第8話 火の国シャ・パクダ

『火の国シャ・バクダ』


この国は200年前に既に滅んだ国だ


その名だけ現在でも残り、点在するオアシス群の最も東に位置するこの場所がそう言われて居るだけだ


国としてはもう存在しておらず血統の良い家系の者が領主を名乗りセントラルの自治領と言う形になっていた


沙漠や荒野には当時繫栄したシャ・バクダ王朝の遺跡が多く残されて居り


まだ莫大な財宝が眠って居る事から探検家や研究者が集う様になり現在に至って居る


ワイワイ ガヤガヤ


おひかえなすって…入りやす カラカラ


半か丁か!…半!半!丁!……


ぐぁぁぁぁ!!いかさましやがってぇぇ!!



商隊の終点にあたるこの町は意外に過ごしやすく貴族達が好んで別荘を持つリゾート地でもあった


だから街道にはいくつもの露店が並びセントラル並みの賑わいが有る



「あんなところに馬車置いていくの?」


「いーのいーの!あんな馬車もう要らないよ…馬だけ宿に預ける」


「荷物も載せっぱなしだよ」


「大事な物何も無いじゃん…もう良いって…要らないから」


「人も多くて…なんか不安だなぁ」クンクン


「馬引いてる人にわざわざぶつかって来る奴なんか居ないよ!手綱離すんじゃないよ!」



剣士がそう感じるのも無理はない


簡単なテントの奥では麻薬に興じる者や娼婦と絡み合う者…博打で賭け事をする者


剣士にとって初めて感じる物ばかりだからだ



「ん?なんだろう…この音」ドドド


「ラクダの匂いね…」


「あ~ラクダレースだね…オアシスの向こう側でやってると思うよ」


「へぇ…」


「お金持ちがラクダレースで賭け事やってんのさ…私は臭いから近寄りたくない」


「セントラルと違って色々あるんだね」


「2~3日ゆっくりするから行ってみたら?私は興味ないからパス」


「行き交う人が私から目をそらすのはなぜ?」


「ニカーブを身に着けて居る人と目が合っちゃダメなんだよ…あんたを隠すのに丁度良いって訳」


「人間の町にはそんなルールがあるのね…」


「おっし着いた!ここの宿屋だよ…馬は裏で預けるから付いて来て」




『宿屋』


レンガと土で作られたその建物は相当歴史の古い建造物だ


恐らくシャ・バクダ王朝時代から残って居る遺跡に近い物だろう


建屋の中は外と違ってかなり涼しく休息するには最適の場所だ



「いらっしゃいませ…3名様ですか?」


「大部屋空いてる?しばらく泊まりたいんだけど」ジャラリ



女海賊はカウンターに貴族の身分証と持って居る金貨を置いた


店主は上目遣いでチラリと女海賊の顔を確認する



「何日程泊まられますか?」


「この金貨で泊まれるだけ…用が済んだら勝手に居なくなるから先払いで良いよ」


「ええと…この金貨ですと半月ほど泊まれますが…」


「良いよ…後さぁコブラ酒と赤ワイン持ってきて」


「…のちほど」ジロリ



店主は金貨を数えながら女海賊へ視線を配る



「案内して?」


「こちらへどうぞ」ジロジロ


「あぁ忘れてたグラスはタンブラー3つ」


「かしこまりました」


「この部屋だっけ?」


「はい…お飲み物は少し遅くなるかもしれません」


「おけおけ」


「ごゆっくり…」ガチャリ バタン



店主が部屋を後にするなり女海賊はベッドに倒れ込んだ



「はぁぁぁぁぁ無事付いたぁぁぁぁ」ドタリ


「お酒飲むの?」


「さっきのは合図だよ…3人案内しろっていう意味」


「どうしてそんな風に?」


「盗賊ギルドってさ…早い話秘密結社なのさ…だから私も今のアジトが何処なのか知らないんだよ」


「それで暗号みたいな合図で呼ぶんだ…」


「そうそう…その内向こうから来るよ」


「なるほど…」


「もう自由にしてて良いよ!水浴びしたいなら隣の部屋で出来るから!私は寝る」


「外に出ても?」


「おっけ…女エルフは二カーブ脱がない条件で好きに出回って良いよ」


「え…人間の町を歩き回るの不安…又掴まってしまいそうで…」


「剣士!あんたが付いて行きな!てか…何かあってもどうせ行先は盗賊ギルドなんだけどね…」


「お金が欲しい」


「あぁ忘れてたホイ!」ジャラジャラ



女海賊は色んな所に金貨を隠して居た



「ありがとう」


「私はちょい横になる…てかあんたぁ!夜までには帰って来るんだよ!」


「うん大丈夫…ペットの役割は果たすよ」


「分かってりゃ良いんだ…はい行った行った!!」




『街道』


剣士は女海賊から十分すぎる程金貨を貰っていた


その金貨を使って女エルフの装備品を新調し魔法用の触媒も買った…もちろん女海賊のお土産もだ


ワイワイ ガヤガヤ



(あなた…人間の町に慣れてるのね)


(買い物は目が見えないから苦手だよ…今みたいに教えてくれないとどれが良いか分からない)


(私は人間の町のこの匂いが苦手)


(僕も同じだよ…雑音も多すぎて方向が分からなくなる)


(でも不思議…エルフ2人が人間の町をこんな風に歩いてるなんて…)


(エルフ…かぁ)


(まだ認めていないの?)


(実感が無いんだ…そんなに差があるのかも正直分からない)


(目が無くてもそれほど不自由しないのは感覚がエルフだからよ?)


(妖精も同じ事言ってたよ…それより…さっき買ったその弓は良さそう?)


(少し調整が必要だけど十分使えそう)


(僕にも使えるかな?)


(遠くの獲物を射止めるのは目が必要なの…多分使えない)


(結構遠くまで感じれてると思うんだけどな)


(音は少し遅れて聞こえて来るの…分かるかな?)


(見えるよりも遅れてるっていう事?)


(そうよ…感じてる所に撃ってもそこにはもう居ない)


(少し広いところで試してみたいな)


(砂の向こう側にオアシスが見えてる…行ってみる?)


(水の匂いのする方だね…オアシスってどんなだろう?)


(砂の上にある大きな水たまりよ)


(ん?…)ピク


(どうしたの?)


(何だこの感じ?)クンクン


(どこ?)キョロ


(オアシスの少し右方向…上)クンクン


(ハッ!!ドラゴン…)


(こっちに来る…)



上空にドラゴンが接近している事は他の誰かが既に気付いていた


その危険を口々に言い始める


おい!何か飛んでるぞ!!


ありゃドラゴンだ…こっち来そうだな


リザードマンの次はドラゴンか!?


アレを仕留めたらガッポリ儲かるぞ?


おい!人集めてこい!!


その声はシャ・バクダを巡回する衛兵達の耳にも届き慌ただしく集まり始めた



ギャーーース ドッシーン



「うわぁぁぁ…たたたすけてくれぇぇ」


「でけぇ…おい!そこの二人!!突っ立ってねぇで逃げろぉ!!」



ドラゴンが着地したのは剣士と女エルフの目の前だった



(……)剣士は目の前のドラゴンの存在感に唖然として居る


(動かないで?)


(う、うん)


”エルフが斯様な所で何をしている”


”汝らは人間に汲みするのか?”



ドラゴンの声は森の言葉では無く直接頭の中で聞こえて来る



(ドラゴン…これには訳があります)


”森へ戻れ”


”エルフの秘宝が奪われる前に”


(秘宝とは何の事でしょうか?森で何が?)



その時集まり始めた衛兵達とその他弓を持った者達が一斉に矢を放ち始めた



「撃てぇぇぇ!!」シュン シュン シュン シュン


(女エルフ!危ない!伏せて)グイ


(あ…)



放たれた矢は巨大なドラゴンへ向かって雨の様に襲い掛かる


それを嫌がったのかドラゴンは翼を一振り…一気に飛び上がった



「飛んだぞ!!逃がすな!撃て撃て撃てぇ!!」シュン シュン シュン シュン



ドラゴンを追いかける形で無数の矢が放たれる


その向こうで誰かに当たってしまうかも知れないとは誰も考えていない様だ


剣士はその様子を見て危険を感じた



(行こう!流れ矢に当たる!)グイ


(えぇ…)



2人は矢を避けその場を離れた…





『宿屋』


建屋の中に居た人は今起きている事に気付いて居ない



「お帰りなさいませ…外が騒がしい様ですが何か?」


「ドラゴンが来たんだ」


「ええ!?それは大変な事になってるじゃないですか!?」


「みんな弓で応戦してる」


「私もちょっと見てきます!!あ…お連れ様が部屋の方に起こしになっていますよ?」


「そうか…部屋に戻るよ」



そう言って剣士と女エルフの2人は部屋に戻った


ガチャリ



「あ!帰ってきた…なんかお姉ぇ来ちゃって寝る暇無いさ…」


「この2人か…」


「紹介するよ!!お姉ぇフード脱いで?」


「まぁお前の仲間なら信用して良さそうだな…」ファサ



その女性は女海賊よりも随分背が高くがっちりとした体付きをしていた


流石に姉妹だけ有って顔の特徴はそっくりで髪の毛が赤毛なのも一緒だ



「盗賊ギルドマスター代理の女戦士!私のお姉ぇだよ」


「お初にお目に掛かる…話は妹から聞いた…世話になっている様だな」


「あんたさぁ美女3人に囲まれてどうよ?」


「いぁ…それどころじゃないんだ」


「町にドラゴンが来たの」


「何ぃ!?今居るのか?」ダダッ



女戦士は窓辺に行き上を見上げる



「ヤベ…あんた達がエルフだっての忘れてた…」


「どこだ?ここからは見えんか?」


「多分森の方へ飛んで行った」


「どれほど被害が出ている?」


「殆ど無いよ…弓で追い払われた」


「私は少し町の様子を見てくる!お前たちはここで待っていろ…すぐ戻る」タッタッタ



女戦士は部屋を飛び出して行った



「この町の人は戦闘の準備が早いね…すぐに弓で応戦を始めた」


「あぁソレね…シャ・バクダは元々戦闘民族だったんだって」


「それで武器類が沢山売ってるのか…」


「ん?女エルフは弓買ったんだね…てかそれ弓じゃ無くてヘビークロスボウの部品じゃね?」


「女エルフが選んだんだけど…」


「そんな硬い弦手じゃ引けないから…」


「……」ギリリ ブン! バチン!


「痛っ!」空撃ちした弓の弦が腕に当たった様だ


「やっぱり調整が必要ね…」


「ちょ…マジか…エルフってそんな硬い弓使うんだ?ちょい貸して」


「ドワーフでも使えるかも」


「ふぬぬ!…」ギリ


「アハ…無理そうだね?」


「んむむむむ…無理!なんで?あんたの方が手足細いじゃん?なんでこんなクソ硬いの引っ張れるん?」


「慣れ…かな?」


「なんかムカツクなぁ…背が高くて美人な上に強いとかさぁ」


「壁に爆弾で穴を開けるのは君の方が上手だよ?」


「なんかスッキリしないな…」


「そういえば君にお土産買ってるのを忘れてた…この石」ゴトリ


「はぁ?あんた舐めてんの?石なんか要らねぇよ!!」


「女エルフが見つけてくれたんだ…磁石という物らしい」


「え!!?マジ!!?見せて見せて?」


「はい…なんか金属糸の服に引っ付く」


「おおおおおおお!!これはマジもんじゃん!!これで色々出来る…みなぎってきた!!」



女海賊はその磁石を色々な物に引っ付けて喜んでいた


どうやら機嫌を損なわないで済んだらしい…なんだか可愛らしい




30分後…


ドラゴンの騒動が収まったのか外に出ていた女戦士が戻って来た


ガチャリ バタン



「あ!お姉ぇ…どうだった?」


「流れ矢に当たった者が居るが大した事は無い…だがお前たち2人!!ドラゴンと何か話したな?」


「僕達が人間の味方をしているのか聞かれたんだ」


「襲われる訳でもなくそれを大衆に見られているのがマズイ」


「ドラゴンの声は他人には聞こえない筈よ?」


「大衆には話している様に見えているのだ…衛兵がもうお前たちを探し始めているぞ」


「え!?まずいじゃん!」


「ゆっくりしてもらう予定だったが…すぐにアジトへ移動した方が良いな」


「どうしたら良いの?」


「裏の馬小屋に預けている馬2頭はお前たちの馬だな?」


「そうだよ」


「よし!あれは荷馬だ二人づつ乗ってアジトへ向かう」


「了解!!」ビシ


「それからその二カーブは脱いでおけ…衛兵が探しているのは二カーブの女だ」


「長い金髪だからすぐエルフってバレちゃうよね…」


「その白い毛皮に着せ替えてフードを被せろ…行くぞ」



4人は衛兵が訪ねて来る前に宿屋を後にした





『オアシスの丘』


女戦士は馬に女エルフを乗せて盗賊ギルドのアジトまで先導する


丘を越えてシャ・バクダが視界に見えなくなってから女エルフに語り掛ける



「もうフードは脱いで良いぞ…顔を見せてみろ」


「……」ファサ


「…なるほどな…一目でエルフと分かるな」


「ドラゴンとは何の話をしたんだ?」


「……」


「初対面の相手にペラペラ話す気にはなれんか…エルフだなフフ」


「まぁ良い…私の独り言だ」


「町から少し離れると人間の匂いは気にならんだろう?」


「この砂漠の砂は汚い物をすべて洗い流してくれる」


「触ってみると分かると思うが神聖さを感じるほど清らかだ」


「エルフなら感じるか?かつて此処が広大な森だった事を」


「え?」


「200年前の大破壊ですべて焼き払われた結果だ」


「見てみろ…あのオアシス群は隕石が落ちた後に出来た物だ」


「そんなオアシスがこの周辺にはいくつも在る」


「どれほどの大破壊だったか想像できるか?」


「ここが…森」


「フフ…口を開いたな?」


「耳を立てて砂漠の声を聞いてみろ」


「砂と…虫達…」


「大破壊とは只の破壊では無い…新たに生まれる命も有るという事だ」


「再生だと?…」


「かつて魔王が成そうとした事は大破壊という再生だった考えると…」


「それ阻止しようとする勇者は善か悪か?」


「我らドワーフが勇者を保護しようとするのは善か悪か?」


「精霊の一部だった森を守ろうとするエルフは善か悪か?…いったいどちらなのだ?」


「そんな…」


「我々はその答えを探求しているのだ…」


「エルフとこういう話を共有出来るのは感慨深い」


「どうして人間は戦いを止めないの?どうして森を侵略しようとするの?」


「人間は恐れているのだよ」


「エルフを?森を?私たちは何もしていない…」


「…何か持っているのではないか?」


「…ドラゴンが言って居た秘宝の事?」


「ん?秘宝?何の事だ?」


「わからない…私は知らないの」


「ふむ…やはり何か持って居そうだな」


「それが原因で人間はエルフの森を侵略していると言うのね?」


「まぁ確かな話では無いが…その秘宝とやらが狙いだとするとセントラルの動きも合点が行くのだ」


「他にも何か動きが?」


「後でアジトに皆が居る時に話してやる」



女戦士と女エルフが先導する馬の後方では剣士と女海賊が馬に乗って続いていた


もう日が落ちて随分経っていて先導する馬を見失いそうだ



「もう真っ暗で何も見えないよ?ちゃんと付いて行ってる?」


「僕は初めから何も見えてないよ」


「ちょ…なんかメチャ不安なんだけどさ…マジ何も見えん…お姉ぇの馬の音聞こえてる?」


「大丈夫…」


「星は見えてるんだけどさぁ…足元が真っ過ぎて穴に落下しそう」


「穴に落下?ハハハハハ」


「目を開けても閉じても真っ暗…あんたいっつもこんな?」


「そうだよ?…耳を澄ましてみて?」


「馬の足音しか聞こえないって」


「もっと…砂が引っかかる音…砂が落ちる音…蹄が沈む音…」


「……」


「風が耳をすり抜ける音…遠くの音…近くの音」


「ぁぁ…分かる!」


「地面を砂が転がる音…あっちにもこっちにも」


「ちょ…これ私がイメージした通りに白くボヤーっと見えるのってさぁ…本当にそうなってんのかな?」


「砂の起伏の事かな?」


「なんか動いてる様に見えるっちゅうか…なんこれ?」


「もっと集中するとどんどんハッキリして行くんだよ」


「マジか…音だけで見えるんか…」


「あ!!前の馬が止まった」


「どこどこ?何も見えんけど…」


「到着したみたいだ…馬を降りてる」


「結構大きな建物みたいだよ」



未だ月が出て居なかった…


沙漠で周りに明かりが無いと本当に何も見えない真っ暗闇


何故そう感じるかというと星空のせいだ…星の光が多すぎて逆に砂漠の暗闇が真っ暗に感じる


そして今辿り着いた場所がまさにそれに適した場所だった



「着いたな?ここは星の観測所だ…明かりを付けるぞ」チリチリ


「お姉ぇ良く足元見えるね?落ちそうで怖く無い?」


「砂漠も海も同じだぞ?お前は昔から黒い海がキライだな」


「馬はどこに繋げば?」


「放しておいて良い…牧草と水はここにしか無いから逃げん」


「ここってさぁ?誰も居ないの?」


「今は移設の最中だ…直に若い衆が出入りする様になる…こっちだ!入れ」





『盗賊団のアジト』


その建物は星の観測所だと言う通り天窓が大きく開く建造物だった


恐らくこの建物もシャ・バクダ王朝時代の遺跡だと思われ


200年前の大破壊でも壊れないで残ったくらい堅牢な建物だ


随所に補修を施して居るが十分星を観測するのに使えそうだ



「おおおおおおおお!!望遠鏡!!」


「気に入ったか?一つ持って行って良いぞ」


「なんでこんなにいっぱいあんの?」


「趣味で買い集めた…町の様子もここから伺えるぞ?見るか?」


「見る見るぅ!!」


「この望遠鏡がオアシス方面…こっちが町…これが天体観測用だ」


「おぉぉ!!超見える!!」



女海賊は子供の様にはしゃぎまわって居る



「お姉ぇ天体観測用で望遠鏡集めてんの?」


「いや…天体観測よりもシャ・バクダ遺跡の捜索が主だ」


「捜索?」


「遺跡を探すのに砂漠を行くのは大変なのだ…望遠鏡を使った方が早い」


「なるほど…アサシンが探してる遺跡だね?」


「うむ…」


「あ!!そうそう…今日さぁ~女エルフからコレ貰ったんだ!!磁石」コロン


「見せてみろ…んむ良い物だ…良く見つけたな?」


「少しあげよっか?」


「良いのか?」


「望遠鏡のお礼だよ」


「ウフフあなた達…やっぱりドワーフなのね」


「ん?何だ?今のは嫌味か?」


「珍しい石とか鉄…機械が大好き」


「いちいちウルサイやい!あんたは鳥とお話でもしてな!」


「今日は少し疲れたかな…横になる所はある?」


「あぁ悪い…馬車での長旅の後だったな…まだベッドは無いが一応横になれる…こっちだ」


「女海賊?今日は僕が先に寝ても良いかな?」


「おけおけ!後で私も行くから先に寝てて」


「今日はゆっくり体を休ませろ…話は明日だ」


「そうさせてもらうよ…女エルフ?君はどうする?」


「私は疲れていないから少し星を見てみる」


「お!?興味出た?ここの穴から見るんだよ?」


「じゃぁ先に休む」



女海賊は得意気に女エルフに望遠鏡を覗かせた


エルフに対して何か教える事が有るのが嬉しかったのだ


なんだかんだで女海賊は面倒見が良い




『翌日』


女海賊は夜中一人でずっと起きている女エルフを不憫に思い人間の眠り方を教えた


ただ横になって目を閉じるだけなのだが


中々眠らない女エルフに女盗賊が歌っていた子守歌を聞かせたら眠りに落ちた



「おはー!!寝られた?」


「少しだけ…」


「やっぱ眠り方分かんない?」


「こんな風に横になるのは子供の時以来なの…」


「ほんで夢見れたんかな?なんか覚えてる?」


「誰かと空を飛ぶ夢…誰だったんだろう」


「おぉ!!エルフも夢見れるんじゃん」


「人間の部分…なのかな?」


「その夢!正夢になるぞ!…お姉ぇ~~~!!何してんの?」ドタドタ



隣の部屋で何か作って居る女戦士の下へ行く



「朝から騒がしいな…お前も食事を作るの手伝え」


「うぉ!お姉ぇが食事作んの?食える?」


「客が来た時くらいは私も作る…黙って手伝え」


「お姉ぇは知らないと思うけどさぁ…エルフはあんまり食わないよ?」


「寝ると少しお腹が減るみたい」


「ほんでかなりの偏食…鳥の餌とか食ってるし」


「エルフが何を食べるくらい知っている…良いから手伝え」グイ


「ちょ…あぁぁ何だコレ…木の実、木の芽…もうちょっと腹の足しに…」


「……」スラーン チャキリ



女戦士は持っていた帯剣を抜いた



「ちょちょちょ…待った待った!分かったやるって…」


「…これで木の実を割っておけ」ポイ


「はいはい分かりました!…ところでさぁアサシンから指示書預かってるんだ」


「お前は又そうやって話をすり替えて逃げる気だな?黙って手を動かせ…指示書は後で見る」


「…へいへい分かりました」


「ウフフ…食べ物は気にしなくていいの」


「ほらお姉ぇ…こんな事言ってるよ?」


「又尻をぶっ叩かれたい様だな…」


「ちょちょちょ!!待った待った!!お姉ぇがお尻ぶっ叩くから青アザ消えないんだよ」


「それは蒙古斑だ…口は良いから手を動かせ」




30分後…


2人で作った朝食は女海賊にとってかなり不満のある物になった


全く持って食べたくない



「おい!起きろぉ!!」グイグイ


「う~ん…おはよう」


「あんたが一番遅いんだよ!飯だ飯ぃ!!」


「なんか機嫌悪い?」


「別に!!?」


「やっぱり機嫌悪そうだ…今丁度何か夢を見てたんだ」


「だから何さ?」


「ちょっと匂いを嗅がせて貰って良い?」


「んあ?なんで匂いなんか…まぁ良いけど…」


「首の辺り…」クンクン


「ちょ…くすぐったいんだけどさ…」


「耳の後ろ…この匂いだ…」クンクン


「あんたちょっと…近すぎて…そんな色々触られると変な気持ちになるんだって!!」


「変?」


「ちょい近すぎなんだけど…ほんで首回り撫でるの止めて!」


「あぁゴメン…夢と匂いが同じだからツイ…」


「あっちでみんな集まってんだ!早くして!」


「今行く…」イソイソ


「ヤッベ…又下の方が濡れて来た…」



剣士は立ち上がり隣の部屋へ移動した


そこではテーブルを囲んで女戦士とエルフが会話をしている



「起きたな?ゆっくり寝られた様だな?」


「うん…やっぱり安全だと良く寝られる」


「簡単だが軽い食事を用意したぞ?この辺りでは珍しい木の実と木の芽だ…野菜もある」


「ごちそうでは無いけどイイね…いただくよ」


「お姉ぇ指示書読んだ?」


「あぁ…セントラルの情報収集に人駆を回せという件だな?何が起こっている?」


「ぃぁそこじゃない…気球を私にくれるっていう所」


「気球はまだ移送中だ今日の日暮れまでには届く…それまで待て」


「夕方かぁ…望遠鏡の取り付けとか改造したかったのになぁ…」


「それよりセントラルの状況だ…数万の兵で森へ魔物討伐に出ていると聞くがどうなっているのだ?」


「え!?マジ?初耳なんだけど…」


「シャ・バクダにも徴兵に来ていたのだがな」


「数百ではなく数万?…そんな…」…女エルフは愕然とする


「3か月くらい前に法王庁の衛兵がセントラルから出たのは知ってる…2個中隊って言ったかな…」


「ふむ…それは別動隊だな…アサシンからは何も聞いて居ないのか?」


「う~ん政治的な事は教えてくれないなぁ…てか私が理解出来ない」


「…そうか仕方が無いな…その様子だとセントラルの第3皇子が戦死したのも知らんな?」


「誰だっけ?興味無いから覚えてないわ…」



セントラルでは随分前からゴブリンとリザードマンの襲撃があってな


若い第3皇子は功を焦って魔物討伐隊を指揮したのだが


ゴブリンの放った流れ矢に当たって戦死したのだ


ここで第1皇子と第2皇子の権力抗争が始まる


魔物にやられたままでは体制維持が難しいと考えた第1皇子は


権力基盤を固める狙いで仇討ちを称し魔物討伐隊を再編成する


その規模は2個師団…数万の兵を招集し森に進軍したのだ



「私が知っているのはここまでだ…気になるのが第2皇子の動きなのだが…」


「私…森へ戻らなければ…」そう言って女エルフは立ち上がる


「無理無理!あんたのその足はちゃんと治らないとロクに戦えないよ…走れる様になってからにしな?」


「くぅ…」


「さてここからが本題だ…法王庁が動いていると言ったな?」


「法王庁は第2皇子の管轄なのだ…そして第2皇子の側近にダークエルフが居るという報告もある」


「ダークエルフが!?まだ生きているの?」


「数万の兵が森を北へ進軍し…法王庁が漁夫の利を狙ってエルフが持つ秘宝とやらを奪う…」


「ダークエルフが居れば不可能な事ではあるまい?」


「そうだったのね…やっと分かった…ドラゴンも一緒に動いて居る理由が…」


「僕たちが始めにドラゴンに会ったときはもっと南だったね」


「そういえば…昨日ここに来てるって事は…もしかして戦場になっている場所が移動してる?」


「どちらの方向に飛んで行ったのか分かるか?」


「東南東の方向」


「ふむ…やはり少し北上しているな…指示書には気球で光の国シン・リーンへ導けとあるが…」


「ちょっと急がないと戦場の上を飛ぶ感じになっちゃうじゃん」


「明日出発するとなると戦場になりそうなのは帰りだな」


「ちょっと私…望遠鏡で森の様子を見て来る」ヨタヨタ



女エルフは居てもたっても居られ無い様で足を引きずりながら上階の望遠鏡を覗きに向かった


剣士もその後を続く…



(その望遠鏡で何が見えるの?)


(森の様子よ)


(エルフの森が心配なのかい?)


(私はゆっくりしている場合じゃないのに…)


(足の具合は?)


(痛みは耐らえれる…でも動かないの)


(君一人が森へ戻っても危険なだけだよ)


(私一人では何もできないけれど…他のエルフが捕まえられる事を思うと…)


(この人間とエルフの戦いって不毛だね…何も生まない)


(そう…私も何が悪いのか分からなくなってきた)


(エルフもダークエルフと何か因縁が?)


(私たちよりも不幸な種…彼らがエルフへの復讐を扇動しているのなら業はエルフが払わなければいけない)


(エルフがダークエルフを迫害したという解釈で合ってる?)


(そうよ…)


(人間はその中間で踊らされている…のかな?)


(ダークエルフが戦争を引導しているとしか考えられない…人間は戦いに勝っても得るものが無いでしょう?)


(エルフの秘宝と言うのは?)


(私は知らない…でもダークエルフが欲しがるのは考えられる話)


(なんか…その話を聞くと行く所まで行ってしまいそうだ…)


(ドラゴンが加わってる以上エルフも絶対に引かないわ)


(少し視点を変えてみるよ?人間からすると普段攻め入って来る魔物を退治するために兵を募ってる)


(……)


(森の奥へ進めば進むほどトロールやドラゴン…そしてエルフが抵抗してくる)


(……)


(人間からするとこれは正義の戦い…引く訳が無い…どうやって決着をつける?)


(この戦いを誘導してしまったのは傲慢な私たちエルフ…でも人間に譲歩する事も考えられない)


(何か切っ掛けが無いと終われない戦いになってる…)


(切っ掛け?…どうすれば良いの?私に何か出来る事は無いの?)


(エルフの秘宝をダークエルフに渡す…と言うのは出来ないんだろうか?)


(それはハイエルフが判断しなければいけない事…私ではどうにも出来ない)


(ハイエルフの判断か…何か確執があるならそう簡単じゃ無さそうだね)




一旦戦争が起きてしまえば1人や2人の力でどうにか出来る訳など無いと思い知る


今は体を癒すしか選択肢が無かった…


その日の昼過ぎにこの新しい盗賊ギルドのアジトに数名の若い衆が荷物を運び入れ出した


それと同時に気球も到着する



オーライ オーライ こっちこっちぃ!



「あれが気球?たまに森の上を飛んでいるのとは形が違う」


「アサシンが改造した物だ…船の帆を張っているのだ」


「空を船の様に進むの?」…女エルフはその気球を見上げ感心している


「うむ…アレの操作に関しては妹が秀でている…あのセンスはさすがとしか言い様が無い」


「お姉ぇ!!明日気球で出発するよね?」


「ううむ…さてどうする…」


「お姉ぇも行くよね?」


「それを考えているんだが…お前が剣士を魔女の住処まで案内出来るなら私はここに残る」


「えぇ~そんなん知らないよぉ…何処にいんの?」


「片道3日か…アジトの移設中で忙しい身なのだが…どうしたものか」


「若い衆に任せとけばいーじゃん」


「あと5日でお前たちが居たであろう商隊が到着するのもある」


「あ…そういえばそんな予定だったなぁ」


「シン・リーンまで2日で行けないのか?」


「うーーーん風次第なんだけど…今行く?…丁度暗くなってきたし」


「水も食料もまだ到着していない」


「今ある分でなんとかなるっしょ!…エルフ2人は放っとけば良いよ!どうせ食わないし」


「ふむ…よし行くか!!若い衆に事を伝えてくる…お前たちは準備をしておけ」


「ハイキター!!剣士!!女エルフ!!荷物入れるの手伝って!!」


「え…うん…どうすれば?」


「裏にある薪を出来るだけ沢山積んで!!女エルフ?剣士の目の代わりやってあげて」


「わかったわ…剣士こっちよ」グイ


「あと10分で出発するよ!!」


「そんなに急ぐの?」


「もうすぐ凪時なのさ…風向き変わる前に上空の風に乗らないと反対方向に流される」


「分かった…急ぐよ」


「お姉ぇ!!適当に食料と水ぶっこむね~」





『気球』


フワフワ


既に球皮は膨らみ炉とフイゴで熱は十分入った…


後は地上と結んであるロープを抜けば一気に上昇する筈だ




「あぁぁ日が沈んじゃう…お姉ぇはまだかな?」


「…よっこらせと」フゥ


「これで薪は最後」


「後さぁ…寝るときに使ってた毛布も持ってきてよ!」


「人使いが荒いなぁ…」シュタタ


「んんんん…薪足りるかなぁ…高高度行ったら寒いんだよなぁ…」


「早いな?もう行けるか?」ドサ


「お姉ぇ!?それは?」


「弓と矢だ…これが無いと他の気球が寄って来る…アサシンから常に積んでおけと言われていてな」


「そういや私は何も持たないで手ぶらだったわ…」


「クロスボウはどうした?」


「どっかの宿屋に置きっぱなしで忘れて来たさ」


「お前は何処に行っても何か忘れて来るな?」


「大事な物は忘れて無いから!…てか剣士おっそい!!」



剣士は毛布の他に荷物を抱えて戻って来た


ガチャガチャ…



「何やってんだよ!!早く乗って!!」


「あぁゴメン…君の荷物が散らかってたからちょっと…」


「お!ヤベ…カバン丸ごと忘れる所だった」


「大事な物はどうした?」ギロリ


「アハ!そんなん剣士が全部持って来るって知ってたさ」


「ヤレヤレ…これで4人揃った…早く飛べ」


「おっけ~ほんじゃロープ抜くね~」シュルリ



フワフワ フワフワ



「気球の操舵はお前に任せたぞ?」


「おい剣士!!あんたも操作覚えて!!」


「ええ?僕目が見えないんだけど…」


「うっさいな!あんたは私のペットなんだから言う事聞いて!!」


「剣士済まんな…妹の面倒を見てやってくれ」


「いやいや剣士の面倒見てんの私だから」


「私から見ればお前が剣士に面倒ばかり掛けている様に見えるが?」


「ハハ…まぁ良いよ…僕がペットの役をしっかりして居れば全部上手く行くんだ」


「あんた分かってんね!!もっと匂い嗅がしてやるよ」


「まぁ良い!日が暮れる前に方向定めろ」


「アイサー!!」



女海賊は剣士のちょっとした一言で上機嫌になる


剣士にしてみれば機嫌を損ねないで居れば何でも面倒を見てくれる姉みたいな存在になっていた



「夕日で砂漠が赤い海の様だ」


「外を見てみろ…砂漠のオアシス群が見渡せるぞ?」


「…オアシス群の中央にあるのは?」


「かつての火の国シャ・バクダ遺跡だ…我らのアジトはそこら界隈を転々としているのだ」


「この砂漠が全部森だったなんて信じられない」


「下にある今のアジトの場所は良く覚えておけ…何かあった場合はそこが集合地点になる」


「お姉ぇ!どれくらいあの星の観測所を使う予定?」


「そうだな…アサシンが戻るまでは持たせたいな…望遠鏡を見せてやりたい」


「アサシンは星になんか興味あんの?」


「星ではない…アサシンが探していたもう一つの遺跡の入り口を発見したのだ」


「お!?それは喜ぶかも!!もう行ったん?」


「入り口まではな?どうやって奥に入るのかはまだ分からん」


「帰って来たら行ってみよっか」


「そうだな…」


「ねぇ…太陽が又昇っている様に見えるのはどうして?」


「フフフフフ高度を上げるとそういう風に見えるのだ!!世界が丸い証拠なんだよ」


「え?丸い?…」


「エルフに勝った!!あんた達が森に引きこもってる間に私は世界を見てきたさ」ドヤ


「これが私たちが住んでいる世界…」


「地平線がぐるっと一周繋がって見えるのも世界が丸い証拠さ…あんたに分かる?」


「世界は丸い…どういう事か分からない…」


「ナハハハ後でちっと教えてあげるよ…ちょい進路安定するまで景色眺めてて」




女エルフにとって上空から見下ろす世界はすべて初めて見る物で


下に広がる何もかもが陸続きですべて繋がっている事が不思議だった


認知出来ていた範囲のその向こう側をすべて見通せる…そしてそれを感じられる距離では無い


自分の視点があまりに低かったことに気付いた

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