第13話 時空間移動

『夜』


外でやっていたバーベキューは夜涼しくなってからしばらく続き


女戦士と女海賊の2人は酒を飲み過ぎて先に寝てしまった


飲ませた犯人は盗賊ギルドの若い衆で2人が酒に弱い事を知った上で飲ませた様だ


酒に酔わない女エルフが居たお陰で事無きを得た



「女戦士まで寝てしまうなんて…」


「元々お酒は飲めない体質らしいよ…」


「剣士は知って居たの?」


「聞こえて来たんだ…盗賊ギルドの人の悪巧みさ」


「女海賊も?結構飲んでた気がするけど…」


「強い方じゃ無いと思うよ…いつも飲んだら一番最初に寝てしまう」


「フフなんだか2人揃って寝てしまうなんて…困った人達」


「それが良い所だよね?」


「剣士はお酒に酔わない?」


「分からない…飲み過ぎた事が無いよ…女海賊を介抱しないと次の日機嫌悪くなるから…」


「付き合いも大変ね」


「さて…僕もそろそろ寝ようかな」


「じゃぁ私は上で望遠鏡でも覗いているわ」


「ん?君は眠らないのかな?」


「眠りたくないの」


「どうして?夢を見たいって言ってたじゃない」


「嫌な夢を見てしまうから…」


「どんな夢?」


「言いたくない…でも気になる人がいつも出てくる」


「その人の事は覚えてるのかな?」


「誰なのかは分からないけれど…覚えてる」


「気になる人か…そう言えば僕にもそんな人が居る気がするなぁ…」


「剣士の夢は嫌な夢では無いの?」


「はっきり覚えて居ないんだ…ただ取り返しのつかない事をしてしまった様に思う」


「私は夢の中で精霊樹に生まれ変わる夢」


「んん?どうしてそれが嫌な夢なの?」


「死んで精霊樹に生まれ変わった…これで伝わる?」


「あぁ…嫌な思いして死ぬ訳だ…」


「そう…思い出したくない」


「でも精霊樹になるなんてエルフらしい夢だね」


「精霊樹は過去と未来が繋がって居ると夢の中で知ったわ」


「どういう意味?」


「精霊樹自体がエルフのオーブと同じ様に記憶を伝えるの」


「へぇ?精霊樹に願いをする意味ってそういう事なのかな?」


「そうよ?その願いを過去に伝える事で願いが叶う…精霊樹はそんな力があるの」


「願いを過去に伝える…か…僕も精霊樹に願い事をしてみたいなぁ」


「何を願うつもり?」


「母さんが死なない様にお願いしたいよ」


「精霊樹に魂が宿って居ればきっと叶う…」


「あぁ…なるほどそう言う事か…それで精霊を目覚めさせないといけないんだ」


「マザーエルフ様が言い残した言葉では夢幻から精霊を介抱できるのはあなただけって言って居たけれど…」


「そうだったね…でもどうやって目覚めさせるのか分からないよ…夢は只見てるだけで僕の自由が利かない」


「あなたの真実を見る目と言うのは?」


「う~ん…何の事だかさっぱりさ」


「匂いは覚えて居るのでしょう?もっと感じてみては?」


「感じるか…」---そういえば---



---遠い記憶---



「わらわは祈りの指輪で命を繋いでおる」


「わらわの命はすでにもう無い…命を吸えば灰になるじゃろう」


「じゃがわらわは主と常に共にあることを忘れんで欲しいのじゃ…」


「これは主が背負って居る宿命じゃ…どうか主が目覚める事を願って居る」



---この人は常に愛を説き感じる事を求めてきた---


---ぼくの記憶を常に確かめようとした---


---どうしてぼくは感じようとしなかった?---


---この人は何かを伝えようとしていたのに---



「魔女…」


「え?」


「赤い瞳の魔女…」


「どうしたの?急に…魔女様の事?」


「少し夢を思い出した…僕は赤い瞳の魔女に会わなければいけない…」


「魔女様の目は白く濁っていたわ?」


「赤い瞳の少女が居たって言ったよね?」


「…シン・リーンの姫の事?」


「その子は魔女だ…夢の中で何かを伝えようとしていた様に思う」


「指輪を取り戻したら魔女様の所に帰りましょう…きっとその子の事も知っている筈」


「そうだね…早く取り戻さないと」



---僕が夢の中で気になる人は赤い瞳の魔女だ---


---その人を匂った事も無ければ感じた事も無かったから思い出せなかった---


---夢の中で感じて居れば何か分かった事があるんだろうか?---





『翌朝』


目を覚ました時には背中に居る筈の女海賊は既に居なかった


どうやら隣の部屋にいる女戦士に呼び出されて怒られている様だ


聞き耳を立てその話を聞く…一人だけ半裸状態で寝て居たのが問題だったらしい



「つつつ…尻ぶっ叩かれたよ」


「おはよう…」


「あんたさぁ!!私の服脱がしたんじゃね?」


「え!?」


「え!?じゃ無ぇよ!!尻ぶっ叩かれたじゃん!!」


「君が自分で脱いで僕に吸わせたんじゃないか」


「なぬ!?ちょちょ…」


「酔っぱらって覚えて居ないんだね」


「マジか…おい!!お姉ぇに絶対言うなよ?」


「君はお酒を程ほどにしないとダメだね」


「わーったから…てかあんたも記憶消して!!」


「どうやって?」


「てか何吸ったのさ?」


「君の血以外に何かある?」


「なんだそれか…」


「なんだってどういう意味なの?」


「てっきりあんたをペットにしちゃったのかと思ったんだよ!」


「ん?僕は君のペットだったよね?」


「はいはいこの話はもう終わり!」


「ハハ…まぁ良いや…」


「てか全然記憶無いんだけど…ヤバいなこれ」


「そうだね…途中でグッタリ動かなくなって寝たんだよ」


「グッタリ?血を吸われてなんでそんなんなる?」


「知らないよ…」


「貧血でぶっ倒れたんかな?」


「そんな一口分も吸って無いけどね」


「ちょい待ち…あんた吸ったの本当に血なん?…てか何処切って吸ったん?」


「始めから切れてるじゃないか」


「ちょ…マジか…やっぱあんた記憶消して」


「この話はもう終わりだったよね?」


「マジのマジで誰にも言わないで!!」


「分かったよ…誰にも言わない…約束する」


「なんかめっちゃ恥ずかしくなって来た」


「君に恥ずかしい事なんかあるんだ?」


「うっさいな!!私にも手順ってもんが有んのさ…それ全部すっ飛ばしちゃたんだよ」


「手順?」


「何でもないこっちの話…」



---あぁぁやっちゃったなぁ---


---まだキスもしてないのに---


---何も言えなくなっちゃったじゃん---


---てか他にも色々バレちゃったよな---


---ちっと反省だ…普段からもうちょい綺麗にしとこう---




『隣の部屋』


ガチャリ バタン


そこでは女戦士と女エルフが何か会話をしていた



「おはよう」


「んん?起きたな?昨夜は見苦しい所を見せて済まなかったな」


「ハハ盗賊ギルドの人達の声が聞こえて居たよ…お酒に弱い2人に飲ませるってね」


「分かっては居たが…一杯くらい大丈夫だと過信していたのだ…以後気を付ける」


「みんな楽しめて良かったじゃない」


「妹がお前に何かいやらしい事をして居無いか?」


「何も?」


「なら良いが酒癖が悪いのは許してやってくれ」


「もう慣れっこだよ」



その様子を女海賊は扉の陰に隠れて見ている



「女海賊!何をしている…こっちに来い!」


「おっす!」…バツが悪そうに部屋に入って来た


「…どうやら妹は剣士を気に入っている様だ…だから少々の事は許してやってくれ」


「あぁ大丈夫だよ…お世話になって居るのは僕の方だしね」


「なはははは!そうだよ私があんたを世話してるのさ」


「まぁこんな妹だが上手く付き合ってくれ…お前ほど長く付き合った者は居ないのだ」


「そうなんだ?」


「ちょいお姉ぇ!!秘密バラさないで貰って良い?」


「あぁ悪い悪い…ところで剣士?今日は顔色が良さそうだな」


「うん!調子が良いよ…女エルフの血のおかげかな?」


「ちょ…朝から何エロい事言ってんの?なめてんの?」---私の血のお陰もあるじゃん!!---


「ごめんね?私の汚れた血で…」


「え?」


「血をあなたに入れている間に吐きそうになって居たから拒否しているのかと…」


「ハハそんな事あったんだ?全然気にならないよ」


「良かった」


「小さい頃大きな怪我をしたことがあってね…その時に白狼の母さんの血を入れられた事がある」


「ほう…ウルフの血でも良いのか?」


「その時と同じだよ…母さんみたいにあったかい」


「ぶっ…母さん?」---そっかぁ女エルフは母さんみたいな感じかぁヌフフフ---



女海賊はその一言で女エルフの輸血の件を吹っ切れた気がした


剣士に飲ませた自分の血の方が剣士にとって違う感情を生んでる事に優位性を感じたからだ


そして剣士が2人の秘密を隠してくれて居る事にも特別な意味が有って女海賊は気分が良い



「さて!今日はどうする?もう少し休むか?」


「僕はもう大丈夫!指輪を探しに行こう!」


「そらキタ!!気球は準備おっけー荷物も積んであるよ」


「そうか…善は急げと言うが…」


「まさかお姉ぇは行かないつもり?ギルドの事はもう若い衆に任せておきなって…てかあいつ等お姉に酒盛った罰だ」


「分かっている!今回の件は事が事だ…私も同行する必要がある」


「セントラルまでは5日くらいかなぁ~?アダマンタイトで狭間に入れば2~3日って感じ?」


「いきなり実践するのか?危険では無いか?」


「狭間の空って飛べるんかなぁ?」


「鳥や虫たちは普通に狭間を飛んでいるのよ?」


「お?そういやミツバチも普通に飛んでたな…じゃ行けそう」


「一回試してみるか…」


「おっしゃ!!早速行こう!!」


「よし…まず森に沿って南下してセントラル方面に飛ぶ…その間千里眼で目標を探す」


「おっけ!気球準備してくる!用意できたら乗って!すぐ出るよ」




『気球』


この1カ月女海賊は手隙な時に気球の船体部分を改良して気密性が向上していた


そのお陰で高高度まで上昇してもそこそこには温かくなっていた



「高度安定!進路よし!定常飛行!」


「おい!なぜ望遠鏡が分解されているのだ?」


「あー秘密兵器作ってる」


「私の望遠鏡を勝手に持ち出して分解をするな!」


「お姉ぇそう堅い事言わないでよ…いっぱいあんだからさぁ」


「お前は少し目を離すと何をするか分からんな…」


「ちょい見て…この黒い布の上に望遠鏡のレンズ置くじゃん?…剣士!?これに千里眼やってみて?」


「え?誰の?」


「はぁ?誰のって…指輪持ってる奴探すんじゃないの?」


「どこにいるか分からない人の目なんか見えないよ…」


「ちょいちょいちょい…それじゃ役に立たないじゃん!誰か知ってる人居ないの?」


「知ってる人…知ってる人…女盗賊くらいしか居ない」


「セントラルか…まぁ誰でもいいや千里眼やってみて!」


「ちょっと待って…匂いを思い出す」


「匂い?そんなんで良いの?」


「千里眼!」



剣士はそのレンズに向かって千里眼の魔法を試してみた



「んん?何か見えるか?」


「アレ?おっかしいなぁ…魔術書にはさぁ…本来水晶に映して使うって書いてたんだけどさぁ」


「レンズは水晶では無いぞ?使い方を間違っているのではないか?」


「使い方…お!!ピーンと来たぞ…剣士!照明魔法もやって!」


「え!?照明魔法!」ピカー


「この光をレンズに通して…壁に映す!!どうよ?」


「む…何か見えるな…ピントをしっかり合わせろ」


「こうかな?」…レンズと壁の距離を合わせる


「…走っている?いや…逃げているな…何だ?」


「え?なんか様子が変だ…!!振り返った…」


「ドラゴン!?今視界を横切ったのはドラゴンよ?」


「レンズを動かすな!!こ…これは!!まさかもうドラゴンがセントラルに!?」



レンズの光で壁に映し出された女盗賊の目は


何かから逃げ惑う様子で視界が目まぐるしく変わり


セントラルで今起こって居る非常事態をその4人に伝える



「まずいじゃん…どうしよどうしよ」


「アダマンタイトを使って加速しろ!!」


「おっけ!…狭間に入るよ?」サー


「千里眼の動きも遅くなった…成功の様だな?」


「てか狭間ん中だと周り真っ黒で方向分かんなくなる…風に流されていないか心配だわ」


「羅針盤は使えんのか?」


「ダメ…クルクル回ってる」


「大丈夫!この方向で合ってる」


「あんた方向分かんの?」


「千里眼の感じる方向が分かる」


「じゃ気球の操舵はあんたがやって?縦帆の動かし方は分かるでしょ?」


「分かった」



剣士が気球の操舵をやって居る間3人はレンズが写す女盗賊の目に見入った



「今の所ドラゴンは1匹の様だ」


「衛兵達は何と戦ってんのかな?…ここに見えてるのって…これリザードマンじゃない?」


「その様だが…他人の目では思うように見たい所が見えんな」


「あ!怪我人が沢山いる…」


「この場所は何処だ?」


「貧民街にあるカク・レガという酒場だよ」


「戦火に巻き込まれなければ良いが…」



その時剣士は気球を追跡する何者かに気付いた



「なんだ?気球の後方に何か付いて来てる…」


「なにぃ!?」


「あ…たしか妖精が言ってたな…狭間の奥はレイスが出るって」


「速さは?」


「気球と同じくらい」


「アレか…まずいな後ろに2~3体追いかけて来ている…狭間から出るか?」


「ちょい待ち!レイスは光に弱いって魔術書に書いてあった」


「光?照明魔法か?」


「女エルフ!?あんた照明魔法使えるよね?矢にくっつけて光の矢に出来ない?」


「剣士?魔方陣のペンダントを貸して…」


「うん…」ポイ


「照明魔法!」ピカー



女エルフは矢尻に照明魔法を掛け光の矢を作った



「右前方!!黒いのが近づいて来るよ!!」


「うわ…でか!!女エルフ!!打ち落としてみて!!…やばかったら狭間から出る!!」


「…」ギリリ シュン!!



光の矢はその黒い影を貫いた…影に大きな穴が空き散り散りに崩れていく


ンギャーーーー



「落ちて行った…」


「行ける!!剣士!!光の矢をどんどん作れ…矢は腐る程ある」


「うん…分かった」


「私も弓で戦う…ちょうど体を慣らしたかった所だ」


「やばいよやばいよ!!どんどん増えてるよ!!」


「私は気球の右側をやる…女エルフは左側をやれ」



剣士は次々と光の矢を作り…女戦士と女エルフがレイスを撃ち落として行く


だが次から次へと迫って来るレイスに対して光の矢で対抗するのは限界がある


矢は有限だ…



「ふぅ…弓で応戦もなかなかラクでは無いな」ギリリ シュン!


「ちょっと待ってね…魔術書で退魔の方法を調べてるから…えっと」


「どうして数が減らないの?キリが無い」ギリリ シュン!


「お姉ぇ!!印って何か分かる?印を結ぶってのが何の事なのか分かんない!」


「印…なんだ?形とかでは無いのか?」


「形?これか…この印を魔方陣に刻印するんか…ほんなん今出来ないじゃん…待てよ手の印もあるな…」


「む!!シン・リーンで魔術師が手の動作で何かして居るのを見た事が有るぞ?」


「ちょい剣士!これ多分古代文字なんだけどこの手の形出来る?」


「見せて?」


「この4つの印を呪文を唱えながら結ぶ…分かる?」


「こう?」


「それを魔方陣の上で呪文唱えながらやるのさ」



剣士は見よう見まねでその術式をやってみた



「退魔魔法!」


「お?あんたの魔方陣のペンダントがうっすら光ってる…」


「…これをどうする?」


「ねぇ…レイスが止まった…近寄って来ない」


「こっちもだ」


「剣士に近寄れない?…いや魔方陣の光に近寄れない感じ?」


「ふぅ…何とかなったな」


「剣士!あんた何でも出来るね!スゴイじゃん」


「狭間に長く居るならこの退魔魔法は必須になるな」


「そだね…魔女の塔もこれの応用だと思う」


「剣士?私にも後で教えて?」


「うん」



気球へ近寄れなくなったレイスはその後も増え続け群を成し気球を追尾する


やがてその群は気球を覆い尽くさんかばかりに肥大化しいつ襲われるか不安が増して行った



「レイスずっと追いかけてくるね…キモ!」


「気が抜けんな…狭間の深さはコントロール出来んのか?」


「無理!!アダマンタイトの重さに依存する」


「気球は高度を上げれば速度が増すな?振り切れんか?」


「あんま無理に高度上げると燃料切れになっちゃうって」


「エレメンタル魔法の中に空気を操る風魔法があるの」


「ん?なんか良いアイデアあんの?」


「その魔法は空気の薄い空間を作って風を起こす魔法」


「お!?それさぁ…球皮の前にやったら速くなるかも」


「触媒は水と銀…でもうまく使わないと竜巻が起きてしまう…」


「竜巻はヤバイ…でも抵抗になってる空気がちょっと薄くなるだけで大分違うと思うんだけどなぁ」


「やってみようか?…その魔法は使ったことあるよ」


「銀貨はちょっと持ってる…ホイ」チャリン


「やってみるのは良いが気球を落とすな?」


「球皮の先端に付いてる棒を狙って」


「行くよ?…風魔法!」ヒュー


「お!?んーーーー早くなってるかどうか分かんないね」


「後ろのレイスが少しづつ離れて行ってるわ」


「よし…これで少し休めるな…ふぅ」



魔法を工夫して使う事によって気球はレイスが飛ぶ速さよりも速く進むことが出来格段に安全になった



「エルフのエレメンタル魔法ってさぁ…工夫次第で何でも出来るんじゃない?」


「風魔法で竜巻を起こした後に火炎魔法で火柱」


「それハイエルフが使ってたやつだね」


「火柱に氷結魔法で爆発…全部応用が利くのよ?」


「魔術書読むより面白そうじゃん!!」


「触媒さえ十分持っていればね」


「あー触媒が入手しにくい物だと困るな…そもそも硫黄なんか簡単に手に入んないな」


「さっきの風魔法はどのくらい持続するのだ?」


「触媒の量次第…」


「銀貨1枚がどんくらいの量になるのか分かんないね」


「普通は銀砂を使う」


「塗料に使うやつ?それなら重さ的にかなり持ちそうだね」


「それよりも剣士の体力の方が…」


「え?体力使うの?…なるる!それで無口になんだね?」


「僕は大丈夫だよ…ふぅ」


「レイスは振り切った様だ…疲れているなら休んでいて良い」


「これさぁ…狭間の中だと空が真っ黒で全然面白くないね…何もやる事無い」


「千里眼でも見ていろ」


「動きが遅くて見ててイライラすんのよ…てかすぐ飽きる」


「では魔術書でも読み進めておけ」


「そうする…重力魔法がちょースゴイんだ!時空の穴作って隕石呼べるっぽい」


「ほう…シャ・バクダに落ちた隕石群はそれだな?」


「あのオアシスで出来た魔方陣ってさぁ…ひょっとして魔女の婆ちゃんがやったんかな?」


「魔女は何も言わないが…その可能性はありそうだ」



気球は順調に飛んで居た


剣士は風魔法を継続して使って居るせいなのか目を閉じて大人しくして居る事が多くなった


安全に飛べる様になったのは良いが女海賊は剣士に負担を強いて居るのが少し気になり癒そうと努力する



「あんたちょい休んでも良いんだよ?」


「大丈夫…」


「冷や汗掻いてんじゃん…どうすれば癒せるん?…血居る?」


「何言ってるんだよ…君のお姉さんも女エルフも居るじゃない」


「サボテンの根っことか持って来りゃ良かったなぁ…」


「傍に居てくれるだけで良いさ」


「ちっと撫でてあげるわ…」ナデナデ


「頭を撫でられるのって気持ち良いね…そんな事された事無かったよ」


「あんた初めて経験する事ばっかだね?」


「君のお陰さ…」


「なんか他に癒される方法とか無いん?」


「耳の後ろの匂いが嗅ぎたい」


「そんなんで良いの?」


「うん…」


「良いよ…カモンカモン!」



剣士の顔が近付き耳元を通り抜けて止まった


女海賊はその唇が自分の唇に触れるのを期待したがそうはならなかった


直ぐ横に振り向くだけで触れられるのに何故か硬直したまま動けない


自分の方が年上だし…姉の目の前でそんな事が出来る訳も無かったから…


只剣士の望むまま身動き出来ない自分がもどかしく…唇を重ねたい欲求が積もって行った



「お前達2人は何をしているのだ?」ギロリ


「あいや…剣士が私の耳の匂い嗅ぎたいって言うからさ」


「ほう?何故だ?」


「夢の中で嗅いだ匂いと同じなんだよ…夢を思い出せそうでね」


「お前達は同じ夢を見ているとでも?」


「分からない…なんか大事な約束とかそう言うのが思い出せそうな気がするんだよ」


「まぁお前達の勝手だが私から見て抱き合って居る様にしか見えんのだ…」


「あぁゴメン…そんなつもりは無かった」


「あれ?…大事な約束?…そうだ月だよ!!」


「え?月?」


「あんた言ったじゃん月が綺麗だねって…そうだ小舟で漂流してた時さ」


「ごめん覚えてない…」


「私はこのまま死んでも良っか?て答えたのさ…そん時の約束だよ」


「察するにお前達2人は夢の中でも一緒に居たのだな?」


「剣士は匂いで夢の中の事を少しづつ思い出して居るみたいなの…この間も赤い瞳の魔女を思い出したって…」


「夢幻の記憶と言う奴か…アサシンも同じ様な事を言って居たな」


「その夢の中に精霊の魂が有るのかも知れないから…」


「あながち馬鹿に出来る話では無いと言う事か…」


「剣士?耳の匂い嗅いで良いよ!お姉ぇは多分これで文句言わないと思う」


「正面から抱き合う様に嗅ぐのは止せ…人の目が無い時にしろ」


「ほんじゃ私の後ろから嗅いで!てかあんた早く約束思い出せ!めちゃ重要な約束なんだから」


「ええ!?それなら君が言ってくれた方が早いよ」


「あんたが思い出さないと意味無いのさ!ホラ!!早く!!」グイ



女海賊は無理矢理剣士を背中側に座らせ顎を肩に乗せさせた


それで丁度耳の裏の匂いが嗅げる


その体勢は女海賊にとっても剣士に抱かれている様で居心地が良かった


すこし首を傾ければ剣士の唇が頬に当たる距離…女海賊の心の中は剣士の事で一杯になった



---やべぇ…このまま死んでも良いとかマジで思っちゃうわ---


---でもだめだまだキスもしてないしまだヤッて無いんだから---


---でもマジで超癒される…寝よ---



そのまま女海賊は眠りについた…




『数時間後』


女海賊は剣士にもたれ掛かったまま気持ちよく寝て居た


ふごーーーー すぴーーーー



「おい!起きろ!」ユサユサ


「ふが!?」パチ


「女盗賊の所に何か起きているのだ…」


「いつの間に寝ちゃたよ…どんなんなっちゃってるん?」


「魔物が出て動きが慌ただしい」


「マジ?セントラルの中まで入って来てんの?」


「子供達を避難させている様だが…この家は地下に何かあるのか?」


「家の地下は下水に繋がってる」


「ふむ…地下を警戒して居るな…避難していた場所が安全では無くなった感じだ」


「あ!!ラットマン見えた!!」


「え!?鉄格子から抜け出ている?」


「あー私が爆破した所か…てことはそこらじゅうにラットマン出て来てるかもね」


「空からドラゴン…地上からリザードマン…内側からラットマン」


「なんかヤバイね…海からクラーケンとか出てきたりして」


「フィン・イッシュから軍船が来ているのが救いだ…簡単には攻略されんと思う」


「セントラルは大混乱かな?」


「この程度ではまだまだ大丈夫だろうが攻め込まれると被害は免れん」


「あ!!やば…家の外にもラットマン居る!!逃げろ逃げろ…」


「防戦している者が少ない!!武器所持の規制が裏目に出ているでは無いか!!」


「衛兵何やってんのさ!!…貧民街にも衛兵増やせよ!!」


「ええい!見ているだけがこれほどもどかしいか…」


「あれ?千里眼が終わった?」


「え?」


「剣士!?もう一回千里眼お願い…」


「うん…千里眼!」


「映らなくなった…なんで?」


「最後に転倒しそうになったが…何かに当たって気を失ったか…ちぃ」


「まずいじゃん…女盗賊やられちゃうじゃん!」


「…一旦狭間を出ろ…現在地を確認する」


「お姉ぇ…平気なの?動揺しないの?」


「黙って言う事を聞け…ネガティブな考えはするな…どうやって問題を解決するかに集中しろ」


「くあぁぁぁ見なきゃ良かった!!ちょーイライラする!!」



気球は一度狭間を出て現在地を確認する


目標から少し進路はズレて居たが荒野の上空を飛んで居り遠目に森も確認できた



「森の形で現在地判別出来るか?」


「ムリ!!どこも同じ形で分かんない…でも下に商隊の列が見える」


「特産品を運んでいる馬車は見えないか?」


「わかんない…どんな馬車?」


「望遠鏡を貸せ…ふむラクダが馬車を引いているな?ハズレ町からシケタ町の定期便だ」


「…って事は半分よりちょい先に進んでる感じかな?」


「ここまでおよそ1日…到着までもう1日掛かる訳か…」


「おぉぉメチャ早いね!風魔法は効果あり!!」


「狭間に入って1日がセントラルでどれくらい時間が経つのか…大惨事になって居なければ良いが…」


「女盗賊の事が心配だね…」


「考えるな…指輪が森の南部にあったとしてセントラルまで約3日掛かる筈」


「先に到着出来そうだね」


「しかしそれほど余裕は無い…速攻で奪って一旦収束させたいが目標が見つけられん事には…」


「ドラゴンライダーが追い回してるっしょ」


「ドラゴンの目は遠くまで見えるの…多分見失っていない」


「それか!!ドラゴンの匂いを覚えている」


「お!?千里眼行ける?イイね!!」


「何処にいるか分からないけれど探してみる!」


「やってみてくれ」


「私たちはもっかい狭間に戻ろう」


「そうだな…セントラルまで急ぐぞ」



狭間の中から千里眼の対象を見つけ出すのは難しい


森の上空を飛んで居る筈のドラゴンをなかなか探せない状況が続き剣士も諦めかけていた


セントラルの上空に一匹飛んで居たドラゴンを思い出し意識を集中する…



「見えた!!森の方じゃない…セントラルの上だ」


「こっちのレンズに映して!」


「千里眼!」


「…見える!空を旋回しているのか?」


「ちょ…なんかめっちゃ見辛いんだけど!何コレ?」


「ドラゴンは左右の目が違う所を見ているのだな」


「酔う…うっぷ」


「軍船が大砲を撃っているでは無いか…まさかクラーケンが上陸しているのか?」


「お姉ぇ!こっち側見て…外郭の外」


「リザードマンか…外郭を登ろうとしているな?大砲が壁に当たったらどうするつもりなのだ?」


「壁に穴空いたらなだれ込んでくるね」


「ええい!!セントラルは戦術が無いのか!弓兵で迎え撃て!!」


「無理じゃない?ドラゴンが上に居るし」


「ドラゴンを見て弓兵を出せん程腑抜けなのか?」


「兵隊は内郭に配置してるみたいだね…外郭はもう放棄する前提なのかも」


「貴族だけ守ってその他は守らんつもりか…腐り切ってるなセントラルの貴族共は!」


「軍船の大砲は何狙ってるんだろ?」


「どうせ貴族間の勢力争いだ…誤爆を装って建屋の破壊が目的だろう」


「うは…マジかよ…魔物に襲われててもそんな事やってんだ」


「分かって来たぞ…混乱している様だが襲って来てるのはリザードマンとラットマンだけだ」


「ほんじゃちゃんと戦えば蹴散らせるじゃん」


「冷静に考えればその通り…だがそうはならん確執が貴族間に有るのが問題なのだ…そこに女盗賊が巻き込まれた」


「どっか建屋ぶっ壊されて下敷きになっちゃってる感じ?」


「見て見ろ!ドラゴンは旋回して居るだけでは無いか」


「そだね…」


「…これは大砲を止めさせないと直に誤爆で壁を破壊してしまうぞ」


「そんな事狙ってる貴族なんか居んの?」


「良く考えてみろ…私達も指輪を奪おうとして居るでは無いか」


「同じ様に指輪を運んで居る勢力の力を削ぐ為に暗躍する者達も居る訳だ…手段が違うだけなのだ」


「政治絡みの事全然分かんないわ…」


「しかし大砲で魔物殲滅なぞ出来ん事ぐらい分かっているだろうに批判されて逆効果に…まてよ?それが狙いか?」


「大砲撃ってんのフィン・イッシュの軍船だけど…何かありそ?」


「今指輪を運んで居るのは第2皇子だ…そしてフィン・イッシュと繋がりを持とうとして居るのも第2皇子」


「あーーなんか分かって来た…その第2皇子を失脚させたいんだ」


「これは指輪の到着と同時に何か起こるぞ」


「なんかそんな感じすんね…」




女戦士はレンズを通して映るドラゴンの目に見入って居た


それは兵隊の布陣状況とその狙いを探る為だった



「お姉ぇ…少しは休んだら?」


「私に構うな…大惨事を前にして休んでなど居れるものか!」


「なんか分かった事あるん?」


「これからドラゴンが攻めて来るかも知れんと言うのに兵隊が妙に落ち着いて居るのが解せん」


「状況分かって無いとかじゃ無いの?」


「それは無い…しきりに伝令が出入りしているのだ」


「じゃ何か隠し玉持ってんだね」


「下水を調べたと言って居ただろう?城の下まで調べたか?」


「そこまで行けてない…法王庁の建屋の所までだね」


「どうやら城の地下部分がかなりの拠点になって居そうだ…兵隊の一部がそこに出入りしている」


「ドラゴンじゃそんな所入って行け無いね」


「うむ…城では無く地下に籠城するつもりなのだろう」


「てか下水ってメチャ広いよ?地図に出来たのって貧民街から貴族居住区までの区間だけだからね」


「そこに入られる前に奪う必要があるな…」


「そろそろ狭間から出てみよっか?」


「そうだな…難民の具合も気になるしな」


「じゃ出るよー」サー



狭間から出ても周囲は暗い…夜だったのだ



「これじゃ何処に居るのか分かんないね…」


「現在地を特定する…高度下げろ」


「おっけ!進行方向に灯台の光はまだ見えないからもうちょい先かな?」


「下に光の列が見える」


「ん?商隊か?夜行しているのなら民が疎開しているのかもしれんな」


「あーー進路少しズレてる!セントラルはここから東の方向だ」


「…という事はドラゴン達はセントラルを挟んで向こう側だな?」


「危なく通り過ぎる所だったぽい」


「東の方に小さな光が消えたり光ったり…」


「それ多分セントラル海岸沿いの灯台…何番目の灯台かなぁ結構風に流されてるっぽいぞ」


「民が歩いて来れる距離だ…そう遠くはあるまい?」


「そだね…1~2時間で到着するかな?」


「みて!?千里眼のドラゴンの目…移動してる」


「なに!?」


「森の方角に飛んでる…」


「まさかもうそこまで指輪が運ばれて居るのか?」



気球がセントラルに向けて転進している間ドラゴンは森の方角へ向かって飛び続けていた


そして他のドラゴンが炎は吐いて居るのが見えて来る



「むぅ!目標はあの隊の中心に居るのだな?」


「うわぁ…矢をすり抜けて…うっぷ目が回るぅ」


「矢を掻い潜ってドラゴンが狙っているのは…アレか?」


「見つけた!!黒い馬車?」


「あれは陸戦用の戦車という物だ…おそらくアレに第2皇子が乗っている」


「あれさぁ!!鉄で出来てるよね?ドラゴンじゃ無理じゃん」


「歩兵で制圧しないとあの戦車は落とせん…間違いなくセントラルまで逃げる」


「どうする?」


「よし…あの戦車が通れるとするなら城のゲートブリッジしか無い…そこで待ち伏せする」


「そんなど真ん中まで行ける訳無いじゃん」


「法王庁が近いだろう…お前は行った事有るのでは無いか?」


「法王庁か…じゃやっぱ下水から行くしか無いね」


「問題は気球をどこに隠すかだな」


「下水は海の方から入れる筈」


「あーーーアサシンの船に荷物運んだ所か…そこなら人目に付かなくて良いね」


「決まりだな?海辺に気球を隠して下水から法王庁を目指す…そして待ち伏せ」


「女盗賊はどうする?探さないの?」


「それは後だ…指輪を奪い返せば戦闘も落ち着く」


「てか大砲バンバン撃ってる所に気球で近付けるんかな…」


「狭間を上手く使って隠れながら行け」


「そゆ事か…おっけ!やってみる」



気球でセントラル上空に辿り着いたが状況が変わって居て唖然とする



「アリの子を散らしたように民がセントラルから出ているな」


「お姉ぇ…これマジやばい!港で軍船が沢山沈みかけてる」


「クラーケンか…地獄だな」


「セントラルの外郭も崩れてる所あんじゃん」


「あそこ!!他のクラーケンが上陸してる…」


「ヤバヤバ…海岸に降りちゃうよ?」


「降りろ…作戦は予定通りだ」


「これが…セントラル」


「お前は初めて見るのだな?良い眺めでは無いな…まさに地獄」


「もうドラゴンも見えてるよ」


「ちぃ…急ぐぞ!!女エルフは矢を多めに持て」


「はい…」


「私が盾で向かってくる敵を抑える!女エルフは弓で敵を射抜け!剣士は下水を先導しろ」


「降りるよ~」



フワフワ ドッスン


女海賊は気球を着地させるなり狭間でそれを隠した



「おっし!これで見つかんない…すぐ脇の横穴が下水に繋がってるんだ…付いて来て」


「行くぞ!!当面はラットマンとリザードマンが敵だ」




セントラルに到着した4人は状況が一気に動き始めて居てゆっくりしている間もなく行動を開始する


それは祈りの指輪が想定よりも早くセントラルへ持ち込まれようとして居たからだ


まだ夜中で暗い中クラーケンまで陸に上がりセントラルはかつて経験した事のない大厄災が始まろうとしていた

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