親友の復帰

 王立学院の雑木林で襲われて二日が過ぎた。シュテラとはあれ以来会っていない。


 それよりもヴァルトルーデが気にしたのはエイミーの容態だった。アルが直接エーデルシュタイン男爵家に魔法具を届けたらしいので効果のほどはまだ知らない。


 昨日王立学院でエイミーの姿はなかった。そして今朝、ヴァルトルーデが登校すると講義室のいつもの席に見慣れた姿を認める。


「エイミー! もういいの?」


「うん! もうすっかり! ヴァルテがお願いしてくれたんだってね、ありがとう!」


 立ち上がったエイミーがヴァルトルーデに近寄って笑顔を振りまいた。二日前の医務室で見たときとは違って血色もいい。


 親友の元気な姿を見たヴァルトルーデの顔がほころんだ。安堵のため息を漏らす。


「よかった。一時はどうなるかと思ったわよ」


「あたしも同じよ。昨日アル様の使いからお借りしたネックレスのおかげよ」


「ネックレス? それを身につけただけで?」


「そうなのよ。あたしも驚いたわ。首にかけてしばらくしたら苦しいのが消えたの!」


「どんな首飾りなわけ?」


「身につけた人を呪いから守る魔法具って聞いたわ。詳しくは知らないけど、貴重なものだって。ほら、これよ」


 服の中に隠れていたネックレスをエイミーは取り出してヴァルトルーデに見せた。小ぶりなダイヤモンドをあしらった線の細いものだ。一見すると普通の飾りにしか見えない。


「それじゃ、それを身につけていたらとりあえずは安心ってことなの?」


「うん。その間に原因を調査するって使いの人が言ってたよ」


「だったら、婚約者候補の方々にも配れば当面の問題は避けられそうに思えるけど」


「ネックスレスの数も少ないんだけど、宝石の質と込められた魔力の量も重要なんだって。だから今はこれ一つしかないらしいよ」


「よくそんなものを借りられたわね」


「ヴァルテが頼んでくれたからじゃないかな。だから感謝してるんだよ!」


 無邪気に喜んでくれるエイミーを見てヴァルトルーデも笑顔になった。


 そのとき、授業開始の鐘が鳴る。二人は慌てて席に着いた。




 昼休み、ヴァルトルーデは前と同じようにエイミーと食堂で食事をする。今日のメインディッシュは赤ワインソースがかけられたラム肉のソテーだ。


 ソースを絡めたラム肉を口にしたヴァルトルーデの顔が笑顔になる。


「おいし~! おうちよりもいいものが食べられるからここでの食事は好きなのよね!」


「ヴァルテ、そんなにはっきりと言わない方がいいんじゃないかな。恥ずかしくない?」


「どうせこんな騒がしい中で私の話を聞いている人なんて誰もいないわよ」


「そういうところがダメだと思うんだけどなぁ」


 納得していないという表情のエイミーが口を閉じた。そして、視線を落としてナイフとフォークでラム肉を小さく切る。


 口の中のものを飲み込んだヴァルトルーデがグラスに手を付けた。一口飲んでからエイミーに話しかける。


「そういえば、この前の夜会で王太子様と踊ってたわよね。どうだった?」


「なんていうか、最初はちょっと強引だなって思ったけど、優しくリードしてくださったから踊りやすかったよ!」


「外から見てたら足下が危なっかしかったときがあったわよね?」


「うっ。やっぱりわかる? そ~なのよぅ。あたし最初はがちがちに緊張して、思うように動けなかったの! それをイグナーツ様が支えてくださったから最後まで踊れたわ!」


「王太子様くらいになると、たくさんのご令嬢と踊っているでしょうし、慣れたものなんでしょうね」


「あたしもそう思う。なんていうか、自然すぎて違和感がなさすぎるっていうか」


「だからあんなにぴったりとくっついていたのね」


「え?」


「気づいてなかったの? あなた、他のどのご令嬢よりも王太子様とぴったりくっついていたわよ。記念に一曲踊っている割に近いって、周りの人も言ってたし」


「そ、そうなんだ」


「ただ、あなたの踊りが下手なのが残念すぎるともささやいていたわね」


「うっ、うう~」


 ナイフとフォークを握りしめたエイミーが涙目になった。今になって周囲の評価を知って赤面している。ぷるぷる震えている様がかわいらしい。


 そんなエイミーを見てヴァルトルーデはにやにやする。


「まぁでも、あなたもなかなか楽しんでいたようで何よりね」


「うん。えへへ」


「その反応は珍しいわね。なに、やっぱり現実の王太子様の方が麗しの君よりもよかったわけ?」


「う~ん、なんていうか、そのぅ」


「本格的に珍しいわね。どうしたのよ、いつもならやっぱり麗しの君の方がよかったってすぐ言い返してくるのに」


「言っても笑わない? 絶対に笑わない?」


「なによ、そんなの聞かないとわからないじゃない」


「う~」


「あーもうわかったわよ。笑わないって。だから言いなさいよ」


「あのね、イグナーツ様と踊ってたときに感じたんだけど、なんだか初めてじゃないような気がしたの」


「つまり以前どこかで一緒に踊ったことがあるってこと?」


「うん」


「でも、王太子様とは前の夜会で初めて会ったのよね?」


「うん、そうなの。だからこの感覚ってなんなのかなって」


「そうは言われてもねぇ。別の誰かと勘違いしてるってことはない? 似てることを同じだって思っちゃうことはよくあるでしょう?」


「似てることかぁ。強いて言うと、あたしの麗しの君に一番似てるなぁって思ってるの」


「えぇ」


 真剣に眉をひそめるエイミーをヴァルトルーデは困惑しながら見つめた。そして、少しためらいがちに問いかける。


「それって、王太子様を好きになっちゃったから麗しの君と重ねてるんじゃない?」


「う~ん、そういう感覚とはまた違うと思ってるんだけどなぁ。なんていうか、好きっていうか懐かしいっていう感じなんだけど」


「感覚で言われたら私には何にも言えなくなっちゃうんだけど。そうなると、逆に麗しの君を王太子様に重ねちゃってるだけじゃないかな」


「あ~そっちなのかなぁ」


「大体自分と同じくらいの年頃だったら今頃このくらいになってて、理想の姿を実現させると王太子様になっちゃったとか」


「でも、お顔は似ていたような気がするのよねぇ」


「何年も前の記憶なんて当てにならないわよ。顔つきなんて下手をしたら全然変わってることだってあるんだし」


「確かに髪の毛と目の色は全然違ったわ」


「やっぱり。現実なんてそんなものよ。でも、記念になったみたいでよかったじゃない」


 話が一段落したヴァルトルーデは食事を再開した。フォークでラム肉を切ってソースに絡めてから口に入れる。


「やっぱりおいしいわね、このお肉」


「ところで、ヴァルテの方はどうだったの?」


「私? 私の何が?」


「あの夜会でお婿さんを探すんじゃなかったの? だから参加したのよね?」


「うっ。違うの、あの夜会はそういうので参加したんじゃないのよ。アルが同伴者になってほしいって言ったから引き受けただけなの」


「ああ、思い出した。アル様と離れて壁の花になったときに一人だとつらいって」


「そうなのよ。みんな大体私の噂は知ってるから、こっちをちら見しながらひそひそしゃべるのよ。あれに何時間も一人で耐えるのはきついじゃない」


「アル様の同伴者だから途中で帰れないものね。確かにそれはつらいわ」


「やっとわかってくれたわね」


 心を抉る話題から解放されたと思ったヴァルトルーデは体の緊張を解いた。実際にあの夜会で婿探しをする気はなかったが、面と向かって尋ねられると気後れしてしまうのだ。


 しかし、エイミーの話はまだ終わらなかった。そのまま婿探しの話を続ける。


「でもそれだと、お婿さん探しはどうするの?」


「アルが夜会を主催するときに見繕ってくれるって約束してくれたわ。アルだと私のことを知っているから、きっといい場を整えてくれるはずよ!」


「へぇそうなんだ。その夜会っていつあるの?」


「え?」


「だから、その夜会っていつ開かれるのかって聞いてるの。あたしも参加してみたいし」


「い、いつ開くっていうのは聞いてないわね。今度聞いてみようかしら」


「それがいいと思う。ところで、アル様が前に開いた夜会ってどんなものだったの?」


「え?」


「あたし、アル様主催の夜会って参加したことないから知らないの。あらかじめ知っていたらドレスとか飾りを合わせられるじゃない? だから知ってることがあったら教えてほしいな」


「えっと」


 にこにこしているエイミーを目の前にヴァルトルーデは固まった。今思い返してみても、アルが夜会を主催していることなど見たことも聞いたこともない。


 そうなると一つの疑念が湧き上がってくる。果たしてアルは本当に夜会を開くつもりがあるのだろうかと。


 ラム肉を口にしながらエイミーは返事を待っている。どう答えたものかとヴァルトルーデは頭を抱えた。

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