第4章 麗しの君
友人からの相談
以前だと仕事のとき以外に寄ることのなかったグラーフ伯爵邸に、最近のヴァルトルーデは仕事以外で寄ることが増えてきた。前回は親友のための相談に応じてもらったからであり、今回はアルからの相談に応じたためである。
もはや見慣れたアルの書斎に案内されると、ヴァルトルーデはアルに勧められて一人掛け用ソファに座った。座り心地もすっかり馴染んだものである。
お茶の用意をしてメイドが下がると、ローテーブルの向こう側に座ったアルがティーカップを手にした。一口飲んでから口を開く。
「忙しいところ悪いね。僕一人じゃどうにもやりにくいことでさ」
「貧乏暇なしなのは確かだけど話くらいは聞けるわよ。ただ、私に頼らなきゃいけないくらいってよっぽど切羽詰まってるの?」
「今回に限って言えば、きみが適任なんだ。エイミーのことだからね」
「もしかして、呪いを解く方法がわかったの?」
「そっちはまだなんだ。そうじゃなくて、実は逢い引きの手引きをしてもらえないかなっていう相談なんだ」
ティーカップに手を伸ばそうとしていたヴァルトルーデが固まった。目を全開にして正面にいるアルを見つめる。
「ああ、そういうことね。へぇ、なるほど、だから呪い対策の魔法具も頑張ったんだ。あれかなり貴重品だってエイミーから聞いたわよ?」
「貴重品なのは確かだけど、きみは何か勘違いしていないか?」
「そう? たぶんしていないと思うんだけど」
「本当かな? まぁともかく、逢い引きの手引きをしてくれるのは可能かい?」
「単に呼び出すだけでいいのなら難しくはないけど、何か条件ってあるの?」
「できるだけお忍びにしたいんだ。今の時期、へたに見つかると厄介だからね」
「体面って大切だもんね。でも別に、堂々と会ってもいいんじゃない? お互いやましいところなんてないんだし」
「何をのんきなことを言ってるんだよ。エイミーは先日呪われたばっかりじゃないか。いたずらに周りを刺激して更に危険に曝すのは愚の骨頂だ」
「それを言われると確かにそうなんだけど、それだったらまず文通から始めたらいいんじゃない?」
「時間がないんだ。婚約者の選定が終わってからだと会うこと自体が難しくなるしね」
「え!? アルもそういうことしてるんだ!?」
「はい?」
怪訝そうな表情と驚愕の表情を浮かべた二人が見つめ合った。しばらくの間、室内が沈黙で満たされる。
「アル、エイミーと逢い引きするのはあなたでいいのよね?」
「よくないよ。逢い引きするのは王太子様なんだから。そういえばまだ言ってなかったね」
「聞いてないわよ!?」
新たな情報を聞いたヴァルトルーデが吠えた。相手が王太子だと聞いてアルが内密に事を進めたがる理由を理解する。しかし、根本的なことがわからない。
手にしたティーカップを口に付けてから疑問をぶつける。
「でもどうして王太子様がエイミーとの逢い引きなんて希望されたの? 今まで接点なんてなかったじゃない」
「聞いたところによると、この前の夜会で一曲踊ってから気にされているそうなんだ」
「まさかそれって、エイミーに一目惚れしたってこと?」
「いや、どうもそうじゃないらしい。何か妙に引っかかるそうなんだ。それが何かを確認したいと聞いている」
「なによそれ? またずいぶんと曖昧ね」
不思議そうに返事をしながらもヴァルトルーデは以前聞いたエイミーの話を思い出した。あのときは勘違いではないかと助言していたが、果たしてそうなのか自信がなくなってくる。
「そういうことなら手伝ってもいいけど、お忍びの逢い引きねぇ。私そんなことしたとこないわよ?」
「構わないよ。とりあえず、エイミーを連れてきてくれたらいいから。王太子様は変装されるから」
「その変装って大丈夫なの?」
「大丈夫だと思う。弟王子が使っていてばれてないって聞いているよ」
「だったらいいんだけど。エイミーには王太子様が相手だって教えてもいいのよね?」
「うん、いいよ。特にダメだって言われてないから。でも、王太子様の目的は伏せておいてくれないかな。へたに本心を隠されたりすると確認ができないから」
「親友に隠し事をするのは正直気が引けるわね」
「逢い引きが終わってからなら伝えてくれてもいいよ。僕に口止めされていたって言い訳してくれてもいいから」
「そこまで言うのならいいわよ。それにしても微妙に気が重い件ね」
「僕もさ。問題が起きているこの時期にこんなことを言い出すなんてね。でも、あの王太子様が珍しく自分の要望を主張されたから断れなかったんだよ」
「これ、婚約者候補の方々に知れたら大問題よねぇ」
「そのときは僕が泥をかぶるさ。そもそもヴァルテとエイミーをあの夜会に連れて行ったのは僕なんだし」
「王家への忠誠心が高いなんて貴族の鏡ね」
「王太子様とは仲がいいしね。親友はできるだけ助けたいんだ。きみがエイミーのために僕に相談してきたのと同じことさ」
言い終わるとアルは肩をすくめた。
その様子を見ながらお茶を飲んだヴァルトルーデは一つ疑問が湧く。
「あれ? それじゃエイミーに渡したっていうあの貴重な魔法具、どうしてあなたが頑張って用意したのよ?」
「あれを頑張って用意したのは王太子様だよ。そりゃ僕も魔力を宝石に込めるのに頑張ったけどさ」
「気になるっていうくらいでそこまでするものなの? 気に入ったのならともかく」
「王太子様の婚約者候補が次々と不幸に見舞われたのは知っているだろう? あれに一番心を痛めていらっしゃるのが王太子様なんだ。きみから聞いた話を前に話してからは特にね。候補でもないのに呪われたのなら、何とか助けてやりたいっておっしゃったのさ」
「そういうことだったの」
自分の訴えが巡り巡って親友を助けた一助になったことを聞いてヴァルトルーデは喜んだ。
機嫌がよくなったヴァルトルーデに対してアルが問いかける。
「ところで、どこで二人を合わせるかっていう案はあるかい? 王立学院の生徒四人が密かに集まっても怪しまれないところ」
「逢い引きしていても怪しまれないところよね。だったらカミレなんかどう?」
「中央部区の北中門通り沿いにある貴族向け飲食店だったよね。あそこか」
「貴族子女向けのお店で人気があって、放課後なんかは生徒もたくさん来てるわよ」
「なるほどな。僕達はみんな生徒だから四人で入っても怪しまれないわけか」
「ついでにいうと、個室もあるから予約しておくと使えるわよ。王太子様が変装するんだったら充分じゃないかしら」
「それいいね、決まりだ」
「日時が決まったら私が予約しておくわ」
言い終わるとヴァルトルーデはぬるくなったお茶を口に含んだ。そして眉をひそめる。
「それで、当日はどうするのよ? 四人で会ってから」
「僕の考えでは、しばらく四人で話をしてある程度打ち解けてから、二人だけで街を散策してもらう予定だけど。どうかな?」
「まぁいいんじゃないかしら。でも、どこを散歩するのかって王太子様は決められるの? 街中にそこまで詳しいとは思えないんだけど」
「そこは思案のしどころなんだよね。あらかじめ情報を集めて王太子に教えておくのも悪くないんだけど、あえて何も知らないまま散策してもらうという手もある」
「それ大丈夫なの?」
「目的はエイミー嬢と逢い引きすることじゃなくて、エイミー嬢を見て引っかかる部分が何かを知ることだからね。感じるままにあちこち回った方がいいように思えるんだ」
「そっか、あらかじめ予定した通りにしか動かないと、単に形通りの逢い引きをしただけになるものね」
「その通り。それで曖昧なことを確認できるとは思えないでしょ」
「わかったわ。それじゃカミレで四人が集合した後は二人を送り出すだけなのね」
「頼むよ」
「でもこれだとエイミー一人が大変ね。王太子様に振り回されているだけなんだから」
「そこは悪いと思ってる。いずれ何か埋め合わせができたらいいな」
申し訳なさそうなアルの表情を見ながら、ヴァルトルーデはエイミーの語っていたことを振り返った。今回に限って言えばエイミーにとってもいい機会に思えてくる。
「たぶんエイミーは応じてくれると思うから、そこは心配しなくてもいいわ」
「そりゃ頼もしい。でも、本当に大丈夫なのかい?」
「私もエイミーに埋め合わせをするって約束をしてるからよ」
「ヴァルテが? でもどうしてそれが逢い引きに応じてくれることにつながるのさ?」
「カミレの特製チーズケーキをごちそうすることになってるからよ。だから喜んで来てくれるはずよ」
ごちそうの回数が七回なのか二回なのかはともかく、最初の機会としてはちょうどいいとヴァルトルーデは思った。エイミーも甘いものは大好きなのだ。
ヴァルトルーデは自信ありげに笑ってみせた。
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