第16話 脱出

世界は突如空が落ち闇に包まれた


同時に何処からともなく現れたレイスに人々は逃げ惑い


誰しも魔王が復活したと疑う者は居なかった


レイスが襲うのは人間だけでは無い


それまでセントラルへ攻め入って居た他の魔物へも等しく襲い掛かる


魔物と人間の戦いは突然終わり…生き物と死霊との戦いに変わった


否…戦いでは無く一方的な殺戮だ


レイスは命有る者の魂を一方的に狩る…セントラルはまさに阿鼻叫喚へと変わった



ギャァァァ助けてくれぇぇ!!


イヤーー来ないでぇぇぇ!!


おい!!しっかりしろぉ!!


立て!!走れぇぇぇ!!



魂を狩られ者は生きたままその場で倒れ…まるで寝て居るかのように動かない


そこら中に魂を狩られた人が倒れているという異常な状態だった




『中央広場』


盗賊はレイスを倒す手段を持って居る


その黒い影を見つけては倒し…人々の魂が刈られてしまうのを防ごうとして居た



「にゃろぅ!!」ブン ザク


「ンギャアアーーー」


「安全な場所は無ぇのかよ…おい!そこで倒れてる奴を引っ張って行けぇ!!」


「宿屋が比較的安全だ!!そこに置いとけ!!」



中央でレイスを倒して居たのは盗賊だけでは無い…アサシンも別所でレイスを処理していた



「盗賊!!ここに居たか」


「おう!!やっと合流出来たな」


「武器は!?」


「まだあるぜ?ほれ」


「よし…それを持ってギルド支部に行こう」


「ここら辺はもう良いのか?」


「軍隊がレイスの対処をし始めてる…放っておいて良いだろう」


「セントラルの軍隊がか?」


「いやフィン・イッシュの方だ…軍国なだけあって手練れが多い」


「そりゃ良い」


「あちらの国ではゾンビが出るらしくてな…銀の武器を所持している」


「…てことは軍隊が有る程度まとまり出したらどうにかなるか…」


「心配なのは派閥争いの方だ…第一皇子と第二皇子の間で揉めなければ良いが…」


「そんな場合じゃ無えだろ…てか第二皇子が何処行ったか分からんな?」


「まぁ今はそれどころではない…行くぞ」




『盗賊ギルド支部』


とある建屋の一角に盗賊ギルド支部が有った筈なのだが


建屋の中に避難している人でごった返して居てそこが盗賊ギルドのアジトだとは誰も思わない様な状況になっていた



「なんだよここも避難所になってんじゃねぇか」


「おい!一応顔を隠して置け…女狐には顔を合わさん様にしろ」


「おう…そうだったな?…てかアイツも此処を拠点にしてんのか?」


「それを私が知って居ると思うか?」


「知る訳無ぇか…お前も顔出して無いんだもんな」


「しかし妙だな…どうしてここにはレイスが来ない?」


「たまたまだろ…気を抜くなよ?」


「地面に盛り塩がある…まさかこれのお陰か?」


「ああああああ!!それに触らないで!!」



慌てて出て来たのは心臓に病気を抱えた少年だった



「おお!!お前…生きていたか」


「その声は盗賊かい?良かった…戻って来たんだね」


「他の奴らは無事か?」


「母さんが…」


「女盗賊がどうした!?まさか死んだのか?」


「なに!?妹がどうした」


「砲弾に巻き込まれてしまって…」


「どこだ!?どこにいる!!」


「奥で横になってる…こっちだよ」


「生きているんだな…」ホッ


「こんなに人が出入りしてて盗賊ギルドだとバレたらどうすんのよ?」


「看板は商人ギルドに挿げ替えてある…今は商人ギルドさ」


「少年…君がやったのか?」ジロ


「そんな目で見ないでよ…母さんがそうした方が良いって」


「お前心臓の方は大丈夫なのか?」


「最近は調子がいいさ…激しい運動しなければね」


「ギルドの連中が見当たらないのだが…」


「物資調達だってさ…外に出てるよ」


「略奪やってんだな?こんな時にいけすかねぇ」


「まぁそう言うな…私たちも同類だ」


「こっちだよ…荷車に乗せて横にしてある」


「おぉ!!女盗賊…」


「母さん!!盗賊たちが帰って来たよ」


「ぅぅん…ハァハァ」



女盗賊は荷車をベッドにして丁寧に横にされて居た


その姿は全身を添え木で固定され包帯でグルグル巻きにされて居た



「…これがあの美しかった私の妹か?…」


「ぉぃぉぃ…手足はどうなってる」


「潰れてしまっている…治るかどうか分からない」


「処置は終わってるんだな?…顔も随分腫れちまってるな」


「酸欠のチアノーゼ跡はしばらく消えないって…」


「こんなんなるって事は瓦礫か何かに埋もれたな?」


「そう…衛兵達が掘り出してくれたんだ」


「衛生兵はもう居ないのか?ポーションとか何か薬は?」


「処置が終わったら何処かに行ってしまった…走り回ってる」


「に…ぃさ…ん」



弱々しく女盗賊は声を発する…その目から涙が零れていた



「無理して声を出さなくて良い…自分でも状況は分かっているな?」


「くっそ!回復魔法があればな…」


「魔法…そうだ魔法師はどこかに居ないのか?」


「この国のアホ共は魔法を使える奴をみんな焼き殺した…居る訳ねぇ」


「魔法書なら持っているよ」


「お前は魔法を使えるんか?」


「使えない…使ったこと無い」


「魔法書だけじゃ意味ねぇな」


「…でも魔方陣なら少し分かる」


「ひょっとして外にあった盛り塩は君が?」


「そう…退魔の魔方陣」


「ここにレイスが来ないのはそういう事か…」


「悪霊退散の方法が記されていたんだ…本当に効果があるのかは賭けだった」


「少年!!詳しく話が聞きたい」




アサシンは魔術書を自分で読み解き魔方陣でレイスを寄せ付けない様に工夫した少年の行動力を評価した


そしてその悪霊退散の手法は安全地帯を作る上で今の状況を打破する為に大きな意味を持つ


少年を別の部屋に連れて行き話を聞く…


その間盗賊は変わり果てた女盗賊の傍を離れる事が出来なかった


比較的無事な頭部を軽く撫でながら彼女をいたわる




「痛むか?」


「…」コクリ


「あぁ動かんで良いぞ…目で意思疎通は出来そうだな」


「お前なら分かると思うが…このまま死んじまいそうか?」


「んーその目は分からんという目だな…内臓の傷み具合が分からんか」


「その感じだと背骨も折れてるな」


「出血は大した事ない…やっぱり内臓次第か…」


「顔色からして痛んでそうなのは肝臓…肺って所だな」


「まぁ頭部が無事だっただけ幸いか」


「医者の判断として教えて欲しい…この状況で1か月生きたケースは」


「…無い…か」


「長く持って2~3週間か?」


「もっと短い…そりゃ参ったな」


「ったくあいつら何時まで話込んでるつもりなんだよ」


「ちと考えて来るわ…寝てろ」



盗賊にも女盗賊の容態の酷さがある程度分かった


内臓に十分血が回らない部分から徐々に壊死が進み症状は悪化して行く


圧迫されて死に至る者の典型的な症状だからだ





『別室』


盗賊は女盗賊の状態を見て苛立ちを隠せない


なにより実の兄がその身を案じた素振りを見せないからだ



「おい!お前等いつまで話してんんのよ!!」


「悪い…この少年…私が知らないことをいくつも知って居てな」


「お前の妹を放って置いて良いのか?」


「分かっている…だが今は何もしてやれない」


「放って置いたらありゃ死ぬぞ?」


「それも分かる」


「だったら手ぇくらい握ってやれよ」


「まぁ聞いて欲しい…今後の事だ」


「ちぃ!!お前全然分かってねぇ!!」


「待って待って…この場合結論から言った方が良い」…少年が口を挟んだ


「お前は黙ってろガキがぁ!!」


「違うんだ…母さんを救う作戦だよ」


「…言ってみろ」


「シン・リーンまで行って魔女に回復魔法をお願いする…出来るだけ早く」


「アホか!!どんだけ遠いと思ってんのよ!!…いや待てよ?…船に買って来た気球の材料が乗ってるな」


「それなのだ…後は察しが付くな?」


「組み立てに大工が居て2~3日…いや…寝ないでやれば1日だ」


「僕も手伝うよ」


「いやお前は邪魔になる」


「退魔の魔法陣が必要なのだ…それが有ればレイスを気にせず作業が出来る」


「なるほど…」


「組み立て1日…即出発して到着まで1週間…間に合うかどうかと言う感じになる」


「そんな簡単じゃねぇぞ?太陽か星が見えない様じゃ方角も定まらんぞ?」


「地形見ながら行くとかは?」


「んーむ…海よりはマシか…兎に角やって見るしか無えな…」


「もう一つ秘密がある…今この世界は狭間の奥にいるのだとしたら時間がゆっくり流れている」


「意味が分からん」


「想定よりも長く生きている可能性が高いのだ」


「まぁ良い…その話はよく分からん…俺は今から人集めて気球を組み立てて来る」


「私は今から情報収集と物資の調達をしておく」


「おい!!まず初めに女盗賊の手を握ってこい!!」


「分かった分かった…」


「僕も母さんに作戦の事話してくる」


「直ぐに気球を組み立てに行くから手短に済ませてこい…それから…もう母さんってのはヤメロ」


「ダメかな?」


「もうガキは卒業しろ!!こっから先は生きるか死ぬかだ!!」


「まぁ気を付けるよ」


「じゃぁ直ぐに準備しろ…行くぞ!」



盗賊はその建屋に避難している者の中から気球の組み立てを手伝える者を探した


しかし今の状況で港に停泊している船まで行こうと思う者など居ない


それもその筈…身内がレイスに魂を奪われ倒れているのは他にも大勢居て


それを放置して行く事など出来ないからだ


盗賊は仕方なく一人で組み立てる事にする…




『キャラック船』


盗賊と少年はたった2人で船まで気球を組み立てに戻った



「よし!飛び乗れ」


「ほっ…」ピョン


「他の奴が来ないようにすこしだけ離岸する…そこのロープ解いてくれぇ」


「これだね?あ…梯子もあげておくよ」



桟橋に掛けてあるロープを解くだけで船は風に流され数メートル離れる


これだけで侵入者を防げるのだ



「しかし盗賊ギルドも妙な雰囲気だったな?」


「そうかい?」


「俺の事を敬遠しているのか知らんが関わろうとし無えのよ」


「へぇ?ギルドの仲間が居たんだね」


「持ち物を見りゃ大体分かるのよ…どうも見張られてる気がすんな」


「こんな状況でかい?」


「なんつーか…陰で冷笑してるっつうかな」


「そんな風には見えなかったなぁ…皆倒れた身内の事で手一杯な感じだったよ」


「まぁ俺らも同じ様なもんか…」


「魂を狩られた人はもう目を覚まさないらしいよ…魔術書にはそう書いてある」


「女盗賊は意識が有るだけまだマシって事か」


「うん…」


「狩られた魂は何処行っちまうんだろうな?」


「分からないね…もしかしたら夢幻に行くのかもね」


「なんだお前もアサシンみたいな事言うんか?」


「まぁこういう話は落ち着いた後にしようか」


「俺ぁ聞きたく無えよ!!」


「さて…早速退魔の魔方陣を置きたいんだけど…」


「どの辺にやれば良いんだ?」


「広い場所かな?出来るだけ大きく作りたい」


「なら甲板しか無ぇな」


「マストが邪魔だなぁ…下の方は?」


「マストは下まで貫通してんだよ!そこより広い場所は無い」


「そっか…じゃぁ複数に分けるしか無いか…」


「まぁ任せる…レイスが出たら落ち着いて教えてくれ」


「分かったよ」


「あと見張りも頼む」


「一人で大丈夫?」


「手が欲しい時は言うからしっかり見張っとけ」


「大工さん欲しかったね」


「まぁしょうがねぇ…そんなに都合よく居る訳も無いしな」


「ここから少し貧民街が見えるんだね」


「あんだけ壊れてちゃぁもう元には戻らんな」


「あの家の生活は楽しかった…バーベキューおいしかったなぁ」


「どうやら今は時代の潮目だ…その思い出はもう閉まっておけ」


「もう一回作ろうって言わないの?」


「お前はドラゴンを見たか?」


「見たよ」


「見ろ!あそこの城壁にへばりついてるクソでかいクラーケンを」


「もう死んでるみたいだね」


「俺達はあんなのを相手に戦ってんだ…安住の生活なんか今は考えられん」


「戦ってるって…盗賊は泥棒じゃないの?」


「泥棒と声に出して言われて誇れる職業じゃねぇな…まぁ恥ずかしい事言わんでくれ」


「ただな?真っ暗闇に落ちたこの世界のど真ん中に俺達は居る…とにかく生き残るしかない」


「…知ってる…そう…同じような事を僕は誰かに言ったことがある」


「お?ガキのくせに一丁前な事を言った事があるか」


「僕は…僕は…誰だった?誰に言ったんだ?」


「なんだ?アサシンの影響か?夢幻の記憶とか言う話ならもう聞きたく無え!」


「違う…なんだろう?前世の記憶なんだろうか?」


「あああぁぁうるさい!うるさい!…もう良いそういう話はアサシンの与太話で聞き飽きた」


「なんだろう…すごく沢山覚えている…そうだ…僕は商人だ」


「もう良いから!!しっかり見張っとけ」




盗賊はそんな話を聞くほど暇では無かった


一刻も早く気球を組み立てて女盗賊を救いたいのだ


一人黙々と木材を運び…切り出し…設計図通りに組み立てていく


それから盗賊は一睡もすることなく作業に取り込んだ


トンテンカン ギコギコ…



そしておそらく翌日…


この闇の世界では太陽が登らないからどれだけ時間が経ったのか分からなくなる


時間で言うと20時間なのか…30時間なのか…



「少し休んだら?」


「あぁぁしんど…球皮の縫い合わせは終わったのか?」


「まだ…もう手が痛くて」


「お前舐めてんだろ!!女盗賊の命が掛かってるんだぞ?あいつはもっと痛い思いしてるぞ?」


「分かってるよ…まぁ少し休憩しながら話でもしないかい?」


「夢の話なら聞かんぞ」


「現実の話さ…昨日盗賊ギルドの人が話して居る事を少し聞いてね」


「んん?何よ?」


「物資調達に行くと言ってた人なんだけど…レイスが人の魂を狩ると言う事を知って居た様なんだ」


「そら中には知ってる奴が居てもおかしく無いだろう…俺だってそん時は知ってた訳だ」


「いや…物資調達と言うのが…魂を狩られて倒れた人間の事なんだよ」


「なぬ!?」


「倒れた人を集めてどうするのか?…それが気になってね」


「クソ野郎だな…どうせ若い女集めて売る気なんだろ」


「こんな状況で売るって…誰に?」


「貴族しか居らんワナ…そういう悪趣味で有名な貴族は知ってる…まぁその辺はアサシンの方が詳しい」


「なんか嫌な話だねぇ…新鮮な臓器とかにされちゃうかな?」


「てか何でそんな事が気になるんだ?」


「魂を抜かれて倒れた人は多分もう何千人も居る…何万人かも知れない」


「だろうな?」


「それを集めてどうする?気にならないかい?」


「生きたまんま燃やすっていう風にもなりそうに無えな…」


「僕がその悪趣味な貴族の立場だったとして…資源を捨てる様な事は考えない」


「資源だと?」


「そう…不謹慎な様だけど生きたままもう二度と目を覚まさない人間は資源だと言い変えられる」


「臓器にするってか?」


「そんなに沢山は要らないさ…他の使い道だよ…それが気になる」


「考えすぎじゃ無えか?」


「実はね…魔術書の中には錬金術の事も少し記されて居るのさ…その材料の中に生きた心臓とかも有るんだよ」


「そんなもん使って何が出来上がる?」


「魔石とか…賢者の石とか…詳しくは分からない」


「なるほど?…こんな状況でも貴族達は金儲けを考えそうだって事か…否定はせん」


「金儲けと言うか派閥争いだよね…そんな風に動きそうだと言うのが僕の思う所さ」


「もしそうだったとして人の命をなんだと思っていやがる!って話だ…クソ食らえだな」


「まぁ…関わりたく無いよね」


「ちっとお前の話聞いて俺が思ってたより事態が深刻な気がして来たわ」


「ん?貴族の事かな?」


「そうだ…そういう考えをしそうな貴族が居るって言っただろ?」


「盗賊は知ってるの?」


「まぁな?だがそういう話が出回ると盗賊ギルドの存亡に関わるからお前にゃ話せん」


「ええ?僕は誰にも言わないさ」


「知りたきゃアサシンに聞いてくれ…俺がしゃべると俺の信用も失っちまうからな」


「そうか…そういう類の話なのか…」



盗賊ギルドは世間の必要悪を担う秘密結社だ


その活動の支持母体となって居るのが貴族で資金はそこから回って来る


スポンサーともいえる貴族の悪い噂を流布する事はその首を絞める事になってしまうのだ



「あれ?誰かこっちに来るよ?」


「んん?なんだアサシンじゃねぇか」


「どうする?」


「何か連絡に来たんだろ…桟橋に付ける」



盗賊は碇を上げ縦帆を軽く操作して船を桟橋に寄せた


ガコン ギシギシ



「よう!!様子見に来たんか?」


「状況が変わった30分後に出港する」


「おいおい…船で行くんか?」


「詳しい話は後でする…馬車を入れるから左舷の荷室開いて桟橋に付けておいてくれ」


「おいおい…この人数でこの船動かすのは無理だ!!船乗りはどうする?」


「もうそんな事を言ってる余裕は無い…何とかしてくれ」


「女盗賊はどうする?置いていくってんなら俺は降りるぜ?」


「馬車に乗せて連れて来る」


「マジかよ…動かすだけで死ぬかもしれんぞ」


「黙れ…これを見ろ」パサ



アサシンが盗賊に手渡したのは手配書だった



「んん?人相書き…か?うぉ!!俺じゃねぇか」


「そういう事だ…この船も差し押さえ対象だ…馬車で飛び込むから即出港する」


「おい少年!!荷室の左舷を開いて来い…俺は船を回頭させる」


「え!?分からないよ…」


「行って自分で考えろ!!10分でヤレ」ドタドタ



---ちぃぃあの衛兵に顔見せたのはマズかったか---



「えっさほいさ…えっさほいさ…ぐあああああああ一人で帆を広げるとか無理に決まってんだろ!!」


「荷室空いたぁぁ!!」


「桟橋にロープ引っ掛けて船が流されない様にしてくれぇぇ」


「碇は降ろさないの?」


「そんな余裕は無ぇ!!ロープ掛けたら上に上がって帆を張るの手伝え」


「ハァハァ…」


「お前は縦帆広げる準備だ!!ロープ緩めてその辺に垂らしておけ」



畳んである帆を一人で開くのは相当な重労働だ


風の受け方を確認しながら何度も帆角を変える為ロープの結び替えに忙しい



「盗賊!!見て!!中央の方で煙が上がってる」


「…なるほど衛兵の気を逸らすのにアサシンがやってんな?」


「馬車が見えた!!貧民街を突っ切って来る」


「マジかよ…早えぇな…まだ20分しか経って無えだろ…」



---メインマストしか開いてねぇのに---



「おい少年お前が舵ヤレ!!右に2回転回して置け!!その後下行って桟橋のロープ切る準備だ」


「ひぃひぃ…」ヨタヨタ


「良いか!?馬車が入ったらロープを切れ…反動がでかいから海に落ちるなよ」


「わ、わかった」


「まずいな…馬車が追われているな…船に入られるのが厄介だ」



貧民街から桟橋までは緩やかな下りで障害物は殆ど無い


建物がすべて瓦礫になったからだ…そこを真っ直ぐ飛び跳ねる様に馬車が向かって来る



---即出港してもこのままだと4~5人は入られる---


---桟橋を破壊するか…どうやって?---


---油がある…よし燃やす!!---



「どけぇ!!」ドブドブ



盗賊は桟橋に油を撒き始めた



「桟橋を燃やす!!船長室の机の上に俺の道具箱があるから持ってきてくれ!!1分!!」


「行く!!」タッタッタ


「種火になるもん無ぇか?よし!!ロープのくずだな」ゴシゴシ


「道具持ってきたよハァハァ」ポイ


「そっから馬車見えるか?」パス


「見える!!あと3分」


「ギリギリだな…衛兵の数は!?」


「10人くらい…距離は詰まって無い!」


「上手く燃えろよぉ!!」チッチ メラ



盗賊はロープの屑に火を点けて桟橋に巻いた油へ投げつけた


その炎はゆっくりと燃え広がって行く



「ロープは?」


「予定通りお前が切れ!俺は甲板から弓を撃つ…お前の初仕事だ上手くやれよ」


「ハハ…どうして急にこんな逃走劇になるんだか…」




『馬車』


その馬車には娼婦の娘4人と子供達が乗って居た


盗賊と女盗賊がずっと守って来た子供達だ



ガタガタ ゴトゴト



「ええい!もっと早く走れないのかこの馬は!!」パシン パシン



後方を見て居たのは4人の娘達だ



「追って来てるぅぅどうしよどうしよ」オロオロ


「何人だ?」


「10人くらい…その後ろにもまだ居る」


「馬に乗って来るやつは居ないか?」


「馬は居ない」


「何か投げる?」


「無駄だ…大人しく掴まっているんだ」


「船の方で火が上がり始めた…大丈夫?」


「分かってる…アレくらいなら突っ切れる」


「あぁぁウチらの家がぁぁ」


「潰れてんじゃん」


「見納めだ」


「お姉ぇ見える?」


「……」



女盗賊は娘の一人に抱き抱えられながら隠れ家の跡地を見ていた


セントラルで生活したのは短い期間だったが


家族揃って過ごせた思い出深い家だったのだ



「なんかこの半年でさぁ…色々あったね」


「体売らないで済んだのはこの家有ったお陰だったね」


「揺れるぞ…舌を噛むなよ?しっかり掴まれ!!」



ガコン ガコン  ガタガタ  ヒヒ~ン


馬車は燃える桟橋をそのまま突っ切り船の荷室に直接飛び込んだ



「熱っつ!!」


「娘達は馬車降りて幌に付いた火を消すんだ」


「え?え?え?…」


「イヤーー火事ぃぃ」


「もう!!早く降りて!!熱い!!」アタフタ


「水は!?どこ?」アタフタ


「水なんか要らん!!叩けば消える!!」





『甲板』


ガコン ガコン ガタガタ ヒヒ~ン


盗賊は馬車が無事に荷室へ飛び込んだのを見て叫んだ



「よし!!今だ!!ロープを切れ!!」


「切ったぁぁ!!」


「動け動け動け動け…」



グラリ ググググ


船はゆっくりと桟橋を離れ始めた



「ぐぁぁぁ遅せぇ!!」ギリリ シュン



盗賊は衛兵をけん制する為に矢を放つ



「待てぇぇ…弓だと?」


「ちぃぃぃ飛び移れ!!」


「この火の中行けってのか?」


「今ならまだ行ける」


「ならお前が先に行け」



衛兵達は燃える桟橋を走り抜ける事を躊躇していた


船の動きは遅くまだ飛び移れる距離だ



「アサシン!!飛び移って来る奴は処理頼む!!俺は縦帆張る」


「荷室の扉は馬車が邪魔で入って来れんよ…私たちの勝ちだ」


「そうか!そりゃ良い!!人手が欲しい!!動ける奴を甲板に回してくれぇ!!」


「……」


「おい!!聞いてんのか!?」


「…という事らしいが…娘達4人行けるか?」


「え!?」


「そんなん聞いてない」


「ウチらはお姉ぇの看護役でしょ?」


「マジで言ってる?」



娘4人共手伝う気は無い様だ



「おーーーい!!誰か居ねぇのかぁぁ!?」


「仕方ない…私が行ってくる」



動く気のない娘4人を見てアサシンは仕方なく動く


少年もアサシンに続くが女盗賊の前で一言…



「…母さん…無事かい?ごめんね…こんな強引に脱出するみたいになって…体大丈夫かな?」


「フフ…」…女盗賊は口元が笑っている


「痛くない?笑わない方が良いよ…ガマンして」


「おーーーい!!誰か手伝えって!!」


「あー行かなきゃ…ちょっと帆を張るのを手伝って来る…体を休めて居てね」



女盗賊はその様子を嬉しそうに見守って居た


泥棒家族が全員揃って船に乗った事が嬉しかったのだ…今度は兄も一緒に…


彼女の財産がすべてこの船に乗って居る


家族全員で協力しながら闇の向こうへ船を走らせる


彼女の心は何故か満たされて居た…

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