第2話 奴隷商
『宿屋の酒場』
ゴブリン達が持って居た武器は質は悪いが鉄製の武器を持っていて
町を守るために戦った男達は相応の怪我を負った…その数は100人を下らない
この酒場にその男達が集まって居るのは傷口の消毒に酒が使える事と
手当てに当たって居たのが娼婦をしていた女達だったからだ
ガヤガヤ ガヤガヤ
痛てぇぇ
なんで急にゴブリンが
お前の所は大丈夫だったのか?
母ちゃ~んうぇっうぇっ
酒でも飲まねぇとやってらんねぇ
また襲ってくるかも知れんなぁ
手当ての済んだ男達は体を休めながら口々に噂話をする
やっと手の空いた例の優しい女は酒場の入り口を出入りしながら何処かへ行ってしまった銀髪の女を案じていた
「…あの子無事かしら?」
「お姉ぇまだ気にしてるの?」
「不思議な子だったなぁ~…」
そこへ例の雰囲気のある男が姿を現し入り口の扉にぶら下げてあった鐘を揺らした
カラン コロン
「また誰か来た…」
「よう!無事だったか」
「あなたもね!?平気?」
「ここもすっかり難民キャンプみてぇになったな」
「あら?怪我してるじゃない」
「あぁ大したこと無い…それより子供たちは?」
「下で寝てるわ」
「例のウルフ女は?」
「それは私の方が聞きたい」
「居なくなったか…」
「どうしたの?気になるの?」
「いやな…あんな立ち回りをする奴は見たことが無いもんでよ」
「私も驚いた」
「四つ足で走る女…これだけでオカシイんだが、あの運動量があり得ない」
「もののけ…ね…あ!!そうそうあの子は初め動物の毛皮を羽織ってたの」
「ほぅ」
「灰色の毛皮だったから…多分ウルフね」
「…なるほど人の姿をしたウェアウルフって訳か…だとしたらあり得る」
「目の中に瞳が無いのは何か関係が?」
「さぁな?目が見えてないようには思えんが?」
「私もおかしいと思ったのよね…」
「その毛皮は何処にある?見せろ」
「下にあるわ…来て!目立たないように裏の倉庫からね…男連れ込んでると思われたらお婆さんうるさいから」
「そらご苦労なこって…」
『宿屋の地下』
キャッキャ アハハ
「んん?…なんだ子供たち起きてるじゃねぇか」
「おかしいわね」
「こっちの部屋だな?」
「扉を開けるの待って…誰かと話して居るみたい」
「ふむ…」
「妖精さん待てぇ~」
「いじめちゃだめだよぅ」
「もっとお話ししてよぅ」
「え~どうしてぇ?おねんねしないとダメ~?」
「明日も来る~?」
「うん…うん…でもさぁ信じてくれるかなぁ?」
「…分かったぁこうすれば良い~?」
「動かないよ~これで良い?」
「おい…入るぞ?」
「いいわ…」
ガチャリ ギー
「お前等…誰と話しているんだ?」
「来たぁぁ」
「妖精さんが居るの~ウフフ」
「妖精?…寝ぼけてんのか?…はやく寝ろ」
「待って!子供たちの後ろ…あなた帰ってきてたのね」
「ん?暗くて見えんが…ウルフ女か?」
「やめて!子供たちを人質にするなんて…」
「おぃおぃ穏やかに行こうぜ、こっちは丸腰だぜ?」
「妖精さんがね?大人たちとお話がしたいんだって~」
「そいつぁ妖精じゃねぇだろ」
「違うの~ほらここを飛んでる」
「見えん!」
「待って…小さな光…もしかしてこれが?」
「お前も何言ってんだ?妖精だと?」
「ほらぁやっぱり信じないよ?」
「お話続けて?」
「え~とね?この人は妖精が見える大人の人を探してるんだって」
「言葉が違うから妖精さんからお話ししたいけど」
「見つからなくて困ってるんだってさ~…これで良い?」
「あなた達は妖精さんの声が聞こえるの?」
「聞こえるよ~ウフフ」
「驚くことばっかりね…」
「まぁ事情が分からんでも無いが…そのナイフをまず下ろせんか?」
「そうね…私たちは何もしないからお願い」
「妖精さんがナイフしまってだってさ…え?これは言わなくて良いの?」
子供達の背後に突き立てられていたナイフが仕舞われた
「ふぅ…穏やかにな?穏やかに…お前も妖精が見えるんだな?」
「分からない…でも耳を澄ませば少し聞こえる気がするわ」
ヒソヒソ ヒソヒソ
「え?蝋燭?狭間に近づく?何かしら…蝋燭を灯せば良いのね?」
「なんだ?蝋燭なら持ってるぞ…」チッチ シュボ…男は蠟燭を灯した
蝋燭の明かりがユラユラと部屋を照らす
うっすらと光る羽の生えた妖精がヒラヒラと舞って居るのが見え始めた
「スゴイ…私にも妖精が見える…」
「んん?どこよ?」…その男には見えない様だ
「ほら…今私の肩に乗った…」
「ケッ!!なんだか分からんが妖精と話せるならお前が話を聞いとけ…俺ぁちっと横になるからよ」
「分かったわ…」
そう言って男は子供達と添い寝するようにベッドに横になった
そしてジロジロと僕を観察する
『小部屋』
優しい女は部屋の隅に有った椅子に腰かけ肩に乗せた妖精の話に耳を傾けた
その話は森から出て人間の住む町に初めて来た事と旅の目的だった
…それから母ウルフが寿命で亡くなる前に言い残した言葉が
「お前は森の秩序を乱してしまうから森を出なさい」ってね
言葉が通じないのに一人で森から出るのは危険だから
僕が一緒に居て目の代わりとこうやって通訳をしてるんだ
でも僕は黄泉との狭間から遠く離れる事が出来ない
だから協力してくれる人を探しているって訳なんだよ
「ちょっと待って?黄泉との狭間というのは?」
「んー人間の言葉でいう「あの世」と「この世」の狭間…かな?本当は少し違うんだけど」
「この世で死んだ後にその魂は狭間を通ってあの世に行くんだよ」
「妖精たちはみんなその狭間に住んでいるんだ」
「狭間はこの世界のどこにでもあるけど、遠くなったり近くなったりする」
「例えば昼間より夜の方が近い、新月よりも満月の方が近い…」
「…この蝋燭の灯も狭間に近づける為?」
「そうだよ」
「理解できた気がするわ…それで…魔女を探してるって言ったわね?」
「古代の魔法の中に千里眼という魔法があってね…その魔法で目が見える様になるんだ」
「魔女は…もう居ないかもしれない」
「どうして?」
「もう何年も前から法王庁からの魔女狩りが続いていて…魔法が使える人はみんな焼かれてしまったわ…」
「困ったなぁ…」
「……」少しの沈黙…
「…ん?話は終わったか?」
「大体事情は把握できたわ」
「俺にはお前が独り言を話してるようにしか聞こえんが…魔女を探してるんだな?」
「そう言ってるわ」
「大分遠くになるが…光の国シン・リーンに魔術院があったはずだ…生き残りが居るかもな」
「遠すぎるわね…」
「んむ…」
「案内は無理そうね」
「盗賊ギルドが力を貸してくれるかも知れんが…ううむ」
「ダメよ!もう盗賊ギルドには関わらないってあなた言ってたでしょう?」
「いやまぁ…関わらんっていうかしばらく休業って言ったんだ」
「じゃぁ何か考えがあって?」
「あんま纏まって無いんだが…孤児院はもうバレバレだから場所を移す必要があんのよ」
「それは分かるけれど今の話と関係が無いでしょう?」
「まぁちっと考えさせてくれ…子供達の事もシン・リーンに案内する件も俺なりに作戦練って見る」
「分かったわ…あなたのそう言う所だけは信じてるから」
「おいおいそこだけかよ…」
「そういえば…私たちの自己紹介をしてなかったわ」
「私は女盗賊、そしてこの人相の悪い男が盗賊…あなたの名前は?」
「僕は妖精!!彼に名前は無いよ…必要が無かったからね」
「名前が無いと呼び方に困るわ?」
「何でも良いだろ…ウルフ女にしとけ」
「…どうも話によると女ではないらしいの」
「なぬ!?…オカマだってぇのか?」
「私の勘違いで女装させてしまったみたいフフ」
「おいおぃ…もっと男らしく行けやぁ!!なんでそんな髪の毛長いのよ!!」
「私が悪いのゴメンね?」
「わかった…男らしく!!…そうだ!今からお前は剣士だ」
「剣士と妖精!!それで良いな!?」
---剣士、妖精、盗賊、女盗賊が仲間になった---
『翌日』
小さな部屋で知らない人たちと一夜を明かした
まだ朝が早かったのか子供達は寝て居る
盗賊と女盗賊は何に忙しいのか分からないけど何度も部屋を出入りしていた
「よう!やけに起きるの早えな…着替え持ってきたからこれに着替えろ」
「……」
「それからその赤い目ん玉…娼婦が付ける物だ!どうせ見えねぇなら黒く塗ってやるから外せ」
「オカマみてぇで気持ち悪い」
「……」
「……」
「んあぁ!おい!女盗賊!ちぃと面倒見てくれー」
「話は通じてると思うわー。妖精さんが通訳してるから反応鈍いだけと思うの~」
「……」ヌギヌギ
「…なんかテンポが合わんな」
「……」ゴソゴソ ポイ…目に張り付けてあったそれを外した
「このウサギみてぇな赤い目ん玉が変わるだけで女くささが無くなる筈だ…」ヌリヌリ
「…にしても目ん玉が無ぇと気味悪りぃなヌハハ…ほらよ!」ポイ
「…」ゴソゴソ…黒く塗ったであろうそれをもう一度目に張り付ける
「おぅ!ちったぁマシになったな…後はその長い髪の毛なんだが…銀髪で長いと目立ち過ぎる訳よ」
「そのままで良いじゃない」
「ダメだ!こんなんじゃ俺と一緒に歩けん!坊主だ坊主!!バッサリ切るぞ?」
「ちょっと!!坊主は無いでしょう?」
「冗談だよ…まとめて根元からスパッと行くだけだ…この長い銀髪は売れば金貨2枚にはなる」
「ええと…剣士?で良いかしら?…盗賊が髪を切ると言ってるけど良いのかしら?」
スパッ!!
剣士は自分でまとめてある髪の毛を根元から切った
「お!?ちゃんと話通じてんじゃ無ぇか…」
「なんか勿体ない感じもするけど…男ならそれくらい短くても良いわね」
「おーし!!この銀髪は俺が売って来てやる…小遣い稼ぎになったな?ヌハハ」
「そうそう…あなたの羽織って居た毛皮…洗濯が終わったわ?」
「おぉ!!こりゃかなりの上物だぜ?」
「…」ゴソゴソ…毛皮を羽織った
「ウハハ…山賊の様だが随分男らしいじゃねぇか」
「その毛皮はね…母ウルフの一部だと言ってたわ」
「形見か…そりゃ大事にしないとな」
「汚れて灰色になってたけど、洗濯したら白くなった」
「母ウルフは大型の白狼だったって訳か…ぬはは…「白狼の剣士」シブいな」
「それなら私は「女狐盗賊」?フフ」
「俺は…なんだ…俺は!!…ん~思い付かん…まぁ良い」
「それで…今日は何か考えがあって?」
「あぁ…ちぃと考えたんだが…商隊に話を付けてくる」
「どうするの?」
「どうせここに長い事居られないなら子供たちをセントラルに連れて行く」
「商隊で行くのは目立ちすぎでは無くって?」
「そうだ…普通に行っても入国で引っかかるのは分かってる」
「子供達みんな連れて入るのは無理に決まってるじゃない」
「奴隷商人のフリをするんだ…子供達と娘4人、それからお前も奴隷になってもらう」
「え!?」
「俺が奴隷商人のフリをして全員まとめて入国だ…」
「剣士はどうするの?」
「一緒に行くに決まってるだろ…傭兵役だ…俺と一緒に行動する」
「うまく行きそうね?」
「一つだけお前にやってもらわなければいけない事がある」
「何?」
「お前は役人にコネがあったな?」
「えぇ…まぁ…」
「奴隷商人のパスを入手してくれ…出来るか?」
「…やってみるわ」
「じゃぁ決まりだな…剣士を連れて行くぜ?…来い!剣士」
『街道』
盗賊に連れられ街道の小高い丘に連れて来られた
「俺の後ろから離れるなよ?」スタスタ
「……」スタスタ
「…よしここなら見晴らしが良い…少し説明してやる」
お前は方角は分かるか?
ここから見えてるんだが、東にあるのが多分お前が来たであろう森だ
その森は南北にずっと続いていて素人が入っても簡単には出て来れねぇ
まぁお前なら知ってるな?
そして今居る場所がトアルという町…商隊の中継点だ
ここから南に3日ほど行くと海に出る
そこにあるのがこの大陸の首都セントラルだ…中立国になっている
貿易の中心地で他のどの国よりもでかい…そして法王庁もセントラルにある
北の方角には砂漠が広がっている…20日ほど行くと火の国シャ・バクダ
その途中にはトアルと同じ様な商隊の中継点がいくつかある
シャ・バクダから気球に乗って森を東へ抜けると光の国シン・リーン
お前が目指すのは恐らくシン・リーンだ…しかし遠すぎる
「俺たちがお前にどこまで付き合えるか分らんが…今の所シン・リーンに行く予定は無い」
「……」
「まぁ…しばらくは行動を一緒にした方がよかろう」
「行くぞ」
「そうだ…お前に盗賊の極意を教えてやる」
「フードを深く被れ」ファサ
「……」ファサ
「そうだ…顔を不用意に見せるな」
「次に歩き方だ…少し前傾で肩を張れ…これで暴漢には合いにくい」スタスタ
「……」スタスタ
「その調子だ…もしも暴漢に出くわしても絶対に逃げ腰になるな」
「……」??
「武器を抜くフリをして相手をビビらせろ…そして相手のスキを探せ」
「よし!着いたぞ」
「ここで待ってろ…馬車を調達してくる」
「……」
盗賊は面倒見の良い人だと分かって来た
何故だかこの人から悪意を全然感じない
この人なら信頼出来そうだと思った
『酒場』
ガヤガヤ ガヤガヤ
先日のゴブリン襲撃事件以来この酒場は臨時の避難所の様な感じになって居た
女盗賊は医療の知識があったから怪我人の手当てに忙しかった
「水を汲んで来て」
「包帯がもう無いから代わりの物を作って頂戴」
「消毒用のお酒がもう無いから水を使って!!」
「貼り付いた衣服をはがしてあげて!!」
痛てぇぇぇ
早くしてくれぇ
「いよーう!戻ったぜ…又怪我人が増えてる様だな?何かあったのか?」
「近くの村から避難してきてるらしいわ」
「魔物が来てるのはここだけじゃ無いって事か」
「その様ね…手が足りないの!!手伝って!!」
「お、おぅ…馬車が調達出来た…宿屋裏の倉庫に入れてある」
「いつ出発?」
「明後日の朝だ…例のやつは間に合うか?」
「今晩会う約束をしたわ…多分大丈夫」
「落ち着いたら身の回りの整理をしとけ」
「フフ私達は何も持ってないわ…大事な物は体だけよ」
「まぁ俺も何も持ってないんだがなヌハハ」
「おしゃべりばかりしてないで手を動かして!」
「ほいほい…」
「こんな時に魔法が使える人が居てくれれば…」
「ん!?…何か…夢で見た事がある気がするぞ」
「あなたが夢の話?フフ合わないわ」
「回復魔法を連発する奴が居てな…だが顔も名前も覚えてねぇ」
「何言ってるのよ…手を動かして!!」
「わーってるよ」
『小部屋』
その部屋に戻った剣士と妖精はやっと自由に会話する事が出来た
(ふぅ…話しちゃいけないのってなんかストレス溜まるね)
(僕はおしゃべりしっぱなしだけどね~)
(…ひとまず彼達と一緒の方が良いね)
(理解してくれそうで良かったね)
(光の国シン・リーンだっけ?)
(目が見えなくても不自由しないなら無理に行かなくても良いと思うけどね)
(不自由はあんまり無いけど…目が見える様にはなりたい)
僕は生まれた時から見えるということがどういう事なのか知らないんだ
母さんがどんな姿をしてたのか
妖精の君がどうなのか、森、人間、僕の手や足だって
触った感触で僕の心の中に描いてる物
本当はどういう物なのか知りたい
綺麗ってどういう事?醜いってどんな風?
色って何?赤い瞳って何?母さんが白狼だった事も何の事か分からない
よく夢を見るんだ
すごく大事な事をしてる夢
その中に出てくる人が誰だったのかも分からない…思い出せない
すごく大事な事を、忘れてはいけない事を思い出せないのは
きっと今の僕が見えるという事がどういう事なのか知らないからだと思う
その形を見て、顔を見てみたら
大事な事を思い出す気がするんだ
わかるかい?
(わかったよ…魔女を探そう)
(うん…君には本当にお世話になってる)
(わかればヨロシーーー♪今度僕のお願いも聞いてね)
(お願いって?)
(月に行きたいんだよ)
(その羽で飛んで行けないの?)
(届かないんだなぁ…それが)
(わかった…目が見える様になったら一緒に行こう)
(約束だよ?)
(うん…月ってどんなだろう?)
(いろんな形の月があるんだよ?)
(へぇ?見て見たいなぁ…)
(そうそう…一つだけ君に教えてあげるよ)
(なに?)
(見えない方が、大事な事が何なのか分かる事だってあるんだよ)
(どうして急に?)
(例えばね?君は僕を見た事無いでしょう?)
(そうだね…)
(目が見えて思い描いてたのと違ってたらどう思うかな?)
(あぁ…考えた事無かった…)
(君はね…目が見えないからその代わりに感じてる物がいっぱいある筈なんだ)
(分かって来たよ…それを忘れない様にするんだね?)
(わかればヨロシーーー♪)
---すごく大事な事を言われた気がする---
---きっと目が見えない運命に理由がある---
『宿屋の倉庫裏』
後日…馬車に荷物を載せて夜逃げするように移動を始める
奴隷を演じる子供達や女盗賊はわざわざボロ着を用意して着用していた
「よし!全員馬車に乗ったな?」
「私で最後よ…みんな静かにしてね?」
「鍵かけるぞ」ガチャリ
「しばらく苦痛かもしれんが我慢してくれ」
「眠たかったら寝てて良いぞ」
「剣士!お前は傭兵のフリをして俺に付いて来い」
「完全に夜逃げねフフ」
「商隊の詰め所に着いたら奴隷の様に振舞ってくれ」
「分かってるわよ」
「特に子供達は笑わせないように注意してくれ」
「商隊と合流したら出発は夜明けだ」
「寝れるときにしっかり寝ておかないと3日間の移送はかなりしんどいぞ」
「檻の中は私に任せて」
「頼む…じゃぁ行くぞ」グイ ヒヒーン
盗賊は手綱を引き馬車をゆっくり走らせた
ガラゴロ ガラゴロ
『商隊の詰め所』
そこでは商隊に加わる馬車が集まり早朝の出発を待って居た
「積み荷の確認をする」
「あぁ問題ない…あまり他には見せない様に頼む」
「荷物は何だ?」
「大きな声では言えんが…奴隷と食料だ」
「……」ジロリ
「他には大したもん積んでねぇ…見てくれ」バサ
「…女、子供か…いくらで売るんだ?」
「すでに売約済みだ…細かいことは聞きっこ無しで頼む」
「ケッ…行っていいぞ。夜明け前に出る。この馬車は先頭の次に付け」
「わかった…ところで今回は馬車が多い様だが何運んでるんだ?」
「遺体だ」
「あぁ…法王庁の兵隊共か」
「そうだ…金持ちの考えそうな事だ」
「金持ちのぼっちゃんを馬車一台に積み上げる訳に行かねぇってか…まったくもって無駄だな」
「奴隷商のお前が言う事か!…と言いたい所だが…まぁ同感だ」
「わるいわるい…野暮な事聞いたな…商隊、安全に頼む」
馬車が待機している場所ではその他の商人達が簡単なテントを開き休んで居た
焚火も焚いていてちょとしたキャンプになっている
剣士と盗賊はその焚火で温まりながら軽く睡眠をとった
馬車の中の檻に入れられた女盗賊達は狭いけれど幌が被って風を避けて居るからそっちの方が快適そうだった
早朝…
「出発するぜ?」グイ ヒヒーン
ガラゴロ ガラゴロ
「トアルの町はこれでおさらばだ…馬車の隙間から最後に良く見ておけ」
「おまえたちの故郷だった場所だ」
「え~ん…とーちゃーん…おかあちゃーん」
「もう!!泣かせないでよ」
「これで良いんだ…こうやって大人になる」
商隊の列は20台ほどの馬車に加えて馬に乗った傭騎兵も沢山一緒に移動する
この国では大規模商隊が移動するのは珍しく無く道中では馬を休息させる馬宿も随所にある
そこに辿り着くまではひたすら馬車に揺られる事になる
『商隊1日目』
早朝から移動を開始して途中何度か馬を休ませる為に休憩を挟んだ
もうすぐ日が落ちてしまうという頃に大き目のキャンプに到着する
ガラゴロ ヒヒーン ブルル
「今日はここでキャンプだな…」
「柵は一応あるのね…」…女盗賊は檻の中が暇なのかしきりに幌の隙間から外を覗いて居た
「簡易中継点だな…魔物が来なきゃ良いが…」
「ちょっと寒いわ」ブルブル
「湯を沸かしてやる…待ってろ」
「鎖に繋がれて移送されてると…なんだか気力が無くなっていく」
「そうか…まぁちっと辛抱してくれ」
「奴隷にされた人達はこうやってやつれて行くのね」
「だろうな…明日の身を案じながら絶望と戦う訳よ」
「戦う?…その気力が無くなって行くと思うわ」
「ほう…甘いのは俺の方か…絶望しながら憎悪や憎しみが沸くんだな」
「そう…そんな感じ」
ヒラヒラと妖精が現れ話に割り込んで来る
「…そして死んだ後その魂は無念を抱えて狭間を彷徨う」
「!?妖精さん?」
「魂の行く先は黄泉」
「狭間に近づいてるのね?」
「その魂が黄泉で実体化した物が魔物」
「妖精さんどこに居るの?」
「魔物がちょっとしたきっかけで狭間に迷い込んで」
「ん?俺にもなんかブツブツちっと聞こえんな…」
「狭間が遠くなった時にこの世界に取り残されるんだよ」
「因果…人間たちの行いが魔物を呼んでるのね」
「そう…そうやって「あの世」と「この世」は調和しているんだ」
「その調和を乱しているのはもしかして…」
「人間だよ…そして崩れた調和を戻すための大破壊が魔王の復活」
「え…」
「でも200年以上昔のお話だね…えへへ全部エルフから聞いた受け売りだけど」
「…私の兄が言っていた事と同じ…本当にそんな事があったのかしら」
「んあ?兄?…ギルドマスターの事か?」
「話がよくわからんな…兄がどうした?」
「剣士と妖精を兄に会わせた方が良いかもしれない」
「…なんだ急に!行き先が反対方向じゃねぇか…あいつはシャ・バクダに…」
「そうね…話が急すぎるわね」
「まぁゆっくり考えてからにしろ…てか俺も妖精の声を聞きたいんだがどうすりゃ良いんだ?」
「そんなの知らないわ…あなたの問題でしょう?」
「おいコラ!妖精!その辺に居んだろ?もうちっとデカい声で話してくれ」
「フフフそういう問題では無いと思うわ」
「なんで俺だけ聞こえ無ぇのよ…」
「心が汚れて居るのじゃないの?」
「馬鹿ヤロウ!お前ほど俺は汚れて無ぇ!」
「カチン!!あなた…そんな事言って良いの!?」ギロリ
「おっと悪りい…口が滑ったっつうか…お前の方が大人だと言いたかった」
「……」シラー
女盗賊は機嫌を損ねた様だ
「まぁそんな怒んな!今湯を沸かして旨い物でも作ってやる」
「今の発言は金貨10枚よ!」
「分かった分かった…セントラルに着いたらたんまり盗んで来てやる」
「フン!!」
どうやら盗賊は女盗賊に弱いらしい
僕はそんな関係が羨ましく思った
盗賊は女盗賊の機嫌を直す為に湯を沸かして美味しそうな食事も用意して来た
「ほら…湯と食い物を持って来たぜ」
「ありがとう」
「湯は水袋に小分けして今日はそれを抱いて寝ろ」
「毛布は今ある分しか無ぇから檻の中に牧草を多めに入れてやる…っよ」ガッサ ガッサ
「これで良いな?…あとは静かにしてろ」
「特に娘たち4人…文句ばっかり言ってねぇでガマンしろ」
一緒に檻に入った娼婦の女4人は小声で不満ばかり漏らしていた
ボロ着を着せられて狭い檻の中で過ごすのは確かに苦痛だから無理も無い
それに女装して娼婦のフリをしていた僕に私生活を見られて不満も有った様だ
髪の毛を売って手に入れた金貨2枚を彼女達にそっと渡したら大人しくなった
人間との付き合い方が少しづつ分かって来た
『商隊2日目』
ガラゴロ ガラゴロ
商隊は早朝の明るくなり始めたくらいに出発して日が落ちる直前にキャンプに入るというサイクルだった
馬車に乗って居る時間が長くて暇つぶしが何か無いと本当に何もやる事が無い
「ぬぁぁぁ…延々と馬のケツ見てるのもいい加減飽きるな…剣士!お前何か話せねぇのか?」
「……」
「大した良い眺めでも無ぇしなぁ…」
「久しぶりに模擬戦でもやってみたら?体なまってるのではなくって?」
「んん?こいつとか?…んむ…面白そうだな」
「……」???
「よし!今日のキャンプで一回やってみるか」
「……」???
「まぁ心配すんな…木の枝を使って戦闘の立ち回りをやるだけだ…怪我しない程度にな」
「魔法とかそういうのは無しだ…使えるかどうか知らんが」
「武器の使い方を知らないなら教えてやる…まぁ一回やると大体適正は分かるな」
「お前も男ならちったぁ戦える様になった方が良い」
夜
商隊は日暮れギリギリまで走るからキャンプで落ち着く事にはもう暗くなっている
「暗くなっちまったな…焚火付近でやるか…ホレ!」ポイッ 盗賊は適当な大きさの枝を放り投げた
「…」パス 僕は目が見えなくてもソレが分かる
「その枝が剣替わりだ…ゆっくり行くぞ?…防いでみろ」
盗賊の足音…呼吸…袖から出る音
殺気と言えば良いのか…1対1の立ち回りではどう動くのか分かりやすい
カン カン コン
「…そうだ!そんな感じだ」
「もう少し早く行く!!構えろ」ダダッ
走り込んで来る速さも間合いも僕には良く分かる
カンカン コン
「やるじゃねぇか…次は打ち込んで見ろ」
「…」スッ 僕は身構えた
「おいおい待て…四つ足になんのか?それじゃ枝持てねぇんじゃねぇのか?」
「…」
「…まぁ良い来てみろ」
剣士は四つ足の状態から素早く飛び込み木の枝を振り上げた
カン! 盗賊はかろうじてその攻撃を防ぐ
「!!うぉ…あぶねぇ」タジ
「お前のその低い踏み込み…すげぇじゃねぇか!!」
もう一回やってみろ!!
うぉ!!いで!!
んのやろう…
もう一回だ!!
うらぁ!防いだぞ!!その後どうする!?
何ぃ…飛ぶのか
わかった本気出してやる…コイ!!
盗賊は剣士のその低い体勢からの切り上げ攻撃と
クルクルと飛び上がってからの縦横無尽な攻撃に翻弄され
終始剣士が優勢のまま木の枝で滅多打ちにされた
「ぜぇぜぇ…わかったわかった…お前にゃ敵わん」
「お前の剣筋は普通の剣士では無い事がよく分かった…はっきり言う…お前はすげぇ!!」
「今日はもうヤメだ…おぉイテテ」
『馬車』
盗賊は夜間何もやる事のない女盗賊を気遣ってか果物と酒を持って差し入れに来た
「よう?暇だろ…別の馬車の物売りから仕入れて来た」
「フフこれで気を引こうと言うの?」
「いやまぁ檻ん中に入れちまって悪いと思ってな」
「頂くわ…」
「書物でも売ってりゃ良かったんだけどな」
「我慢するわ?金貨10枚の使い道も考えなきゃいけないし」
「あたたたた…」
「さっきの模擬戦見てたわよ?フフ完敗だったわね…怪我してない?」
「大した事は無いんだが…見てみろ…」
「あら…急所にばかり当たってる様ね?」
「目が見えてないのは大したハンデでは無いな…ありゃ」
「ここから見てても分かったわ…四つ足の地面を這う様な飛び込み」
「あぁ…たまげた…そこからの切り上げが見えんのだ」
「戦い辛い?」
「そういうレベルでは無い…勝負にならん…速すぎる」
「普通は剣筋や目の動き、体の動きで攻撃の来る方向がある程度分かる筈なんだが…」
「ノーモーションであの速さは避けられん」
「低い所からの切り上げで…見ろ…内股、内腿、脇腹…痛い所にばかり当てて来やがる」
「目で見て戦っていないからかしら?」
「…そうかもしれん」
「あなたも教えてもらったら?」
「シャクだがそうさせて貰う」
「フフ素直ね」
「いやな…悪いがあいつに勝てる戦士は限られると思うぞ…力こそ無いが動きがパネェ」
「本当不思議な子ね」
「白狼の剣士…その名の通りだ」
そんな他愛も無い話を2人で酒を飲みながら交わす
これが盗賊の女盗賊に対する詫びの仕方だった…
『商隊3日目』
ガラゴロ ガラゴロ
ゆるやかな丘陵の向こうに海が見えて来た
目視で大きな城郭と城がそびえたって居るのも遠目に分かる
「おい見ろ!見えてきたぞ!あれが中立の国セントラルだ」
「日没前には入れそうだな…今日は旨い物食えるぞ!もうちょい辛抱しろ」
檻の中ではもう待ちきれないのか娼婦の女4人が金貨の分け前で揉めている
僕は金貨2枚を彼女達に渡してしまったけれどその価値を良く分かって居なかった
人間の世界では銅貨100枚で銀貨1枚分…銀貨100枚で金貨一枚分
だから銀貨にすると200枚分でそれだけ有れば宿屋に10日以上宿泊して毎日美味しい物が食べられるらしい
「おいお前等!入国するまでは奴隷らしくしててくれぃ」
「あと剣士!何かあっても威圧的に振舞え…ナメられると暴漢に後を追けられる」
「女盗賊!もし俺らとはぐれたら貧民街の酒場で合流だ…おい聞いてんのか?」
馬車はそのままセントラルへ向かう
行き交う他の馬車も増えて来てだんだんと忙しくなって来た
「なんだありゃ…兵隊が200いや500くらい居るな?」
「何?」
「兵隊の行軍だ…戦争にしちゃ少くねぇ…二個中隊ほどか」
「何かあったのかしら?」
「物騒だな…今から移動するとなると夜行軍になるんだが何やってんだ?」
「魔物退治かしら?」
「移動し始めてる…すれ違う形になるぞ!おしゃべりはここまでだ」
移動しながらすれ違うと思って居たが
商隊は道を譲る為に脇へ逸れ速度を落とす
「ちぃ…商隊の先頭が止まりやがった…面倒にならんきゃ良いが…」
「ちょいと足止めだ!おとなしくしてろよ?」
「ちょっと…向こう側」
「ん?」
「あの馬車」
「…法王庁か…面倒には巻き込まれたくねぇ」
「この様子からすると大規模な奴隷狩りね…」
「神様気取りの体の良い奴隷狩りな…糞くらえだ」
「こっちに来ない事を祈るわ」
「法王庁の兵隊がどっか行って手薄なスキにお宝頂くって考え方もある」
「前向きなのね」
「俺ぁ泥棒だ…子供たちを盗まれっぱなしじゃ気が済まねぇ…利子付きでキッチリとな」
法王庁が率いていると思われる軍隊は商隊に関わる事無く横を通り過ぎて行った
それを横目で見ながら改めて兵装の良さを目の当たりにした
「ふぅ…行ったか」
「夜行軍の理由はどう考えて?」
「トアルの孤児院に来たのも朝っぱらだ…目立たん様に行動してるんだろ」
「あの数ではどのみち目立つのでは無くって?」
「ふむ…夜は狭間が近いと言っていたな?関係あるかも知れんな」
「考えすぎでは?」
「まぁ…理由はわからんが…素人ではない軍隊の行動だから必ず理由はあるな」
「何処まで行くのかしら…」
「だな?運んでる物資の量からするともしかするとシャ・バクダの辺りまで行きそうだ」
「兵装がこの間トアルの町に来てた兵隊と全然違う…」
「精鋭兵なんだろ…まぁガチの奴らだ」
「あ…商隊の馬車が動き始めてる」
「ふぅ…どうにか日が落ちる前にセントラルに入れそうだ…首引っ込めとけよ」
『外廓の門』
セントラルは陸から魔物の侵入を防ぐために巨大な外廓で覆われた城塞都市だ
そしてこの外廓の門がセントラルへ入る為の関所の役割を持って居る
外廓を守る門番は何人も居てその眼を光らせていた
「荷物とパスを確認する!!」
「これがパスだ」ポイ
「荷物は…奴隷か…この後どこに行くんだ?」
「中央広場で取引相手を待つ…すでに売約済みなんだ」
「む…おかしいぞ。中央広場で奴隷の取引は禁止の筈だ」
「…知るかよ!そこに指定されてんだよ」
「取引相手は誰だ?」
「…言える訳ねぇだろが」---マズイ---
「衛兵を呼ぶ」
「おい待てよ!面倒事にすんなよ」(剣士!威圧するフリ行け!)ヒソ
「む…なんだこいつは」タジ
「そいつはアサシンだ…法王庁のな」
「脅迫か?」
「…もう分かるだろ?取引相手が誰だか」
「…話は聞いていない」
「あぁぁ面倒だな…俺がゲロったのバレたらお前もタダじゃ済まんぞ?」
「衛兵!衛兵!」
「っち…法王の使いだ!本当は法王庁に直接運ぶ予定だったんだが予定が変わったんだとよ」
「さっき門の外で法王の使いに会ったんだが、今引き取れないから広場で待てと指示されたんだよ」
「もう知らねぇからな?」
「俺ぁ厄介事には関わりたくねぇ…馬車ごと置いていくからお前らで何とかしろや!」
「どうした!?」ダダダッ
数人の衛兵が駆けつけて来た
「上等な奴隷移送させておいてこの扱いかよ!!」ペッ
「……この奴隷商人を中央広場までお連れしろ…法王庁の御指示だ」
「はぁ?何でお前が指示するの?指示書はどうした?」
「分かれば良いんだよ…俺がゲロったのは秘密にしてくれ…裁判なんて御免だぜ」
「ゲロった?」
「…見てくれ…これが運んでる物だ」馬車の幌をめくり檻の中を見せる
「女、子供か」
「どういう意味か分かってんだろ?俺も本当は関わりたくねぇ」
「……付いて来い!!荷は隠せ!!」
盗賊はハッタリでこの場をなんとか乗り切った
馬車は商隊とは別働となりセントラルの中央広場まで案内されることになる
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