第17話 失意の中

『闇の航海』


船の帆をすべて張り終わり陸を左手に見ながら航海する


退魔の魔方陣のお陰も有りレイスは一定距離以上近付いて来ない


そもそも海の上では何故かレイスの出現も少なく意外と安全に航海出来る事が分かって来た


落ち着いた所で炉に火を入れ軽くバーベキューをした



ジュゥゥゥゥ



「子供達から先に食べさせてあげて?芋から先にね」



バーベキューを仕切るのは心臓に病気を持った少年だ


彼はバーベキューが大好きだった



「俺は気球の組み立てに戻るからよ…食いもんは後で持って来てくれ」


「待て盗賊…一人紹介しておきたい」


「んあ?紹介も何も盗賊ギルド支部のネーちゃんだろ?」


「名を情報屋と言う…一応幹部なのだ」


「ほんなん分かっとるわ…てか何で連れて来たのよ?」


「ギルドの者に声を掛けたのだが…どうも私は嫌われている様でな…付いてきたのは情報屋だけという訳だ」


「…ま、そらそうだわな…お前の顔を見てギルマスだと知る者がどれくらい居るのか…」


「まぁ言うな…」


「ほんで?なんか情報集まったんか?」


「まずこれを見てくれ」パサ


「手配書か…こりゃ女海賊と…女戦士か?なんで手配されてんのよ?」


「実はな…あの2人は海賊王の娘として貴族に捕らわれの身だったのだ…私が闇で身請けしたのだよ」


「ほう?それが手配されて居る理由なんか?」


「う~む…何処から話せば良いか…」



そもそも貴族が海賊王の娘2人を捕らえて居た理由はミスリル銀の製造法を海賊王から得る為だったのだ


海賊王はその取引に応じミスリル銀の利権は貴族に移る予定だった


だが事件が起きた…


あの2人と一緒に捕らわれの身となって居た母君…海賊王の妻にあたる人物がある日変死したのだ


自殺として処理されたのだが…それがきっかけで海賊王と貴族の交渉が破談した…


この事件で貴族の内部にも対立が生じてな?


それで海賊王の娘2人は闇で私が身請けする事になったのだ


利用価値が再度生じるまで安全に匿う事を条件に私は貴族から資金を得た



「…それであの2人は盗賊ギルドの要職について居たってか…」


「まぁ素性が良くて適任だったと言うのもある」


「おいまさかお前…今になってあの二人を売り渡す気じゃ無いだろうな?」


「待て…結論から言わせて貰うが何が有っても引き渡す気は無い」


「それを聞いて安心したが…お前まで裏切る素振り見せたらどうなるか分かってんだろうな?」ギロ


「まぁ落ち着け…話はまだ続く」



貴族達が欲していたミスリル銀…


これがつい先日大量に武器と言う形でセントラルの衛兵にバラ撒かれた


突然世界が闇に落ち…たまたま偶然レイスを倒す事の出来るミスリル銀の武器が出現した訳だ


どう考えてもおかしいと思うだろう?



「なるほど…」


「それを配って居たお前は重要参考人として手配された訳なのだよ」


「海賊王の娘2人が手配されてるのも同じって訳だな?」


「まぁ更に話は複雑なんだが…概ねそうなる」


「複雑って何だよ?」


「先日のドラゴン襲撃の時にな?白狼の盗賊団を多数の人間が目撃しているのだ」


「…やっぱりそうか…俺もその噂は聞いたぞ」


「そして白狼の一味として疑われて居たのが女盗賊と娘達4人だったのだ…」


「んん?女盗賊はまぁ分かるが娘4人は何も関わって無えだろ」


「貧民街の酒場で貴族が身に付けそうな衣装を着ていてもか?」


「ぐはぁ…抜かった…」


「酒場に女狐が来た事が有るそうだな?」


「情報の出所はやっぱアイツか…」


「今となっては遅いが女狐をこちら側に引き込まなかったのが大きなミスだった」


「アイツとは馬が合わん!いつ裏切るか分からん奴とは組めんぞ」


「逆に言えば女狐が間違った情報を流布しているお陰で私とお前が白狼の一味だとはバレて居ない様だ」


「なぬ!?」


「どうやら白狼の盗賊団は全員女性だというデマが流れて居るのだ…女狐が流しているらしい」


「それで海賊王の娘2人もその一味だと疑われてる訳か」


「そして話が少し変わるが…セントラルでは国王の崩御と法王の変死はまだ公開されていない」


「なんでそんな話を?」


「噂では白狼の盗賊団による暗殺という風になってしまっているのだ」


「さらに魔物襲撃も…空が落ちた件もすべて…白狼の盗賊団の仕業という事になろうとしている」


「えらく有名になったもんだ…ただの泥棒だったのによ」


「まぁ第一皇子と第二皇子の覇権争いの最中だ…タゲ逸らしとして当然の流れとも言える」


「ギルドの方に迷惑はかかってないか?」


「今ここに来てるのが情報屋だけと言いうのが答えだ…皆薄々知っていて関わろうとしない」


「俺が大工探しても出てこないのはそういう事か…」


「そこら辺の裏の事情を教えてくれたのが情報屋と言う訳だ」


「信用して良いんだろうな?俺らの行動を監視して貴族と繋がってるとか御免だぜ?」


「私の腹心の部下だ…彼女ありきでギルドが成り立っていると言っても良い」


「セントラルから離れちまったら成り立つも何も無いが…支部はもう解散するってか?」


「セントラルの惨状では盗賊ギルドはもう意味をなさない…不要だ」


「お前がそう言うならまぁ良いが…」


「それで…話を戻す…事件の日に白狼の盗賊をやったのは誰かという事だ」


「ぁぁぁ…手口からして剣士と女海賊は間違いなく絡んでいるな」


「情報筋からすると逃走ルートは下水…そこを使ってさらりと逃げるのは経験のある2人しか考えられない」


「お!!そういや下水でこんな物見つけたんだ…」スラリ


「む!!それは女戦士の短刀では無いか!!」


「やっぱそうか…えらく良さそうな短刀だったもんだから預かっといた」


「つまり女戦士も白狼の盗賊として動いて…やはり海賊王の娘2人揃って居たか」


「もう一人居たらしいぞ?…怪我をして運ばれて居た様だが?」


「私達は第二皇子を見て居無いな…もしかすると運ばれて居たのは第二皇子かも知れん…」


「まぁそうだったとしてあの現場で剣士達は何をしたのかって話よ…なんで空が落ちるなんて事が起きる?」


「分からんのか?」


「やっぱアレか?祈りの指輪…そいつ盗んでトンズラこいた…剣士なら出来そうな話だ」


「ビンゴ!!」



今まで話に聞き入っていた情報屋が口を出した



「ネーちゃんそんな所まで知ってるんか?」


「指輪を盗まれたからセントラルで特定指名手配されて大変な事になっているの!お分かり?」


「なるほどな?疑わしい女盗賊と娘達4人が衛兵に追い回された理由な訳だ」


「空が落ちた原因までは情報が落ちて来て居ないけれど…私を含め皆白狼の盗賊達の行方を追ってる」


「何が起きたか全部知ってんのは剣士達と言う事か…」


「それでだ…ここからは予測になるが…指輪を持って何処に向かうと思う?」


「んんん…エルフに返す?…待てよそれなら盗む必要が無えな…分からんな」


「海賊王の娘2人揃って居る事を考えると一旦ドワーフの国に帰るというのも可能性がある」


「てかよ?剣士達が指輪を盗む動機って何なんだ?」


「女戦士には祈りの指輪が魔王復活のカギになっていると話した事はあるが…」


「復活を阻止するために盗んだってか?…ううむ…やっぱその後の行き先が読めんな」


「やはりシン・リーンに行って魔女に千里眼で行き先を探してもらうしか無い様だ」


「それならとりあえず俺と行き先が一致してる…早い所気球を組み立てないとな」


「私も手伝う必要があるか?」


「当たり前だボケが!女盗賊の命掛かってんだぞ?てかお前だけじゃねぇ!全員手伝え!」





『甲板』


このキャラック船は帆走させる為に常に帆角の調整が必要だ


舵は少年が握り帆の張り替えはアサシンが担当する


娘達4人は子供達の面倒見と女盗賊の看護で手が離せない


結局気球を組み立てるのは盗賊一人でやるしか無かった



「おい情報屋のネーちゃんよう!お前は球皮の縫い合わせやってくれ」


「縫い合わせって…どうすれば?」


「途中までやりかけてんだ…それ参考にしながら上手い事頼む」


「そんな…何も説明されないで上手い事なんて出来ない…」


「俺だって気球の船体作るなんざ初めてなんだ…今手隙なのはお前しか居ないからなんとかしてくれ」


「分かったわ…やってみる」


「ほんでお前…なんだってアサシンに付いて来たんだ?」


「私の本当の職業は考古学者なのよ…」


「ほんじゃアレか?魔王だの勇者だの言ってるアサシンの話に興味が有るってか」


「少し違うけれど…この100日の闇を祓う為には精霊の力が必要でそれを確かめたい」


「夢幻に閉じ込められた精霊ってか?」


「それを追って居るのがアサシンだった…そしてその手掛かりを白狼の盗賊達が持って居そう…それが同行する理由」


「なるほど…エセ話仲間って訳か」


「100日の闇は実話だった…それでもエセ話だと言うの?」


「んぁぁ確かに空が落ちて来るの見ちまったな…これも考古学になんか関係するんか?」


「古代の文明が滅んでしまった主な原因はこの100日の闇…そこから文明の入れ替わりが起きた歴史なのよ」


「マジか…ほんじゃ俺らは滅ぶ寸前に居るって事か」


「200年前は滅ばなかった…恐らく精霊が防いだのだと思われる」


「ほーん…やっぱアサシンの話も馬鹿に出来んってか…」


「彼の話は考古学を知って居る訳でもないのに意外と良い線を行って居るのよ」


「しかし良く考えてみたらこの闇の世界ってのは相当ヤバイな…どうやらセントラルの上空だけって訳でも無さそうだ」


「そうね…どのくらい被害が出てしまうか想像できない」



揺れる船の上では思う様に作業が進まない


それでも盗賊は休むことなく必死に気球を組み立てる


木材を切り出し木槌を使ってそれを組み立てていく音は船の中で横になって居る女盗賊の耳にも聞こえて居た


不器用な彼の必死さはちゃんと伝わって居た




翌日なのか…


交代で休憩を取って居た少年が作業を続ける盗賊に食事を持って来た




「お?少年!!起きたか」


「その呼び名…何か気に入らないな」


「んあぁぁ!?なんだ今更…なら何て呼べば良いんだ?」


「僕は商人!昔から商人さ」


「大した発音変わって無ぇじゃねえか…商人…これで良いんか?」


「イイね…すっぽり収まった感じだよ」


「ほんで…何か売りにでも来たんか?」


「勿論!興味あるかい?」


「何だよその言い回し…どっかで聞いた事あんな」


「まぁ良いじゃないか…やらせてくれよ」


「そうだな…そろそろ大人になっても良い頃か…」


「…それで…買うかい?」


「おう!!買ってやる…何だ?」


「コレさ…」スッ



商人が見せたのは盗賊が女盗賊にあげた筈のアクセサリーだった


七色に輝くその石は非常に珍しい物で持つ者に幸せを運ぶと言う



「……」ジロリ


「まぁ売るつもりは無いんだけどさ…」


「それは虹のしずくという物だ…何でお前が持ってる?」


「母さん…いや女盗賊が大事そうに持っていた物だよ…盗賊に渡してだってさ」


「悪い…それは買い取れねぇ…返してこい!」


「困ったなぁ…」


「良いから返してこい!!俺は忙しいんだ!!暇ならお前も手伝え!!」


「わ、わかったよ…でも盗賊も少し休んだ方が良いよ?」


「うるせぇ!!」トンテンカン トンテンカン



盗賊は話を遮る様に作業を再開し始めた



「居室で寝てる子供達もうるさくて眠れないってさ」


「お前はぶっ飛ばされないと分かんねぇ様だな!!」


「休んでよ…みんな心配しているんだ」


「クソがぁ!!アイツがソレを俺に渡すって事はいよいよヤバイって事だ!!」ボカッ



盗賊は堪えきれず商人に手を出してしまった



「痛っ!!分かったよ…返して来るよ」


「今すぐそれを返してこい!!そりゃあいつのもんだ!!」



虹のしずくが返される意味は…


あなたの想いに答えられないという意味だ


同時に次はあなたが幸せになって…そんな意味が有ると盗賊は理解した


それでも尚作業の手は止めない



トンテンカン トンテンカン


ギコギコギコ ギコギコギコ



不器用な彼が表現する愛だ…




『居室』


ベッドで横たわる女盗賊は既に呼吸をする事も出来ないほど弱り切って居た


朦朧とする意識の中で盗賊が振るう木槌の音は耳に入って来る…深い愛を感じて満足だった


もう傷みも感じない…愛の音に包まれながら静かにその時を待って居る



トンテンカン トンテンカン


ギコギコギコ ギコギコギコ



---馬鹿な人ね---


---私はもう良いの---


---十分幸せだったわ---


---子供達をお願いね---



そして女盗賊は眠る様に息を引き取った…



「お姉ぇ!!お姉ぇ!!」


「ヤバイもう…息してない」


「アサシン呼んできて!!」


「母さん…」



女盗賊は既に手の施し様が無かった


心臓マッサージをしようにも全身の骨が折れて居て下手に何も出来なかったのだ


触れば触るだけ内臓の何処かを痛めてしまう


苦痛の顔を浮かべるでもなくそのまま静かに息を引き取った事を認めるしか無かった


呼ばれて来たアサシンは


まだぬくもりのある女盗賊の手を握りその死を受け止めた



「妹よ…巻き込んで済まなかった…」


「それでも進む私を許してくれ…」


「私は…世界を救いたい…」


「私を導いてくれ…」



それは彼の覚悟と決意だ


彼は後の世に名を残す最も重要な人物の一人だ


何故なら彼は塔の魔女の占いで魔王を滅する運命を持って居る勇者の一人だったのだ


妹の死はその後彼にとって深い意味を持つ


この時彼はそれにまだ気付いて居ない




『甲板』


盗賊は女盗賊の死を看取る事無く気球の組み立てに勤しんでいた


彼はそれを見たく無かったのだ


トンテンカン トンテンカン


ギコギコギコ ギコギコギコ



「盗賊!!…母さんが!!」


「んん?」


「母さんが死んだ…うぅぅ」


「……」



木槌を振るうその手が止まり船は静寂に包まれた


ザブ~ン ユラ~リ ギシ


ゆっくりと波に揺られる船は何が起こっても無常に帆走を続ける



「…今か?」


「うん…」


「……」


「行かないの?」


「見たく…無ぇ」


「こんなに早く死ぬなんて…」


「魂は見たか?」


「いや…」


「まだ…そこに居るんだな?」


「魂?」


「よっこら…」ノソリ



盗賊は他者の魂を感じた事は無い


でもまだそこに居るかもしれないと思ったら何も挨拶せずに別れる事も出来ないと思った




『居室』


横になって居る女盗賊を囲んで娘達4人と子供達が涙を流していた


アサシンは女盗賊の手を握りうなだれている



「盗賊…妹が息を引き取った…」



悲しむ皆とは違い盗賊は平生を振舞う



「ぃょう…女盗賊!…ラクになったか?」


「……」



女盗賊は安らかに眠って居る



「悪りぃな…ちっと間に合わなんだ」


「……」


「またお前の歌が聞きたかったんだが…まぁ…しょうがねぇな」


「……」


「聞いてんだろ?…おい!娘ぇ!!そこの酒持ってこい!!」


「え!?」


「早くしろやぁ!!」


「う、うん」タッタッ



テーブルに置いてあった酒瓶を盗賊に手渡す



「今頃気付いちまったぁ…俺はなぁ…こうやってお前と酒を飲んでる時が一番落ち着くってな」グビ


「……」


「盗賊…」…商人は平生を振舞い女盗賊を抱きかかえながら酒を飲む盗賊に掛ける言葉を失った


「で…これからどうすんだ?どっか行くのか?」


「……」


「俺ぁよ…妖精も魂も見えねぇんだ…そこに居るんだろ?なんか言えよ」


「盗賊…よせ!」


「おい!!アサシン!!想定よりも長く生きるとか言ってただろ!!ありゃウソか!!?」


「すまない…」


「ちぃと外の風にでも当たるか…空は見えんが潮の香はするぜ?」グイ



盗賊は女盗賊を抱きかかえ立ち上がる



「どうする気だ?」


「お前も付いて来い…酒飲むぞ」



抱き抱えながら居室を後にする



「女盗賊よぅ…お前俺にタメ張っといてこんなに軽かったんだな」


「……」


「覚えてんだぜ~?お前の歌…ルル~ルラ~フフ~ン♪」



その歌はシャ・バクダ王家に伝わる鎮魂の歌だった


女盗賊は子供達へ子守歌代わりにその歌を歌い…この泥棒家族は全員その歌を知って居る


盗賊はそんな事は何も知らずその歌を波に乗せ彼女の魂を見送って居た



ザブ~ン ユラ~リ





『デッキ』


このキャラック船はデッキの上が前方を見晴らしやすい


盗賊は腕に女盗賊を抱きかかえたまま酒を飲み彼女の魂と会話をしていた



それでよぅ…あん時は先にお前が行った方が良かったんだ


まぁ結果的になんとかなったんだがな


それが原因で…見て見ろ…まだ傷跡が消えねぇ


お前が無傷で居たのは救いっちゃ救いだが


やっぱどう考えても作戦が悪かった…まぁ儲かったから良いかヌハハ



盗賊の耳にどんな声が聞こえていたのか分からないが


他の者には独り言をいつまでも話して居る盗賊に掛ける言葉が無かった



「ずっとあんな感じだよ…放って置いて良いのかな?」…商人は心配そうに言った


「見ていて痛い…」…情報屋は眉をひそめる


「盗賊と女盗賊はいつから一緒に居たんだろう」


「17年くらいか…実は一緒に過ごした時間は私よりも長い」


「僕が生まれるよりも前なんだ…」


「私にしてもたった一人の肉親だったのだが…失ってしまうと胸が張裂けそうだ」


「…なんか放って置けないな」


「商人…君は知っているか?かつて精霊は最愛の人を目の前で失ったという事を」


「こんな時にどうしてそんな話を?」


「最愛の人を目の前で失ったとき…もし祈りの指輪で何かを祈るとしたら何を祈る?」


「え?…生き返らせたい?」


「祈っても生き返らない場合は?」


「また会える事を祈る」


「どうやって?」


「どうやってって…方法なんか分からない」


「心の中で会えるのだ…だから最後に心の中の永遠を祈る」


「それって…まさか…夢幻?」


「私は魔女に会ってそれを教えてもらった」


「伝説では魔王によって夢幻に閉じ込められたって…」


「それは解釈が少し違う…自ら夢幻に閉じこもったという方が正しい」


「今の盗賊がまさにその状態ね…」…情報屋は確信を突く


「そう…そこから精霊を救い出すのが私たちの目的だったのだが…」


「正直…目の前の盗賊を救い出すのすらためらってしまう」


「救い出すって…」


「あの姿を見て…現実を認めろってあなたに言えて?」


「そうか…もう少しそっとしておこう」


「私も心が痛むわ…」



精霊は現実を認めろと誰に言われるでも無く200年の時が過ぎたのか…


そうやって夢に閉じこもったのを目覚めさせるなんて…悲しい話だ


ザブ~ン ユラ~リ




『船首』


盗賊は女盗賊を抱きかかえたまま船上を紹介して回った


なぜなら女盗賊は生前船に乗って見た事の無い国へ航海してみたいと言って居たからだ


その夢は叶う事が無かった


真っ暗な海を2人で眺めながら酒を飲む…


ユラ~リ ギシ



「なぁぁぁんも見えねぇなぁ…ルル~ルラ~♪」


「……」



その夢は真っ暗で向こう側を見通せない


その2人の様子を見かねてアサシンが歩み寄る



「お前も飲むか?ヒック」


「気が済んだか?」


「…ちいと考えたんだがよう…俺ぁもうお前とは組まねぇ」


「どうする気だ?」


「さぁな?なぁぁぁんも考えられねぇ…気ままにやるさ」


「巻き込んで悪かった…許してくれ」


「そんなこたぁ言ってねぇよ…只なんだ…俺が守りたかったものに気が付けなかった自分が許せねぇんだ」


「それは私も同じだ…」


「帰る所無くなっちまったのよ…どうすっかなぁぁ」


「女盗賊なら何て言うと思う?」


「何回も聞いてるんだけどよぅ…返事しねぇんだ」


「しっかりしてくれ!!盗賊らしくないぞ!?」


「黙れ!!お前に何が分かる!!妖精も魂も俺には見えなかった…どっか行っちまったのよ…」


「良く聞け…女盗賊の魂はな…多分天に行った…だがな?女盗賊の心は前の中に居る!!」


「んぁ?分けわかんねぇ事言うな!!お前の与太話はもう聞き飽きたんだよ」


「正直…愛する人を目の前で失うのがこれほど辛いとは思わなかった…だから!!」


「だから何だよ」


「だからせめて夢の中だけでも会いたい!!それが夢幻なんだ」


「ケッ与太話かよ」


「与太話なんかではない!!目を閉じて思い出してくれ…掛け替えのない記憶を…そこに心を感じてくれ」


「知ったような事を…俺ぁもう騙されねぇぞ」---心か…そうだあいつならこう言う---



---なに渋い顔してるの?---


---私はもう良いのよ?---


---あの子たちを見捨てるつもり?---


---あとはお願いね---



「知ったような事を言ってしまって済まない…ただお前を突き動かすのは女盗賊の心だ…信じてくれ」


「…一人にさせてくれ」


「あぁ…」



立ち去るアサシンを尻目に盗賊は又独り言を始めた


その声は何処に居るか分からない女盗賊の魂に向けられたものでは無くなって居た


自分の中に居る女盗賊の心に語り掛ける




「はぁぁぁぁ…何だこんな所に居たのか…居るなら居るって言ってくれやぁ」


「分かってるって…やりゃ良いんだろ?」


「只よぅ…見返りが少くねぇっていうかな?俺ぁお前と酒が飲みてぇだけなんだ」


「分かった…ほんじゃ次は何欲しいんだ?何でも盗ってきてやる」


「お?そりゃ良いな…みんなでバーベキューかぁ」


「分かった用意するわ…そん時歌ってくれな?」


「おいおい…そりゃ無ぇぜ…じゃどうすりゃ良いのよ?寝ろってか?」


「そういや随分寝て無ぇな…わーったわーーったんじゃ少し休むわ…約束は守れよ?」




盗賊が酒飲みに変貌していくきっかけだった


彼が酒を飲む理由はその心の中に潜んで居る女盗賊と会話する為だ


子供達を守り…共に肉を食らい…船で海を駆ける


その生き方は彼女が望んだ夢だったから…それが彼を動かす原動力になった


愛ゆえに…





『デッキ』


盗賊が失意の中船の進みを止める訳にも行かず舵を握って居たのは商人だった


航海の知識なんか何も無い…それでも工夫しながら船を進める



「船の操作は初めてかしら?」


「うん…舵取りしか分からないよ…陸地を見失わないようにちょっとだけね」


「あと3日くらいで港町だと思うわ」


「へぇ…地理も詳しいんだ…アレ?…目をどうした?」


「もしかして腫れてるかな?」


「うん…泣いてたんだね」


「私とした事が…少し心揺さぶられちゃってね」


「盗賊の事か…」


「見直したわ…盗賊の事…彼って本当に不器用でひた向きで…まっすぐなんだなって」


「ハハ…やっぱり僕は子供だったよ」


「君は彼の養子…にあたるのかな?」


「んんん…どうなんだろう?孤児院から引き取られた…それって養子になるのかな」


「年齢的には親子だと釣り合わなさそう」


「君は?僕は君の事を何も知らないよ…見た感じ20中半くらいかな?」


「失礼ね!!って言いたいところだけど当たり」


「情報屋って言うくらいだから色んな事知ってるんでしょ?」


「まぁね…でももう貴族達とのコネクションは使えないし振り出しに戻ったかな」


「興味あるんだー情報屋っていう仕事に」


「今なら何でも教えてあげるぞ?少年」


「少年って言い方やめてよ…僕は商人だよ」


「こだわりあるのね?どうして商人なのかな?少年」


「…あのね…まぁ良いや…実は夢幻の記憶のほとんどを思い出したんだ」


「夢幻?…その情報が聞きたいの?」


「きっと僕の方が良く知ってると思う…今知りたいのはズバリ君は誰?」


「え…難しい質問…その情報は持ってないわ」


「ハハハ答えられないか…まぁ良いんだよ…そう言うと思ってたさ」


「私の方が聞きたいわ…その夢幻の記憶って言うのを」


「正直言うと僕も結構混乱しているんだ…どこからどこまでが正しいか分からないんだよ」


「アサシンが言うにはみんな同じ夢を見ているって言うけど…本当なの?」


「時間軸が違うだけだと思う…多分みんな同じさ」


「私は思い出せない…何かコツとかある?」


「そうだな…昨日見た夢は僕もなかなか思い出せない…そうじゃなくて生まれるよりももっと前を思い出す感じ」


「生まれた時の記憶も無いのにそんなことが出来るの?」


「記憶を探っているとある時…そういえば50年前にこんな事があったって急に思い出す」


「50年前…」


「その記憶に集中すると次々と色んな出来事を思い出す…すごく遠い記憶…でも覚えてる」



遠い記憶だから顔はうっすらとしか覚えていない


でもその時感じた感情や聞いた言葉はしっかり残ってる


僕が何をしたのかも…僕が誰だったのかも


ただ君が誰だったのかはなかなか思い出せないんだ



「君って…私のこと?」


「君もそうだし他の人もみんな…僕の記憶の中の誰だったのか中々紐づかないんだよ…不思議だよね?」


「そうね…その夢幻の記憶というのは幸せな記憶?」


「一言じゃ言えないかな…いつも苦しんでる…でもその中に幸せは確かに有った」


「そっか…私がいつも見る夢もそんな感じだった気がする」


「お?やっと自分の事を話し始めた…もっと教えて?」


「フフ情報ありがとう…とても興味深いお話だったわ」


「なんかズルいなぁ…結局君から何も聞き出せていない」


「じゃぁ一つだけ…私が生まれたのはずっと南の大陸にある古都キ・カイ」


「知ってる知ってる!超古代文明の遺跡がある所だね!!その話聞きたい!!もっとお話ししようよ」


「ウフフ…それじゃぁこれは知ってる?…」



商人と情報屋はそうやってお互いの生まれについて情報を交わした


商人にとってそれは君が誰なのか?を紐解いていく情報になって行く


逆に情報屋は商人の話の中で気付きを得る事が出来た


それは夢幻に導かれて居るのでは?…と言う事


同じ夢を見る者同士に共感が働くのでは?という可能性…


100日の闇の中でようやく夢幻の繋がりを知り始めた事に意味がありそうな気がして来た





『荷室』


そこではアサシンが積荷の確認をしている


セントラルで何も補給をせず海に出てしまったからだ


特に足りないのは馬車を引く貴重な馬の餌になる牧草と水だ


ゴソゴソ ゴソゴソ



「何の音かと思ったらアサシンだったのか」


「あぁ商人か」


「探し物?」


「物資の確認だ…どうやら水が不足している」


「もう無い?」


「樽に半分…ギリギリ3日という所か」


「港町まであと3日くらいだって情報屋が言ってたさ」


「そうか…まぁ我慢して港町まで行った方が良さそうだな」


「向こうは大丈夫かなぁ?」


「魔法使いが居る様なら魔方陣でなんとかしているかも知れん…それよりも下船出来るかどうかだ」


「水だけでも入手したいね」


「うむ…しかしレイスが沢山居るようでは子供達を連れて歩くなど出来んな」


「塩はどれくらいある?」


「塩は貴重品だから魔方陣を無駄に作るのは得策では無い」


「あぁぁ…状況によっては塩が入手出来ないという事も考えないとかぁ…」


「ほう…察しが早いな…なぜ分かった?」


「太陽が出ていないと塩の生産が出来ない…岩塩があるなら別だけど」


「ふむ…お前は商人の才があるようだ」


「この闇の世界では雨が降らないのも問題だね…穀物も家畜も死に絶える」


「そこまで予測しているか…ではお前ならどう生き残る?」


「100日分の水と食料の備蓄は結構大変だねぇ…この船みたいに少人数なら良いけど」


「資金もあまり余裕が無いのだ」


「川に近い漁村でひっそり暮らすのが良いかもね…魚が十分獲れる前提だけど」


「やはり生き抜くのは厳しい環境と言わざるを得ない…か」


「僕の考えでは世界の人口は半分以下まで減ると思う…もっとかな?」


「さらりと恐ろしい事を言うのだな」


「物流が完全停止してるんだから当然だよね…今資金が無いのは僕たちには致命的だよ」


「一旦シャ・バクダまで戻らねばならんな…」


「魔女の所へは?」


「気球を使えばシン・リーンを経由してシャ・バクダまで1週間…それくらいの物資を買い入れる資金はある」


「ジリ貧だね…早く行動しないと」


「耳が痛い…お前は16歳にしては良く考えているな」


「ハハまぁね…こういうのは得意なんだ」



トンテンカン トンテンカン


ギコギコギコ ギコギコギコ


甲板の方で盗賊が作業を再開する音が聞こえて来た



「!!?お?」


「盗賊…」


「良かった…立ち直ったみたい」


「すまんが私は盗賊に会わせる顔が無い…行ってやってくれんか?」


「分かったよ…きっと大丈夫さ」


「そうだと良い」





『甲板』


盗賊は女盗賊を抱き抱えながら冷たくなって動かない彼女を見てようやくその死を受け入れた


そして彼女ならこう言うと…心の中の声を聞きながら体を動かす


しょぼくれて飲んだくれて居るのを許す女性では無かったからだ


トンテンカン トンテンカン



「やぁ盗賊!!元気になったかい?」


「あぁぁぁ頭痛てぇ…飲み過ぎたらしい」


「手伝うかい?」


「あたりめぇだろ!!娘たちはどうした!?呼んで来い…俺ぁまだ横になりてぇんだ」


「呼んでくるよ」


「子供達も全員連れてこい!!ロープの縛り方やら何やら教える事がいっぱいあるんだ」


「私も手伝う!!」


「おぅ!情報屋のネーちゃん助かる!!んん?どうしたぁ!?乙女な顔すんじゃねぇ!!」


「ハハハ盗賊!!情報屋のヒミツを知りたくないかい?」


「んん?…ガセネタじゃ無ぇだろうな?」


「確かな情報さ…フフフ古都キ・カイに行った事あるかい?」


「おう!!こないだ行って来たんだ…アサシンと一緒にな」


「へぇ…それは聞いて無かった」


「で…どんなヒミツなんだ?」


「ズバリ言うよ…ホムンクルス」


「おぉ…知ってんぞ?…アレだ人口生命体ってやつだ…どっかに眠っているらしい」


「それを盗みに行かないかって言う話なんだ…」


「マジか!!ちょい待て…それと情報屋のネーちゃんとどういう関係があるんだ?」


「おいコラコラ…人に言って良い話じゃないぞ!!」…情報屋は商人を引き留めようとする


「俺は商人と話してんだ割って入ってくんな」


「続けるよ?…ホムンルクスを手に入れた報酬は情報屋を自由にして良いっていう条件さ…」


「あのね…手に入ったら何でもしてあげるとは言ったけど…」


「…つまり体のすべてのヒミツが手に入る」


「奴隷になるってんだな?…よし乗った…只なぁちょい先約があるんだ」


「ちょっと私の話を聞いて居るの?」


「先約?」


「先に片づけねーといけねー問題があってな…その後で良いか?」


「構わないよ…行けるようになったら言って欲しい」


「勝手に話を進めないで欲しいのだけれど…」


「さぁ!!遊びはここまでだ…早く娘と子供たちを呼んで来い!!」


「うん!行ってくる」タッタッタ



商人は薄々気付いて居た


盗賊には新しい目標が必要な事と…心の穴を埋める誰かの力が必要だと…


そこに丁度情報屋が収まりそうな予感がしたのだ


いや…女盗賊が虹のしずくを盗賊に返してと言った時に彼の幸せを祈ったのだから


それを叶えてあげたいという想いも有った…


虹のしずくには本当にそんな力が宿って居る様に思えた

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