第19話 生き延びる知恵

4人はあばら家の前で軽く食事を済ませ


娘と子供達を残し船に戻った


ゆっくり休んで行きたい所だったが


この闇の世界でそういう訳にも行かず


まだテスト飛行もしていない気球に乗り込み


シン・リーンの魔女の塔を目指す




『気球』


盗賊が組み立てた気球はアサシンが女海賊に与えた気球と同じ大型の帆付きだった


風の魔石と小型の炉で発する熱を利用して空を飛ぶ


気球の中では荷物運搬能力に優れ燃料となる木材を多めに搭載すればそこそこの航続距離がある



「よし…荷物はこれで全部だな?上げるぞ!!」


「初飛行…うまく飛びます様に」


「いきなり本番なのね…なんか怖いわ」


「テスト飛行なんかやってる暇無ぇんだよ…落ちるときゃゆっくり落ちるから安心しろ」


「私も気球の操作には慣れて置かないといけない様だ…」


「気付くのが遅せぇんだよ…次から自分でやってみろ」


「縦帆の操作が分からん…どうやるのだ?」


「とにかく触って勘で掴め!風の受け方で進み具合に差がある…あとは風向きの先読み…これは経験だ」



アサシンは気球の操舵は他人に任せっきりで殆ど触った事が無かった


今操舵方法を学ぼうとするのは彼なりの危機感からだ


ゆっくりと上昇する気球に黒い影が忍び寄る…それにいち早く気付いたのは商人だった



「ちょっと!!マズイかも…レイスが飛んで来る」


「何ぃ!!飛ぶなんて聞いてねぇ!!アサシン!!俺は気球の操舵で忙しい…なんとかしてくれ」


「どうやら操舵法を学んでいる余裕は無さそうだ…」


「おいおい…なんか沢山飛んで来るじゃ無ぇか…」


「商人!なんとか魔方陣を作れないか?」


「塩が足りない…銀が欲しい!!何か持ってない?」


「銀なんか持ち歩いてる訳無ぇだろ!!他に何か無いのか!!」


「銀砂とか水銀とか?」


「んなもん無ぇって…ん?銀貨!!ぬあぁぁぁぁぁ全部置いて来ちまった」


「私持ってる」ジャラリ


「ナイス!!って僕も持ってたよハハハ」


「木槌がある!!こいつで床に打ち込んどけ!!」ポイ


「少し時間頂戴」


「来るな…ギリギリまで寄せて倒す…レイスが近くに来ても焦るな」


「私はどうすれば…」


「見張りだな…複数体来ると厄介だ」


「戦闘はアサシンに任せて良い…何も出来ん奴に見えるが戦闘だけは敵うやつが居ねぇ」


「一言多い」ダダッ スパ



アサシンは気球の船体に取り付いたレイスに一撃を浴びせた



「ンギャアアアーーー」シュゥゥゥ


「上の方に沢山居るわ…数え切れない」


「地上より空の方に多い訳か」


「私達は考え方を間違っていたかもしれん…剣士達は気球を使っていない可能性も出てきたな」


「よそ事考えてないでしっかり戦えい!!」


「分かっている…お前たちにレイスは近づけさせん」ダダッ スパ


「ンギャアアアーーー」シュゥゥゥ


「これ以上高度上げると陸地が見えなくなる…もう速度は上げられんぞ?」


「振りきれる速さでは無さそうだ…商人!魔方陣はまだか?」


「もう出来るよ…これで最後」トントントン



商人は銀貨を床の板に撃ち込み魔方陣を完成させた



「これで良い筈」


「レイスは一定の距離で近付いて来なくなったわ…どんどん集まって居るけれど…」


「うわぁ…これだけ集まってると気球から降りるに降りられなくなりそう」


「何故空の方にレイスが多いのか…」


「理由がありそうだね?」


「温度が高いのが苦手なのか?…いや気圧か?」


「空に居た方が良い理由がある…違うなそこじゃなきゃいけない…なんでだろう?」


「地上には少ない…うーむ」


「もしかしたら地下には居ないのかもね」


「ハッ!!古代文明は必ず地下にあるの…それって安全だから…じゃない?」


「分かったよ…空に行くほど狭間が深い…地上に行くほど浅い…つまり地下は狭間から遠いっていう事だ」


「商人…君は賢いな」


「古代人は厄災の時に起きる闇から逃れる為に地下に都市を作った…これで一つ謎が解ける…」


「みんなを避難させる場所は地下が良いって事だね」


「進化論で海底に生きる人魚の発生も説明が付く…これは大発見かも知れない」


「我々が生き延びるヒントがこんな所で分かるとは…」


「確かめるまではまだ断定出来ないね…何か方法無い?」


「キ・カイの地下都市なら確認出来そうだけれど…遠すぎよね?」


「もっと近くじゃ無いと…」


「私が思い当たるのはシャ・バクダ遺跡しか無いな…しかし深部への入り口はまだ発見していない」


「おいおい!!そういう話は後にしてマズこの状況をどう乗り切るか相談してくれぇ!!」


「盗賊?多分僕たちは魔方陣の中に居る限り何処に居ても安全だよ」


「うじゃうじゃ居るレイスに囲まれて居てもか?見て見ろ!!100じゃ効かねぇぞこりゃ…」


「百でも千でも安全な所からやれば全部処理できると思うな…レイスはこっちに手を出せないんだし」


「ハハハ君はさらりとスゴイ事を言うな…商人の言うとおりだ」


「なら気にせず普通に着陸すりゃ良いってか?マジで言ってんのか?」


「そうだね…囲まれていても安全に変わりはない」


「お前…女盗賊が死んでから人が変わったみてぇだな…俺にタメ張りやがる…あいつの影響か?」


「そうかい?昔からこういう風だよ…昔からね」


「わーったよ…もう俺は何も言わねぇ!!」


「じゃぁ続けようか…」



古代文明と言えば確か光の国シン・リーンの地下にもあった筈だよね?


良く勉強したのね?そうよ…ただし深部への扉を開く方法がまだ未発見なの


他には無いの?


本当はセントラルにも地下が有るらしいわ…でもその入り口は貴族達しか知らない…


そもそも地下深く穴を掘ると水で埋まってしまうなぁ…


人間の力だけでは20メートルも掘るのが限界ね


やっぱりシャ・バクダ遺跡がとりあえず一番現実的な感じだ…




レイスから逃れる手段として地下に潜れば良さそうだと言う可能性は


この闇に落ちた状況で希望を感じさせた


世界中にある古代遺跡の多くは地下に有るからだ


そこに身を隠せば生き残れる人達も居る訳なのだから…


もし多くの人が地下に避難出来たとして次の課題になるのが食料…


大勢の人が安全に過ごせても食料が無いと意味が無い


食料を巡っての争いが起きそうな予感がした…





『闇の飛行』


太陽も月も星も見えない…どのくらい時間が経ったのか示すのは炉で燃やした木材の消費量だ


それでも1日経過したのか?もう2日経過したのか分からなくなった



「俺はミスリルダガー2本持ってたんだが…商人と娘にそれぞれ1本づつ渡した」


「ふむ…ではこの場に有るのは私が持つミスリルダガー1本と情報屋に渡した分が1本…合計3本か…」


「セントラルで配りまくっちまったからな…もうちょい残しときゃ良かったな?」


「仕方が無い…どうにか3本で乗り切るぞ」


「まぁ俺は女戦士の短刀が有るからどうにか戦える」


「その短刀はダマスカス鋼で出来ていると聞いた…レイスを倒せるか分からんぞ?」


「切っ先だけ別の金属で刃付けしてる様だが…こりゃミスリル銀じゃ無いのか?」


「さぁな?」


「銀を使ってレイスをどうにか出来るなら銀の杭が余ってるから槍を作って見たら?」


「そりゃ良いアイデアだ…それぐらいの加工なら簡単に出来る」


「まぁそもそも僕がミスリルダガーを持つのは無駄な気もするけどね」


「一番弱い奴が護身用で持たんと逆に足手まといになんのよ」


「そうなんだ?」


「てかレイスなんざミスリルダガーで一振りだから自分で何とかしろって話だ」


「まぁ盗賊は銀の杭で作った槍を持て…これでひとまず戦える」


「魔方陣の安全圏からレイスを倒すなら槍が一番活躍しそうだね?」


「あんなん倒しても手応え無いレイスで活躍も何も無いぞ…何か戦利品でも落とすならやりがいも有るんだがな?」


「レイス以外の魔物はどう考えて?」


「何が出て来るか分からんのがな…」


「あ!!そういえば魔術書に色々書いてあったな…」


「んん?他にも魔物が出るってか?」


「狭間の奥に居る魔物の事だよ…ガーゴイルとかケルベロスとか…他にも一杯名前が書いてあった」


「私達は海を渡って来たから出会わなかっただけかも知れんな」


「狭間の深さに寄るんじゃないかな?地上は割と浅いと考えると危険なのは山間部だね」


「シン・リーンは港町と比べて標高が高いから危険に変わり無い」


「あぁ…そうか…」


「おい商人!お前小さい魔方陣を持ち歩けんか?」


「どうやって?」


「紙か何かに魔方陣を書いて持ち歩けって話よ」


「なるほど!!そうか…魔術師達が魔術書を持ち歩いてる意味はソレか…」


「なぬ!?」


「魔方陣が記されているのさ…どれだけ効果あるのか分からないけど一応退魔の効果はありそうだ」


「では魔術書を持つ商人を中心に少しだけ安全圏がある訳か…」


「これで納得したよ…どうして僕だけレイスに無視されるのか不思議だったんだ」


「その効果が他の魔物にも効く事を祈るだな」


「さてこれで地上に降りた後の戦い方はある程度纏まったな?」


「おう!!ほんじゃ少しづつ高度下げて行くぜ?」




『追憶の森上空』


そこはシン・リーンの城から少し離れた森だ


アサシンの目的はシン・リーンでは無く塔の魔女に千里眼で剣士達の行方を占って貰う事だから


直接塔の魔女の下へ向かった




「このまま高度下げていくぞ?」


「やっぱり仮説通りだ…レイスがこちらを見失って数が減り始めている」


「んん?どういうこった?」


「アサシンが言うには狭間の深さで時間の流れが違うらしい…だから時間の向こう側が見えなくなる」


「空が黒い理由がそれだってか?」


「多分ね…このまま高度を下げればどんどんレイスは見えなくなっていくよ」


「魔女に教わったのだ…その原理を利用してエルフの森や魔女の塔を隠しているそうだ」


「てか魔女の塔が何処に有るのか分かってんのか?全然見当たらんのだが…」


「一度行った事があるのだが妖精の案内無しでは迷うかもしれん」


「俺ぁ妖精が見えねぇんだけどよ…お前には見えてんだろ?今居ねぇのか?」


「剣士達と別れて以降一度も見ていない」


「そういえばそうだね…」


「なぬ!?お前も見えてたんか!!」


「満月の時とかたまに見えて居たよ…」


「ふむ…確かに妖精は月を眺めている事が多い気がするな」


「今は月なんか見えんぞ?」


「狭間が深いからレイスに捕まらないように隠れて居るのかもね」


「まぁ心配するな大体の場所は覚えている」


「このまままっすぐ降りて良いのか?」


「もう直ぐ先に森の切れ目がある…適当な林を見つけてそこに降りてくれ」


「まぁ良いや…レイスぶっ倒す準備しとけよ?」





『森の切れ目』


盗賊は木の枝に気球を引っかけない様に少し離れた草原に気球を降ろした


フワフワ ドッスン



「なんだよレイス一匹しか居ねぇじゃねぇか…心配して損したぜ」


「私が倒してくる…魔女の塔は北の方角だ…直ぐに出発するから準備してくれ」


「商人!!気球を隠すから手伝え…情報屋は適当に木材拾って集めてほしい」



森は生き物の気配が全くしないほど静まり返って居た


静かに忍び寄るレイスは周囲に生き物が居ないせいか数も少ない


アサシンは簡単にレイスを切り裂く



「こりゃ森の生き物も全部レイスに魂狩られてんのか?」


「どうだろう?動物は僕達と違って逃げ足早いからね…」


「逃げるつっても逃げ場所なんか無いだろう?」


「もしかするとレイスから逃れる方法が他にも有るのかも知れないね」


「動物がそれを知ってるってか?」


「気配を消すとかさ?」


「お?そういやレイスは俺らをどうやって検知してんだろうな?」


「さぁね?動きが単調な所を見ると目視な気もする」


「ふむ…建屋の中は被害が少なかったか…つまりそう言う事か」


「気球の高度を下げて僕達を見失ったのもソレが原因に思う」


「なるほど…」


「でも光の影から出て来るから建屋の中も安全では無いさ」


「おい!!準備は良いか?そろそろ行くぞ」


「おう悪い!!行けるぞ?」


「この道をまっすぐ行って目印を見つけたら右に林を入っていく」


「道ってかこりゃ馬車が通った跡だな」


「シン・リーンの王家が魔女と精通しているのだ」


「てことはハチ合わせる可能性もあるだろう」


「ハチ合わせてもどうという事は無い…私は少し面識があってな」


「王家とか?マジかよ…」


「魔女の弟子なのだ…姿は子供の恰好をしている」


「子供に面識があっても意味無ぇじゃねぇか」


「まぁそう言うな…体は子供でも精神年齢は私よりずっと上なのだ」


「シン・リーンの王家は魔術の修行で精神と時の門へ入ると聞いたわ?…もしかして」


「そうだ…シン・リーンの姫だ…40年ほど修行したと聞いた…あれから4年…」


「意味わかんねぇな…」


「ずっと修行を続けていれば80年程修行をしているという事になるか」


「計算が全然合わんのだが…」


「あ!!木に御札が貼ってある…目印ってコレの事かい?」


「そうだ…そこを右に分け入って20歩ほど歩いた先に入り口がある」


「20歩…なんか細かいね」


「20歩以上歩いてしまったら迷っている…そういう事だ」


「へぇ?面白いね」


「ここから先は一歩づつ離れない様に歩いてくれ…一歩間違うと迷う」


「へいへい…」


「不思議ね」



4人は一列に並び一歩づつ先へ進んだ


そこは獣道になって居て誰かが通った形跡が残って居た





『魔女の塔』


20歩進んだ先で突然光が射す



「うぉ!!なんだココ!!いきなり昼間かよ…」


「お花畑と…塔!!これは古代遺跡の一部だわ!!」


「ふぅ…迷わず来れたな…しかし様子がおかしい」


「なんでだ?隠れるにゃ良い場所じゃねぇか」


「魔女からの挨拶が無い…ゴーレムも居ない…もしや」


「ここは日の光が射すのね…花を見て来て良いかしら?」


「待て…私から離れるな」


「あら?ミツバチ…」


「何か居る気配は無ぇぞ?」


「ゆっくり塔まで進む…私の後ろから離れるな」


「なんか安全そうだね…おかしな感じはしないけど」


「いや…やはりおかしい…妖精も居なければ鳥も居ない」キョロ


「静かっちゃ静かだが…あの塔に魔女が住んでるのか?」


「魔女!!私だ…アサシンが来た」



シーン…



「誰も居なさそうだな」


「私達は魔女に案内されて居ないのだが…仕方あるまい…行って見るか」


「そんなに気にする事か?」



シュン! スト!


盗賊の足元に矢が刺さった




「うぉ!!…矢だ」


「動くな!!」



塔の有る方角から女の声が響いた



「にゃろう危ねぇじゃねぇか…」スラリ


「待て盗賊…武器を抜くな…相手がどれくらい居るのか分からん」


「今のは警告だ…引き返せ」



その声は凛とした声で気高さを伺わせる



「魔女に会いに来た…私は魔女に面識がある…お目通り願いたい」


「魔女はもう居ない…亡くなった」


「それは本当か?」


「繰り返す…引き返せ」


「お前は誰だ!?なぜここに居る…姿を現せ」


「これ以上近づくと殺す事になる…引き返せ」チラリ



塔の上部にあるバルコニーからその者が少し姿を現した


長い金髪…斜に構えた弓…明らかにエルフだ



「エルフだ…やべぇな」


「エルフよ!!この場所をどうするつもりだ?」



シュン! グサ!


放たれた矢はアサシンの腹部を貫く



「ぐぁ!…」ヨロ


「アサシン!!」


「エルフと人間は戦争中だ…ここに近づくことは許さない」



シュン! グサ!


続けてその矢は盗賊の左腕に突き刺さった



「がぁ!!…腕やられた」


「まずいね…塔の上からだと一方的だ」


「相手がエルフでは部が悪いか…下がる」


「僕たちは引き返す!!もう撃たないでくれ」


「エルフよ…最後に一つだけ…器は古都キ・カイに在ると魔女に伝えてほしい」


「魔女はもう居ない…立ち去れ」



4人はエルフの放つ矢を逃れる為魔女の塔を後にする


アサシンはその矢を腹部に受け早急に手当てが必要だ



「あのエルフは一人しか姿を見せなかったがどう思う?」


「アレは囮だな…おそらく他にも数人隠れて居る…戻るしかない」


「対話しようとしたら撃って来るのって…なにか隠してる気がするな」


「そうだな…俺らを生きて返すっていうのも解せん」


「もともとエルフは殺生を好まない…普通なら捕らえられる…返すという事は理由がある筈だ」


「魔女の塔には魔女が住んでる以外に何かある?」


「情報屋がアレは遺跡だと言ったな?」


「遺跡の一部よ…もしかすると地下への入り口があるかもしれない」


「なにか不可解だなぁ…」


「ひとまず気球に戻って怪我の手当てが先だ…アサシンは腹に矢を食らっている…そいつは血が止まらんぞ」


「急所は外れている…死にはせん…」


「ダメだ!!腹部に矢が刺さって内臓が無事な訳無え!放って置くと感染症を起こす」


「ええい!!あのエルフめ…」


「私ポーションをアサシンから預かって居るわ」


「おぉ!そんなもん何処で手に入れたのよ…今すぐ飲ませろ」


「アサシン…これを」


「港町で仕入れたばかりだったのだが私が使う事になるとは…むぐっ…」ゴクリ


「おっし!それで傷口が塞がる筈だ…矢を抜くぞ?」


「頼む…」



盗賊は背中まで抜けた矢尻を短刀で切り落とし突き刺さった矢を抜いた


ズボォ…



「ぐぅぅぅ…つつつ」


「盗賊の腕に刺さった矢も抜かないと…」


「おう!抜いてくれ…俺のは止血が簡単だからどうって事無い…アサシンの傷は血が出なくなるまで圧迫しろ」


「抜くわ?」ズボ


「かぁぁ!!痛えな…」


「そのまま動かないで…止血するから」


「しかしエルフが放つ矢は随分深く刺さるな?」


「だな?…戦えそうな俺とアサシンを速攻動けなくするのも頭が切れる証拠だ」


「レイスの他にエルフまで敵だとなるとやり難いねぇ…」


「ちっと準備が足りん様だ」


「それより魔女が居ないとなると…手詰まりだ」


「一旦シャ・バクダへ戻るのか?」


「そうなるな…剣士達はそちらへ戻っている可能性もある」


「俺ぁちと考えたんだがよう…ここで降りる」


「…どうするつもりなんだ?」


「港町に残した子供たちが心配なんだ…あいつらを放っておけん」


「ううむ…盗賊ギルドを抜けるのか?」


「抜けるって訳じゃねぇが今は協力出来ねぇ…女亡くして心の整理もつかねぇし」


「分かった…私は一旦本部へ戻って体制づくりをやる…盗賊は港町に残した船の管理を頼む」


「あの船は俺が自由に使わせてもらうぜ?まぁ…港町に来たら又寄ってくれぇ」


「商人!お前はどうする?」


「僕は元々盗賊の養子さ…僕も港町に戻って商人をやるよ」


「そうか…残念だが仕方あるまい」


「そうだな…100日経って闇の世界が晴れたら又連絡する…それで良いか?」


「こちらからも連絡を送る…話は決まったな?」


「よう情報屋のネーちゃん…いろいろありがとよ…恰好悪い所を見せちまったがなヌハハ」


「こちらこそ…家族の絆を見せてもらって良い経験をしたわ」


「まぁ…アサシンの事頼むわ…俺には手に負えんかった」


「おいおい…」


「んじゃここで分かれよう…おい商人!!今から馬盗みに行くぞ…付いてコイ」


「え?今?レイス来たらどうするの?」


「お前がミスリルダガー持ってんだろ…レイスはお前が倒せ…その他は俺がやる」


「ちょっと待ってよ…僕あんまり走れないからさぁ…」


「2Kmくらい東に小さな村があんだ…まずそこまで行くぞ」タッタッタ


「おーい!!待って」タッタ



2人はアサシンと情報屋を置き去りにして森の中へ消えて行った


盗賊にしてみればこのままアサシンに付き合って居ては港町に戻れない危機感が有ったのだ


第一に考えたいのは女盗賊と一緒に守って来た子供達…そしてベッドの上で静かに眠る女盗賊の下へ戻る事…


彼は自分の心の中で聞こえる彼女の声に従い家族の待つ港町へ戻った



「さぁ…私たちは気球で本部へ戻るぞ…」


「一人で気球の操作は大丈夫かしら?」


「やってみる他にあるまい」


「私も手伝うわ」


「ハハハ当然じゃないか…君は私の助手だ」


「矢の傷は大丈夫?」


「お陰で随分楽になった…さて…行こうか」



アサシンと情報屋は気球に乗りシャ・バクダの盗賊ギルド本部まで戻る


この時…情報屋は後ろ髪を引かれて居た


温かいあの家族の傍に居たい…不器用でひた向きな彼を支えてあげたい


いつの間にあの不安定な家族の深い愛に心を動かされ


自分もそこに身を置きたいと思う様になっていた


そんな想いとは裏腹に彼女は自分の立場を重視した


それは盗賊ギルドの幹部としての責任だ



こうしてそれぞれが違った場所で行動して行く事になって行った…


闇に包まれた世界で光の射す方向はまだ見えない


人々はこの世界でそれぞれ生き延びる知恵を絞り


闇が晴れる事を待つしか無かった…世界は混沌としていく





『廃村』


盗賊と商人は港町まで戻る為の足として馬を探していた


しかし既に村は魔物に襲われた後で誰も生き残って居る者は居なかった



「ダメだな…全滅だ」


「ねぇ…何かおかしくないかい?」


「んん?」


「レイスに魂を狩られたなら生きたまま倒れてる筈なのにどうして食い荒らされてる?」


「そういやそうだな…」


「他の魔物が居るって事だ」


「ちっと用心しとくか」


「馬車は放置されてるけど馬は生き残って居なさそうだね」


「結構食い物残ってるから持って帰りたいんだがな…」


「一応使える物だけ集めようか」



ガウルルル


何処からかウルフの唸り声が聞こえる



「おっと…こりゃどっかにウルフ潜んでんな」


「逃げよう」


「待て…見つけた…あの家ん中だ」


「どうしてわかる?」


「いやさっき犬が死んでると思って無視してたのよ…多分その犬だ」


「レイスに魂を狩られないで犬が生き残ってる?」


「まぁ良く分からん…だがあの家の扉はさっき俺が閉めた…閉じ込められてる訳よ」


「ハハ…まぁ犬なら僕達の番犬替わりになってくれるかもね」


「餌が無いと言う事も聞かん気もするが…ちともっかい行ってみるか」




『廃屋』


既に盗賊が中を確認した家だったが2匹の大きな犬が残って居た様だ


盗賊と商人がその廃屋に近付くと中で暴れ出した


ドタバタ ガタガタ



「おっとっと…何で急に暴れ出す訳よ?」


「何かおかしいね?」


「だな?俺らから逃げようとしてんのか?」


「ちょっとまだ扉は開けないで…窓から覗いてみる」



商人は窓から廃屋の中を覗き込んだ


その犬は覗き込む商人を恐れているのか反対側へ逃げようとして居る



「どうよ?」


「アレ犬じゃないよ」


「なぬ!?」


「魔術書に書いてあった魔物さ…ええと」



商人は魔術書を開き調べ始める



「有った!!ヘルハウンド…コレだ!!」


「なるほど…この村の住人を食い荒らしたのはそいつだな?」


「多分そうだね…」


「じゃぁ暴れてんのはお前が持ってる魔術書の魔方陣かミスリルダガーから逃げようとしてんだな?」


「そうかも知れないね…ちょっと試してみようか」


「どうする気よ?」


「これさ…上手く飼い慣らせそうな気がする…ヘルハウンドに馬車を引かせるんだよ」


「おぉ!!捕まえる訳か」


「捕まえる為の罠を作れるかい?」


「ようし!!家畜用の檻が有ったからそいつを扉の前に設置するわ」


「イイね…上手く誘導して捕まえよう」



その後商人はヘルハウンドがミスリル銀の音を特に嫌う事を発見し


盗賊の設置した檻に難なく誘導して捕らえる事に成功する


ヘルハウンドは放置されて居た馬車に締結され盗賊達は移動の手段を獲得した




『荷役犬』


盗賊達は廃村で調達出来る物資を馬車に詰め込み港町へ移動を始めた


ガタゴト ガタゴト



「ヌハハこりゃ良い!!牧草も水も要らんで走り続ける」


「普通なら走らせ続けたら可哀そうになって来るけど…ヘルハウンドならそうも思わないね」


「何人も人間食っただろうしな…その分働いて貰うぞ」


「ヘルハウンドってどれくらいの知能なんだろう?」


「さぁな?…てかゾンビみたいなもんじゃ無ぇのか?」


「ゾンビは恐怖とか感じて居無いよね」


「おぉ確かに…ミスリル銀を恐れるぐらいには知能が有る訳か」


「気を抜くとしっぺ返しされてしまうかも…」


「ふむ…気を抜けんか…」


「まぁ馬車の中にも魔方陣は張ってあるし…この中に居る分には安全だね」


「待て…レイスは近寄って来んが…この犬っころは分からんだろ」


「あぁそうか…」


「てか他の魔物も居るかも知れんから気を付けて置かんとな」


「そうだね…ガーゴイルとかまだ見て無いね」


「空飛ぶってのはまた厄介だな」


「弓矢とか調達出来ないかな?」


「空飛んでる奴になんか当たらんぞ」


「そうなんだ?」


「まぁでも無いよりはマシだ…このまま南下して行けば魔物に襲われた商隊とかから入手出来るかも知れん」


「そうだね…上手く物資調達出来れば良いね」


「うむ…しかし他の魔物も居る事が分かったから早い所戻らんと子供達が危無ぇ」


「港町は魔術師が居るからきっとどうにかなって居るよ」


「そうだと良いが…」




こうして盗賊達は休憩する事もなく馬車を走らせ続け


途中で物資調達をしながら港町を目指した


到着する頃には十分な武器と食料…他にも薬や貴重品が揃い


あばら家で待つ家族へのお土産となった




『ユートピア』


10日程かけて盗賊と商人はユートピアのあばら家で待つ子供達の下へ無事に戻った


そしてまずベッドに寝かせたままの女盗賊の顔を見に行こうとして盗賊は驚いた



「お…おい…なんで椅子に座ってんだ?」


「お姉ぇが横になりっ放しだと可哀そうだって子供達がね…」


「なんだそういう事か…」


「そこの窓から一応海が見えてるからさ…」


「そうか…海を見せてやってんのか」


「いつ埋葬すんの?」


「船に木材が余ってたからちっと休んだら棺作るわ」


「そうだね…いつまでも見世物みたいになるのも良くないね」


「ちっと酒持って来てくれんか?」


「うん…」



盗賊は静かに目を瞑り椅子に腰かける女盗賊を見て


自分の心の中に居る筈の彼女と会話をしたくなった


そして酒を飲みながら語らい始める



「よぅ…悪かったな?」


「またお前と子供たち置いてどっか行っちまう所だったわ」


「まぁアレだ…もう何処にも行か無えから安心してくれ」


「でもな?色々良い物拾って来たんだぜ?」


「子供達が学べるように書物をどっさりとよ?」


「まぁ心配すんな…俺がちゃんと育ててやっからよ」


「ん?此処に居る子供達だけじゃない?」


「ふむ…確かにそうだな」


「よし分かった…お前の言う通り俺は子供達のヒーローになってやる」


「でもよう?お前と一緒にお宝探し行くって話はどうすんのよ?」


「おぉ!!そうか…その金で子供達をな?」


「よっし任せろ…でもまぁもうちっと子供達が大きくなってからだな」


「しかしやっぱ…お前と酒飲んでるのが一番落ち着くな」




盗賊は心の中に住んで居る彼女と一晩中飲み…語らいあった


酒を飲めば飲むほどその声は鮮明に聞こえて来る


彼女との愛はそんな形で結実し


ユートピアと名付けた思い出の地で2人は一つになった



ルル~ルラ~♪


シャ・バクダ王家に伝わる子守歌が


遥か遠方のこの地で静かに歌われた






あとがき



泥棒家族の一員となった白狼の剣士が少しづつ成長して行く物語なのですが


その背景に貴族達の支配で抑圧され歪んでしまった人間社会の中で


ほぼ底辺に位置する泥棒家族がどうやって生きているか?


そんなサブストーリーが展開する内容でした


これまでの物語を通じて各登場人物の過去と


これからどういう人間になって行くか?という伏線を多く書いて居ます


相方を失った盗賊がどんな人間になって行くか?


なんかちょっと想いの有りそうな情報屋との関係はどうなるの?


気になる所を多く残して居るんです


女海賊の子供じみたしつこい恋愛感情も正直鬱陶しいですね


でもこれから大人になるにつれてどんどん変わっていきます


そんなそれぞれの登場人物が展開する物語の中で


本物の勇者は誰なのか?精霊っていったい何?夢幻とは?


そういう謎がこれからゆっくり紐解けて行きます


なんか中途半端に話が終わった感じになってしまいましたが


これから話の毛色が少し変わって行くのでここで一旦切りました


次回作もよろしくお願いします

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「魔王は一体どこにいる」2 ジョンG @yukikudo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ