27.決戦

騎士はオアシスの水辺を見つめながら自分が何者なのか思い返して居た


無気力で何の欲求も無い…


もう朝なのに眠たいという欲求も無い…


息を止めても呼吸をしたいという欲求すら無くなているのに気付く


覚えている記憶はただ迫りくる魔物を倒した記憶だけ


何の為に戦ったのか目的も分からない


諸行無常を感じる心も何処かへ行ってしまった様で


どうしてこうなったのか思い返してみると


0と1の空間を見て自分の中の1が0になった時から


全てを感じなくなったという結論に行きついた


僕は只の数字だった…


…というのがおぼろに頭の中に浮かぶ



「僕は…誰なんだ?」



ぼそりとこぼしたその言葉に返して来たのか


遠くからドラゴンの鳴き声が聞こえて来た




ギャオース



その鳴き声にエルフが気付き寝て居る勇者と僧侶…魔女を叩き起こす



「おい!寝て居る場合では無いぞ!」


「何事じゃ?」


「ドラゴンの鳴き声が聞こえた…あの鳴き方はこちらを探している」


「どうしてドラゴンが僕達を探すのかな?」


「そんな事知るか!ちぃ…マズいな…焚火の煙が見えてしまう」


「消すよ…水魔法!」ジャバー シュゥゥゥ


「魔女!水辺に行くぞ」…そう言ってエルフは魔女の袖を引く


「エルフ!引っ張るな…わらわは大丈夫じゃ」


「勇者は僧侶を引っ張ってくれ」


「え…うん!!」


「むにゃー」…僧侶はまだ寝ぼけている


「騎士が居らんが…何処に居るんじゃ?」


「昨夜から路地で座ったままだ…途中で合流する急げ!!」



エルフが水辺に行こうとする理由は簡単だ


ドラゴンの吐く炎は水の中に届かないからだ


ブレスを吐かれても水の中に逃げ込めば対処出来る




路地


そこでは騎士が空を仰ぎ立ち尽くしていた


ドラゴンは上空を旋回し、既に騎士を発見していた



「騎士!!ドラゴンが降りて来るぞ!…そんな所に突っ立って居ないで付いて来い」


「僕は良い…ドラゴンと話をする」


「なんだと?」


「これエルフや…慌てんでも良いぞ?騎士はドラゴンのオーブを所持して居るでのぅ」


「そうだったか…だが今はドラゴンも魔王の手下だぞ」


「あの手紙にはドラゴンのオーブを使えと書いてあった…僕は真相が知りたい」


「ドラゴンが味方になるとは限らない…万が一に備えて水場に避難する」


「君達は水場まで避難してて良いよ」


「騎士ぃ…私は騎士と一緒に居る~」


「ええい!ドラゴンが降りて来る…」


「大丈夫さ…ドラゴンが敵に回る様なら僕が先に倒す」


「又か…お前は良いかも知れんが魔女を危険に巻き込むな!魔女!俺の背から離れるな?」


「ふむ…エルフのクセに頼もしいのぅ…」


「来るぞ!!」



ギャオース バッサ バッサ ドッスーン


巨大なドラゴンが上空から舞い降りた


それにたじろぐ事も無く騎士はドラゴンに歩み寄る



「ドラゴン…待ってた」


”我を見ても驚かぬか


「心に穴が空いた…何も感じなくなった…ドラゴンを見ても驚きは無い」


”その大剣で我を斬るか?


「まだ抜いても居ないのにどうして気にする?」


”狂気の勇者…汝らの所業は耳に入っている


「そんな事はもうどうでも良い…僕はドラゴンのオーブを持っている…ドラゴンと話したいだけさ」


”我は汝にオーブを渡した覚えは無い


「オーブを聞く気が無いなら今すぐ斬る!」


”フォッフォッフォ…人間に我を倒せる訳が無い


「剣を抜かないと対等に話せない様だ…」スラーン ジャキリ



騎士は巨人の剣を片手で構えた



”人間が扱うにしては分が過ぎる武器では無いか?


「僕は自分が何者か分からない…だからドラゴンのオーブを聞いて真相を教えて欲しい」


”我は人間と取引はせぬ


「ならこの剣の錆びになって…」



ギャオース ゴゥ ボボボボボボ


ドラゴンは騎士の言葉を遮りいきなり灼熱の炎を浴びせかけた


しかし僧侶が祈る精霊の加護によりその炎は騎士へ届かない



”なんと!!精霊の加護を纏っておるのか…


「さて次はこっちの番だ…」…騎士は腰を落とし一歩前へ足を進める


”待て!!気が変わった…汝の持つオーブを我に寄越せ


「はじめからそうして居れば早いだろうに…」…騎士はドラゴンのオーブを放り投げた


”これはまさしくドラゴンのオーブ…如何にしてコレを手にしたのだ?


「まずオーブを聞いてからだ」



ドラゴンは首をもたげ足元に落ちたオーブに耳を当てた


まるで寝て居るかの様な体勢でドラゴンは動かなくなった


しばらくしてゆっくりとドラゴンは向き直る



”夢幻の我が意思を確かに預かった…


”汝は夢幻よりいずる導き手なり


”導き手とはすなわち人間で言う賢者であるが


”己が犠牲により夢幻の記憶を失った様だ


”だが案ずるな


”既に憎悪の呪いは解かれた様だ


”我に導かれるまま魔王の下へ行けば良い


”魔王が滅べば


”夢幻は虚無へと還り


”新たな時代が来よう



「やっぱり僕は夢幻から来たのか…どうして忘れてしまったのか…」


”魔王の放つ凍てつく波動に触れたのであろう


「凍てつく波動?0と1の空間の事か?」


”その波動は「有」を「無」に変える事が出来るのだ


「記憶を取り返したい」


”魔王を滅ぼせば還るやも知れぬ


「魔王は今何処に?」


”光の国…


「何!?」


”既に光の国を滅ぼし勇者の出現を待っている



その話を聞き勇者が前に出る



「僕が勇者だ」


”ミスリル銀の剣…それはこの時代にはそぐわぬ物…それを聖剣と呼ぶ


「僕が魔王を滅ぼす!」


”我が背に乗るが良い…魔王の下へ導こう


「魔女!!エルフ!!行こう!!」




一行はドラゴンのもたげた首から背中に登り付き出した背中の鱗にそれぞれ掴まった


優しく大きく広げた翼は背に乗った5人が振り落とされない様にゆっくりと羽ばたき


大空に飛び立った





ドラゴンの背


バッサ バッサ


ドラゴンはその羽で推進している様に見えるが


実は落下の速度を利用して滑空して飛んで居た…上昇して…滑空の繰り返し


だから殆ど羽は動かさず背に乗る5人はそれほどストレスなく乗る事が出来た



「魔女…光の国は僕達が居ない間に滅ぼされてしまった様だ…」


「うむ…聞いて居る」


「命の泉に行く前にガーゴイルの大群が空を飛んで居ただろう」


「そうじゃったな…あの時に間違いないじゃろう」


「森の中で一度も他のエルフに出会わなかったのも何かおかしいと思って居た…」


「民が心配じゃ…上手く生き延びててくれれば良いが…」


「国王は南からの進軍に備えて戦力をそちらに集中していた筈だ…」


「そうじゃな…まさか森を飛び越えて攻めて来るとは思って居らんかったのう」


「俺の同胞達が光の国へ攻め込んだと思うと…申し訳ない…」


「すべては魔王が悪いのじゃ…エルフ達が守る精霊を人質にされた様な物じゃからな…」


「ちょっと待って…精霊が人質ってどういう事だい?」


「精霊は魔王によって封じられてしまったのじゃ…石造となって眠って居る」


「人質というのが良く分からない…」


「命では無うて魂を捕らえた…これで理解出来るか?」


「なるほど…だからエルフは魔王の側に居るんだ」


「魔王を倒せばすべて決着が着く…」騎士が口を開いた


「うん…いよいよ魔王との決戦だ」


”魔王の側近には死霊共が要る…我とて無事では済まぬ


「ドラゴンでも死霊には歩が悪いのか?」


”死霊共は聖剣でのみ倒せる…導けるのは光の国付近まで…あとは自力で目指せ


「死霊…レイスの事だ…夜の闇から生まれるらしい」


「昼間なら大丈夫なのかなぁ?」


「昼間でも影の中に潜んでる…その中から現れ鎌で首を狩る…」


「こわいな~」


「よしこうしよう…騎士と僧侶でレイスを引き付けて…僕は止めを刺すのに専念する」


「それが良い」


「魔女とエルフは僕を援護して…回復はエルフに任せる」


”一つ忠告して置こう…魔王は祈りの指輪を持っている事を忘れるな


「祈りの指輪?なんだソレは?」


「エルフの秘法…祈りを叶える指輪だ」


「それを奪えば良いのか?」


「使われる前に奪えるものなら奪った方が良い…力を吸われてしまう」


「こっそり盗めないかなぁ~?」


「近寄ると危ない…力を吸われてしまうからな」


「なるほど…魔法の打ち合いになるのか」



滑空するドラゴンはその日の内に森を横断する


高度がそれ程高く無いから地上との相対速度差を体感し異常に早く感じる



「ドラゴンさんはや~いウフフ」


「もうエルフの森を抜けてしまうか…驚きだな」


「日が落ちて来てるから決戦は夜になりそうだ」


「東の空がおかしい…光の都が燃えている」


「わらわの都が…」


「父上と母上が心配だ…早く行かねば…」


”既に残りの人間達は周辺の村に逃げている


「ドラゴン!お前が燃やしたな!?」


”魔王の命令だ…逆らう事は出来ない


「何故それほど魔王を恐れる?」


”我が卵を隠された…


「卵…人質に取られてるのか…」



光の都の建造物が目視で確認できる位置まで飛んで来た


周囲の森はもうもうと煙を上げ更に燃え広がろうとしている


地上は既に多くの魔物に埋め尽くされそこで人間と戦闘をしている感じは無い


既に終わった後だったのだ



バッサ バッサ ドッスーン!!


ドラゴンは光の都から少し離れた林に着陸した



”勇者達よ…我が出来るのはここまでだ


「あとは自力で行く」…勇者はドラゴンの背を飛び降りた


”我は空より新たな夜明けを見守る…行け!夢幻より舞い降りし勇者達よ…


「おい!!早速何か来たぞ!!」


「影だ…影が動いてる…僧侶行くよ!」



5人はドラゴンの背から降り騎士を先頭に身構える


騎士の背後には僧侶…左右に分かれた勇者と魔女…背後を守るエルフ


たった5人で国を滅ぼす程の魔物達に立ち向かう…




黒い影…


それは光が落とす影の中から次々と姿を現した


大きな釜を持ち音もなく忍び寄るその魔物はレイス


騎士は落ち着いて居た…恐怖を感じる事が無かったからだ


巨人の剣でレイスをなぎ倒そうとするがその斬撃は空を切る



「実体が無い!!」


「レイスだけじゃ無いぞ!!ゴーストも居る!!」


「あの鎧を着たのって何~?」


「光の国の兵士の鎧じゃ…ゴーストに操られておる」


「数が多すぎる!!」


「僧侶!君の回復魔法は悪霊達に効果は無いかな?」…勇者が妙案を口にした


「やってみる~?」


「失敗したら僕が倒す!やってみて」


「は~い♪回復魔法!」ドキュン!



僧侶の回復魔法は浄化の効果が有った


それを受けたレイスは大きな穴が開き形を崩して行く



「行ける!!僧侶!!君の回復魔法は底なしだったね?」


「うふふのふ~回復魔法!回復魔法!回復魔法!」ドキュン!ドキュン!ドキュン!


「僕が引き付ける!」



騎士は僧侶が魔法を撃ちやすい様に前へ出て魔物を引き付ける


勇者は僧侶が撃ち漏らした魔物に止めを刺し


魔女は光の影が出来ない様に照明魔法を使って援護した




廃墟となった町


幾多の魔物を倒しながら一行は足を進める


本当なら難民が沢山居た筈の町は魔物で埋め尽くされ廃墟と化していた


ここに来るまでの間で数人のエルフと対峙したが騎士はそのエルフをも一刀両断にした


あまりの狂戦士振りにそのエルフ達は撤退する



「レイスとゴースト以外の敵は僕がやる…ハァハァ…」



---エルフを切った時---


---何か聞こえた気がする---


---その声は僕の心なのか?---



「騎士!!ここは全滅だ…魔王を探すぞ!」


「わらわの塔じゃ…あそこに精霊の像が安置されて居るのじゃ」


「方角は?」


「塔が黒い影になって見えておる」


「アレか…」



魔女の光の塔は王城から少し離れに有る


王城はドラゴンの襲撃に合ったのかかなり損壊が激しく


人間達はそこで籠城したのだろうと思った



「こっちじゃ…わらわに付いて参れ」




光の塔の広場


一面の花畑があった場所はドラゴンのブレスで焼かれたのか一面の灰に変わって居た



「なんという事じゃ…花が一本も残っておらん」


「魔女!だめだ…1人で動かない方が良い」


「花は抵抗なぞせんじゃろうに何故すべて焼く必要が有るのじゃ?ぅぅぅ…」


「魔女!危ない~回復魔法!」ドキュン!


「ンギャーーーーー」シュゥゥゥ



魔女の落とした陰からレイスが出て来ようとしたが僧侶がそれを遮った



「魔女!自分の影が出来ないように照明魔法を!!」


「わらわの影じゃと?うぉ!影が動いておる!!照明魔法!」ピカーーー


「クソッ!!俺は何も出来ない」


「エルフは回復役に回って!!騎士に回復魔法を!」


「回復魔法!」


「フンッ!!」ズバ バシュ



騎士は追いすがる魔物を蹴散らしていた


知性のある魔物は騎士の狂戦士振りを見てエルフ達と同様に撤退を始めている


残りは知性の無い悪霊達…それは僧侶の回復魔法で次々と浄化されだんだんと手薄になって来ている



「魔王は何処だ!?」…勇者は言う


「もう城は瓦礫の山じゃ…わらわの塔しか残っておらぬ」


「塔に何かあるのか?」


「塔の地下は…元は精霊の祠じゃったと聞いておる」


「魔女!それは初耳だ…」


「光の国の王家の秘密じゃ…お前も知って居ろう精霊の像が安置されておる事を…」


「ただの石像じゃなかったのか…」


「魔王はのう…精霊が目を覚ますのが嫌なのじゃ…じゃから全て焼き払ったのじゃ」


「花を?」


「花にも魂が宿る…その声が精霊の耳に届き目を覚ますのを嫌がって居る」


「精霊の声…僕の心の中で聞こえる声は一体何処から?」


「ともかくじゃ…魔王は精霊の像を探しているに違いない…祠に行くぞよ」




追憶の森


魔女に連れられたのは塔の地下では無く近くの森だった



「魔女…塔の地下に降りる入り口はこっちなのかい?」


「あの大きな塔の下じゃないのぉ?」


「塔の地下からは行けぬ…通路が閉ざされて居るのじゃ」


「こっちからじゃないと入れないの~?」


「そうじゃ…王家の秘密の通路じゃ…そこに祠が有るのじゃ」


「いや…ちょっと待てよ…なんだ?」



勇者は立ち止まり首を傾げる



「どうかしたのか?」


「この状況に覚えがある…」


「はて?」


「多分夢の記憶だ…精霊の像のある所までは魔王のまやかしを解かないといけない」


「ふむ…確かに魔王はまやかしを得意とする…」


「まやかしはどうやって解くの~?」


「思い出せない…」


「とにかく先に進もう」


「ちょっと待って…やっぱり何か足りない」


「ねぇねぇ?エルフはどこ~?逸れちゃったかなぁ?」


「まぁ良い…エルフは鼻が利くで向こうから見つけて来るじゃろう…行くぞよ」



勇者は腑に落ちない顔をしながら魔女の後を付いて行った




精霊の祠


そこは石造りの小さな祠で中に下へ降りる階段が続いて居た


階段の先は魔女の塔の地下と同じく石なのか金属なのか分からない壁面の建造物だった


奥はそれほど広くない空間で精霊の像がポツンとたたずんで居る


不思議なのは奥にある鏡…その鏡を覗いても何も写さない



シーン…


「誰も居ない…」…勇者はその部屋を一回りしてそうつぶやく


「しかしエルフはどこに行ったのじゃろうのぅ…」


「ここに来る途中の森でいつの間にか居なくなった~」


「まずいね…僕達は分断しちゃいけない…まずエルフを探さないと」


「エルフはここの場所を知っておるぞよ?」


「ちょっと一回戻ろう…どうも魔王の気配がしない」



エルフを探す為に一度元来た階段を上がる


その時祠の外で誰かの話声が聞こえた



「シッ…外で誰かの声がする」


「え!?」



その声に耳を澄ます



「じゃぁそろそろ行こうか」


「歩いて行くの?」


「生きてる人が居る!!話が聞けそうだ!!」



勇者は慌ててその声を探した




追憶の森


声のした方向へ4人は走る…


確かにそこに男女2人が歩いて居た



「はぁはぁ…誰か居るのか!?」


「待って~!!」


「あ!!!どうして…4人とも…」



その2人は驚いた表情で言葉を返して来た



「え!?4人…君は僕達を知って?」


「誰かなぁ?」


「そなたらは誰じゃ?光の国の住人か?」


「え?どうなってる?僕の考えが間違ってたのか?」



その小柄な青年は指をこめかみに当ててブツブツと独り言を始めた


勇者は眉をひそめ神妙な顔つきに変わる



「やっぱり何かおかしい…これは魔王のまやかしか?」


「夢幻…」


「大分混乱している様だね…少し落ち着いて話をしよう」


「今…すぐソコに魔王が居る筈…ここは危ない」


「ちょっと待って…魔王は居ないよ…それよりどうして君達が戻ってきたかだ」


「どうなってる?戻って来た?」


「騎士?ちょっと武器を置いてくれないか?恐いよ」


「君を知らない…誰だ?」


「まいったな…こんなの想定してない…ちょっと飛行船で落ち着いて話そう」


「飛行船?」


「僧侶も…僕の事を覚えてないかい?」


「ん~~夢でトランプした~?」


「だめだなこりゃ…まぁついて来て」


「エルフはどこじゃ?」


「エルフ?まぁまぁ…良いからとり合えず話をしよう」



その小柄な青年に連れられ4人は飛行船に案内された



「これは一体…」…勇者は初めて見るその飛行船に驚いた


「薬剤師!なにか安定剤みたいな薬作れないかな?」


「うん…作ってあげる…少し待ってて」


「どこから話をしよう…えーと…とり合えず僕は商人だ…知ってるだろ?」


「……」…騎士はあの手紙を思い出した


「んーー察するに…君達は上手くやってる様だけど…どうしてここに戻ってきたかだ」


「ここはまやかしの世界かな?」


「まやかし?何のことかな?」


「魔王のまやかしを解かなきゃいけない…どうやって解くんだ?」


「ん?もしかして僕の古文書に書いてるこれの事かな?」



商人と名乗ったその青年は手にした書物をめくり勇者に見せた



「古文書…僕は文字を読めない…」


「ほらここの精霊と魔王の項さ…魔王のまやかしとは夢幻の事である…これかな?」


「夢幻?」


「精霊は魔王によって夢幻に閉じ込められた…年代は分かっていない」


「夢幻から出る方法は?」


「ん~君達4人を夢幻から解放した筈なんだけどさぁ…困ったな…何にも覚えて無いの?」


「ほえ?覚えてないよ~ウフフ」


「その…商人?君は僕達の事を知っているのかい?」


「知っているも何もさっき君達を200年前に送った筈なんだけど…どうしてこうなったか僕の方が知りたい」


「僕達は君達の事を知らない…」


「ハハハどういう事なんだろうね…どうして忘れてしまったんだろうね?」


「ねぇねぇ~私たちは何か変わった事ないかなぁ~?」


「全然変わってないよ…」


「だめだ…頭が混乱してる…ここはいつの時代?200年後?」


「騎士!武器を収めて欲しい…斬られそうで恐いよ」


「……」


「ともあれ…これからどうするか考え直さないとなぁ」


「考え直す?」


「そうだよ…君達を200年前に送れない事は想定していなかった」


「勇者よ…彼らはやはりわらわ達の仲間であったと思って良いのか?」


「ん~~~どうなってるのか理解できない」


「わたしもわからないよ~ぅ」


「商人…君が言う200年前に僕達を送ったというのはどうやって送ったのかな?」


「この祈りの指輪で君達の命を200年分ドラゴンに吸ってもらった…この答えで分かるかい?」



ジャキリ!!


騎士はその指輪を見た瞬間巨人の剣を商人の喉元に突きつけた



「うわ!!ちょちょちょ…騎士」


「あ!!騎士!!やめて~!!」…薬剤師は薬を作るその手を止め騎士を止めようとする


「ドラゴンは言った…魔王は祈りの指輪を持っていると」


「騎士!!待って!!」


「心が何も感じない…殺す」



ザクン!!


商人の首が宙を舞う



「うがぁぁぁ…」


「あああああああ商人!!」…駆け寄る薬剤師に次の剣戟が迫る


「お前もだ…」



ザクン!!


巨人の剣は真横に一閃…薬剤師は2つに分かれた



「きゃあぁ…」



その瞬間目にした物すべてが0と1の羅列に変わった


その羅列は幾層にも奥に連なり0と1が頻繁に動く


そして視界に有る物すべて別の0と1に置き換わり


そこに居た筈の商人と薬剤師…飛行船もすべて灰が飛んで行く様に消えた


サラ サラ サラ サラ サラ…




「き、消えた」


「え?え?え?」


「なんと…」


「これはまやかし…」


「まやかし…そうだ!!これはまやかしだ…」


「魔女!もう一度精霊の像まで案内してくれ」


「わ、わかった…付いて参れ」




精霊の祠


4人はもう一度精霊の像が安置されて居る部屋へ戻った


しかしそこに有った筈の精霊の像が無い



「精霊の像は何処にいった?」


「無い…無い…何処に行ったのじゃ?」


「魔女!!あそこだ!!」


「か、鏡の中じゃ…この鏡は真実の鏡と言う」


「え?あ…後ろに写ってる…どうやってソコに行けば」


「分からぬ…本来であればソコに有る筈のじゃが…」


「どっちが真実なの?」


「どっちじゃと…待て…それも分からぬ」


「どうして僕達は鏡に映らない?」


「それが真実じゃ…つまりわらわ達はここに居らん」


「今もまやかしの中と言う事か…」


「ここでお祈りすればまやかしは解けるかなぁ?」


「お祈りしてみてくれ」


「は~い♪」



”私が幸せでありますように


”私の悩み苦しみがなくなりますように


”私の願いごとが叶えられますように


”私に悟りの光が現れますように




”私の親しい人々が幸せでありますように


”私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように


”私の親しい人々の願いごとが叶えられますように


”私の親しい人々に悟りの光が現れますように




”生きとし生けるものが幸せでありますように


”生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように


”生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように


”生きとし生けるものに悟りの光が現れますように



「何か変わった事は?」


「ん~お腹が減ったくらい?ウフフ」


「もう一回外に出て見よう」




追憶の森


4人は再度祠の外に出た



「なにも変わった所は無い…どうなってる?」


「だれか来るぞよ?」


「シッ!!」



商人と薬剤師と思われる2人が森を歩いて来る



「じゃぁそろそろ行こうか」


「歩いて行くの?」



「まただ!!」


「行こう」


「まってぇ~」



4人は商人と薬剤師に駆け寄った



「あ!!!どうして…4人とも…」


「商人と薬剤師?ウフフ~また会ったね~?」


「え?どうなってる?僕の考えが間違ってたのか?」


「やっぱりこれは魔王のまやかし…」


「夢幻…いや…多分僕達の記憶だ」


「まやかし?夢幻?…いやそんな事よりどうして君達が戻ってきたかだ」


「どうする?」


「それはこっちの台詞だよ…まいったな…こんなの想定していない…ちょっと飛行船で落ち着いて話そう」


「ねぇねぇ?商人さん?わたし達なにかおかしくない?」


「おかしいというか…君に『さん』付けで呼ばれるのは少しおかしい」


「えへへ~おかしいのはわたしかなぁ~?ウフフ」


「まぁとり合えずどういう事か話が聞きたい…付いて来て」




飛行船


「えーと…200年前には飛べなかったのかな?」


「ちょっと待って商人!君が持ってる古文書が見たい」


「あぁ…ここにあるけど君に読めるのかい?」


「読むのは商人にお願いする」


「どの項かな?」


「精霊と魔王の項…その中に夢幻から出る方法は書いて無いかい?」


「それは書いていないよ…でも長老は祈りの指輪でしか出られないと言ってたな」


「その他には?」


「ちょっと待ってよ…君ばかり質問してる…僕の質問にも答えて欲しい」


「商人?君は確か祈りの指輪を持っていたね?」


「持っているけどどうするんだい?…また200年前に飛ぶのかな?」


「それを貸して欲しい」


「貸すというか…もともと魔女の物だけどね…それよりどういう事なのか良く説明して欲しいな」


「お願いだ…急いでいるんだ…祈りの指輪を貸して」


「あぁ…しょうがないね…ほら?」


「商人!!ありがとう!!」


「ええと…どういう事なのか説明して欲しい…分からない事だらけだ…」


「僧侶…皆と手を繋ごう」


「うん!!わかった~♪」グイ


「ちょちょちょ…僕にも何の事か教えて…ズルイよ」


「いくよ?僕達を夢幻から解放したまえ!!」


「え!?」




次の瞬間…また0と1の空間が目の前に広がった


今度は0と1の数字の置き換わる様子が前回と違う事に気付いた


僧侶を中心とした0と1の置き換わりだったからだ


目の前から商人達が灰となって消えながら新しい世界が0と1で構成されて行く


それはすべて僧侶を中心とした世界だった




追憶の森


新しく目の前に広がった世界は元居た追憶の森…


ノイズ音が徐々に聞こえる音に変化して行き…理解出来る言葉へ変わって行く



ザザザザー



「ザザザ…おい!!ザザザしっかりしてくれぇ!」



その声はエルフの声だ



「どうしたんだ!?ボヤッとしてないでサッサと行くぞ!」


「ハッ!!」


「エルフ…そこにおったか…何処に行っておった?」


「ずっと一緒に居たじゃないか…気は確かだろうな?」


「エルフ!!僕達は今まで何してた?」


「この森でウロウロしてた…おかしいと思って声をかけたら目が虚ろになって居たんだ」


「僕達は精霊の祠には行ったのかな?」


「え!?何言ってるんだ…今から行く所なんだろ?」


「魔王のまやかしから覚めた様だ…」


「あうぅぅ…あう…あう…」



騎士と手を繋いで居た僧侶は力が抜けた様にその場で座り込んだ


その眼は今までのクルクルした眼とは違い真剣な眼差しに変わって居る



「僧侶?」


「どうしたのじゃ?」


「騎士ぃ~~~」ぎゅぅぅぅぅぅ



僧侶は座り込んだまま騎士の膝に抱き付いた



「僧侶どうした?」


「わたし思い出したの…全部思い出したの…恐いよぅぅぅぅ」ぎゅぅぅぅぅぅ


「え?何を?」


「今までのまやかしは全部私の夢…夢幻の中に閉じ込められたわたしの夢…」


「騎士は…わたしの夢の中の人…夢から覚めたら居なくなってしまうよぅ」


「どういう事だ?今…精霊が目覚めたとでも?」


「違う…目を覚ましたくない…騎士は私の人だから…失いたく無いの!!」…大粒の涙が彼女の本気を思わせる


「僧侶…」


「お願い…わたしを置いて行かないで」


「今のわたしは…わたしがなりたかった自分…騎士は私が欲しかったあなた…この夢を壊さないで…」


「君は僕とずっと一緒で良いよ…だから一緒に行こう」


「ダメェェェぇ!!この世界は全部私の夢の世界…それを壊さないで」


「夢を壊して居るのは魔王だ…魔王を倒せばすべて終わる」


「いやぁぁぁ…目が覚めると騎士が居なくなるのぉ…うぐっ…うえっ」


「僧侶!祈ってくれ…魔王を倒す」


「うぇ~ん…」…僧侶はへたり込んだまま動かない


「勇者!行くぞ…僕が先に行く…必ず魔王の心臓を突いてくれ」


「分かった…」



騎士を先頭に勇者と魔女は精霊の祠に入って行った


僧侶はエルフに肩を借りながら続く




精霊の祠


そこに一人たたずむ悪魔が居た…いや違う宙に浮いて居た


背に羽を生やし首を黒山羊に挿げ替え…もはや人間だったとは思えないその姿は


魔王と呼ぶにふさわしい姿をしていた




「魔王!!見つけたぞ!!お前を倒す!!」



騎士は魔王を見つけ次第巨人の剣を斜に構え臨戦態勢を取った



「フッフッフッフ夢幻に捕われし者よ…お前達では我は倒せん」


「だまれ!!」


「我がまやかしの術を抜けここまで来れたのは褒めてやろう」


「お前を倒し!すべての呪いを解く!」


「フッフッフッフそれは無理だ…だが慈悲はくれてやろう…我が物となれ…世界の半分をお前にやろう」


「残念だが世界を欲する心は持っていない…魔王を目の前にして高ぶりも無い…」


「我に盗まれた心は欲しくないか?」


「やっぱりお前が…」


「お前は実態を持たぬ夢幻の住人…その心は本来精霊の一部である…だが今我の手に有る」


「お前を倒し心を返して貰う!」


「ハッハッハお前が存在しているのは我が力であると知れ…我を滅ぼせばお前も虚無へ還る」


「騎士!!魔王の言う事は聞くな!爆炎魔法!」ゴゥ ボボボボボ



灼熱の炎が魔王を焼く



「フハハハハ我に魔法は効かぬ…」


「魔法がダメなら…」ギリリ シュン!!



エルフが放った矢は魔王の額の前で止まりポトリと床へ落ちた



「矢が無効だと!?」


「エルフも我に逆らうか…元はといえば悪の元凶はエルフでもある」


「なに!?」


「エルフが生んだこの祈りの指輪が無ければ我が変わって世界を統治する必要も無かった」


「その秘伝を独り占めしておいて何を言う!!」


「そうしなければとうにエルフも人間も…そして魔物も滅んでいた筈だ」


「エルフの英知を盗み人間の命を吸い世界に君臨する…お前の望みは何だ!?」


「我はこの汚れた世界をもう一度蘇らせる…その為に人間は滅ばねばならん」


「本音が出たな?僕がお前の右手になった所で人間は滅びる…そういう事を言って居るんだ!」


「人間は夢幻の中で生きれば良い…それで満足する生き物だ…我が右手となればお前には夢幻をくれてやろう」


「夢幻を…」


「フハハハハ迷いが出たか?夢幻でその精霊と仲良く暮らす事も可能だ…どうだ?」


「……」クルリ



騎士は魔王に背を向け勇者に向き直った



「騎士!やめるんだ!」


「お、おい!俺達に刃を向けるのか?」


「フッフッフッフそれでこそ我が右手…人間はもう不要だ…殺して我に忠誠を誓え」



騎士は斜に構えた巨人の剣をゆっくりと勇者に向ける



「騎士!やめるのじゃ…これも魔王のまやかしじゃ…」



勇者は傍にいたエルフに耳打ちをする…



(見ろ…騎士の目を)


(魔王をヤル気だな?)



2人空気を読んだ



「心を取り戻したい…エルフ!武器を置け!!」


「こ、殺すつもりか?」


「魔王は人間を滅ぼすと言った…エルフを滅ぼすとは言ってない」


「騎士!!考え直せ!!」



次の一瞬騎士の斬撃は勇者に向かって放たれると思ったが切りつけた先は魔王だった


巨人の剣は魔王を肩口から腰まで切り抜け真っ二つにし次の斬撃で心臓を捕らえた



「お前も元は人間だな!?」ズブズブ



巨人の剣は完全に魔王を貫いて居る



「グッフッフ…お前では我を倒すことは出来ぬ…」そう言って軽々と巨人の剣を引き抜く



その勢いで騎士は吹き飛ばされた



「ぐはぁ!!」ズザザ


「お前には失望した…その大剣で我が心臓を突いても無意味」


「くそう!!」ブン ザクン!



騎士は巨人の剣を振り回し何度も魔王を切りつける


しかし切りつけたその瞬間からその傷は回復し魔王にダメージを与えられない



「その力は我に匹敵するが…ただの人間では我を倒すことは出来ん」


「勇者!!!来い!!!」


「銀の剣を食らえ!!」スパー



勇者の剣撃は魔王を捕らえた


しかし心臓をえぐるまで切っ先が届かない



「ほぅ…お前は勇者だな?忌々しき蒼き瞳…それの力を知りもせず無謀にも切り掛かって来るとは…」


「力?」


「冥途の土産に教えてやろう…その蒼き瞳は次元を操る力が有るのだ…人間には過ぎた力だ」


「だから何だって言うんだ!!」ピョン クルクル スパー



勇者は低い姿勢から回転しながら飛び込み魔王の懐で剣戟を浴びせた


続いて魔王の懐で勇者の放った魔法が炸裂する チュドーーン



「ぐぅぅ…仕方あるまい…右手として利用したかったが…この人間の力を我に!」


「はぅ!!?」ガクリ



魔王は祈りの指輪を使って騎士の力を吸い取った


騎士は全身の力が抜けその場で倒れ込む



「しまった…祈りの指輪か…」---義手と義足が重い---


「騎士?」…僧侶が危険を顧みず騎士に駆け寄る


「フハハハハお前の力のすべては我が一部となった…もはや歯向かえまい」


「くぅ…」---何も出来なくなってしまった---


「立つ事も出来まい…無能な人間なり」


「だめぇぇぇぇぇ精霊の加護!」



僧侶は騎士の傍で祈りを始めた



「くそう騎士がやられた…僕が行く!!魔女!!エルフ!!援護を…」


「行ってはならん…祈りの指輪がある…」


「僕が勇者だ!!魔王!!覚悟しろ!!」



勇者は低い姿勢で四足獣の様に構えた


魔王の足元を潜り抜け目にも止まらない速さで銀の剣を切り上げる


魔王はその速さに翻弄され何も出来ないでいた




勇者が魔王と戦って居る一方で


騎士は床を這いずり魔王の背後に回ろうとしていた



---義手の力も吸われた---


---義足も重くて動けない---


---自分の力だけで動く---


---なぜかすがすがしい---



「くぅぅ…まだ…まだ動ける」


「もうお前は用済みだ…その大剣は我が使う」



騎士の持って居た巨人の剣は魔王に奪われた


魔王は巨人の剣を使って勇者の斬撃を防ぎ始める



「次は勇者か…お前にもチャンスをやろう…我が右手となれば世界の半分をやろう」


「世界の半分とは夢幻の事か?ハァハァ…」…勇者は激しい運動で息を切らしていた


「フッフッフその通りだ…夢幻をお前が統治すれば良い…悪い話では無い」


「そんな気は無い!!この銀の剣でお前の心臓を貫く!!」


「では貫かれる前にお前の力も我が一部としてやろう」


「ま…て…」ズルズル



騎士は足を引きずりながらまだ戦おうとする



「まだ居たのか…お前に用は無い」



勇者に向き直った魔王の隙を付いて騎士は魔王の背後に回る


隠密で近付いて…それを実践した



---なぜか指が動く---


---スリだ---



「勇者よ!我が物となれ…」


「断る!!」


「ではいたしかたが無い…」



次の言葉を発したのは地面に這い蹲って居た騎士だった



「魔王のすべてを我が物に!!」


「なにぃ!!」



宙に浮いて居た魔王は地面に落ちうずくまった


その体から黒い影が煙の様に吹き出し騎士に吸い込まれて行く



「人間ごときに…この魔王が…うぐぐ」


「勇者!!今だ!!魔王の心臓を突け!!」



---力が溢れる---


---魔力が溢れる---


---知恵が溢れる---


---記憶も溢れる---


---夢幻を思い出した---



「うわぁぁぁぁ!!」



ブスリ…


勇者の放った突きは的確に魔王の心臓を貫いた


ミスリル銀の剣は根元まで突き刺さり…心臓から溢れて来た血で勇者の手を汚す



「ぐふっ…」



騎士は膝を付いたまま正面を向き直す



「騎士…すまない…今は君が魔王だった…」


「これで…良い…」


「ぁぁぁぁぁ騎士?…騎士?…ど、どうしよう…」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「僧侶…僕は思い出した…約束を守れなくて…ごめん」


「だめええええええ回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「君の癒しが…溢れてくる憎悪を掻き消していく…」


「え!?わたしが騎士を滅ぼしてる?」


「良いんだ…僕のドラゴンの心臓もこれで終わりだ…」


「だめ!だめ!だめ!騎士とわたしはもう結婚したの!!まだ赤ちゃん生んでないの!!」


「覚え…ているよ…君を愛してた…愛が溢れてくる」


「いやあああああ回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「君を置いていってしまって…すまな…い」


「騎士?騎士?だめ…ずっと一緒って約束したもん」


「生ま…れかわ…ったら…一緒に…な…ろう」


「ぁぁぁぁぁ回復魔法!回復魔法!回復魔法!」



騎士は息を吹き返すことなく


その言葉を最後に動くことは無かった


僧侶は諦められず夜が明けるまで回復魔法を続けた





夜明け


朝日が昇り新しい時代の幕開けかの様に遠くでドラゴンの鳴き声がする



「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」


「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」



僧侶はただ黙々と騎士に回復魔法を掛けていた


その姿に声を掛けにくかった勇者は勇気を出して声を出す



「僧侶…僕達は生きてる人を探しに行かないと…」


「そっとしておくのじゃ…」


「僧侶は俺が見ててやる…勇者と魔女は周辺の村を回ってみてくれ」


「エルフ…すまない…しばらく頼むよ」



勇者は自分が取り返しのつかない事をしてしまった事に対して自責の念を抱えていた



「夜明けじゃ…勇者…行くぞよ?」



勇者は魔女に引き連れられ精霊の祠を後にする



「回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!回復魔法!」



僧侶は無言でいつものように騎士の目を無理やり開けてみた


その眼に息を吹きかけて…何も反応しない騎士を見ながら涙があふれて来る



「ねぇ…いつもみたいに目を覚ましてよぅ…」


「ずっと一緒って約束したのに…うぅぅぅぅ」


「またお花畑に行こうって約束したのにぃぃぃぃ」


「騎士?起きて?…おねがい…おねがいぃぃ…うえっ」


「いかないで!!置いて行かないで!!私を置いていかないでよぉぉ…」



エルフは僧侶のその姿を見ながらその愛を噛みしめた



「騎士ぃ!騎士ぃ!」ぎゅぅぅぅぅぅ


「おねがい!!神様!!おねがい!!私の愛しい人を助けて!!」


「あぁぁぁぁぁわたしも連れて行って…うぅぅぅ」


「おねがいだからぁぁぁ」


「騎士ぃ!!騎士ぃ!!」ぎゅぅぅぅぅ


「行っちゃだめぇぇぇぇぇ」




カラン…


コロコロ…


騎士が握って居たソレが床に転がった



「ハッ!!?これは…祈りの指輪…」



”これがあれば200年後に…又会える


”今度はわたしが魔女になる


”200年待てば又騎士に会える


”花を植えよう…一面の花畑になるまで


”わたし諦められない…約束したもん


”絶対200年待つ…




♪ラ--ララ--♪ラー




”愛の歌…200年後に実る愛の歌


”わたしは待つ




♪ラ--ララ--♪ラー


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る