24.愛の結末
飛行船
勇者と魔女…そして商人と薬剤師の4人は騎士達と合流するべくエルフの森北部へを向かっていた
ゴーレムの進撃を抑える為連戦連夜だった一行はやっと飛行船で休息を取る事が出来る
「ふぅ…やっと休める」
「商人?チーズと干し肉よ…少しお腹に入れて先に休んで」
「うん…ありがとう」
「飛行船の操舵はわらわと勇者に任せておいて主らは先に休むが良い」
「悪いけどそうさせて貰うよ…今後の事は又起きた時に話す」
「方向はこのままエルフの森を北で良いのかな?」
「そうだね…ほらここに地図がある…ここら辺さ」
「わらわはエルフの森を知って居るで問題無いぞよ?」
「じゃぁ任せる…ちょっと仮眠する」
そう言って商人と薬剤師は軽く仮眠を取る事にした
飛行船は安定飛行に入ればそれほど揺れる事も無く割と快適に眠る事が出来る
こうして一行は交代で休みながら北を目指した…
翌日…
「商人…また読んでるの?」…薬剤師が書物を覗き込む
「あぁこれね…まだ古文書の解読が残ってるんだ」
「何か新しいこと分かった?」
「いや…解読はまだまだ時間が掛かるかな」
「予言の書の方は全然見ないのね」
「ハハあんな物に興味は無くなったよ」
「でも結局予言の通りになってるでしょう?」
「僕は信じたくない…いや信じない」
「ガンコね」
「あの予言の書に書かれて居った謎の文字は恐らく魔族が使う文字じゃが…主はどう考えて居る?」
「僕が思うにエルフの長老が残した物だと思って居るよ」
「やはりそう思うか…」
「まぁ今4人共起きているから話しておくか…」
「これからの事かいのぅ?」
「うん…本当は騎士達が揃った後が良いんだけど先に話せる分だけ話すよ…良く聞いておいて」
まず魔女が持ってる祈りの指輪は僕にしばらく預からせて欲しい
なぜかと言うと…これからエルフの長老に会いに行く訳だけど…
長老がその指輪を使って勇者から200年分の命を吸ってしまうのを防ぐ為さ
実はね…魔女が歌う『愛の歌』には秘密があってね
その歌は200年の時を越えて結ばれる愛の歌なんだけど
本当はエルフと人間の『愛の歌』なんだ…歌詞が少し変えられてる
長老は勇者を200年前に送り、自分は若返る…そして魔女を我が物にしたい…
そんな祈りを込められた歌なんだよ
「これが今まで繰り返されてきたループさ」
「商人…それはまことか?」
「まぁ確認して欲しいんだけれど…愛の歌のオリジナルは古文書の方に書かれてある」
「見せてみい…」
「ここの項だよ…」
古文書をパラパラめくり愛の歌の諸事詩を魔女に見せる
「ふむ…確かに解釈の視点が違うのぅ…」
「僕はね…その流れを断ち切ろうと思う」
「エルフの長老は信頼できるわらわの古き友じゃぞ?断ち切るも何も悪い事を考えて居る様に思えんが…」
「魔王が汚した命の泉から沸く水を飲んでるのは人間だけじゃないよ…エルフも同じなのさ」
「信じられん…2年程長老と一緒に居ったが…そんな素振りは何も無かったが…」
「長老は勇者を見つけたら連れて来いとは言わなかったかい?」
「言うておった…」
「僕の勘は割りと当たるんだ…指輪を預からせてもらっていいね?」
「ううむ…ちと考えさせい」
薬剤師が口を開く
「ねぇ商人?…もし勇者が200年前に戻らなかったらどうなるんだろう?」
「さぁね?…ただ勇者は僕達と一緒に居る…彼が死なない限りまだ続くだろうね」
「え?どういう事?」
「魔王はね『予言の書』という形で勇者を居なかった事にしようとしてるのさ」
「え?…それで予言の書には『勇者が世界を滅ぼす』と書いてあるという事?」
「そうだよ…そうやって憎悪に染まった人間を使って勇者を倒し…無かった事にしようとしてる」
「あなた…それを前から気づいていたの?」
「僕が魔王ならそういう事も考えるって話だよ…今勇者が死ねば200年前の魔王は蘇る」
「今際の時…」
「そういう言い方が良いんだろうか…今現在は僕達が知ってる歴史の一部…だから判断を誤っちゃいけない」
「カードはわたし達に有る?」
「そう!!カードをいつ切るかは僕達が決めるんだ」
「何か考えがあるの?」
「ある…もうこれまでのループは断ち切る!」
「今は教えてくれないの?」
「それは騎士達が一緒の時に話すよ」
「ふむ…なるほどのう…」魔女は何かを理解した様だ
「んん?魔女…自己完結はズルいよ」
「勇者の記憶が消える原因が少し理解出来たと思うてな…」
「教えてよ…」
「次元の話じゃらか理解出来んかも分からんが…」
ループの話をして居ったじゃろう…
勇者が200年の時を超えて魔王を倒すというループなのじゃろうが
何か変化を加えるとその後に発生する歴史が少しだけ変わってしまうのは前に話した通りじゃ
少し違う世界…
それは元の世界と違った別の次元にある世界になってしまうのじゃが
どこかで交わって1つに調和して行くのじゃ…
その時元の世界の記憶が少しづつ消えて行くのじゃよ
「つまりじゃ…歴史の修正が行われる度に勇者は記憶を失って行くのじゃ」
「なるほどね…ループする世界と言っても毎回全く同じじゃ無い訳か」
「そうじゃ…少しづつ変化して居る…その影響が勇者の記憶喪失に繋がって居るという訳じゃ」
「それぞれの人が持ってる違った記憶がゆっくり調和されて行くんだね」
「うむ…本人にはどの記憶が無うなったのはなかなか気付けぬ」
「それを言うと僕の記憶もいつの間にどんどん調和されて無くなって行ってるのかもね」
「言い換えればそれが夢幻である証拠とも言えよう」
「ハハこの世界が夢幻だったとしても今の僕にとっては現実さ…この現実に他の次元が調和する事だってある筈」
「その通りじゃな…それを決めるのが勇者じゃ」
これまでの会話でそれぞれが自分の記憶について考え始めた
勇者は記憶を喪失する理由について少し納得する部分が有った様で
魔女にその事について尋ねようとした
「魔女?」
「んん?どうしたのじゃ?」
「僕は記憶が定かではないけれど昔から魔女の事を知っていた気がする」
「ふむ…夢幻を少し覚えて居るのじゃろうな」
「でもね?愛とかそう言うのでは無いと思う」
「構わぬ…わらわものう…主に再会して愛が何だったのか分からんくなってしもうた」
それまでは只会いたい…その一心で愛して居ると自分に暗示をかけて居ったのやも知れん
いざ主に再会してその後どうしたい…と言う想いが何も無くなってしもうた
「わらわも次元に調和されて何か忘れてしもうたかも知れんのう」
「分かるよその感覚…」
「主も記憶が無いやも知れんが次元の向こう側に居ったわらわを感じる事は出来ぬか?」
「次元の向こう側?」
「思い出すという表現の方が良いやも知れんな…それが感じると言う事なのじゃが…」
「う~ん…」
「まぁ良い…これだけは覚えておけ…何があってもわらわは勇者の下に居る…それだけじゃ」
「僕の下に…どうしてかな?心に入って来ない」
「主は正直じゃな?わらわでは主を目覚めさせられんのじゃろうのぅ…」
「ハッ!!目覚め…」
「んん?何か思い出したかの?」
「誰かに呼ばれてる気がするんだ…僕はそれが精霊の声だと思ってた」
「ほう?主は精霊に導かれて居るやも知れんな…」
「心の中にある声…これは君じゃない…まだ会った事も無い…これが導き?」
「直に分かるじゃろうて…その声に耳を傾けても良いぞ?」
「うん…」
勇者と魔女は微妙な距離のままそれ以上近付く事は無かった
魔女は200年の想いが成就した時…時の向こうに置いて来たすべての想いも同時に結実された事を悟った
人間は愛を紡ぐ定め…どうやって紡いで行くのかに想いを馳せる事となる
エルフの森上空
飛行船は順調に北進し最も深い樹海に差し掛かる
その異変に気付いたのか森から数匹のドラゴンが飛び立った
「見て!ドラゴンがエルフの森から飛び立つ」
「あれは子ドラゴンだね」
「ドラゴンとエルフの関係は?」
「昔から関係は良いぞよ?」
「そうだね古文書には1000年以上前から良い関係と書いてるよ」
「ドラゴンがこっちに来る…あわわ」
「ドラゴンの背にエルフが乗ってる!」
「あ!!他のドラゴンも飛び立った…」
ドラゴンの背に乗ったエルフは弓をつがえ狙いを定めて居る
その動きはドラゴンの背に乗って居ても微動だにする事無く正確に獲物を捕らえていた
「エルフが弓で球皮を狙ってるぞ!…どうする?」
「おとなしくしておった方が良いのぅ」
「ハハハとんだ出迎えだね…どうしよう」
「ゆっくり高度を下げるんじゃ…こちらが何もせねば仕掛けては来ぬ」
ドラゴンに乗ったエルフの戦士…人はそれをドラゴンライダーと呼ぶ
数匹のドラゴンライダーは上空を縦横無尽に飛び回り完全に飛行船を包囲する
「早いな…ドラゴンに乗ったエルフは脅威だね…」…商人は息を飲んだ
「完全に囲まれてるわ…6匹…旋回してる」
「ゆっくり降りて行けば良い」
「ドラゴン達はエルフの所で羽を休めてるんだね」
「その様じゃな」
「降りられる場所が見当たらないのだけれど…」
「川辺に木々の薄い場所があるでそこに降ろせば良かろう」
「分かったわ…」
エルフの森
フワフワ ドッスン
飛行船は魔女の指示通り川辺に着陸させた
その様子はすでにエルフ達に見張られていた様で木陰の至る所にエルフの気配がある
「もう囲まれておるから武器は持たぬ様にな…わらわが先に出る」
「頼むよ…穏便にいきたいよ」
魔女はノソリと飛行船を降り見えないエルフの方へ向かって話しかけた
「わらわはエルフの長老に会いに来た…弓を下げてもらえんか?」
「先にエルフのオーブを持った騎士達も来ておろう?」
「わらわ達は武器を置いておる…敵では無い」
「ここに勇者も連れて来ておる…エルフの長老の所まで案内してもらえぬか?」
森の言葉なのか…エルフの使う言葉なのか…
蛇が威嚇する様なその声はヒソヒソと会話をしている様に感じる
「魔女?この話声って…エルフの言葉なのかい?」
「森の言葉じゃな…パーセルタングとも言うのじゃが何やら相談して居るのじゃと思う」
「やっぱり人間を警戒して居るんだね…」
「じゃろうのぅ…南部の惨事後では仕方あるまい」
立ちすくむ魔女達の前に一人の男性エルフが現れた
「我らは人間達と戦争中だ…人間の扱いは掟通り縄を掛けさせてもらう」
「それで構わぬ…自ら目隠しをして待てば良いか?」
「下手に動くと射抜かれるのを忘れるな」
「では目隠しをするまで見ておれ」
魔女の言葉通り4人はそれぞれ自分で目隠しをして魔女に並んだ
「4人とも目隠しが済んだぞよ?…どうすれば良いのじゃ?」
「縄を掛けさせてもらう!おとなしく待て」
4人は縄を掛けられた状態でエルフ達に連れられて行った
長老の家
エルフの里では南部で戦いが起きているとは思えないほど静寂に包まれていた
その様な中戦争中の人間が何人もエルフの森を訪れるという異常事態なのに
人間を無下に扱う事無くただ見守るその姿にエルフの寛容さがうかがえる
「長老に会いに来た人間を連れて来ました」
「ほう…名は聞いたか?」
「いえ…まだ聞いて居りません」
「わらわじゃ…」
「やはり魔女であったか…入れてやれ」
「はい…縄をほどいて良いのでしょうか?」
「うむ…解いてやってくれ」
「はい」
男性のエルフは長老の言われた通り4人の縄を解いた
「魔女や…わしの所に来たという事はアヤツを探し出したのだな?」
「やっと…愛しき人にめぐり会うたぞよ?」
「どうだ?どのような気持ちだ?」
「わらわはもう満足じゃ…他に何も要らぬ」
「そうか…それが人間の愛の結末か…儚い物よのぅ」
「ところでじゃ…わらわ達より先に騎士達は来ておらんのか?」
「来ておるが…今は変わり果てたエルフの娘を癒しに精霊樹まで行っておる」
「精霊樹…お主が遥か昔にわらわを連れて行った場所じゃな?」
「覚えておったか…エルフの母なる樹じゃ」
「帰りを待って居った方が良いかのう?」
「精霊樹は本来人間が行くべき場所ではないが…魔女だけは許そう」
「わらわ一人で行っても良いか?」
「これエルフ…魔女を精霊樹まで案内せい」
「はい」
「魔女の仲間達はここで待て…他の者に示しが付かんのでな…理解してくれ」
魔女は男性のエルフに連れられ長老の家を出て行った
残された3人は長老に何か言われる訳でも無く…無言で気まずい雰囲気を過ごす
商人はエルフ達が持つこの無言の雰囲気が苦手だった
---なんだこの雰囲気---
---長老は僕達の事を探ってるのかな?---
---お茶くらい出してくれれば空気も和らぐのに---
---やっぱりエルフが何を考えてるのか読み難い---
数分後…
その微妙な雰囲気をまったく考える事無く僧侶が帰って来た
「やほ~魔女と交代してきたよ~ウフフ」
「あ…僧侶!」
「騎士も居るよ~ん」
「皆来たんだね」
「心配していたんだけど…無事にエルフの娘を返せたんだね」
「うん…ここに居ればエルフの娘もまた生まれ変わる事が出来るらしい」
「エルフは死んでも新たにもう一度生まれるって言う話かな?」
「心が有れば又生まれ変われるんだ…100年先か200年先か分からないけど」
「精霊樹にしばらく癒してもらうと良いかな~」
「それは良かったね…ところで」
「何かな?」
「僧侶にお願いがある」
「え?わたし?なになに?」
「君は銀のロザリオを持ってたよね?」
「うん!あるよ~」
「それを長老に渡して回復魔法を掛けてあげて欲しいんだ」
「え?どうしたの?怪我したの?」
「良いから…長老に回復魔法してね」
「は~い」
僧侶は躊躇いも無くエルフの長老に歩み寄った
「ねぇねぇエルフの長老様~~!!」
商人はその様子を見ながら思った
---やっぱり間違いない---
---長老は勇者に見向きもしない---
---勇者の事をアヤツとも表現してる---
僧侶はそんな商人の思いなんかつゆ知らず
独特のコロコロした口調で更に長老に語り掛ける
「ねぇねぇエルフの長老様~~わたしが癒してあげる~ウフフ」
「何をするつもりだ?」
「これ持ってぇ~…わたしの銀のロザリオ~」
「ほう…良い物を持って居るな」
「わたしが回復魔法をしてあげる~」
「回復魔法?わしは目こそ見えんが体に悪いところは無いぞ?」
「目が良くなるカモ~なんてね~ウフフ」
「では回復してもらおう」
「いくよ~~~回復魔法!」…薄っすらと優しい光が長老に溶け込んで行く
「……」
「おしま~い!!どう?わたしの癒し~」
「ふむ…目が見えんのは変わらぬが…何か…いや気のせいか」
「気のせいでは無いよ」…商人は長老に歩み寄る
「何かしたのか?」
「長老を救ったのさ」
「救った?」
「これから起こすかもしれない罪から救った」
「何の事だ?」
「長老は魔女が持つ祈りの指輪の事を考えてなかったかな?」
「なぜそのような質問をする」
「僧侶は心の闇を癒す力を持っているんだ」
「心の闇だと?…」
「勇者に祈りの指輪を使って200歳分の命を吸おうと考えてなかったかな?」
「……」長老は言葉を失った様だ
「そうすればあなたは若返り…魔女と余生を過ごせる」
「ちょ…商人?突然何を言い出すの~?長老は悪いエルフじゃないよ~?」
「200年の時を越えたエルフと人間の愛の歌」
「え?え?え?…どういう事?…あの歌の事?」
「ここで勇者を200年前に送ってしまえばもう…魔女は勇者を諦めるしかない」
「……」長老は黙って商人の話を聞いて居る
「それが人間の愛の結末…違うかい?」
長老はゆっくりとベッドから身を起こし
横に置いてあった椅子へ腰かけ見えなくなったその眼の代わりに耳を澄ませる
「フフ…人間にここまで心を見破られているとは…」
「長老はずっと魔女を愛し続けていたんだね」
「そうだ…200年前…突如勇者が現れわしの愛しき魔女の心を奪った…」
「でもエルフの長老…魔女はこの話をしても長老の事を最後まで信じていたよ」
「……」
「信頼出来る友だって…最後まで祈りの指輪を僕に預ける事はしなかった」
「魔女…わしの最も愛する…魔女が…」
「200年以上生きる魔女にとって長老は唯一心を許せる人だったって事だね…これは愛だ」
「わしはなんと愚かな考えをしておったのか…」
「その魔女から大切な物を奪ってしまう罪から救ったのさ」
「愛を知るのはわしの方だったか…わしはその愛に気付けなかったのか…」
「こういう愛の裏側にある猜疑心を生むのも魔王の掛けた呪いのせいだと思ってる」
「魔王の呪い…」
「心配しなくてももう魔王が汚した命の泉の呪いは解いたよ」
「否…魔王が掛けた呪いは命の泉だけではない…滅ぶ間際にも呪いを掛けておる」
「え!?」
「夢幻に捕らわれる呪い…わしらはすでに200年以上夢を見続けておる」
「やっぱりこの世界は幻だと言う事かい?」
「現実と夢の狭間…せめて夢の中でだけでも魔女と結ばれるのがわしの夢だった」
「ちょ、ちょっとまって…話が違うじゃないか…今の僕達は幻なのかい?」
「幻であり現実でもあり…それが夢幻」
「夢幻の世界から逃れる方法は!?」
「無い…」
「そんな…」
「だが200年前は確かに現実の筈…祈りの指輪を使えば1人だけ現実に戻ることはできよう」
「なるほどね…もし勇者以外の人を現実に戻したらどうなる?」
「魔王は蘇り…再び世界は闇に閉ざされるであろう」
「長老はそれを知っていて勇者を200年前に送るつもりだった…」
「いかにも…それが魔王を封じる方法であり…勇者の定めでもある」
「フフフフ…ハハハハハハハハ」
商人は不敵な笑いをこぼしその場が一瞬静まる…
「悪いけどそうはさせないよ…その流れは僕達が変える」
「魔王が蘇る事となるが…それでも良いのか?」
「長老以外に祈りの指輪で勇者を200年前に送れる人を僕は知ってる」
「わしより年をとっている者は居らんはずだ…」
「それはどうかな?」
「誰だ?」
「フフかつての竜王…ドラゴンは1000歳を超えている」
「ドラゴンは人間の言う事は聞かん」
「勇者が死ねば再びドラゴンは魔王の下僕となる…ガマン出来るんだろうか?」
「お主は勇者を殺すと申すか?」
「ハハハ勇者じゃなくても良い…長老を殺すことだって出来る…同じ事だろう?」
「商人!?本気なの~?」
「僕は本気さ」
「さすがは魔女が認めた者達と言った所か…人間は不遇な時こそ知恵を出すのぅ」
商人は騎士と僧侶に向き直って話を続ける
「騎士…君は辺境の村周辺で人間は最後まで戦うと言ったね?」
「そうだね…その後病気で滅びる記憶を思い出した…」
「つまり今までのループでは君は200年前に戻る人ではない」
僕が思うに…本当に200年前に戻る必要がある人は…魔王を倒す勇者の他に
呪いを解くことが出来る僧侶…そして僧侶を守る騎士の3人だよ
僕が知る限り浄化の能力を持ってる人は僧侶以外に知らない
もしかしたら魔王によって夢幻の世界に封印された精霊の生まれ変わりかも知れないとも思ってる
僧侶だけは夢を見ないとも言ってたしね
なにより…命の源の魔槍を抜き…呪いを解いたのも騎士と僧侶だ
「ドラゴンなら4人同時に200年分の命を吸える筈」
「4人?」
「ハハ君達だけだと魔女がヘソを曲げちゃうだろ?そこは抜かりない」
「魔女は…過去の自分と対面する事になってしまうよね?」
「良いじゃ無いかそれでも!これで今までの流れを断ち切れる…そして呪いも解かれ世界は救われる」
その話を聞いていた長老が口を開く
「わしの記憶では異世界より舞い降りるのは勇者だた一人だ…その記憶はどうなるのじゃ?」
「さぁ?もしかしたらこの世界が無くなってしまう行為なのかもね」
「魔女の言い方を借りれば調和されて行く…そうやって記憶を失って行くのよ」…薬剤師が話しに加わる
「そうだね…まぁともあれこの作戦で根底から物事を変えられると思うんだ」
「歴史の強制力で記憶を無くして行くと仮定するなら…今記憶があるうちに実行しないと変えられないわ」
「その通りだよ…だから急ぐ」
話はひと段落し
空気を読めない僧侶が長老の家で勝手に食べ物を探し始め
その場の緊張した雰囲気は次第に和らいで行った…
1時間後…
魔女が精霊樹の下から戻って来る
「あ!!魔女~おかえり~」
「もどったぞよ…」
「エルフの娘は一人にして平気?」
「精霊樹に抱かれ眠っておる…エルフは寝る事は無いんじゃが…傷が深いのじゃろう」
「ねぇねぇ…この後の事決まったよ~ウフフ」
「どうするのじゃ?」
「ドラゴンに願い事さ」
「さて…何を願うのじゃろうか?」
長老が魔女を手招きする
「魔女…こっちへ来い…勇者も一緒で構わん」
「なんぞ?」
「魔女…わしは目が覚めた…そなたには礼を言わねばならん」
「何を言うておる」
「勇者よ…魔女を頼む」
「エルフの長老…」
「わしらはもう会えぬ…だがわしの事は忘れんでくれ…それだけで良い」
「どうしたんじゃ?長老らしく無いではないか?」
「魔女…こういう話なんだ…騎士と僧侶、勇者と魔女の4人で200年前に戻る…」
「ふむ…詳しく話せ」
商人は同席して居なかった魔女にすべてを明かした
4人で200年の時を遡る事で歴史を変えてしまう事の代償として
記憶を失うリスクについてもしっかりと話を伝えた
「時を遡ってしまえばもう…僕達や長老とは一生会えなくなる…そういう事だよ」
「なんとも複雑な思いじゃ…騎士と僧侶はそれで良いのか?」
「騎士と一緒ならわたしは大丈夫~ウフフ」
「これは運命なの…かな?…僕が思い出した記憶は一体何だったんだろう…」
「それは夢さ…」
「夢?…幻…それが夢幻なのか?」
「運命は自分で切り開けば良い…僕は予言になんか縛られない…これからも自分の足で歩く!」
「……」
---昔師匠に言われた言葉を思い出した---
---『前を向いて生きろ』---
---『絶対に途中で投げ出すな』---
---僕は思い出した記憶に縛られて---
---心の底で諦め掛けていた---
「わかった…行ってくる…行ってすべてを変えてくる」
「頼むよ」
「覚悟した様じゃな」
「魔女…もう一度あの歌を聞かせてくれんか?」
「改めて歌うのは恥ずかしいんじゃがのぅ…」
♪ラ--ララ--♪ラー
エルフの長老曰く…エルフよりも人間の方が言葉に長けその発音に深い意味が宿るそうだ
その声に宿る想いをエルフは聞き分ける事が出来るらしい
人間には歌によって愛を紡いで行く力があり…それはエルフに真似の出来ないとても素晴らしい力だそうだ
魔女が歌う愛の歌は…その森に住まうすべてのエルフの耳に届き心を揺さぶる
エルフ達は静かに耳を傾け…切なく儚い愛を噛みしめ溜息を洩らした
その後…
「ドラゴンは直にエルフの村まで飛んでくるそうじゃ」
「長老がドラゴンさんを呼んでくれたの~?」
「うむ…子ドラゴンに呼びに行かせたらしい」
「長老は落ち込んで無かった~?」
「落ち込んではおらぬ…しきりに勇者の世話を焼いておったが要らぬおせっかいじゃのう」
「ウフフ~本当に長老は魔女のこと愛していたんだね~」
「共に200年生きた仲じゃ…道は違えど同じ様に愛を求めて居った…それも又愛じゃったな」
「200年かぁ…」
「じゃがもう会えんとなると少し寂しいのぅ」
「そうだね…盗賊、女盗賊、囚人、海賊王、隊長、女海賊、皆と会えなくなるのって辛いね」
「一生忘れないという事も愛の一つなんじゃと思う」
「うん…なんか涙が出てくる~」ウルル
夜
サワワ サワワ
騎士は耳を澄ませ森の声を聞いていた
「騎士がどうして耳を澄ますのか分かった気がするよウフフ」
「うん…君も感じるかい?」
「うん!わかる!」
「君は何を感じる?」
「う~ん言葉で表せないなぁ~…なんて言えば良いのかなぁ…」
「ハッ!!!!!」ガバッ
騎士は横になっていた体を急に起こした
「ほえ?」
「呼んでる…」
「え?」
「これはエルフの娘だ!…行かないと…行こう!!」
「え?え?え?」
「早く行かないと…一緒に来て!」
騎士は僧侶の手を引き精霊樹の下で眠るエルフの娘の所で向かった
精霊樹
その下でキマイラとなったエルフの娘が横たわっていた
キマイラは既に生気を失い…呼吸をする事も無くただ横になって居る
「ハァハァ…」
「はぁ…はぁ…」
「どうしたの?何かあるの?」
「……」
騎士は静かにキマイラへ歩み寄る
「寝てる?」
「違う…寿命が来た」
「え?寿命?そんな…」
「キマイラの寿命は3分…エルフの心臓でも数週間しか無かったんだ…」
「もしかして寿命で…死んだの?」
「……」
騎士はキマイラに優しく手を添えた
「そんな…長老は生まれ変われるって…生まれ変われるって言ったのにぃ…」…僧侶は涙を流す
その時…
サワサワと森の風が抜けて行った
騎士はその声を聞き理解した
「生まれ変わったよ…」
「どこ?…居ないよ?」
「足元を見てごらん」
「樹の芽?」
「それはエルフの娘の生まれ変わりだ…彼女は森に生まれ変わった」
「精霊樹になったの?」
「そうだよ…森になって戦おうとしてる」
「なんか…心が苦しいよぅ…ふぇ~ん」
「違うよ僧侶…これで良いんだ…彼女はエルフの定命をちゃんと全うして生まれ変わった」
「生まれ変わったら精霊樹になりたいと言ってたんだ…彼女にとってこれが最良の未来なんだよ」
「そして精霊樹は過去とも繋がって居ると聞いたよ…彼女も彼女のやり方で戦おうとしてる」
「え~ん…シクシク」
サワワ サワワ
優しく葉が擦れる音からエルフの娘の意思が伝わって来る…
彼女は今…僕の背中を押したんだ
次のステップに進んでと言ってる
だから僕は行かなきゃならない
ありがとう…エルフの娘…君が教えてくれたことは絶対に忘れない
翌日
騎士はエルフの娘を看取った事を伝えた
「そうか…エルフの娘が森になったか…」
「それが定めじゃ…エルフの娘は定命を迎え…森となった」
「感慨深いわ…」
「森の声は彼女の声とも言い変えられる…もう森を燃やすなんて許されない」
「そうだね…やっとエルフ達が森を守る意味が分かって来たよ」
騎士は立ち上がり空を仰いだ
「騎士…君から何か決意みたいな物を感じるよ」
「エルフの娘に背中を押されて居るんだ…次に進めってね」
「そうかい…それは精霊樹の導きなのかも知れないね」
ギャオース
騎士の仰いだ空の向こうからドラゴンの咆哮が聞こえて来た
「あ…ドラゴンさんの声…」
「騎士スゴイな…来るのが分かっていたみたいだ」
「森の声だよ…詳しい話は分からないけれど…何か来るのは分かった」
「ここに直接降りて来るのかな?見えるかい?」
「見えない…」
「エルフの森は特殊な結界の中じゃで外からも内からも見通せぬぞよ?」
「そうなんだ…だから鳴き声しか聞こえないのか…」
そう言ったのも束の間
いきなりドラゴンは何も無い空間から急に姿を現しその巨体を騎士たち目の前で着地させた
バッサ バッサ ドッスーーーン!!
「うわわ…ビックリだな…」
たじろぐ商人に向かってドラゴンは向き直した
「待っていたよ…ドラゴン…僕を覚えて居るかい?」
”我を召喚するのは汝か?”
「取引したいんだ…」
”我らは人間と取引はせぬ”
「祈りの指輪の事だよ」
”破壊せよ”
「この指輪で僕達4人の命を200年分吸って欲しい」
”出来ぬ”
「勇者が200年前に戻らないと魔王は復活する…それでも良いのかい?」
”勇者が居るのか?”
ドラゴンは首の角度を変え周りを見渡した
「僕が勇者だ」
”見覚えがある…確かに蒼眼の勇者…こんな所に居たか”
「勇者と騎士、僧侶、魔女の4人を200年前に送りたい」
”過去に戻るのは勇者だけでよかろう”
「それじゃダメなんだ…夢幻の呪いを解けない」
”夢幻の呪いを解く術はあるのか?”
「命の源の魔槍を抜いたのは騎士と僧侶だよ」
”そうか…魔王の呪いを解く術が揃っていると言うのだな?”
「4人の命を吸って800年分若返る…悪い話じゃないと思うけどね」
”我が竜王として力を取り戻す事になるが…良いのだな?”
「フフフ…良いさ…ドラゴンはもう僧侶の浄化を受けている筈…」
”よかろう…汝らの力で魔王の呪いを解いて見せよ”
「200年前に戻して欲しい場所は…まぁここでも良いか」
「ダメじゃ…エルフの森は特殊な結界の中じゃで次元に迷う事になる」
「そうなんだ?…じゃぁ森を出ないとね…」
「わらわの塔の近く…追憶の森が良い…そこなら安全じゃ」
「という事らしい…」
「ええと…どうするの?もう出発する?」
「そうだね…いつ僕達の記憶が無くなってしまうか分からないから急ごう」
一行は軽くエルフの長老に挨拶を済ませ飛行船で追憶の森を目指す事にした
エルフの長老は最後となってしまう魔女との別れを惜しむ素振りも無く
静かに魔女を見送る…エルフなりの奥ゆかしさだったのだろう
それを察したのか魔女は一言…
「愛は紡がれる物じゃ…主も紡いで見よ」
そう言い残しエルフの森を去って行った…
飛行船
ヒュゥゥゥ バサバサ
200年の時を遡る4人にとってこの飛行船に乗るのはこれで最後となる
残してしまうこの世界やお世話になった人達を想いながら
世界を根本から変える為の旅立ちを目前にして感慨深いラストフライトだった…
「ドラゴンさん付いて来てる~?」
「僕達よりも下を飛んでるよ」
「もうすぐ森の端だ…まっすぐ魔女の塔まで行こう」
「ここら辺はまだ穏やかなんだね~」
「そうだね…僕と薬剤師は君達を送った後、森の町の人たちの避難を促すよ」
「どこに避難するつもり?」
「エルフの森を通って砂漠の町かな…そのあと中立の国を目指す」
「一般人にエルフの森が通れるかな?」
「さぁね?…でもそこしか行ける場所がないよ」
「ねぇ…あれが魔女の塔?…崩れてるけど…」
「いよいよだね…魔女…追憶の森はどこかな?」
「わらわの塔から歩いてすぐじゃ…」
「じゃぁ魔女の塔の目の前に下りて良さそうだね」
「高度下げるわね?」
魔女の塔の瓦礫
フワフワ ドッスン
飛行船が着陸するなり魔女は慣れ親しんだその場所にまず降りた
無言で花を眺め…お別れをしている様に見える
「ここはいつ来ても花がいっぱいだ…」
「わらわに少し時間をくれんか?」
「良いけど…どうしたんだい?」
「勇者と2人で話がしたいのじゃ…良いな?」
「分かったよ…少し花見でもしてるさ」
そう言って魔女と勇者を残し商人達は距離を置いた
「勇者よ…わらわは祈りの指輪で命を繋いでおる」
「わかってる」
「わらわの命はすでにもう無い…命を吸えば灰になるじゃろう」
「……」
「じゃがわらわは勇者と常に共にあることを忘れんで欲しいのじゃ…」
「魔女…」
「これは主が背負って居る宿命じゃ…どうか主が目覚める事を願って居る」
「目覚める…」
「うむ…若き日のわらわに会うじゃろうが感じる事を忘れるで無いぞ?」
「分かった…心に留めておく」
「常に傍に居るでな?」
「うん…どう答えれば良いのか分からないけれど…」
「感じるだけで良い…若き日のわらわも同じじゃ…主を常に見て居るでな?」
魔女は勇者と最後の会話をした後…
騎士達を手招き追憶の森へと入って行った
追憶の森
ここは騎士と僧侶にとって時を遡った由縁の有る地だ
恐らく魔女にとっても由縁のある地に違いない
「よし!準備は良いかな?…魔女…祈りの指輪を」
魔女はその指に嵌めていた指輪を外し商人に手渡した
商人はそれを受け取りドラゴンに差し出す
「さぁドラゴン!この指輪で魔王が居た200年前を思い出して欲しい」
”汝ら思い残す事は無いか?”
「勇者よ…わらわと手を繋ぐぞよ」
「え?…あ…うん」
「騎士ぃ!!わたしも~」
「そうだね…」
それぞれが手を繋ぎ時を超える覚悟をした
「フフ…準備は良いみたいだ…皆!さよならは言わないよ」
「必ず魔王を倒してくる」…と勇者
「必ず世界を救ってくる」…騎士も続く
「必ず呪いを解いてくる~」…僧侶に緊張感は無い
「頼むよ…未来を作ってくれ」
ギャオーース
ドラゴンの咆哮と共に4人は姿を消した…
次元の狭間で勇者の握る魔女の手がサラサラと崩れ去り
魔女は灰となって消えた
サラ サラ サラ サラ サラ
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