食堂での日常

 夏休み明けの学校は休み気分の抜けない生徒で騒がしい。昼休みなど尚更だ。


 フロイデ王国の王都リヒトにある王立学院も同じである。敷地のほぼ中央にある食堂の中は十代後半の生徒達の声でうるさい。


 食堂の白を基調にした天井近くの壁にはステンドグラスで絵画が描かれている。下を見ればいくつもの丸テーブルに四つの椅子が備え付けられており、仲の良い生徒たちが食事とおしゃべりを楽しんでいた。


 そんな四人席テーブルの一つを二人の少女が占めている。


「もう、どうして男って遊ぶことばっかり考えているのよぅ!」


 パンを力強く引きちぎったヴァルトルーデが叫んだ。普段着である白い無地のワンピースが清楚な見た目に似合っている。


 怒り心頭のヴァルトルーデにもう一人の少女が眉を寄せる。


「ヴァルテってばかわいそう。王都でもかなりの美人なせいで、いつも男の人に迫られているのよね」


 小さくちぎったパンをスープにひたした少女が笑顔でそれを口に入れた。


 肩まで届く明るい茶色の髪や青い瞳の愛くるしい顔をした小柄な美少女である。白と薄黄色のゆったりとしたツーピースを着ていた。


 頬を膨らませたヴァルテが目の前の少女に拗ねた目を向ける。


「美人って言ったらエイミーも同じじゃない」


「ヴァルテのそばにいたら霞んじゃうくらいだもん。あたしなんか常識の範囲よ」


「すれ違う男があなたの胸ばっかり見てるの、私は知ってるんだからね」


「言わないで。だからゆったりした服を着てるのに~」


「その巨乳むね、夏休み前よりもまた大きくなったんじゃない?」


「もうこれ以上はいらないんだけどなぁ」


 隠しきれていない胸の膨らみにエイミーはそっと両手を当てた。


 しょんぼりするエイミーを見ながらヴァルトルーデがため息をつく。


「こっちは田舎に来てくれるお婿さんを真剣に探しているだけなのに」


「ヴァルテに兄弟か姉妹がいたらよかったのにね」


「どこかにいいお婿さんはいないかなぁ」


 当初はその美貌目当てで貴族の子弟たちに引く手あまただった。しかし、あまりに真剣なヴァルテの態度に王都の貴族子弟は引いてしまい、今や誰も近寄らなくなっている。


「大変だね~」


「余裕じゃない。実在する男と婚約でもできたの?」


「するわけないでしょ! 麗しの君の方がずっと素晴らしいんだもの!」


「またそれ? 春からずっとそんな調子じゃない」


 夢見る乙女になったエイミーの表情にヴァルトルーデは呆れた。今年の春に出会って以来、散々聞かされた言葉を先取りして口にする。


「子供の頃に田舎から引っ越してきたばかりで右も左もわからないまま王都を見物していたら迷子になって泣きそうだったところをカッコイイ男の子に助けてもらったのよね」


「そうなのよ! そして最後は夕焼けの日差しを浴びて踊ったの! つたないあたしをリードしてくださった名も知らない麗しの君! ああ、今はどこで何をしていらっしゃるのでしょう!」


「同年代だったらお嫁さんを探しているんじゃない?」


「どうしてそんなひどいことを言うの!? あたしの大切な思い出なのに!」


 とても傷ついたという顔をしたエイミーにヴァルトルーデはうんざりとした表情を向けた。友達思いの親友だが、この麗しの君だけは誰の意見も受けつけてくれない。


「ごめんなさい。でもそうなると、来月の大舞踏会はどうするのよ?」


「一人で参加するしかない、かな?」


「去年の私はほとんど壁の花で結構つらかったわよ。テラスやお庭に逃げることもできたけど、他の子の幸せな姿をずっと見続けなきゃいけないし」


「えー、だったら適当なときに帰ればいいじゃない」


「普通の夜会とは違うのよ? 王家主催の舞踏会でいい加減なことをしたら後で大変なんだから」


 夢を見続けている親友に対してヴァルトルーデは真剣な顔を向けた。


 毎年十月に開かれる王家主催の大舞踏会はフロイデ王国の貴族が憧れるイベントだ。参加資格のある貴族の老若男女は誰もがはりきって参加する。そんな場で下手なことをすれば社交界でどんな噂を広げられるかわからない。


「だからこそ、去年私は頑張って参加したのよ。ああそれなのに!」


「確か、着ていたドレスから貧しいことがわかって、お婿さん探しがもっと難しくなったんでしたっけ?」


「全部言わないでよぅ」


 泣きそうな顔のヴァルトルーデが口を尖らせた。


 基本的に爵位は裕福さの目安になる。しかし、イェーガー子爵家は領地の貧しさもあってその限りではない。身につけるものは家の裕福さを露骨に表してしまうのだ。


 悲しそうな表情のヴァルトルーデに対してエイミーが問いかける。


「ごめーん。でもそうなると、来月はどうするつもりなの?」


「夏休みの間にたくさんお仕事をしたから去年よりましなドレスを用意できると思う」


「小物だったらいくつか貸してあげられるよ?」


「ありがとう。でも遠慮しておくわ。うちが貧しいことはどうせみんな知っているから」


 親友の善意をヴァルトルーデはやんわりと辞退した。さすがに子爵令嬢が男爵令嬢から借りるというのは面子にも関わる。


 二人が昼食を楽しんでいると丸テーブルに影が差した。どちらも影の主へと目を向ける。そこには肩まで伸びた赤茶色の髪に青色の瞳の少女が立っていた。


 無地の黄土色のツーピースを着た少女は小馬鹿にしたような顔をヴァルトルーデに向ける。


「あら、ヴァルトルーデじゃない。夏休み前のゾンマー伯爵の夜会で見かけたけど、楽しめました?」


「ええ、まぁ」


「それはよかったわ! 何度見かけても壁際で立っているところしか見かけなかったけど、楽しめていたのなら結構ね。で、婿探しはうまくいっているのかしら?」


「あの、シュテラ様、その質問はヴァルテにぶしつけすぎでは」


「お友達を助けようとするなんて感心ね。けど、男爵家のくせに伯爵家のわたしに意見するということがどういうことか、あんたわかってるの?」


 明るくしゃべっていたシュテラの声が一転して低くなった。その変化にエイミーが口をつぐむ。ヴァルトルーデも困惑したままだ。


 二人の様子に満足した口元を冷たくゆがめる。


「あんたたちなんかわたしのお父様に」


「シュテラ、いつまでわたくしを待たせるのですか?」


 更に高飛車な態度になったシュテラに冷たい声がかけられた。思わず三人ともそちらへと顔を向ける。少し離れた場所に明るい金髪を背中まで伸ばし、涼やかな目をした少女が数人の子女の中央に立っていた。


 赤いツーピースドレスを着た明らかに高位貴族の少女がシュテラに鳶色の瞳を向ける。


「そのようなところで油を売っているのでしたら、置いていきますわよ」


「ちょっと知った顔を見かけたものですから。あ、パオリーネ様、お待ちください!」


 踵を返して歩き始めたパオリーネを見てシュテラが焦った。一度ヴァルトルーデを見て顔をゆがめるとパオリーネを追って去って行く。


 二人はそれを呆然と見送った。パオリーネが長身の青年である王太子イグナーツに声をかけるところまで見てから同時に息を吐き出す。


「もう、本当にあんなからみ方はやめてほしいわ」


「怖かったぁ。それにしても、相変わらずヴァルテはシュテラ様に嫌われてるね」


「かなり面白いことになってたじゃないか、ヴァルテ」


 またしても丸テーブルに影が差したので二人とも影の主へと目を向ける。そこには暗い金髪で茶色い瞳の冷たい感じがする少年が立っていた。


 白い長袖のシャツと薄青色のズボンを身につけた美少年は笑顔を浮かべて席に座る。


「クノル伯爵家のシュテラ嬢か。また面倒なのにからまれてるね。もしかして去年の件をまだ引きずってるの? あの嬢の想い人に言い寄られたってやつ」


「そうよ。勝手にやって来たと思ったら、こっちの条件を聞いたとたんに離れて行ったわ。残ったのはシュテラ様の恨みだけ。もー最悪」


「はは、ホントひどい話だね」


「アルにとっては他人事だからいいわね」


 物憂げに笑ったアルが足を組んで座る様子はまるで絵画の一部のようだ。実際に周囲の何人かの貴族子女はアルにチラチラと目を向けている。


 そんな二人の様子をエイミーは微妙な表情で眺めていた。そして、小さなため息をつく。


「ヴァルテ、アル様相手によくそんな話し方ができるね」


「前にも言ったじゃない。対等に話してほしいってお願いされたって」


「それでも普通は無理よ。王家に側室を送られたグラーフ伯爵家の殿方だよ?」


「そう言われてもね。どうします、アル様? 戻した方がよろしくて?」


「勘弁してくれ。気軽に話せる相手って少ないんだ。特に子女はね」


「ね?」


 得意げな表情のヴァルトルーデを見たエイミーは困惑した。本人の許可があっても簡単に納得できるものではない。


 それでもその場の雰囲気は崩れず、三人は和やかに談笑した。

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