26.魔王の手
森の外れ
森を抜けた後は硬い地面の荒野だった
馬車を走らせるのは断然に早く魔物に見つかりやすいリスクが有っても先を急ぎたかった
エルフの言った通り森から出るとリザードマンが多く、割と知能が高いのも有り集団で襲って来る
しかし魔物を倒す度に騎士は何かに目覚め、まるで狂戦士の様に次々と魔物を倒して行く
ガシュ!ザクリ!ズン!ドス!
超重量級の巨人の剣が目にも止まらない速さで振り回され、それを止められる魔物なんか居なかった
「お、鬼の様じゃな…」
「出番が無いと言うか…手を出せない」
「あれほどの戦士をわらわは見たことが無い…まさに鬼人じゃ」
「魔物が紙切れの様だ…これはミノタウロスも倒せるかもしれない…」
「エルフ!!上を飛んでるのは何だ!?」
「ガーゴイルの群れだ」
「東に向かってる」
「もしかすると光の国を目指してるのかも知れない…」
「勇者!魔女!魔法で誘ってくれ!!皆殺しにしてやる!!」
「爆炎魔法!」ゴゥ ドカーーーン!
勇者と魔女の放った魔法は上空で花火の様に火炎を散らす
「お、おいっ!!あの数をこんな広い場所で…」
「気が付いた!!援護して!!」
ガーゴイル達は突然放たれた魔法に気付き急降下してくる
その数は数え切れない…普通なら逃げようと思うほどの大群だ
騎士は一人巨人の剣を斜に構え…待ち構えている
バッサ バッサ ギャーーース!
(人間がこんな所に彷徨って要る…ギャギャギャッ)
ガーゴイルの発する声はパーセルタング
騎士にはそれが威嚇してる様にしか聞こえなかった
「皆殺しにしてやる!!ガーゴイルを全部集めろ!!」
一方ガーゴイルは人間の言葉を理解している
(ギャギャギャッ人間の勇者如き我らが始末してやる)
「全部掛かって来い!まとめて相手してやる」
(この軍勢を見て気でも狂ったかギャギャギャッ人間共を食らえぇぇぇぇ!!)
騎士にはガーゴイルが奇声を上げて襲い掛かって来る様に聞こえたが
それが突撃の合図だと直感で分かった
ヘイトを集めたのかガーゴイル達は馬車に見向きもせず騎士に向かって急降下する
ブン!グサ!ベチャーーー
大量のガーゴイルが渦を巻く様に騎士を取り囲む
その中心で巨人の剣がうなり竜巻が起きたの如く次々とガーゴイルの肉片が飛び散る
それでも数の暴力でガーゴイル達は騎士に向かって集まり、まるでカラスの集団が集まるかの様に騎士を埋め尽くす
ゴゥ!!チュドーーーーン!ボボボボボボ
その集団に勇者と魔女は火炎の高位魔法を撃ち込んだ
飛び散ったガーゴイルの血に引火して空を埋め尽くすガーゴイル達に飛び火する
ボトボトと落ちて来るガーゴイルに騎士はとどめを差し
火炎の業火の中で鬼人の様に巨人の剣を振るうその姿は
まさに魔王だった…
「や、やり居ったぞよ…全部1人で倒してしもうた…」
(ギャギャッ…貴様…何者…)
「お前だけは生かしてやる…魔王に伝えに行け!勇者が現れたと!」
騎士の異常な行動に僧侶は気付いた
「ねぇ騎士?大丈夫?」
「うおおおおおお!!早く行け…お前を殺してしまいそうだ」
(ギャギャギャ…狂気の勇者が人間の中に居ると伝えておく)バサッ バサッ
騎士にはガーゴイルが呻きながら逃げた様に見えていた
「ねぇねぇ…騎士~?」…心配になった僧侶は騎士の顔を覗き込む
「すまない…魔物を倒す度に我を忘れていってしまう…」
「怪我してるよ~?回復魔法!」
「ありがとう…でもこれは呪いとかじゃない」
「なんか騎士が騎士じゃないみたい~」
「僕は多分勇者にはなれない…心から溢れてくるモノを抑えきれないんだ」
「ねぇ騎士?相手は魔物でも殺すとか言わないで欲しいの…」
「あ、あぁ…わかった」
”これは怒りなのか?
”いや…ただ無性に
”迫り来るモノを倒したい衝動だ
”憎悪ではない
”ただ…変えたい衝動
”変えなきゃいけない責任が生む衝動
”なぜなら見たくない物を沢山見て来たから…
騎士はここに来るまでの旅の途中でいくつかの廃墟となった村を見て来た
その廃墟にはそこで営んでいた人たちの骸も沢山有った
魔物に食い荒らされた子供達や貼り付けにされ凌辱された女達
そのすべてを変える責任を騎士は背負っていたのだ…そして狂戦士へと覚醒して行く
山岳地帯
荒野を走る様になってからは進行が早かった
途中で集落を何度か見つけたが光の国の兵隊が言って居た通り完全に廃墟となっていた
一行は魔物を倒しながら北へ旅を続け山岳地帯に入ってからは魔物が少ない事に気付いた
「ここから先は草が少ない…馬を連れて行くのはここまでだ」
「歩き…か…」
長旅で十分な休息を取れる事も無かったから疲労が溜まっている…それは馬も同じだ
「ここら辺は魔物が少ないから馬を放牧しておこう」
「それが良い…ここから歩いて5日程で着く筈」
「5日か…遠いな…馬を1頭だけ連れて行けないか?」
「ムリだ…馬の食料がそもそも入手出来ん」
「往復で10日分の水と食料を背負って行くのか…」
「フフ人間は不便だ」
「僕は良いけど僧侶と魔女は飢えさせてはいけないよ」
「ドラゴンの耐性は飢えにも耐性があるんだったな」
「でもまぁみんな疲れ切ってるから何処かでしっかり休みたいな…」
「今日は早めに野営するか?」
「そうだね…」
「よし…山岳にはヤギが要る筈だ…捕まえて連れて行けば荷物も持たせられる」
「おぉ!」
「先に安全な場所を確保するぞ」
岩場の窪み
そこは巨大な鳥の巣だったのか何処からか集めて来た枝と鳥の羽で散らかっていた
ちょうど寝床になりそうだったからそこで休息を取る事にした
エルフは一人ヤギを探しに出て行った
メラメラ パチ
枝を集めて小さな焚火で暖を取る
「鳥の羽がいっぱ~い!!ウフフ」
「それを集めて持って行こう…防寒に使えそうだ」
「おっけ~」
「ここはロック鳥の巣だった様じゃな」
「そうなんだ?戻ってきたりしてね?」
「卵が見当たらんで戻っては来んじゃろう」
「まぁ今晩は暖かく寝られそうで良かったよ」
「ここから先は木も生えて居ないだろうからどうやって暖を取るか課題だね」
「そうじゃな…一晩中燃える魔法なぞ無いでのぅ…」
「照明魔法は少しだけ温かいよ…一晩は持続する」
「おぉ!!その手が有ったか」
「銀貨が有ったよね?それに照明魔法を掛けるんだ」
「ねぇねぇ…ちょっとだけ石炭が有るよ?」
「それは調理用に残して置こう」
「なんか山の上だと旅するの大変だね?」
「物資が全然無いからね…食料もなかなか手に入らない」
まだ太陽が出て居た
鳥の巣の中で魔物を警戒する事も無くただ横になる
空気は肌寒かったが太陽のお陰で中々に温かい…久しぶりに癒しを感じた
騎士はうたた寝をしながら元の世界の事を思い出していた
”おかしい…
”僕が何処で生まれたのか思い出せない…
”間違い無く記憶が消えて行ってる…
”この世界に調和して行ってるんだ
”この世界の僕になって行ってる
”だから僕は狂った様に戦いを求めてる
”急がなきゃいけない
日が落ちる頃エルフはヤギを一頭連れて戻って来た
そのヤギはマウンテンゴートと言って植物の根を掘り出すのが上手らしい
その根を軽く火であぶり食する
「うえぇぇ…まず~い!!」…僧侶はその根が口に合わないらしい
「これは俺達の生命線だ…残さず食べるんだ」
「干し肉があるのにぃ~」
「高山病の防止なんだ…一度体調を崩すと山を降りるまで身動き取れなくなる」
「お肉と一緒に食べて良い?」
「フフ残さなければ好きに食べろ」
「連れて来たヤギは荷を持たせられるかい?」
「ヤギの機嫌を損なわせない程度には…」
「まぁ少し荷物を持ってもらうだけで随分違うか…」
「ここら辺は魔物が出なくて案心だね~」モグモグ
「もう少し先に行くとミノタウロスの棲家がある」
「もしかしてそれで魔物が少ない?」
「そうだ…魔物もミノタウロスは恐れて近づかない」
「じゃぁ明日は牛の肉でバーベキューだ」
「なんと!!?…お主は魔物を食らうつもりか!?」
「冗談だよ」
「ウフフ盗賊さんがそういう事言いそうかな~」モグモグ
「……」---僧侶はまだ記憶が確かな様だ---
「盗賊さんとな?」
「僕の師匠さ…最高の師匠だったんだ」
「盗賊さんも騎士の事を最高の弟子って言ってた~」モグモグ
「会うてみたいのぅ…」
「200年待てば合えるカモ~」モグモグ
「200年の時間差か…」
---もう会う事は無いだろう---
---でも心の中で生きている---
---それが『夢幻』---
翌日
ゆっくり休息が出来たお陰で目覚めは早かった
ヤギに持たせられる荷を預け一行は先に進む
半日ほど行った先に朽ちた山小屋を発見した
「あれ?鳥?…なにか飛んで行ったよ?」
「違う!ハーピーだ!ミノタウロスが近い」
「どういう事かな?」
「ハーピーはミノタウロスの食い残しを漁る…食い意地のはってる魔物だ」
「食い残し…ここで誰かが食われたと言う事だね?」
「……」…エルフは騎士のそれを察知した
「よし…皆は隠れて見てて…僕が危なくなったら出てきて欲しい」
「え?え?わたしは?」
「僧侶は僕と行く…君とはいつも一緒だ」
「うふふ~のふ~ねぇねぇ愛してるのぉ~?」
「良いから早く行くよ!!」
エルフは勇者と魔女を岩陰に導く
狂戦士となる騎士を想定しての事だ
既に暴れ回る事を察知していたのだ
「ギャーース」バサ バサ
「お前に用は無い!!」ブン ザクリ!
不用意に近づいたハーピーは巨人の剣で簡単に散る
その血の匂いで興奮したのか他のハーピーが一斉に襲い掛かって来たが
例の如く一瞬で一掃される…狂戦士が始動を始めた
「ハーピーさん逃げた方が良いと思うの~」
「ミノタウロス!!何処だぁ!!」
「あ…」---騎士がまた我を失う---
「ハァハァ…」
「ねぇ騎士?」
「見ろ…人骨の山だ」
「え!?そんな…」
「頭を割って中身まで食らってる…ハァハァ…」
「ねぇ落ち着いて?騎士が騎士じゃ無くなるよぅ…」
「あの中の記憶まで食らって…こんな事が許される訳…無い」
山小屋の中で寝て居たであろうミノタウロスが異常を察知して動き出す
立ち上がったのそ背丈はゴーレムほどの大きさが有り騎士を子供の様に見下ろした
「グッフッフ何事だ?」
騎士が持つ巨人の剣よりもさらに巨大な斧を担ぎ上げ歩み寄る
「現れたな?お前を倒しに来た」
「美味そうな人間が2匹…しかも若い…ジュルリ」
「残念だが焼肉にされるのはお前の方だ!!」
「グッフッフ我を誰か知らん様だ…我は魔王様より…」…その言葉を遮り騎士は巨人の剣を振るう
「だまれ!!」ブン ザクリ!
ミノタウロスの脇腹が大きく裂けた
巨人の剣では長さが足りず一刀両断は出来なかった
「うがあぁぁ…ゆるせん…最後まで話を聞かず…」…続けるその言葉を無視して更に切り掛かる
「興味無い!」ブン ブシュ!
ミノタウロスの肩口から腰まで剣が抜けた
普通なら致命傷の筈がミノタウロスは何故か平気そうだ
「グッフッフ効かんわ…我が斧を受けて…」…騎士はそもそも話を聞く気が無い
「いちいちうるさい!!」ブン ザク!
「うがあぁぁ…我の力を見よ!!」ブン! ガキーン!!
ミノタウロスの振り下ろした斧は巨人の剣で弾き返された
「あわわ…」ドテ…
僧侶は目の前で起こる巨大な武器同士の剣戟を見て腰を抜かした
岩陰では…
勇者達3人がその戦闘を見て居た
エルフは既に弓矢をつがえて居るが射る事で状況が変わると思えないから撃てなかった
ミノタウロスの大きさに比べて矢があまりにも小さいからだ
「だまって見てて良いのか?」
「まだ早い!」
「ミノタウロスの傷が回復しておるぞよ?」
「いや…まだ騎士はピンチじゃない」
「焼けば回復を遅らせられるのにのぅ…」
その間も騎士の剣戟は休む事無くミノタウロスを切り刻む
しかし何度致命傷を与えてもその傷は見る間もなく塞がり反撃の斧を振りかざす
「効かぬわ!!」ブン!
騎士にとってミノタウロスの振り下ろす斧は遅すぎた
作戦を変えてその脇をすり抜け背後に回る…アサルトスタイル
「む!!ど、何処へ?」
ミノタウロスのその言葉は胴体から離れ落ちた首から発せられそのまま地面に転がった
それを見て居たエルフは声を漏らす…
「うお!!ミノタウロスの首を切り落とした…」
「行こう!!首の無いミノタウロスが暴れだした…」
ドシーン ドシーン ブン ブン
頭部を失ったミノタウロスは狂った様に暴れ出す
「どうして動く!?」…剣士は斧を避けながらミノタウロスを切り刻む
「騎士!!ダメだ僕に任せて!!」…走り込んで来た勇者は低い姿勢からその剣で突きを放つ
ブスリ!
「心臓か!!」
「騎士!!離れて!!氷結魔法!!」ピシピシ カキーン
暴れるミノタウロスは動きを止めそのまま仰向けて倒れた…ドシーン!
「止まった…」
「騎士!君と同じ様な耐性を持った魔物は多分僕の銀の剣でしか倒せない」
「ミノタウロスにも何かの耐性があったのか…」
「これでよく分かった…騎士は魔物を倒す役で僕は止めを刺す役だ…魔王もきっとそれで行ける」
「ねぇねぇミノタウロスさんの首が何か言ってる~気持ち悪いよぅ」
「んん?首?忘れてた…」
「おぼ…えてお…け…」パクパク
「黙れ!!」ブン! ベチャーー!!
振り下ろした巨人の剣は側面からその頭部に当たりハンマーで潰されたように弾け飛んだ
「騎士…」…勇者は絶句する
「容赦ない…な」
「騎士ぃ~回復魔法!」
「あ、ありがとう…僕はおかしくなってきているかい?」
「お主が戦う姿は魔人の様じゃ…この世のモノとは思えん…人間の一線を越えておる」
「心配を掛けてすまない…大丈夫だよ」
「ねぇねぇ~あそこに滝があるよ~騎士は少し返り血を流した方が良いと思うの」
「そうだね…さすがに血まみれ過ぎる」
滝
ザザザザザザザ
朽ちた山小屋の裏手にその滝は有る
山頂の雪解け水が流れていると思われとてつもなく冷たい
だから山小屋の朽ちた端材を燃やして湯を沸かし水浴びをする事になった
「わたしが流してあげる~ウフフ」
「ありがとう…」
「よいしょ…」ゴシゴシ
”なんだろう…
”これは狂気なのか?
”無心だったつもりなのに
”魔物を倒すたびに
”心がすり減る気がする
”戦ってる相手は魔物なのに
「おわったよ~ウフフ」
「あ、あぁ」
「なにか考え事してたの~?」
「いや何でもないよ」
「今日はここで野営したいな~わたしも少し綺麗にしたいよぅ」
「そうだね…」
「臭うかなぁ~?」
「気にならないさ…僕が流してあげようか?」
「ええ?ダメだよ魔女が居るしさぁ…エルフさんなんか全部聞こえるもん」
「何言ってるんだよ…背中を流すだけだよ」
「あれ?わたし勘違いしたカモ~ウフフ」
滝の傍で野営
放置された人骨を一通り埋葬して朽ちた山小屋で休息を取ろうとしたが
ミノタウロスが食い散らかした肉片があまりに凄惨過ぎて一晩そこで過ごす気にはなれなかった
結局裏手にある滝の傍で休む事となった
「2輪の荷車を見つけて来た…これで剣を背負わなくて済む」
「平坦な道では無いから荷車を引くのも大変だと思うが?」
「この巨人の剣を背負うよりマシさ」
「まぁ…樽の一つでも乗せれば水の心配は要らなくなるか…」
「勇者の姿が見えん様だが?」
「山小屋にハーピーとミノタウロスの死体を集めて燃やしてくれるらしい」
「それは良い…匂いを嗅ぎつけて又ハーピーが来てしまうからな」
「それよりエルフ…森から西側はもう全滅したと聞いてるけど…どこもこの山小屋の様に?」
「恐らく…」
「この世界で残されて居るのは光の国だけだと思って良いのかな?」
「それは分からない…情報が届かないからな…」
「食われてる死体は女子供ばかりだ…胸が痛い」
「男はみんな戦いに出た先で食われる…この山小屋は女子供達が隠れ潜んで居たのだろう」
「この世界の魔物はどうして人を食らうんだろう?」
「さぁ?」
「元の世界では人を食らう魔物なんか居なかった」
「200年後には魔物が居無い訳か…」
「逆に人間がエルフを食い物にして居たよ…」
「なんだって!?」
「エルフのオーブにその知識は無かったのかい?」
「あれは愛の記憶だ…俺の…」
「そうか…そういう事か…オーブという形で君も200年の時を超えたという見方が出来るのか」
「フフ200年の時を超えた愛はまだ終わって居ない」
「分かって来たぞ…どうして魔物が人の脳を食らうのか…」
「んん?どういう事だ?」
「オーブと同じで人間は夢を見て記憶を伝搬する…それを食らってるんだ…」
「俺は寝る事が無いから理解出来ん」
---夢を食らう---
---そうやって夢幻からのメッセージを無い物にする---
---人を食らうだけじゃ無くて---
---大事な夢の記憶まで食らってるんだ---
---許せない---
しばらくして僧侶と魔女が水浴びから戻って来た
衣類も全部綺麗に洗った様で毛皮を羽織っただけの姿だった
「さぶいいいい…ガチガチ」
「これエルフ!焚火をもっと強くせい!」
「魔女…着て居た物は何処に?」
「向こうで干して居る…明日の朝まで乾かんじゃろう」
「仕方ない…俺の毛皮も使うんだ」
「当たり前じゃ…主はわらわの従士なのじゃからのう」
「騎士ぃ!!だっこ~」
「ハハ…おいで」
「わ~い!」
「ところで勇者は何処に行ったのじゃ?」
「山小屋でミノタウロスを燃やしてくれてる」
「そうか…わらわも行かねばならんかのう?」
「魔女!その格好でうろつくのは良くない…体が冷えると明日に堪える」
「こんな小さな焚火じゃ暖まらんわ…ちと山小屋で温まって来るで待って居れ」
「分かった俺が付いて行く…そんな裸同然で一人で行かせられない」
「黙って付いて来れば良いのじゃ…行くぞよ?」
僕はこのオテンバな魔女がなんだか可愛らしく思えて来た
200年の時を超えた愛がどう結末するのか…それはエルフに掛かっていると思った
夜
メラメラ パチ
山小屋が燃え尽き残った木材を集め焚火で暖を取る
ここは魔物が出ないから穏やかな夜だった
「ここから先はもう魔物が出る事は無いと思う」
「標高が高くて空気が薄いから明日からは少しペースを落とさないと高山病に掛かりそうだ…」
「さすが旅が長い…その通りだ」
「気分が悪くなったらそれ以上山を登る事は出来なくなるから無理はしないように行こう」
「ねぇねぇ~お星様が綺麗~」
「あぁ…本当だね」
夜空には今まで見た事の無い満点の星空が広がって居た
「山の上に居るからなのかなぁ?」
「多分そうだよ」
「今日は月が無いのもある」
「お空はお星様で一杯なのに地上は真っ黒…」
「世界が闇に包まれているというのはこういう状態なのかもね」
「お月様でもあれば明るいのにね」
「真っ暗闇の中で人は生きていけない…だからこうやって焚き火を起こす」
メラメラ パチ
「ふ~ん…そっか~不安になると火を使うのかぁ」
「魔王はそういう人間の心を良く知っている…だから呪いを掛けているんだ」
「命の泉の呪いの事?」
「そう…憎悪で支配して人々を不安にさせる」
「ねぇ?エルフが火を嫌う理由は?」
「火で森が焼かれると森が苦しむ声がする…その声はエルフにとって耐え難い声なんだと思う」
「フフ…それもあるが嫌なのは肌の乾燥だ」
「肌の乾燥?そんなのが…」
「嫌いで言えば砂漠も嫌いだ…太陽に当たるのも控えたい」
「あぁ…そういえば砂漠にエルフなんか見た事無いなぁ…」
「ウフフなんかすご~く普通な理由なんだね~」
「僧侶も焚火に当たり過ぎると乾燥して肌がボロボロになるぞ?」
「わかった~注意しとく~」
「ハハなんだ…そんな簡単な理由で火を嫌ってたのか…」
山頂付近
一行は数日掛けてやっと山頂が見える所まで来た
もう周囲には高山植物も殆ど生えて居ない
誰も寄り付かない神の領域という表現が正しいか
吹き抜ける風は凍てつき容赦なく体温を奪って行く
「はぁ…はぁ…」
「エルフ…次変わるよ」
「はぁ…はぁ…さすがに魔女を背負って登り通しはキツイ…」
「すまんのぅ…わらわはもう歩けぬ…」
「おいで…よっこらせっと」
「もう少しで命の泉に到着する筈だ」
「騎士は僧侶を背負っても息を切らしておらんぞ?」
「騎士は別格だ」
「どんな鍛え方をしたのじゃろう?」
「経験して来た修羅場が違うんだと思う…」
「これ勇者!はよ行かんと騎士に置いて行かれるぞよ?」
「うん…」
騎士は荷車に僧侶を乗せ数百メートル先を進んで居た
荷車とは言え急な斜面を引っ張り続けるのは相当な体力が必要だった
「命の泉にドラゴンは居るかな~?」
「ドラゴンは魔王の所に居るとエルフが言ってたよ」
「ぶぅ…居てくれた方が帰りが楽だと思ったのにぃ」
「ドラゴンのオーブがあっても仲間になってくれるとは限らないよ」
「あ!!水が流れる音が聞こえる~!!騎士下ろしてぇ~」
「本当だね…やっと到着したか…」
「よいしょ!ちょっと見て来るね~」
「僧侶!走らない方が良いよ…気分が悪くなると山を降りるまで直らない」
「わかった~ゆっくり歩く~」
命の泉
サラサラサラ
200年後の元の世界と全く同じ泉がそこに有った
振り返ればあの時と同じ様に盗賊や商人が居る様な錯覚さえする
「ドラゴンさん居ないみた~い」…僧侶がドラゴンを探す姿も既視感の様だ
「やっと着いたね…魔槍を抜かないと」
遅れて到着したエルフは感嘆の声を上げる
「おぉ!!すごい!癒し苔が生えてる」
「少し採って行くと良い…確か…」
「不老長寿の薬が作れるんだって~」
「良く知っているな?それはエルフの秘伝の筈」
「そうだったんだ~ウフフ」
「よし僧侶…一緒に魔槍を抜こう」
「うん!!」
「今度は腰を支えるんじゃなくて一緒に抜こう…多分君の力で魔槍が抜ける」
「は~い」
「魔槍が抜けたら銀のロザリオを穴に詰めて回復魔法を頼むよ」
「オッケ~♪」
ジャブ ジャブ
泉の中央に突き刺さる魔槍に手を掛ける
「あの時と同じだね~」
「そうだね…あの時は商人が取り乱して居たね」
「振り返ったら商人達が居たりして~」
「いや…今一緒に居る…僕達の心の中に居る」
「感じる?」
「魔槍を抜けと言ってるよ…抜いた瞬間未来が変わる」
「なんか恐いカモ~」
「その為に来たんだ…今度も抜いてやる!」
「うん」
「じゃぁ手を…」---すべての力を出し切る---
「準備良いかなぁ?」
騎士は渾身の力を込めて魔槍を抜こうとした
あの時と同じ様に両足は地面にめり込み骨が砕ける音がする
すかさず僧侶は回復魔法で騎士をサポートした
「回復魔法!回復魔法!回復魔法!」
ビシビシビシ ガガーン!!
その時異変が起きる
「うお!!空が!!裂ける!!」
「何が起きる!?」
泉の外で見て居た勇者とエルフは
抜こうとする魔槍の上空で見た事の無い異変を目撃した
そして声が響く
『我が魔槍を抜こうとする者よ』
『それは我が物である』
『奪うからには裁き受けよ』
「なんだアレは!!魔王の手…なのか?」
「空から手が降って来る…」
「呪いじゃ…何かの呪いを掛けようとしておる…」
「騎士!!早く!!」
謎の空間…
騎士は勇者の声を聞き空を仰いだ
青い筈の空に亀裂が入り宇宙が見えているのかと思ったが…それは違う
0と1が流れて行く空間…その0と1が寄せ集まり
魔王の手の様な造形に形を変えていく
騎士は直感した…これが世界の真理だと…
「ヴォオオオオオオオ!!!!」ズボォ!!
「抜けた…」
騎士は抜いた魔槍ロンギヌスを天に向かって突き上げ
0と1で構成された魔王の手に向かって放り投げた
次の瞬間強烈な時空の歪みを感じた…頭痛を伴うめまい…そして何かがズレる感じ…ノイズ…
魔槍ロンギヌスは魔王の手を突き抜け…それも0と1に形を変え激しいノイズと共に砕け散った
ギギギギギギギギ ザザザザザザザザ ピキーーーーン!!
「なんという強烈な魔法じゃ…騎士や…主は平気なんか?」
「うぅぅ…そ、僧侶…銀のロザリオを…」
「え…あ…うん!」
僧侶は慌てて魔槍の突き刺さって居た穴にそのロザリオを詰め込んだ
「回復魔法!回復魔法!回復魔法!」
シーン…
事が一通り終わり静寂が辺りを包む
混乱
その場に居た5人は時空の歪みを体験して混乱していた
勇者は膝を付き頭を抱えている
「うぅぅ気が遠くなる…なんだこの感覚…」
「騎士ぃ~怖いよぅ…」
「大丈夫…僕はここに居るよ…」---記憶が壊れていく---
”僕の中で無数の0と1が…
”すべて0に置き換わって行く…
”夢幻での記憶が消える…
”無かった事に…
”僕は一体誰だ?
「見ろ!!空が晴れる!!」
「おぉ!!水が!!きらめく水が湧き出したぞよ!!」
「勇者が倒れてる?」
「3人共倒れて居るな…」
「おい!しっかりしろ!!勇者も…」
「エルフや…とりあえず泉から引き揚げい!」
「そうだな…このままじゃ凍死する」
エルフは騎士と僧侶を泉から引き揚げ近くの岩に持たれ掛けさせた
「これエルフ!何か燃やせるものは無いかえ?」
「石炭が少しと…そうだ!騎士が持って来た荷車が燃やせる」
「持ってくるのじゃ…温めてやらんとイカン」
焚火
メラメラ パチ
荷車を解体して薪にする
気を失った3人は焚火を囲んで横に並べられた
「しかし困ったのぅ…これだけの薪ではそう長く持たんが…」
「これは魔王の呪いなのか?」
「わらわの目には騎士が跳ねのけた様に見えたのじゃがな…」
「しかし空が裂けるとはどういう事だったのか…」
「時空の魔法じゃと思う…魔術書に記されては居るがわらわには分からぬ」
「う~ん…」
「ハッ!!」
「うぅぅ…」
「およよ?3人共同時に目を覚まし寄った…」
「おい!大丈夫か?」
「何が起こった?」
「むにゃ~何で寝てるのかなぁ?」
「魔槍は無事に抜けた…魔王の手が振って来たがどうにかなったらしい」
「見てみよ…水が太陽の光できらめいておるぞ?」
「どうしたんだ?急に倒れて…魔王の手に何かやられたか?」
「いや…よくわからない」
「なんか頭がボーっとするなぁ…」
「僕もだ…此処に何しに来たんだ?」
「何を言うて居る…魔槍を抜きに来たのじゃろう」
「あ…そうか…あれ?頭が混乱してるのかな?」
「やはり魔王に何かやられたらしい…」
「僧侶?…商人って誰だっけ?」
「え?商人?商人って誰?」
「主らは商人が予言者だと言うて居ったが?」
「予言者…ええと…やっぱり混乱してる」
「まぁ良い…混乱が覚めるまでゆっくりするが良かろう」
一行は焚火を囲みながら軽く休息を取った
静寂の中サラサラと流れる水の音が心を落ち着かせてくれる
「なんて心地の良い音なんだろう」…勇者は素直に気持ちを口にする
「予言の通りじゃ…水が光できらめいておる」
「騎士は大丈夫か?呆けている様だが?」
「体の方は平気みたい~…でもしゃべってくれないよぅ」
「すまない…大分頭が混乱していてね…」
「僕もだよ…頭がクラクラする」
「これからどうするんだっけ?」
「山を降りて砂漠の南の港町へ魔王を倒しに行くと言って居たが?」
「それはどこかな?…なんか記憶が重複してるのか…夢なのか何なのか分からないんだ」
「大分混乱してる様だ…少し横になった方が良い」
「それからこの手紙は…何だったかな?」
「手紙?」
「誰からの手紙だったか覚えが無いんだ…夢幻の住人って誰?」
「それは予言者からの預かり物じゃぞ?」
「あぁぁそれは覚えてる…でもここには夢幻の住人と書いてある」
「やはりちと横になって一度寝て見てはどうじゃ?」
「うん…僧侶は何か分からないかい?」
「ほえ?わたしはお花畑から生まれたの~ウフフ」
「う~ん…君に聞くのが間違いか…」
「ええええ!!ちょっとぉ~」
「誰だったかなぁ…」
”やぁ…元気にしてるかな?
”きっとこの手紙を読むのは君達からしたらすぐの事なんだろうね
”君達に大事なことを伝えたくて僕は長老に無理を言って
”僕1人で200年前よりもう少し昔に飛んだんだ
”まず君達が居なくなった後のことを先に書く
”君達が200年前に戻った後も元の世界は何の変化も無かったんだ
”世界中でゴーレムが暴れだし、魔王の予言どおり僕達は辺境の村で生き長らえた
”仲間が1人、又1人戦死していく中で僕は古文書の解読を進めてやっとすべて解読した
”結論…命の泉の呪いを解くのが遅すぎた
”呪いを解いてもすべての浄化まで数年掛かるらしい
”だから君達にもう一度命の泉に刺さってる魔槍を抜いて呪いを解いて欲しいんだ
”実は200年前の世界にはまだミスリル銀が発見されていない
”でも君達は持ってる…勇者が持つ銀の剣と僧侶が持つ銀のロザリオ
”魔王を倒す為には勇者の銀の剣で心臓を貫けば良い
”命の泉の呪いを解くのには僧侶が持ってる銀のロザリオを使えば良い
”それで未来は変わる筈だ
”ドラゴンのオーブをここに残すから役に立てて欲しい
”今この世界に来て僕はやっと目が覚めた…ここが現実の世界
”そして君達の事も良くわかる…勇者と精霊と導く者…それが君達だ
”僕達のすべてが君達の心の中にある…それこそが勇気だ
”やっとすべてが揃った…世界を頼む
”夢幻の住民より
---何回読み返しても思い出せない---
翌日
薪は全部使い果たしたが石炭と油でなんとか寒さを凌ぎ命の泉の傍らで一夜を明かした
…という物の命の泉から湧く水は雪解け水と違ってそれほど冷たくは無い
寒いのは変わらないが毛皮に包まって居れば耐えられない寒さでも無かった
「騎士が混乱している様だから帰りは僕がリードするよ…」勇者が名乗り出る
「フン!俺がサポートして居るのを忘れるな」
「ハハじゃぁそろそろ山を降りよう」
「エルフや!?癒し苔は採り終わったんか?」
「十分採った」
「下り道は何か杖みたいな物を持ってた方が良いよ」
「その通り…膝に負担が掛かる」
「わらわは持って居るぞ?」
「わたし持ってないなぁ…」
「まぁ転ばん様に気を付けて歩け」
「は~い!!」
一行は勇者を先頭に山を降り始めた
連れて来たヤギはエルフの言う事を良く聞き…僧侶の杖替わりにもなってくれた
帰り道は荷物も軽くだんだんと温かくなってきたことも有りあっという間に元来た山小屋の辺りまで辿り着く
燃えた山小屋の周辺
「どれくらいでお馬さんの所に着くかなぁ?」ヨタヨタ
「途中で置いてきた馬の所なら今日中に着ける筈だが夜になってしまう」
「もう膝がカックンカックンだよぅ…」
「転ばないように」
「わらわも膝がガクガクじゃ…」
「もう少し先に行くと魔物が出るから今日はこの間の滝の所で野営しよう」
「水浴びできるぅ~ウフフ」
「湯を沸かす必要があるな…まだ山小屋に木材が残って居るだろうか…」
「燃え残りなら有る筈…」
「俺が探して来る…滝の傍らで野営の準備を頼む」
「分かった…」
滝の傍
ザザザザザザ
この間とは様子が違って滝から落ちて来る水がキラキラと光って居た
「うわぁ~きらめく水が流れてる~ウフフ」
「ここで血を洗ったのは覚えてる…」
「どうしたの~?」
「昔の事が思い出せないんだ…追憶の森のより前にあった事が思い出せない」
「追憶の森?…え~っとぉ…アレ?」
「僕たちはいつの間に旅してるんだろう?」
「アレレ~?」
「命の泉で大事な事を何か忘れてしまった気がする…」
「そういえばそうだなぁ~」
「あの手紙の内容を見ると…僕達は200年後から来てる様だ…それが思い出せない」
「ねぇねぇ…そういえばさぁ…昨日始めて夢を見たんだ~ウフフ」
「どんな夢?」
「騎士と始めてお酒を飲んだ夢~ウフフその後ね~一緒に寝るの~」
「夢の中でまた寝る?」
「あとね~誰かとトランプする夢~わたしがいっつも勝つの~」
「幸せな夢だね…」
---夢か---
夜
メラメラ パチ
エルフは山小屋の焼け跡から真っ黒になった木材の燃えカスを集めて来た
燃えカスと言っても灰になった訳では無いから焚火をするには十分まだ燃える
「騎士?平気かい?」
「大丈夫…何事も無い」
「ずっと考え事をしてる様だけど…」
「勇者!…君はいつから勇者なんだ?」
「え…僕は気が付いたら旅をしていた…いつからと言われても…僕も覚えて居ない」
「君も同じか…僕も気が付いたら旅をしてる」
「魔王を倒すが僕の目的の筈…心の中でそう感じる」
「心の中?そうか…君は記憶は無くても心が感じるのか」
「騎士は何か感じないのかい?」
「僕は何かを託されてる…ハッ!!」
騎士は懐から手紙を取り出して読み始めた
「んん?何か思い出したかな?」
「やっぱりそうか!!」
「どうしたんだい?」
「僕は命の泉の呪いを解く事を託されていた…やっぱり200年後から来てる」
「と言う事は僕も同じだよね?」
「この手紙にはそう書かれてる…」
「どうして僕は君ほど混乱して居無いんだろう?」
「分からない…もしかしたら空から降って来た魔王の手に何かされたのかも知れない」
「そんな風には見えなかったけどね…」
「どうやって心で感じれば良いんだ?そのやり方も忘れてしまった…」
「自然と湧いてくるんだよ」
「心?心…僕の心は何処にある?」
「やっぱり混乱してるみたいだね…しばらく続きそうかな…」
「僕は何の為にここに居るんだ?どうして魔王を目指してるんだ?」
騎士には自分が無くした物が何なのか気付くことが出来なかった
音を聞く事…空間を感じる事…そこに誰かの心が有る事
そして自分の心が何処に有るのかも感じられなくなっていたのだ
翌日
山小屋のあった所から馬車を置いてあった所までは数時間で到着した
エルフが馬と事前に話をしていたのか3頭とも馬車の近くて帰りを待って居た様だ
「あ!!お馬さんみ~っけ♪ウフフ」
「やっと馬車で休めるのぅ…」
「お腹空いたんだ~ハチミツ漬けのリンゴが有った筈…ムフフ」
「わらわも食べたいぞ…」
「うん!一緒に食べよー」
「ふぅ…これで一安心だ」
「騎士!悪いがこれから魔物が出て来る…一人で騎乗行けるか?」
「大丈夫…体に異常はない」
「よし!馬車はこのまま南下して一旦オアシスを目指す…今晩はそこで休もう」
「分かった…」
「騎士は馬車を守る様に騎乗で遊撃を頼む」
エルフは2頭の馬を馬車に繋ぎ馭者を担当する
勇者は周囲の警戒…魔女と僧侶は疲れた体を休めながらリンゴを頬張っていた
荒野
3頭の馬は放牧でゆっくり休んだ事で元気になっていた
硬い地面の荒野を2頭で馬車を引くのは馬にとってそれほど苦では無い
そもそも荷を沢山積んでいる訳では無いから軽かったのだ
この荒野はそこそこにアロエなどの植物が生えオアシスとまで行かないが水場も有る
魔物は出るが山岳地帯に比べてかなり快適に馬車の旅が出来た
「アロエうんま!!」モグモグ
「食べる過ぎると腹を壊すぞよ?」
「えへへ…久しぶりに新鮮な物食べたからつい食べ過ぎちゃう」
「しかしハチミツに漬けて食べると本当に美味いのう」
「魔女!アロエはその辺にしておくんだ…毒が含まれているから腹を壊す」
「分かって居るわい」
「オアシスまで行けばヤシの実が有る筈だからそれまでガマンしてくれ」
「お主はいちいちうるさいんじゃ」
「……」
「ねぇねぇエルフさん?オアシスっていつ着くの~?」
「そろそろ見えて来る筈なんだが…水の香りがする」
ジャキン! スラーン…
馬車の後部に取り付けてあった巨人の剣が引き抜かれる音だ
「んん?騎士が後ろに付いているか…何か有ったのか!?騎士…」
「オアシスが見えて来た…右手の方角」
「お?見落として居たか…」
「先に行って安全を確かめて来る」
「おい!リザードマンが居るかもしれないぞ?」
パカラッ パカラッ
話を聞かず騎士は走り去った
「あ!!騎士!!」
「行ってしもうた…」
「後を追おう!この感じは単騎で特攻する感じだ…」
「うむ…そうじゃな」
オアシス
中程度の湖の周りに植物や木が生え
そこに沢山の土で出来た建物が密集している
本来ならそこで人が生活し行商人で溢れている筈の場所
でもそこは既に廃墟となりリザードマンの住処と化していた…ついさっきまでは…
「あ…やっぱり…」
「リザードマンを…皆殺し…か?」
「騎士が全部片付けてしまった様だ…」
エルフがこぼした言葉の通り…
リザードマンの血を浴びて地獄から帰って来たような姿をした騎士が馬に乗って駆けていた
「鬼じゃの…」
「騎士!…少しここで休もう」
パカラッ パカラッ ヒヒ~ン ブルル
馬車の前に立ちはだかる騎士の姿は誰の目にも恐怖に映る
騎士は何も言わず馬を降りて一人返り血を落としに水場へ向かった…
「行ってしもうたか…僧侶や…ちと騎士を見て来るんじゃ」
「うん…なんか心配」
「リザードマンは俺達が片づけておく…今日はここで野営するから僧侶も騎士と水浴びして来い」
「わかった~」
僧侶はそう言って騎士の所で走って行った
「ここら辺はやっぱり何処へ行ってももう人は居無いんだね」
「その様だ…昔は行商の拠点と言われてたがリザードマンに荒らされ放題だ…」
「死体を集めよう…魔女は順に燃やして行って」
「うむ…」
1時間後…
リザードマンの死体を集めた勇者は魔女と共に火炎の魔法でそれを焼いて居た
骨まで溶ける灼熱の魔法はそれほど時間を掛けず死体を灰にする
「この死体全部…頭の部分を巨人の剣で潰してしまってるね…」
「そうじゃな…倒した後にわざわざ潰しておるんじゃ…騎士の精神状態が良くないやも知れぬ」
「報復だよ…」
「まぁ気持ちが分からんでも無いわ…」
偵察に出て居たエルフが戻って来る
「休めそうな建物を見つけた…酒が残って居たぞ」
「ほう?」
「小麦もいくらか有るから今日はいつもと違った物が食べられる」
「この死体の山を見た後では食欲も無いのじゃがのぅ…」
「とりあえず移動する…馬車を動かすぞ」
「騎士と僧侶は良いのかい?逸れてしまわないかな?」
「俺を誰だと思ってる?」
「ハハ…愚問だったか」
「行くぞ!!」
朽ちた建屋
その建屋の地下はおそらく酒場だったと思われる
リザードマンは酒に興味が無かったのかビンに入った状態の酒がまだ残って居た
「久しぶりに文明の匂いがする場所を見た…どうしてこの建屋だけあまり荒らされて居ないんだろう?」
「分からん…もしかするとリザードマンは酒が苦手なのかも知れん…俺達が火を嫌う様に」
「ふむ…リザードマンは変温動物じゃったな?」
「それは何か関係する?」
「ヘビやトカゲは酒に漬けるとエキスが抽出されるのじゃが…」
「まさかそれを嫌がって?」
「分からんが関係あるやも知れんと思うてな…」
「まぁ良いか…兎に角ここなら休めそうだね」
「さてこれからの話なんじゃが…このオアシスで南へ旅をする物資は揃えられそうか?」
「軽く見た感じ十分揃いそうだ…リザードマンは物資類には殆ど手を付けていない」
「リザードマンの目的は何だったのじゃろうか?人の死体は何処にも見当たらんかったが…」
「俺が思うにリザードマンは人が居なくなったオアシスを単純に住処としただけに思う」
「ではこのオアシスを襲った魔物は他に居ると?」
「人を食らう魔物といえばオーガとかミノタウロスとか…」
「なるほどのう…」
「ここから南の港町?そこまでどのくらい掛かるのかな?」
「エルフの森沿いに南下して…馬なら2週間くらいだと思う」
「思う?…君は行ったことが無いのかい?」
「俺はエルフの森を追放された後、砂漠のあるここら辺には来た事が無い」
「そうか…」
「話で聞いた事がある程度しか知識が無い」
「まぁ仕方ないね…もう暗くなって来てるから物資調達は明日かな?」
「俺は夜でも目が利くからあとで偵察がてら物資を拾いに行く」
「それは助かる…」
「勇者と魔女はここに居てくれ…俺は騎士と僧侶を迎えに行って来る」
「うむ…小麦を使って簡単なパンでも作っておくわい」
夜更け
リザードマンが一掃されたこのオアシスは静まり返っていた
地下の酒場はカビ臭く建屋の外の方が涼しかったから焚火は外でやる事にした
「やはり水場の近くは涼しい」
「そうだね…今日は良く寝られそうだ」
「あのねあのね~最近良く夢を見るの~」
「どんな夢じゃ?」
「わたしがどこかの国の衛兵だったり~…海賊船に乗ってたり~…お空を飛んだり」
「そういえば僕も空を飛ぶ夢は見るなぁ…」
「……」…騎士はうつ向いたまま動かない
「騎士?どうしたんだい?また考え事かな?」
「心が何も感じなくなってしまった…夢も見ていない」
「え?」
「リザードマンをいくら倒してもその痛みも感じられない」
「鬼じゃな」
「何の為に戦うのかも分からなくなった…ただ倒したい…それだけになってる」
「やはり主は何かの呪いを掛けられてしもうた様じゃな…」
「僕の心が無くなってしまった…」
「ねぇねぇ~騎士~わたしの事どう思ってるの~?」
「すまない…わからない…そもそも君といつ会ったのかも思い出せない」
「え~…アレ?いつから一緒に居たんだっけ?」
「どうすれば夢を見られる?もしかしたら夢で何かを思い出すかもしれない」
「どうかなぁ~?ぐっすり寝る?」
「ううむ…何の呪いか分からんのぅ…手の施し様が無い」
「もう少し一人にさせて欲しい…」
「あまり遠くに行かないでくれ…危険を察知出来なくなる」
「わかったよ…すぐそこさ」
騎士はそう言ってオアシスの見える路地で座り込んだ
サラサラサラ
風で砂が少し転がった
(昼間と違って冷える…)
(オアシスの湖に月が反射している)
(どこかで見た事がある)
(でも思い出せない)
(これは砂の音か?)
サラサラサラ
(聞いたことが有る)
(思い出せないけれど…感じるのは…無常)
(無常…無常って何だ?)
(いつの間に無常も忘れてしまったんだろう…)
サラサラサラ
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