14.憎悪
その時…魔王島地下
「ガガガ…」(喉が焼けて声が出ない)
「ンガー」(まぶたも垂れ下がって目が開かない)
騎士はキマイラが絶命した後も意識を保って居た
全身焼けただれ…キマイラの巨体に押しつぶされ骨がバラバラに砕けても尚…
目の前で起こる惨劇から目を逸らさないで這いずり回る
「ほう?ブレスに焼かれてまだ息があるか」
「体表皮の70%以上を失うと生き残る可能性はゼロだよフハハハ」
「君の場合90%以上失っている…直に体温が上がって死ぬ」
「呼吸器も焼けているな?面白い実験結果だ…だが興味は無い」
「ンガガ…」…鉄の柵に掴まり何とか体を持ち上げる
「フハハハまだ立つかね…見たまえ新たなキマイラの幼獣を」
「ガガガ」(エルフの娘)
「君はそのゴミの方が気になるのかね?」
「美しい四肢も動かなければタダのゴミだ…研究の材料にすらならん…持って帰るか?」
「そうか掃除を手伝ってくれようという訳か…フフフ鉄柵を上げてやろう」
ガラガラと音を立てて遮られて居た鉄の柵が上がった
もう目がわずかにしか見えていない
エルフの娘がいる所へ這いずり…前へ…前へ…
「フハハハそんなにそのゴミが欲しいかハハハ」
動かなくなったエルフの娘を抱きかかえた
涙があふれて来る
「研究室を汚さないで欲しいな…そのゴミと一緒にお前も処分してやる」
「冥土の土産に教えてやろう…この研究室は直接海に繋がっているのだよ」
「ゴミを海に捨てる為になハハハハ」
「最後に何か言いたい事はあるか?」
「ヴォォォォォ!!」
「フハハハ怖い怖い…負け犬にはお仕置きが必要だなハハハ」
「これが何か分かるかな?エンバーミングツールだ…簡単に骨を切断し肉を切る事が出来るフハハ」
「首と体が離れてしまえば忌々しい咆哮をする事もあるまい…」
僕はエルフの娘を抱えて必死に逃げた
這って…這って…這って…
アイツは執拗に追って僕に止めを刺そうとした
蹴とばし…又這って…崖から海に飛び降りた
---
---
---
必死で逃げた
エルフの娘を抱えながら
目が見えないから
耳だけが頼りだった
漂流していた小舟によじ登り
二人で横たわった
彼女の傷口を手で何度も塞ごうとした
でもピクリとも動かない
耳を澄ませても
何の音もしない
もう動かない
もう居ない
リーン…
彼女が持って居た銀のアクセサリーが不意に鳴った
耳を澄ませば…彼女が存在していた事を僕に教える
その音が…心に溢れる憎悪を少しだけ払ってくれた気がする
リーン…
漂流
ただ小舟に揺られどれくらい経ったのだろうか
エルフの娘は海鳥にも好かれて居た様だ
海鳥が集まり彼女をついばむ
嫌がる素振りも無く…戯れている様に見えた
「お~い!!小舟が漂流してるぞ!!」
「どこだぁ!!?」
「あそこだ!!」
「人は乗ってそうか!?」
「見えねぇな…」
「お~い!!誰か居るかぁ!?」
「もっと寄せろぉ!!」
「ボートに何か乗ってるぞ!?」
「停船してくれぇ!!小船出せるか!?」
「おぅ!準備する!!」
小船
「お~い!!大丈夫かぁ?」
「うわぁ!!」
「こ、こりゃひでぇ…海鳥に突かれまくってる」
「亡くなって大分立ってるな」
「でも肌はまだ白いぜ?」
「こっちのデカイ遺体は…うわ!!焼け死んでるのか」
「金目の物だけもらって…うぉ!!」
「どうした?」
「デカイ方はまだ息があるぞ!!」
「おい!!おい!!だめだ…」
「とりあえずデカイ方は連れて行こう」
「白い方はどうする?」
「まぁ連れて帰って海葬してやるか」
「この白い方は女だな…」
「海鳥も女を食うってか?」
「おい!いたずらするなよ」
漁船
「どうだった!?」
「2人居たが1人は死んでる…もう一人は虫の息だ」
「小船を上げてくれぇ!!」
「生きてる方はひどい火傷だ…海水に漬けて置いた方が良さそうだ」
「何か持ってるか?」
「いや…まだ見てない」
「死んでる方は後で海葬しよう」
「お~い!!引き上げるの手伝ってくれぇ!!」
「がっちりしてるな…重い…」
「白い方は食い荒らされ方がひどいな…おえぇぇ」
「でもふにゃふにゃだな…血抜きが終わった後みてぇだ」
「だめだ…先に海葬しよう…飯がまずくなる」
エルフの娘はその遺体の傷みが激しい為早々に海葬された
…と言っても海に流すだけの簡単な方法だ
「黙祷!!」
「よし!!デカイのはどうだ?」
「息はしてる…」
「持ち物を確認してくれ」
「何も持ってねぇなぁ…お!?金貨が少しと…おい!これ何だ?」
「見せて見ろ!!」
「これって勇者の証じゃねぇか?」
「えええええええ!!?」
「おいおいおいおいおい…こ、こりゃえらい物見つけたぞ」
「って事はさっきの白いのは勇者の仲間か?」
「うっわ…船止めろおぉぉぉぉ!!」
「さっきの白い遺体何処行ったかわかるか!!?」
「わかんねぇよ…もう沈んでるよ」
「いいから探せええ!!」
「薬草無ぇか!?水も持って来い!!つぶした果物も用意してくれぇ!」
数時間後
最低限の手当てを受けた騎士は昏睡から目を覚ます
「ぐが…ががが」
「お!?お~い!!だれか来てくれぇ!!目ぇ覚ましたぞぉ~!!」
「あがが」---ここはどこだ?---
「水持ってきたぞ!!飲めるか?」
「むぐっ…」---まだ生きている---
「体起こせるか?」
「ぐあ!!」---なんで死なない?---
「うお!!変な方向に曲がってる…背骨あたりが折れてそうだ」
「動かさない方が良いな」
「話は出来そうか?」
「あぐぐ」---声が出ない---
「駄目そうだ…つぶした果物だ口に流し込むぞ」
「んぐ…んぐ…んぐ」
「こりゃ看護で一人付けた方が良いな」
「漁師村まであと3日だ…辛抱してくれ」
翌日
漁師たちの会話からエルフの娘が海葬された事を知った
昏睡してしまった自分が腹立たしい
「お~い!あれを見ろぉ~!!」
「おぉ!!軍船だ…でもこんな所に居るのはおかしくないか?」
「まさか幽霊船か!?」
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろおぉぉぉ」
「どどどどんどん近づいて来る」
「方向変える!!」
「あわわわ…早く曲がれ早く曲がれ…」
「おい!!甲板に誰も乗ってねぇ…」
「ギリギリぶつかる進路は避けた…波来るぞぉぉ!!掴まれぇ!!」
ザブ~ン ギシギシ
大型な船が通った後はしばらく波に揺られる
「うはぁ…気味悪りぃ」
「なんまんだぶなんまんだぶ…」
漁師村近海
その場所が何処に有るのかは分からない
会話のなまり具合から南側の大陸の何処かだとは思う
「なんか様子がおかしいぞ?」
「漁船がみんな離岸してる…何かあったのか?」
「あの漁船の奴らに聞いてみよう」
「寄るぞ」
小さな漁船に近付く
「お~い!!何かあったのかぁ~?…うお!何だお前ら漁船に何人乗ってる!?」
「漁師村に魔物が現れてみんな避難しちょる~~!!」
「なにーーー!!?みんなは無事なんか~!?」
「全員無事や~~!!」
「陸に上がれんのかぁ~~?」
「今はやめといた方がええ~~!!」
「こっちは遭難者乗せてるんだ!そっちに乗せられるか~!?」
「無理や~~!!こっちも人乗せすぎや~~!!」
「なら遭難者の面倒見られる人2~3人こっちに寄こせんかぁ~?」
「そら助かる~!!」
「接舷するぞ~!!」
ガコン ギシギシ
「薬草と水があると助かる」
「たんまり有るけぇ持ってけぇ~」
「遭難者の状態が酷いんだ…治療できそうな奴は居るか?」
「わたしが行こうか?」
「おうネーチャン頼む…あと料理できるやつも居た方が良い」
「わかった!!そっちに移る」
そう言って薬剤師と名乗る若い女と調理人がこちらの船に乗り移った
「うわ…」…唖然とする薬剤師
「言葉も出んか…」
「これは漁師村で手当ては無理だと思う」
「困ったなぁ…」
「どうしてこんな風になったんだろう…うぇっぷ」
無理も無い…全身火傷で皮膚がただれ落ち原型をとどめて居ないのだから
腐り落ちた皮膚からはすでに腐敗臭が漂っている
「これを見ろ…この遭難者は勇者だ…恐らく魔物にでも焼かれたんだろう」
「え!!?それは大変!!早く治療の出来る町まで…」
「この漁船だと一番近い始まりの国の港町まで1ヶ月は掛かる」
「ダメだ…こんな小さな漁船じゃこっちが遭難する」
「半月待てば連絡用の商船が来る筈…それに乗せるのが良いと思う」
「半月この状態で持たせられるか?」
「やるしかない…よね?」
「せめて陸に上がれれば良いのにな…」
「しばらくは上陸出来そうに無いんだろう?」
「調理人に言って包丁を持って来てもらえる?」
「包丁なんかで何する?」
「皮膚に張り付いた衣類を剥がさないと手当ても何も…」
「包丁で剥がすのか!?」
「他になにか良い物ある?」
「思いつかん…」
「あと調理師にお豆腐作らせておいて」
「はぁ??豆腐??」
「火傷には冷やしたお豆腐が薬の変わりになると思うの」
「へいへい」
漁師村では帰れない漁船が寄り集まり近くの無人島を拠点とした避難生活が続いて居た
日に何度か村の偵察に行った者が状況を報告に回る
「どうよ?まだ帰れんのか?」
「武器が無いから魔物を追い払えんらしい…商船が入って来るのを待つしか無い様だ」
「どんな魔物か聞いてるか?」
「粘菌みたいな奴だとよ…強くは無いが数が多いようだ」
「ん~む」
「まぁ水と食い物はなんとかなってるから我慢するしか無いべ」
「ところで例の勇者の事だが…薬剤師の話聞いたか?」
「いや?」
「全身の骨が折れているらしい」
「全身?…全身て何処の事だ?」
「頭、手、足、背骨、肋骨…全部ばらばらだそうだ」
「ひょーーーーーどうやったらそんなになる?」
「さぁ?動けないのは火傷のせいじゃなく骨が折れてるせいだとよ」
「さすが勇者ってか?ありえない怪我をするなヒヒヒ」
「普通なら死んでる筈だと首をかしげてた」
「勇者を助けたってのは何か褒美が出るんかな?」
「そりゃ王国からたんまり礼金が貰えるやろ」
「船買い換えられるなヒヒヒ」
「金貨一袋とか貰ったらぶっ飛ぶな!!」
「そうだとええなぁ」
2週間後
やっと商船が漁師村に入船する
「よ~し商船が入港した…おい見ろ…傭兵が4人乗ってた様だ…降りて行くぞ」
「助かったな…魔物退治がこれで終わると良い」
「お前はあの商船に乗るのか?」
「当たり前だ…あの勇者を王国に届けて礼金を貰いにいく」
「俺も行きてぇなぁ…」
「まぁ…礼金が入ればしばらく休暇でも良いが…一緒にいくか?」
「おおぅ…勇者を担ぐ手伝いくらいするぜヒヒヒ」
「わたしも一緒に行って良いかな?あの勇者の容体が気になるの…分け前は要らないから」
「おう…そのかわり商船で面倒みるのはネーチャン…お前がやれよ?」
「あの勇者がどうして生きてるのか不思議なの…皮膚の下にウロコみたいのもあるし・・」
「ウロコだと!?」
「ウロコかどうか分からないけど焼けてるのは皮膚だけでその下の筋肉はほとんど無傷…」
「へぇ~たまげた話もあるもんだ」
「それよりも頭の骨が折れてバラバラなのに生きてるのが不思議で…筋肉で守られてる訳でも無いのに」
「そら頭の中にも筋肉が入って居るんだろう…うはは」
商船
「始まりの国の港町まで4人乗せて欲しいと?」
「頼む…重症の怪我人を港町まで送りたいんだ」
「ふむ…仕方が無いな積荷室の開いてるスペースで良いなら乗せてやる」
「よしきた!出航はいつになる?」
「明日傭兵達が戻って来たら出航する」
「じゃぁ必要な積荷を乗せるよ~」
騎士は助けてくれた漁師たちに運ばれ商船の荷室に寝かされた
「おい!起きてるか?これから治療の出来るところに運んでやる」
「おい…目が虚ろだぞ?」
「仕方が無いと思う…かなりの痛みにこらえてるからそっとしておいた方が良い」
「背骨を折るとか考えられんな…全身麻痺状態か?」
「多分…激痛で動けないんだと思う」
「運ぶときは振動を与えないようにゆっくり運んであげて」
「おおぅそりゃ気が付かなかった…そりゃ痛むわなぁ」
「どこに運ぶ?」
「そうだな…壁際で動かないように固定しよう」
「こっちで良いか?風通しも良さそうだ」
「いや…窓が見える所にしよう…こっちだ…ゆっくり降ろすぞ」
「水と薬草も近くに置いて」
「わーってるよ!!」
「到着するまでどれくらいかな?」
「この船なら10日くらいか?良い風が吹けば1週間だ」
翌日
「あ!船が動き出した…」
「じゃぁ俺達は手伝いで甲板に出てるから後はよろしく」
「なにかあったら呼びに来てな」
「ふぅ…まだ話は出来ないかしら?」
「ガガガ」
「ダメね…無理はしないで…なにかあったら少し声を出してね」
騎士は虚ろな目で荷室の天井を眺めていた
---自分がこれからどうなるか分かってきた---
---魔女の指輪は手元にある---
---火傷を負って声が出ない---
---きっと行き付く先は始まりの国だろう---
---ドラゴンに食われた囚人は多分自分だ---
---やっとすべてを理解した------
---なぜ盗賊が師匠だったのか---
---自分がなかなか死なない理由---
---師匠が言った言葉の意味---
---必ず自分を助けに来る---
---生きて必ず復讐してやる!!---
沸き上がる復讐の念に埋め尽くされる
狂った研究のすべてをぶち壊してやる
それがせめてもの報いだから…
数日後
商船は順調に航海していたが病気が蔓延し始めた
荷室で騎士の看護をしていた薬剤師の元に慌てた漁師たちがやって来た
「おい!!薬剤師のネーチャン!!船長が呼んでる」
「え!?わたしに?」
「船長室に来てくれだとよ」
「じゃぁ勇者さんを見ててくれるかしら?」
「わかった…早く行って来い」
「何だろう?」
「なんだか薬を作って欲しいとか言ってた」
「何の薬かな?」
「どうやら傭兵達が熱を出して寝込んでいるらしい」
「解熱剤かぁ…」
「詳しい話は船長に聞いてくれよ」
「うん…行って来る…あとお願いね」
船長室
コンコン!
「入ります」ガチャリ
「おー良く来てくれた…実は頼みがあるのだが…」
「解熱剤ですね?」
「んむ聞いて居たか…傭兵達が魔物の毒に犯されている様だ…毒消しか解熱剤を作れんか?」
「毒消しは作れますけど解熱剤は器具が無いので難しいです」
「まぁ毒消しだけでも良い…傭兵の毒が他の者にも移ってる様なんだ」
「移ってる?それは毒消しじゃダメかも知れない…」
「なぜだ?」
「普通は毒が他人に伝染することは無いんです…何かの病気が原因と思います」
「ん~む…どうすれば良いんだ?」
「衛兵さんは何処に居るんですか?隔離しないともっと広がるかも知れない」
「一般居室で寝ているが?…場所を移した方が良いか?」
「はい…空いてる場所はありますか?」
「ん~む…他の者を甲板で寝るように指示を出す」
「それが良いです…具合の悪くなった人は居室で隔離するようにお願いします」
「薬は何とかなるか?」
「一応毒消しを作ります…後で持って行きます」
「手を掛けてすまんな」
後日
病気は更に蔓延して帆の操作が出来る者が居なくなった
「おい!漁師!人手が足りんお前も手伝え!」
「うはぁーーーラクは出来んな…」
「病気が広がってるの?」
「あぁ…寝室に居た奴らは全員移った様だ…働き手は俺達しかいねぇ」
「寝室には近づかない方が良いと思う」
「わかってる…」
「食事は誰が運ぶ?」
「くじ引き…」
「息止めれば大丈夫か?」
「なんとかなるだろう…」
大型の商船で満足に動けるのは漁師と船乗り…そして薬剤師の3人だけだった
3人は荷室で寝泊まりをして居たからだろう
「薬剤師のネーチャン!!食事何か作れるか?俺達は船を帆走させるので手一杯だ」
「勇者さん少し離れるわ?」
「……」騎士は只その様子を眺めている
「じゃぁ頼むな?はぁはぁ…」
「あれ?漁師さんも具合が悪いの?」
「いや大丈夫だ…少し働き過ぎた」
「……」
薬剤師は感染拡大はもう止められないと思った
始めの発病者が自力で抗体を獲得するのを待つしか無かったが
未だ軽快して居無い為様子を見るしか無かった
調理場
料理を終えて手隙に調理器具を工夫して解熱剤を作る
「手伝ってやろうか?ヒヒヒ」
「あ!!お願い~」
「何作ってるんだ?」
「上毒消し薬と解熱剤を作ってるの…これを船長さんまで運んで」
「わかった」
「船乗りさんは体調悪くない?」
「俺は大丈夫だなぁ…」
「一応今日から甲板で寝てくれるかな?」
「なに~~!!?そりゃないべ?」
「船乗りさんまで病気になったらこの船の操作誰がやるの?」
「そんなもん…大丈夫だべ?」
「お願い…多分一緒に来た漁師さんも病気に掛かってると思う」
「うは…」
「まだ到着まで大分掛かるよね?」
「ん~~…まぁしょうがねぇなぁ…」
現状まだ感染して居なさそうなのが薬剤師と船乗りの2人だけとなった
またまた数日後…
とうとう船乗りも感染して発病してしまう
始めの発病者は更に症状が悪化して抗体の獲得どころでは無かった
「はぁはぁ…もうだめだぁ…はぁはぁ」
「ううぅぅ…」…漁師も船乗りも熱病で倒れている
「どうしよう…病気に掛かってないのはわたしだけ…」
「せ、船長もダメか?薬と解熱剤飲ませただろ?」
「ダメみたい…船の操作分からないよぅ…」
「なんでネーチャンだけ掛からないんだ?はぁはぁ…」
「免疫だと思うんだけど…わたしの血清だと毒消しにならないの」
「この間目に入れた液体の事か?」
「どうしてわたしだけ免疫が出来たのかな?」
「その勇者は病気に掛かってないのか?はぁはぁ…」
「熱は出ていないみたい…あぁ…そろそろ薬草を張り替えないと」
「ハッ!!衣服に付いた血…わたし触ってる…もしかして…」
「免疫があるのは勇者さんかも…」
「ごめんね勇者さん…少し血を貰うね?」
そう言って腕の一部にナイフで少し傷を付けて血液を採取した
その血液を容器に入れグルグル振り回す…上澄みだけ別の容器に何度も移し替え何かで希釈する
出来上がった液体を漁師と船乗りの目へ一滴づつ点眼した
翌日
商船は帆走させる者が居ないから風に流されるまま何処かへ漂流していた
幸い積み荷は十分乗って居るから飢える事は無い
この船でただ一人発病しないでいた薬剤師は食事を作り乗って居る全員の看護をする事となった
「どう?少しは良くなってる?」
「わからんがラクになった気はする…」…発病の遅かった漁師は軽快の方向に向かって居る様だ
「んがーーーすぴーーー」…船乗りは発病して直ぐに血清を使われた為全快した
「ふむ…症状に応じて血清の量を調整する必要がありそう…体格も影響するかもしれないなぁ…」
薬剤師にとって良い実験になっている
それらの結果をメモに残し忙しい毎日を送って居た
そして数日後再び商船が動き出した…
港町近海
「ひょーーう見えて来たぁ!!」
「おう!!病気でどうなるかと思ったけど…なんとかなったなぁ」
「薬剤師のネーチャン呼んでくるわ」
「薬剤師には礼を言わんといかんな」…と船長
「本当だ…あのネーチャンが居なかったら今頃この船は幽霊船になってたハハハ」
「まったくだ…」
船乗りが薬剤師を船長の下へ連れて来る
「みんな元気になって良かったですね」
「少し到着が遅れたが昼中には始まりの国の港町に到着する」
「降りる準備をしておこう!」
「薬剤師さん…今回は大変お世話になった…乗船員を代表してお礼を言わせて貰う」
「いえ~とても勉強になりました」
「少ないがコレを持って行きなさい」ジャラリ
薬剤師は金貨を10枚ほど頂いた
「え!?こんなに?」
「ひょーーー儲けたなぁ!!帰りの船代でもお釣りが出る!」
「ありがとうございます!」
港町
「到着!!」
「これからどうする?」
「怪我人をタンカに乗せながら動くのはあからさまにおかしいな…」
「馬車を借りられないかな?金貨はさっき頂いたし…」
「そんなのに使うのはもったいない」
「あそこに居る衛兵に声を掛けてみよう」
「俺が行って来る」
漁師はその衛兵に声を掛け経緯を説明した様だ
衛兵は慌てた様子で事実確認に向かって来る
「どこだ?」
「ここですわ…そしてこれが所持していた勇者の証です」
「おお本物だ!!ここで少し待ってろ!町の警備隊を呼んでくる」
「ほらな?これで泊まる宿の心配も無しだ」
「直接始まりの国へ行った方が良かった気もするけどなぁ…」
「馬車は揺れるぞ?」
「そうかぁ…背骨が折れてるから揺れない方が良いかぁ」
「これで適切な処置をしてもらえる」
衛兵に言われた通り港の桟橋で待機していたら数名の警備隊員と思われる者がやって来た
「こっちだ!!」
「ひとまず警備隊宿舎に運ぼう」
「あ!!!待って!!!」
「ん?」
「全身骨折してるから動かさないで…」
「全身骨折だと?」
「特に背骨が折れてるから動かすとショック死する可能性があります」
「なんと!?」
「タンカを使ってゆっくり運んで下さい」
「わかった!警備隊…揺らさないように運べ」
警備隊宿舎
そこでは医者を含め大勢の治療師から適切な処置を受ける事が出来た
「大丈夫でしょうか?」
「絶対安静です…生きているのが不思議なくらいです」
「俺達はどうすれば良いかな?」
「今始まりの国へ連絡が行ってる…指示があるまで警備隊宿舎で過ごし待って居て貰いたい」
「港町に少し出ても?」
「それは少し待ってくれ…君達が居なくなると私が上官に怒られる」
「折角やっと陸に上がって酒でも飲みたかったんだけどなぁ…」
「事情を今聞く事も私には出来ない…上官が来るまで待って欲しい」
「せめて美味い食事だけでもなんとかしてくれんだろうか?」
「それは心配しなくて良い…この客室でゆっくりしてくれ」
3人は外出を許されず衛兵の見張りに常時監視されて過ごした
その行為を薬剤師は不振に思いメモに残した血清の件は伏せておこうと思った
「なんで俺達監禁されて居るんだ?」
「さあな?さっさと礼金頂いて帰りたいわ」
「礼金の話も何も無いんだが…」
「多分衛兵に話を聞かれてるから大きな声で話さない方が良いと思う…」
「てか俺達何も悪い事して居ないよな?」
「多分…勇者の状況が広まってしまってはいけない事なんだと思うわ」
「王国の機密事項だってか…」
「良く考えてみれば勇者が魔王にぶっ倒されたなんて広まるとマズイべな…」
「あの勇者さんどうなるんだろう…」
「まぁ薬剤師のネーちゃんは良く看護したと思う…でもここらで手を引いた方が良いと思うぞ?」
「そうね…」
薬剤師には熱病の件も…勇者の体の件も…気になる事ばかりだった
衛兵の態度も何かおかしい…不審な事だらけ…でも何か行動出来る事も無かった
数日後
監禁されていた部屋の外で声がする
「ここに居るのだな?」
「はい!勇者の他に彼を発見した者と思われる者が他に3名居ます」
「分かった…他の者を払え」
「はぁ…治療師もですか?」
「そうだ」
「分かりました」
ガチャリと扉が開く
「治療師!部屋を出ろ!」
「は、はい…」
「ではどうぞ…」
「お前もだ!聞き込みは私一人で行う…出て行け」
「失礼しました!!」
監視していた衛兵も引き払いその大柄な女だけ部屋に残った
「私は始まりの国の衛兵隊長だ…緊張しなくて良い…まずは今回の件…礼を言う」
「は、はい!」
「3名にはそれぞれ礼金として金貨一袋を用意させる…後ほど衛兵より渡されるだろう」
「き、金貨一袋!!?」
「それぞれ!!?」
「あわわわ…」
「まぁ口止め料と言えば良いか?察して貰いたい」
「それで少し聞きたい事がある…勇者を発見した場所と状況を詳しく教えてくれ」
「はははははい!!それは…」
漁師は漂流していた小舟を発見した経緯と
その船に乗って居た2人を助けた事を報告した
「そうか…その海葬をしたのは女性だったのだな?くぅぅ…」
そう言った隊長は涙を浮かべてプルプルと震えている
「はい…勇者の仲間とは知らずに…あまりに遺体が痛ましいもんで」
「どれほど傷んで居たのか?顔は安らかに眠って居たか?」
「海鳥に食い荒らされて居まして顔は判別出来ませんでした…肌の色はまだ白くて…」
「待て!!肌の色が白だと?私と同じ褐色では無いのか?」(白だと?)
「間違いなく肌の色は白でした…あ!あと毛髪は金色で腰までの長さがありました」
「どういう事だ?」(妹では無いな)
隊長は急に眉を潜め遠くを見る
「所持品に…こ…これが…」
「銀のアクセサリー?」
「何!?お前!!金目の物を盗ったなぁ!!」
「悪い!手癖が悪いのは勘弁してくれ」
その時突然横になって居た勇者が雄たけびを上げて動き出した
「ヴオオオォォォ!!」
「ハッ!!動いちゃダメぇ!!」
「かまわん!!やらせろ」…隊長は様子を伺っている
「うががが…」
「ひゃぁ…す、すまねぇ」
火傷を負った勇者は這いずりその銀のアクセサリーを奪い取りうずくまる
「ふむ…そのアクセサリーに思い入れがある様だ」
「動ける体じゃないのに…」
「3名!話は良くわかった!衛兵から礼金を受け取り戻って良い!」
「あとはお任せしても良いのでしょうか?」
「良い!万全の治療を施す」
「ありがとうございます!!」
「だが今回の件はくれぐれも内密に頼む…下手にプロパガンダが広がるのはマズいのでな」
「うひゃぁ…俺は金持ちだぁ…」
「おい!俺達は解放だ…早くここを出るぞ」
「じゃぁ勇者さんをよろしくお願いします」
3人は隊長を一人残し礼金を受け取って警備隊宿舎を後にした…
「さて勇者…話は出来るか?」
「ががが…」
「無理なようだな…まぁ良い今はまず体を直せ…のちに聞きたい事が山ほどある」
「がっがっがっがっが…」
「なんだ?笑っているのか?」
「ぐっぐっぐっぐ…」
「気でも狂ったか!?それにしても火傷が酷いな…以前の面影がまったく分からない」
「まず聞きたいのは妹の行方なのだが…どうやらまだ生きている様で安心した」
「亡くなった金髪の女が誰なのかは知らんが…んん?なんだその目は?」
「まだ目は生きているな…それほどまでにやられて今何を望む?」
「ぐっぐっぐっぐ…」
「タフな男だ…魔王城へ行って来たのだろう?…私は未だ行ったことが無い」
「前任の隊長から話は聞かされているが…これほどとはな」
「前にも言った事があると思うが…私の宿命は勇者を守る事だ…」
「しばらくは私と一緒に居る事になるだろう…死ぬなよ?」
「ぐっぐっぐっぐ…」
---自分がどうなるか知っているのはこんなにも愉快とは---
---そうだ…君は僕を守り通し…僕の望みを叶える---
---まだ終わって居ない…復讐の機会は君が作ってくれるから---
1ヵ月後_始まりの国
港町で治療を受けた騎士は事情聴取の為始まりの国へ移送された
選ばれた勇者が暗殺されず生きて帰還したのは前代未聞の出来事だった
それでも生かされたのは隊長が国王に嘆願したからだ
そして隊長が責任を持って事情聴取をする為に指揮下にある牢へ入れられる事になる
「来たな?」
「連行して来ました」
「容体はどうだ?」
「順調に回復しているとの事です…肩を貸せば歩ける様です」
「そうか…驚くほど早いな」
「治療師も同じ事を言ってました…一体何者なんですか?」
「それは機密事項だ」
「はぁ…」
「よし!私が肩を貸して連れて行く!衛兵は戻れ!」
「ハッ!」
「いくぞ!」…肩を貸しながら牢へ足を進める
地下牢
「看守!手を貸せ!」
「ハッ!」
「先日の騒動の囚人から何か聞き出せたか?」
「例の囚人もキマイラの事を知っていた様です」
「そうか…尋問出来そうか?」
「いえ…恐らくもう死んでいます」
「まぁ良い…仕方がない…墓地へ運んでおけ」
「それにしてもこの新入り…ひどいですな」
「舌を噛み切らん様にくつわをはめておけ」
「はぁ…しかし」
「食事はしっかり与えろ…重要な参考人だ…手当ても怠るな」
「ハッ」
ガチャリ ギー
看守が牢の鍵を開けた
「やはり死んでいます…」
「引きずり出せ…新入りと交代だ」
「ハッ…」
看守は屍となったその囚人を引きずり出した
「私はもう少しここに居る。お前はその死体を早く外へ出せ。ヘドが出そうだ」
「ハッ!!10分で戻ります!くれぐれも他の囚人には近づかないで下さい」
「なぜだ?」
「隊長にもしもの事があったら他の衛兵に袋叩きに合います」
「フフ馬鹿にするな!そこらの男には負けん」
看守は死体を引きずり牢を出て行った
「今日からお前の寝床はここだ…国王様の指示だ」
「ぐっぐっぐっぐ…」
「何が可笑しい?気味の悪い奴だ…ここの牢は鍵を掛けていない」
「逃げようと思えばいつでも逃げられる…まぁお前のその状態なら無理だろうがな」
隊長は耳元でささやく
(さわぐなよ?)
(模範的な囚人のフリをしていろ…体をしっかり直したら逃げろ)
(海賊王に会え…始まりの国の隊長の遣いだといえば通る)
(私ができる事はここまでだ…)
(但し…知っている事すべてを私に話してからにしてくれ)
---なんだ?予定が違う---
数日後
ここの牢屋には他に囚人が10名程捕らえられて居る
素行に応じて枷をつけられたり管理状況がバラバラだ
その中で囚人同士の上下関係が生まれる
「ちぃ!!この足枷どうやっても外れねぇ!!」
「脱走しようとするからだよアハハ」
「おい!見てみろよ…新入りは特別扱いだぜ?」
「看守の隙を狙ってシメるか?」
「看守は外だ…お前ら足枷無ぇんだから静かにシメてこい」
「ひゅぅぅぅちょっくら行ってくる」
その声は全部聞こえて来た
「おい!新入り!!なんでお前だけ食事が違うんだ?アー?」
「寝転がってんじゃねぇぞゴラ」…いきなり腹部を蹴られた
「うが…」
「うお!!!なんだこいつ…ひでぇ火傷だな」…そいつの顔を見上げる
「んあぁぁ!!?気に入らねぇ目ぇしてんな?」
「うははぁ…なんか言って見ろ」
「……」(模範囚のフリをしておかないと…)
「なんだお前!?そんなツラしてシカト決めてんのかぁ!?アー?」
「うひゃっはぁー声も出ねぇのか!!」
遠くで足枷をつけられた囚人が言う
「お前ら騒ぎすぎるな!!適当にシメておけ!!」…静かにな?
(俺ぁ甘やかされてる奴が気に入らねぇんだ)
(うひゃひゃひゃ…抵抗もしねえぞ?もっとやっちまえ!)
(おいおい!!俺にもやらせろ)
暴行にひたすら耐えていた…
蹴られた勢いで銀のアクセサリーが手から離れた カラン…
(お!!?なんだこりゃ?銀のアクセサリーか?)
(ひゃひゃひゃ乙女チックじゃ~ん?)
(貰っちまえ!!)
「うがああああ」---思い出した!!---
(ひょー反応したぜぇ~うははぁ!!)
「ぐぐぐぐぐ」---こいつら--
(返して欲しいのかぁぁぁぁ!?そうはいくか…這いつくばってろ!)
「ヴォオオオオオ」---エルフの娘をさらった奴らだ---
「雄叫びぃぃぃ!!ひゃっはぁ~」
3人からの暴行が止まらない…押さえつけられ殴る蹴るに耐える
「うぐぅぅ…」---くそう…もっと力が欲しい---
そう思った時に暴行を加えていた一人が突然倒れた
「うはぁ!!力が抜けて…」
「なんだ?お前を何した!!?」
「……」…何が起きたのか分からない
「何かしやがったぞ!!!ふざけんなぁ!!」…暴行を再開する2人
「うぐぅ」---くそう!体が動かない…動け!!---
「どわっ!!アレ?急に体が動かんく…」…そいつは関節が硬直したまま倒れた
「な、なんだぁ!!お前もか…」
…とその時看守の声
「お前らぁ!!何してる!!」
「やべぇ!!?…いや…この新入りが他の囚人に襲い掛かってくるんだ…」
「なにぃ!!?」
「見てくれ…2人この新入りにやられた」
「そんな訳ないだろ!!新入りは動けない筈だ!!」
遠くから足枷をつけられた囚人の声
「いや俺は見てたぜ?新入りが無慈悲に殴り倒す所を」
「他の囚人も見てたのか!?」
「見てたよなぁ!全員!!暴行されるのは勘弁してもらいたいよなぁ!!」
その他の囚人は見て見ぬ振りをしている
「ん~む…足枷を着けるか」
「手枷もつけた方が良い…そいつの手は早い」
「お前は黙ってろ!こら!倒れている奴は自分の牢に戻れ!!」
「あんまり暴れる囚人とは過ごしたくねぇなぁ…ケッ!!」
向こうの牢屋
「おい!おい!目ぇ覚ませ」
「ぅぅぅぅぅ」
「急にどうした?何されたぁ!?」
「わ、わからねぇ…急に力が抜けた…今も全身だるい」
「お前もか?」
「俺は体が急に動かなくなった…今も関節が動かしにくい」
「あの新入り何かやったのか!?」
「わからん…」
「気味悪りぃな…今日はもう止めとくか?」
「少し横にさせてくれぇ…」
「俺もだ…少し関節曲げるの手伝ってくれんか?」
「めんどくせぇ…自分でやれぇ」
独房
「衛兵!奥にある足枷と手枷を引っ張ってきてくれ…」
「またかよ…」
「新入りが暴れるらしい」
「怪我人は?」
「放っておいて良い…枷を付ける事は隊長には内緒にしておいてくれ」
「はぁ?枷を付けるなという指示が出て居るだろう」
「ここで問題を起こされると別所からも苦情が出るんだ」
「くつわに足枷と手枷ってどんだけ罪人なんだ?」
「暴れて問題起こすよりは良い」
「俺達は隊長の指示に逆らえん…やるなら自分でやれぇ」
「ええい仕方が無い…」
看守は騎士に手枷と足枷を付けた
「…」---結局こうなるか---
「他の囚人に何かあるとお偉いさんから苦情が出るんだ…悪く思うな」
「もう騒ぎを起こすなよ?…俺が責任取らされる」
「ん!?お前…体を起こせるのか?」
「!!?…」---そういえば体が少し動かせる---
「全身骨折だった筈だが…おかしいな…」
「看守!俺達は上に上がってるぞ?」
「わかった…新入りもおとなしくしているんだ…分かったな?」
こうして騎士は枷を付けられ独房に入れられた
数日後
例の4人の囚人がどうやら仮釈放される様だ
「お前等!条件付きで釈放が決まった…出ろ」
「条件付きだとぉ~!?何の条件だ!?」
「大きな声では言えん…」
「小さな声で言えば良いだろう」
(エルフを狩ってくるのが条件だ)
「ぐぁーっはっははぁ~…早く足枷を外せぇ」
「ひゅ~~~~魔物狩りは俺達の専門だ!!最高の条件だな」
「外で執政が待ってる…詳しい話はそっちで聞いてくれ!!」
「またエルフが食えるぜぇ~~!!ひゃっほ~う」
「大きな声でソレを言うな…」
ガシャーーン! ドカーーン!!
独房の鉄柵を打ち付ける大きな音
「な、なんだ!?」
「おい!あの気味の悪りぃ新入りが動いてるぜ?」
「ががが…や…めろ」
「しゃべった!?」
「おい!!早く足枷外せゴラ!!」
「分かってる!!」
「あいつ足枷と手枷引きずって近寄ってくるぞ?」
「新入り!!動くなぁ!!それ以上動くと衛兵を呼ぶぞ!!」
「エル…フ…がりを…やめ…ろ」
「あいつ動けるのか!?」
「よし!足枷を外した」
「やんのか?ゴラ…ギッタギタのボッコボコにすんぞ!?」
「お前らもここで問題起こすのは止めろ!」
「だまってろ!!おい!あいつを羽交い絞めにしろ」
「ひゅ~~~おい!お前等も手伝え!!」
「俺は力が出ねぇよ…」
「まだ関節が動かしにくい」
「ちぃ…役立たずだな」
「新入り!!独房に戻れ!!」
「ぐがが…」…騎士は手枷の鉄球を放り投げ振り回す
ガシャーーン! ドカーーーン!
「手枷の鉄塊を投げるだと?…衛兵!!!!衛兵!!!!」
「おうおう危ねぇ事しやがる…だがさすがに足枷の鉄塊は重いだろ」
「ゆ…る…さ…ん」
「あんなバケモノ羽交い絞めできねぇぞ?」
「かまうか!!やっちまえ!!」
「ヴォオオオ」
騎士は手枷の鉄球と足枷の鉄塊を振り回し大暴れを始めた
振り回す鉄球に誰も近寄れなかったが20人を超える衛兵が一斉に騎士を取り押さえた
「ぐあっはっはぁ~形勢逆転かぁ!?」
「おい挑発するのは止めろ!!お前達はさっさと外に出ろ」
「んがががが」---もっと力を---
「はう…」…例の囚人がまた一人その場で倒れる
「また謎の攻撃が始まった!!おいしっかりしろ…」
「うへぇ…力が出無え」
「こんなバケモノ相手してられるか…お前等さっさと此処を出るぞ」
「早く行けぇ!!」
「…ま…て」
「おい!お前らこんなの放っておいて行くぞ」
逃げようとする4人の囚人を騎士は衛兵を引きずりながら追う
その都度1人…また1人とその場で力を失い倒れる
「んむむむ押さえ切れん…抜刀!!武器を使えぇ!!」
騎士はその武器を素手で掴み抵抗し現場は血みどろの修羅場と化した
切られ…打たれ…それでも逃げる例の囚人達を追う姿はまさに修羅
一方衛兵は倒れた者が居る者の誰一人怪我はしていない
リーン…
騎士が持つ銀のアクセサリーが偶然鳴り…騎士は歩みを止めた
後日…
衛兵隊長が遠征の任から帰還しこの騒動を聞きつけ激怒する
「私が不在の間何があったのか説明しろ」
「ハッ!例の新入りが他の囚人と揉めまして…その…暴れだしました」
「被害は!?」
「いや…ありません」
「看守はどうした!?」
「血圧が上がったかどうかで倒れました…今は静養しています」
「私はどうしろと命令した!?」
「新入りには枷を付けるなと…」
「新入りが暴れたときには枷を付けていたのか?」
「はい…」
「新入りが暴れた理由は何だ?」
「詳しくは分かりませんが4人の囚人にチャカされていた様です」
「囚人同士の揉め事は囚人同士で解決させれば良いのでは無いか?」
「はい…」
「新入りが塔の監獄連れて行かれた理由は何だ!?」
「暴れた際に押さえつけるのに20人必要でした」
「もう一度聞く…何か被害はあったのか?」
「あ、ありません…数名血圧が上がって倒れたくらいです」
「衛兵が上官の命令に背く事を何と言う!?」
「は、反逆罪です」
「反逆罪はどうなる!?」
「牢獄行き…です」
「これは連帯責任だ!!衛兵全員に1年間の強制強化訓練を命ずる」
「ゴクリ…」
「牢獄行きでは無い分やさしいと思え!!新入り1人抑えるのに20人掛かる腑抜けが問題だ!!」
「ハッ!!」
「それから看守は直々に首をはねる…今すぐに連れて来い!」
「ですが隊長殿…」
「黙れ…最も重要な人物を私の手の届かない塔の監獄に移送されてしまった責任は看守にある!!」
「ハッ!!」
「衛兵共に見せしめだ!公開処刑とする!今すぐに準備しろタワケがぁ!!」
塔の地下監獄
そこは国王直下の管轄で衛兵隊長ごときが自由に出入り出来る場所では無い
隊長は尋問をする事を条件に国王から許可を得た
但し監視付きでの面会となる
「グッグッグ…」
騎士は隊長の姿を見るなり怪しい笑い声をあげた
「せめてくつわを外してやる」
「手にも足枷と同じ重さの鉄塊を付けられてるのか…」
「気の毒だがこの監獄は私の管轄では無い…国王直下なのだ」
「私に出来るのはくつわを外してやる事位しか出来ない…」
「模範的な囚人をしていろと言ったはずだ…なぜ騒ぎを起こした?」
「がが…エ…ルフ…がり…をやめさ…せろ」
「!!?何ぃ…どういう事だ!?」
「し…っせい…が…エ…ルフが…りを…しき…してい…る」
「執政だと!?」---私に隠れて何か動いているな---
「なるほど囚人を釈放する条件でエルフ狩りをやらせているな?」
「……」騎士は軽くうなずく
「分かった…だが許せ…今日この監獄に来られたのはお前を尋問する条件なのだ」
「国王が背後で見ているからこのまま去る訳に行かない」
「お前に鞭を振るう私を許してくれ…」
隊長はそう言うなり鞭を取り出し騎士を打ち始めた
パシーン! パシーン!
それは国王が去るまで続けられた
鞭打ちが終わり隊長は膝を落とし震えていた
そしてにじみ出る血を拭い優しく薬を塗る
「痛かっただろう…済まない…だが聞いてくれ…少しづつで良いからお前の回復を願う」
「だからお前には出来るだけ会いに来て薬を施してやる」
「耐えてくれ…」
そう言い残し隊長は去って行った…
---少しずつ自分がバケモノになって行くのを感じる---
---怒り、悲しみ、恨み、憎しみ、復讐心、憎悪---
---だが絶望は感じ無い---
”滴るしずくの音
”石から伝わる地面の音
”隙間から吹く風の音
”自分の心臓の音
”そして耳の奥で鳴る深淵の音
”深淵の奥から何かが這い出してくる
”それは憎悪
リーン…
”分かった事がある
”銀の響きが深淵の音を掻き消していく
”彼女が伝えようとしたのは
”多分これだ
”そして僕は
”この音に救われている
鞭打ち
その後私は事ある毎に尋問を理由に監獄へ入る許可を国王から貰った
この不屈の男を鞭打ちうめき声を聞くたびに体がうずく事に気が付いた
パシーン パシーン
「はぁはぁ…」…腰が砕け膝を落とす
それは疲れから来るものでは無く快楽の果てだと自分では分かっている
私の歪んだ愛情を自分で認める屈辱
「済まない…痛かっただろう?…今薬を塗ってやる」…違う…その体を触りたいのだ
「うぐぐぐ…」
「今見張りの目が逸れた…傷に薬を塗り込むぞ?」
「痛く無いか?」
なぜこれほど不遇な男に心が動いてしまうのか自分でも分からない
しかし私が鞭を振るうたびに体が正直に反応する…
これは誰にも言えない私だけの感情…
なぜこれほど惹かれるのか…
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