?」
「三日前の夜に命を受けて儂はその男爵令嬢を呪った。最近は世間に怪しまれるようになってきたので、自然な
「それで、呪えなかったというわけですわね」
「いや、確かに呪えた。今も呪えている」
「ではどうしてエイミーは普段通りなのですか?」
「儂も気になって調べてみた。すると、どうも昨日の夜あたりに呪いを防ぐ手段を手に入れたらしいのだ。問題はそれが何かなのだが、今のところわからん」
説明を聞いたパオリーネは眉をひそめた。目障りな子女が普段通りの生活をしているのも気に入らないが、呪いを防ぐ手段を手に入れたというのが不安をかき立てる。
「エイミーはその呪いを防ぐ手段をどうやって手に入れたのかしら?」
「グラーフ伯爵家のアルという者が用意したらしい。最近儂らを嗅ぎ回っている貴族の坊主だ。かなりの魔法の使い手と聞く」
「ああ、あの。しかしわかりませんわね。エイミーとアルの接点はほとんどないはず。なぜそこまでするのかしら?」
「エイミーと仲がよいヴァルトルーデという小娘がグラーフ伯爵家によく出入りしているそうだ」
「なるほど、それで線はつながりましたわね。まったく、忌々しい」
わずかに苛立ちを見せたパオリーネが言葉を吐き捨てた。今まで順調に不安を取り除けていただけにエイミーの件を無視できない。
「ともかく、このままではエイミーが何をしでかすかわかりません。早急に手を打って確実に呪いなさい」
「そのためにひとつ主に頼みたいことがあるのだ。エイミーがどんな類いの呪いを防ぐ手段を持っているか確認してもらいたい」
「それはあなたの仕事ではなくて?」
「本来ならばな。しかし、これ以上無理に調べて儂の存在が世に知られてしまうのは主にも都合が悪かろう」
「それは確かに」
「これが王太子の婚約者候補というのならその危険を冒す価値はあるだろう。しかし、候補者でない小娘のためにわざわざそこまで身を危険に曝す必要があるのか?」
ヨーナスの問いかけにパオリーネは不機嫌そうに黙った。事が成っても呪っていたことが世間に漏れてしまっては自分が破滅するだけである。
これが今まで有力な婚約者候補を病気や事故にしてきた理由だ。立て続けに何人も高位貴族の令嬢が亡くなると犯人捜しが厳しくなる。しかし、病気や事故で済んだ場合は追及がそこまで厳しくならない。
そうやって身の安全と呪う危険を天秤にかけながら今までやってきたのだ。それをここに来てわざわざ危険に大きく傾ける理由はない。
「わかりました。エイミーがどんな手段を講じているのかはこちらで調べましょう」
「頼んだ」
「それにしても、不思議ですわね。エイミーに呪いがかかっているなんて誰が見破ったのでしょう?」
何気なくつぶやいたパオリーネの言葉にヨーナスが眉をひそめた。そもそも呪いを見破られなければ対策されなかったのだ。
そして、これはもう一つ重要な事実を二人に突きつけている。誰かが呪いを喝破したということは、その何者かは呪った相手を探れる可能性が高いということをだ。
気の重い沈黙が二人の間に満ちた。
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