「魔王は一体どこにいる」2

ジョンG

第1話 トアル町

エルフの繁殖


それは精霊樹への祈りによって行われ


その希少な果実の実より生れ出たエルフは純血種として誕生する


しかし彼らは生殖器を持たない訳ではない


体構造の似た人間との間でその生殖器を用い


まれに亜種を生む事がある


ハーフエルフ


人間とエルフの特徴を持ち合わせた種ではあるが


純血種の下位として扱われ


エルフ界では忌み嫌われる存在となっている


特に人間の特徴を色濃く持った子は


災いを招くという理由で


誕生して直ぐに森を追放され遺棄される運命を持つ




その子は


生まれた時から不幸だった


エルフの特徴をほとんど持っていない奇形種


醜くい小さい


そして人間の中でも勇者の特徴として言い伝えられる青い瞳


その瞳は直ぐに封印され


盲目となったその子は


魔物への捧物として森の外へ遺棄されたのである




盲目のその子は森の奥深くに生息するメスの白狼によって育てられた


白狼はその子をかわいがり群れの中で狼として成長していく


しかし白狼の姿には程遠く一人前に成長するには人間との関りが必要だった


母親だった白狼の死後…その子は友達の妖精と共に人間の住む町へ冒険する




『トアル町』


ここはエルフの森南部からほど近い行商人が集う町


商隊が補給地として立ち寄り体を休める為に宿屋を訪れる


そんな人が集う町にその子は小さな妖精と共に訪れた


その子の容姿は灰色の髪の毛が手入れされず伸びっぱなし


身に着けている衣服はボロキレに薄汚れた灰色の毛皮…浮浪者のそれと変わらない


そして話す言葉も人間が使う言葉と違いパーセルタングと言う蛇が威嚇した様な発音の言葉だった


妖精は見えないその子の目の代わりでヒラヒラと舞いながらその子に話しかけていた



(そのまま真っすぐ歩いて…)


(あーーぶつかる!止まって!)ドンッ



その子は通りを歩いて居たゴロツキにぶつかってしまった



「おい…気をつけろ!!」


(す、すいません)


「聞いてんのかゴルァ!」


(あぅ…あぅ)…パーセルタング…森の言葉は人の耳には聞き取りにくい


(立って歩くのはもう少し練習が必要だね…立てる?)


(大丈夫…もう少し壁寄りを歩いてみる)


「ケッどこの言葉をしゃべってやがる!キチガイか?」


(僕達の言葉とは違うんだよ)


(何を言ってるのか分からないや…怒ってるのかな?)


(離れた方が良さそうだね)


「ん?盲者か?一人でブツブツ気持ち悪りぃんだよ!」


「どうした!?」…騒ぎ立てているゴロツキに他の通行人が寄って来た


「あぁ何でもねぇ、盲目の頭おかしい奴が体当たりして来やがった」


「何かスられて無いか?」


「あぁ大丈夫な様だ…」


(何かマズイ雰囲気になってきた…走れるかな?)


「謝りもしねぇで良くわかんねぇ事言ってやがる。気持ち悪りぃ」


「目が見えてなさそうだなぁ…君!隠者は道の真ん中を歩くもんじゃない」グイ…腕を掴まれ端の方に寄せられる


「そうだ!!隠者らしく隅で物乞いでもやってろ」


(今行けるよ…走って!!)


「お、おい!!聞いてんのか」



その子は壁沿いを走ってその場を後にした




『路地』


人通りを避けて小さな路地に入った


(ちょっとここら辺で休もうか?)


(うん…)


(気にしてるのかい?)


(僕はどういう風に見えているのかな…)


(気にしてるとキリが無いよ?人間の町は人の心も汚れてるから)


(う、うん)


(早く僕を見える人を探さないとね)



妖精の姿を見る事の出来る人間は限られる


小さな子供は見える者も多いが大人で妖精が見えるのは珍しい



(さっきの人達も見えてなかったみたいだね)


(人の多い所に来れば居るかもしれないと思ったんだけどね…)


(言葉が通じないと人間の町も不便だなぁ…)


(また今日も野宿になりそうだね)


(慣れてるから良いよ)シュン! ポカッ!



何処からか小石が投げられた



(痛っ)


「やい!浮浪者め!こんな所に居られると商売に影響が出るんだよ!!」


「おばあさんおやめ下さい」


「あっちへお行き!!シッシッ」ポイッ ポカ


(イタタ…)


「何も石を投げなくても…ごめんな…さ??」


「あなた…目が?見えないのね?瞳が無い…」


(行こうか…)


(人目を避けた方が良さそうだね)


「え!?何?…どこの言葉?」


「ほれ見ぃ異教の言葉に違いない…こんなのが居ると異端審問されかねんぞい」


「おばあさん…私が何とかしますからお店に戻ってください」


「シッシッ」



そのお婆さんは僕を見下ろすようにジロジロと見ている様だ


優しそうな女の人は懐から何かを取り出して僕の足元にそれを放り投げた


チャリーン



「これで許してね…おばあさん行きますよ」


(お!?銀貨!!やったね儲け~♪)…妖精は嬉しそうにヒラヒラと舞った



---人間の世界ってこういう物なのかな?---




『屋台』


貰った銀貨を使って美味しい食べ物を買って見ようと妖精が提案して来た


初めての買い物だった



(もう少し右…そう!それ!後は…アレとコレと)


(銀貨を台の上に置いて待てば良いよ)チャリーン


「おぉ?金は持ってるんだな?釣りはこれだけだ」


(右手を差し出して…うん!それで良い)ジャラリ


(こういう時何て言えば良いの?)ヒソ


(あ・り・が・と・う)


「あり、が、と…う」


「お、おぅ。まぁ…何ていうか体に気をつけな!!」


「ありが…とう」


「用が済んだら行った行った」



上手く買い物が出来た


僕は嬉しかった



(買い物出来たね!!)


(うん…緊張したよ)


(これでしばらくは飢えないで済むね)


(良かった)



タッタッタ


走り寄って来る誰かの足音だ



(ん?)


「あ!居た…探したんだから」グイ



さっきの女の人に腕を掴まれた



(え?あ…チョット)


「付いてきてね?あなたをかくまってあげる。こっちよ」





『倉庫』


腕を掴まれて連れられて来たのは何処かの倉庫だった



「入って」ギー ガチャン


(親切な人も居るもんだね。今日はここで夜を過ごせそうだよ)


(大丈夫かなぁ?)


「どこの言葉を話しているの?あなた目はどうしたの?」


「…それにしても、その動物の毛皮で作ったフードと羽織…臭うわね」クンクン


「洗濯してあげるから脱いでもらって良いかしら?」


(何て言ってるの?)


(えーと…)


「顔を良く見せて…」ファサ



頭を守って居た毛皮のフードをめくられた


他人にそんな事された事は無かったから思わず身構えてしまった…ズザザ!!



「待って!!怯えなくて良いの…ほら…構えないで?…落ち着いて?」


(どうすれば?)


(フードと羽織を脱いでだってさ。洗ってくれるみたい)


(あぁ…そういう事か)


「暴れないでね?」ファサ



フードを脱がされ頭部があらわになった


隠していた髪の毛が舞う



「え!?あなた…女?こんな姿で…汚れてるけど…でも素は良さそうね」


(人間からみると君は女に見えるみたいだね)


(そう言ってるの?驚いた口調だけど)


(まぁ仕方ないさ。合わせてあげたら?)


「ちょっと待っててね」ガコン ギー



その女の人は床の一部を開き降りて行った



(隠し階段か何かかな?)




『数分後』


その女の人は下の方から戻って来た



「お待たせ…こっちに入って?」クイッ クイッ


(何だろう?来いって事かな?)


(そうだよ。行ってみたら?)


(この閉ざされた空間は苦手だよ。歩きにくい。風が読めない)


「あ…そうか目が見えないのね…手を」グイ…手を引っ張られる


(僕の羽音があれば分かる?)パタパタ


(助かる)


「あなた…いつも一人でお話してるの?あ…ここ階段。気を付けて」


「ありがと…う」


「え?話せる?」


「ありがとう…ありがとう」


「他には?」


「ありがとう」


「フフッ…それで充分なのかもね」



その女の人に連れられて来た場所は狭い部屋だった


他の女の人が4人居て香料の匂いがツンと鼻に付く



「あ!!来た来た」


「見せて~」


「あんたは早く着替えなよ」


「水汲んで来たよ~」



何がどうなって居るのか分からない


女臭いその部屋でもみくちゃにされそうな予感がした



「こっちよ」グイ…腕を引っ張られ椅子に腰かけさせられる


「着替えと水をこっちに持って来て」


「はーい。お姉ぇその子どうしたの?」


「後で話すから早く持ってきて」


「水持って来るね」


「お客さん来る前にあなたは早く準備しなさい!!」




『小部屋』


僕は椅子に座り目の前でその女の人は必死に何か伝えようとして来た



「…じゃぁ私は一旦部屋を出るから今着てる物を全部脱いでこっちの籠に入れておいて」


「水はこれしかないから大事に使ってね。特に髪の毛の汚れを落としておいて…分かる?」


「えーと…こう…こうする…」ヌギ ゴシゴシ ジャブジャブ


「んーー目が見えない子にどうやって教えるかなぁ…」


「まぁ何とかなるか!!えーと着替えはこっちね?」


「ああぁ時間がない…後でね?」ギー バタン



僕は一人小部屋に残されその女の人は足早に出て行った



(なんだか…慌ただしいなぁ)


(この水で洗って着替える…で良いのかな?)


(そうだよ。随分水浴びはしてなかったからね)


(この着替えには替えたくないなぁ)


(面白そうだからあの女の人に合わせてみようよ)


(だってコレ…触った感じかなり薄手の…旅には向かないというか…)


(あの女の人の物みたいだ)


(んんんー)


(それを着てれば隠者に見えないと思えば易いと思うけどね)


(仕方ないかぁ…)


(似合うと思うよ…エルフ達はみんなそういう格好をしてる)


(僕はエルフでは無いと思うけど)


(何度も言ってるけれど僕には分かるよ…君からエルフの様な匂いがする)


(風や音を感じる感覚は普通の人間には難しい)


(黄泉の狭間を感じる君は間違いなくエルフに関係するよ)


(またその話か…もういい着替えるよ)



僕はあの女の人に言われた通り顔と体を洗い…特に長く伸びた髪の毛を綺麗に洗った


そして見に着けていたボロ着を脱ぎ籠に入れ


あの女の人の用意したヒラヒラの付いた衣類に着替えた




『別の部屋』


「…そう。あまりに不憫に思って連れてきたら女だったのよ」


「目が見えない…かぁ」


「よく今まで暮らせてこれたね」


「あんまり面倒事は背負わない方が良いんじゃない?」


「でも放っておけないでしょ?あのまま路地に居たら異教徒とか言われて捕まるのがオチよ」


「番台の婆さんにはどう説明するの?また怒られるよ?」


「稼ぎが在れば良いのよ」


「そんなに急にお客さんが増えると思えないけどなぁ…最近みんなケチだし」


「本人に覚悟が必要だけど…私たちの仲間が一人増えると思えば良いのではなくって?」


「あぁーそうかぁ…目が見えないのは良い事とも言えるのかぁ…キモイ物見なくて済むもんね」


「ねぇねぇあんた…その子見て来たんでしょ?やって行けそうなの?ここで」


「超美人…私達の誰よりも」


「ええ!?そんなに?ムキー!!」


「早く見てみたいなー」


「仕事が終わったらあとで髪を揃えてあげようと思うの…その時に」


「お姉ぇは今日早いの?」


「いつもの男よ…さっさと終わらせて戻ってくる…あなた達も病気にだけは気を付けて」


「分かってるよ!新規さんは十分確認する」


「お姉ぇは良いなーお金持ち相手で」


「あなたも良い相手見つけなさい?…そろそろ行くわね」タッタッタ


「あ!!お姉ぇ!!薬忘れてるー」


「今日はいらないわ!!あなたが使って!!」



その女達はみんな娼婦だった


宿屋の地下を間借りして女同士が共同生活をしていたのだ


主に酒場で男を釣り宿屋の一室で行為を行い金を稼ぐ


この世界では当たり前のように売春が行われる




『小部屋』


僕は着替えが終わりスースーしたその格好にすごく違和感を感じた



(…なんか落ち着かないなぁ)


(ケラケラケラ似合ってるよアハハハハ)


(そういう意味じゃないよ)


(あーごめんごめん。まさかそんなに肌が出てるとは思ってなかったから)


(エルフは肌をあまり出さない事くらい知ってるよ。だからそうじゃなくて…)


(じゃぁ何?)


(ここは地下だから人の気配が少ないのは良いけど)


(けど?)


(風の音も木々の音も感じ難い…無機質な物がどこにあるか分からないんだ)


(僕が飛んでいないと音の反射も感じ無いかい?君が音を出せば良いだろう?)


(だから落ち着かないんだよ)


(虚無に吸い込まれそう?)


(こういう場所は嫌いだよ…野宿の方がずっと落ち着く)


(目が見えても、見たくないものまで目に入るから落ち着かないのは一緒だよ)


(…人間の町に慣れなければいけないのかな)


(魔女を探すなら慣れなきゃいけないね…相手は人間なんだから)


(僕一人で探さなきゃいけない?)


(黄泉の狭間からあまり遠く離れた所に妖精は行けないよ…知ってるでしょ?)


(自信が無いよ…)


(君を導く人が現れればやって行けるさ)


(あ!!あの人が来る)



ガチャリ ギー



「あら?また一人でお話?…あなたは不思議な子ね…明かりも付けないで」


「ん?光る虫?…が居るようね?蛍かな?」


「明かり点けるわね」シュボ…燭台に明かりが点いた


「似あってるじゃない…でも髪が伸びっぱなしね」


「…にしても私が言った事は理解してそうね。言葉は通じる?あなたは誰?どこから来たの?」


(何て言ってるのかな?)


(待って…この人…妖精をすこし見えてるかも)


「え?何?誰?…あなた?」キョロ


「気のせいね…今からあなたの髪を揃えてあげる…分かる?こう」チョキチョキ


「おとなしくしていてね」


「入っていいわ」


(向こうに居た4人が来る様だ…まいったなぁ)


(見世物だねぇ…辛抱しときなよ)



4人の女がゾロゾロと入って来た


部屋が一気に香料の香りでムンムンになる



「お姉ぇの洋服は少し小さいね」


「うゎぁ本当だ綺麗…肌がツルツル」


「ムキー!!ムキー!!」


「前髪伸びすぎだね…これじゃお化けじゃん」


「目が見えてないから気にならないのかもね」


「あ!本当だ…瞳が無い…キモーーーーー!!」


「さぁ切るわよ…おとなしくしててね?」チョキ


「お姉ぇ!!この長い銀髪売れるかもよ?」


「付け毛でアクセントにしてみたら?良い男に見初められるかも知れないわ?」


(どうしよう…)


(髪の毛くらいどうって事ないよ。やらせておきなよ)


「ねぇこの子何しゃべってるのかな?こんな言葉聞いた事無いよ」


「エルフだったりして?あれ?でも耳が長くないなぁ」


「瞳が無いとやっぱ気持ち悪いね」


「アイレンズの赤いやつが合った筈…探してきて」チョキ


「あれ高いんじゃないの?良いの使って?」


「良いのよ。どうせみんな使ってないのでしょう?」チョキ


「ハイ!終わり!アイレンズまだぁ~?」


「持ってきたよ!」ホイ


「さぁ仕上げに…これはあなたの瞳の代わり」ペタ


(うわ…なんだこれ)


「心配しないで?すぐ慣れるわ。ちょっと立って見て?」グイ



手を引かれ立ち上がった



「わおおぉ」


「銀髪の美少女…これは売り物になりそう」



その夜…この女達にアレコレ顔をいじられ落ち着かない夜になった




『翌日』


安全で温かい部屋だったから一応は寝る事が出来た


いつも通り目を覚ましたけれど外の空気と遮断されて居て太陽が昇っているのかどうかも分からなかった


妖精はテーブルの上に生けてある花の蜜を吸いながらくつろいで居る



(あの女の人は協力してくれるかな?)


(僕のことをしっかり見ることが出来れば話は通じるかもね)


(もう少し黄泉の狭間に近づかないと?)


(満月の夜だと確実かな)


(まだ先だね…ずっとここに居る訳にもいかないだろうし)


(…そうだね)



トントン ガチャリ


僕を気遣ってなのか扉を開ける前にノックするようになった



「おはよう。早起きなのね」


「少し外を歩いてみる?…でもね?あなたの話す言葉…これは他の人に聞かれてはいけないわ」


(何て言ってるの?)


(外に連れて行ってくれるらしい。でもしゃべらないでって)


(おかしい人と思われる?)


(多分そうだよ)



森の言葉は人間にはヘビの威嚇に聞こえる



「ほら…また独り言…誰かとお話をしてるの?それとも何かの呪文?」


「お口チャック…私のいう事が聞けて?」チャック


(首を縦に振れば良いよ)


「…」コクリ


「!?あら…分かるのね?」ニコリ


「私の手を放さないでね…目が見えないと歩くのに困るでしょう?」グイ


「こっちよ」スタスタ


「あ!お姉ぇどこ行くの?その子も一緒?大丈夫?」


「少しお話をしてみようと思うの…孤児院の方までお散歩しながらね」


「あなたたちは休んでいなさい?」


「はーい」


「さぁ…こっちよ。この階段を上がって…」




『宿屋』


階段を上がった先は宿屋のカウンター裏だった


本当なら地下の部屋は倉庫として使われて居るか宿屋の店主が寝泊まりする部屋だった様だ


そのカウンターには石を投げられた昨日のお婆さんが座って居る



「その子はだれだい?見ない顔だねぇ」ジロリ


「…はい。昨日から仕事を見せてます」


「ほぅほぅ新しい子かね?良く見つけて来たねぇ…こんなべっぴんを」


「はぁ…まだ決まった訳では無いですけれど」


「若さだけが売りの俗な商売女…いやだねぇ」


「……少し出かけてきます」カラン タッタッタ


「ちゃんと稼がせるんだよ!!」



優しい女の人は僕を他の人に見られたく無かったのか


僕の手を引き足早に宿屋の表から出た


やっと外に出られて新しい空気を吸った





『露店のある路地』


手を引かれて来たのは人が集まる路地だ


そこでは商売人たちが露店を開き物売りをしている


朝の食事を買うために多くの人がウロウロしていた



「あなたには見えてないでしょうけど、この路地の奥に孤児院があるのよ」


「途中で食事をしていきましょう」


「お!?どこ行くんだい?」



顔見知りなのか馴れ馴れしく男の人が声を掛けている



「いつもの孤児院周りよ」


「そうかい。また遊びにいくなー」


「今日は2人で散歩かい?」


「おぉーまた可愛いねーちゃん連れてるなぁ?新入りかー?」



次々と別の男の人が話しかけて来る



「…みんなあなたを見てるわね?」


「……」…僕は言われた通り口を開かない


「買い出しかね?」



次の男の人に話しかけられ優しい女の人はそこで立ち止まった



「パン2つ…それと肉と野菜も付けて。お代はここに」ジャラリ


「まいど!!連れの子は誰だい?」


「ひ・み・つ。またねー」


「行きましょ」



路地の脇に置かれたベンチまで手を引かれそこに座らされた



「ここのベンチで食事をしていきましょ?」…優しい女の人はパンを頬張りながらもう一つを僕に手渡した


「……」…食べた事の無い物を貰って少し困惑する


「んー何かおかしいなぁ…目が見えていないのならもっとゆっくり歩くと思って居たのに…」


「段差にも躓かないし…どうして悠々と歩けるのかしら?慣れるとそういう物なの?」


「あとあなたの周りに小さな光がチラチラしてるのは何?魔法か何か?」


「本当…不思議な子ねぇ。ほら早く食べて?」グイ…手に持ったパンを無理やり口にあてがわれる



僕はそのパンをかじってみた


ひと口かじるだけでそれは体に良い物だと直ぐに分かった


こんな美味しい物今まで食べた事が無い…



チュンチュン


鳥達もパンが欲しいと集まって来る


僕はパンを崩して鳥達にも分けてあげた



「どうしてかしら?小鳥たちもあなたに興味があるの?」



チュンチュン


妖精も鳥達と一緒に僕があげたパンをかじりながら鳥達と話しをしていた






『孤児院』


路地を抜けた先に古びた大き目の建物が有る


集合家屋になって居るがこの建屋の一角を孤児院として使って居た様だ


その目の前にきらびやかに装飾された馬車が多数横付けされ人だかりが出来ていた


ザワザワ ザワザワ



「えっ!!あれは法王庁の馬車…まさか…」



優しい女の人は慌てた様子で人だかりに割り込んで入る



「人が集まってる…あなた!私から離れないでね」グイ タッタッタ



そこに又顔見知りであろう男が来て話しかける



「!!おぉ…来たか!!マズイことになった」


「子供達は?」


「全員馬車の中だ」


「どうして中に入れたの!?あなたは何を…」


「無理やり入ってきやがった…隠し部屋もバレてたんだ…誰か密告しやがったんだ」


「もう!!何してたのよ!!どうしよう…」


「こんな朝っぱらから法王庁が直々に来るとは思ってねぇよ…手が出せねぇ」


「私が言いに行く!」


「待て!!やめておけ!!お前もとっ捕まるぞ」


「このままあの子たちを見捨てるつもり?」


「俺だって何とかしたい…だが相手が悪い…今は無理だ」



口論する2人をよそにきらびやかな装飾を身に着けた司祭と思われる人物が建屋から出て来た


その司祭の後から兵隊に連れられた子供達が引率されてくる


司祭はわざわざ大衆に聞こえる様に大きな声で話す



「これは神のご意思なのです。あなた達は神に選ばれたのです。大変喜ばしい事なのですよ?」


「神の御許でのお仕えが許されたあなた達は神のご加護が約束されます。祈るのです。さぁ祈るのです」



その司祭の威圧的な声に怯えたのか子供達は泣き出して居る



「え~ん…え~ん…」



それを見かねたのか優しい女は司祭をすり抜け子供達に駆け寄った



「子供たち!!みんな無事?」


「ムム!!?」


「たすけて~~」


「助けてとは何事ですか!!神の御許へ行くのですよ?」



優しい女の人はその司祭に向き直り嘆願する



「法王の使い様…どうか子供たちがもう少し大きくなるまで待って頂けないでしょうか?」


「法王庁の決定は神のご意思。それは絶対。神のご意思に背く事を何と言うか言ってみなさい」



その司祭は法王の使いと言うらしい


法王の使いは目をまん丸くして怒りの表情を浮かべ指を指す



「あなたぁぁ!!それとあなたもぉぉぉ」



優しい女の人と一緒に居た僕も指を指された様だ


返答に困り彼女は何も言えないで居る



「教えてあげましょう!!…それはあなたが罪人であるからに他ならないぃぃ!!」


「私に許しを請うのであれば神の名の下慈悲を下しましょう」


「本来であれば八つ裂きの刑になるところですが…鞭打ちの刑に減刑致しましょう」


「神の御慈悲に感謝するのです。さぁ祈りなさい」



この様子を見ていた大衆はヒソヒソと小声で不平を漏らす



何が慈悲だよ


狂ってやがる


誰か何とかしてよ


巻き添え食らうぞ



優しい女の人の言われた通り僕と妖精も何も言わず様子を見ていたけれど


妖精はしびれを切らして僕に話しかける



(もう!!黙ってみてられないなぁ…逃げよう)


(良くない事が起きてるのはわかるけど…)クンクン


(説明は後…こっちへ)


(あの女の人はどうする?)


(良いから早く!!)



この時僕は風上から迫るある匂いに気が付いて居た


それが気になったけれど妖精が先に飛んで行ってしまうからその後を追いかけた



「待ちなさ~い!!あなたぁぁぁ!!聞きましたよ呪いの言葉をぉぉ」


「あ!!ダメ…」


「兵隊達!!あの女を捕まえなさい!!」


「ハッ!!」



兵隊達は法王の使いの言葉を聞き一斉に動き始める


たった一人の女を追うのに豪華な装備を着込んだ兵隊が一斉に動く様を見た大衆は騒然とした





『孤児院の前』


ゴタゴタになったその場所で優しい女とその連れの人相の悪い男は事態の収拾に動き始める



「だから言わんこっちゃねぇ!!今の内だ!鞭打ち食らう前に逃げろ!!」


「あの子…目が見えてないの…すぐに捕まるわ」


「誰なんだ?あの女は?」


「追う」ダダッ…優しい女は駆け出した


「おい!今は逃げる時だろ!!面倒ごとに首突っ込むな!!」


「ああぁ!!危ない!!」


「なぬ!!?」



ピョン クルクルクル シュタッ


僕は近くに立って居た木に登った


風上から匂って来る物がどれくらいの距離にあるのか確かめたかったからだ




「ええっ!?…木に…飛び乗った」


「なんだあの女!!えらく身軽じゃねぇか…」


「囲め囲めぇ!!」



兵隊達はその木を囲み始める


僕はそんな事どうでも良くて匂いの発生源の数を嗅ぎたかった


(1,2,3,4,5,6…)クンクン


「もう逃げられないぞ」…兵隊達は木に登れる訳でもなく何も出来ない


(この匂い…)


(気付いたね?風上からゴブリン)


(多い…これは大きな戦いになる…小鳥たちが言ってた通りだ)


「邪教徒めぇ!!呪文をやめろぉ!!」…兵隊達は近くにゴブリンが来ているのを察知していない


(振り切るならゴブリンの方に向かった方が良さそうだね…)


(距離は読める?)


(もうすぐそこに来てる…戻るよ)タッ シュタッ



僕は兵隊達の目の前に飛び降りた


動きが遅すぎて捕まえられるなんて思わなかったから…



「捕らえろぉ!!」



一斉に向かって来る兵隊達の頭上を軽々飛び越える


ピョン クルクルクル シュタッ



「うぉ!!戻って来た…なんだありゃ四つ足で走ってやがる…ウルフか?」


「信じられない…あの子」


「おい待て!!どうする気だ!!?どこに行く?」


「追うに決まってるじゃない!!後ろに兵隊達も来てるんだから…」


「ええぃ!!追うしかねぇな…行くぞ」ダダッ




『孤児院』


風上から接近していたゴブリン達は一気に町の中心を目指して居た様だ


その進行上にたまたま孤児院が位置して居て急なゴブリンの襲撃で大混乱となっていた



「グエーグエーギギギ」



ゴブリンは町を襲撃する為に既に武装していた


一方兵隊達は戦う想定が無かったから指揮系統が混乱して各自対処する様な状況だ



「散開!!散開!!」


「ぐぬぬぬ…これは邪教徒の仕業…あの女は何としても捕えなければいけなぁぁい!!」


「法王の使い様!!ここは私共が引き受けます。馬車にて御退避下さい」


「ふむ…わかりました…これも神の御心…あなた達の事は法王様にご報告をしておきます」


「これを打破し、何としてもあの女を捕らえるのです」


「ハッ!!全隊第一戦闘態勢を取れぇぇ!!騎兵を前面に移動!!」



指揮系統が機能し始めた一方で法王の使いは馬車に乗って逃げるという始末


だが事態はどんどん悪化して行く


ゴブリンは小隊をいくつにも分け戦略的に動いて居たからだ



「む!!…何か様子がおかしいぞ?」…その男はやっと異変に気付く


「ちょっと…アレ」


「ゴ、ゴブリン!?おいおぃ…大変な事になってるじゃねぇか…どうなってんだ?」


「これは…チャンスかもしれないわ」


「おい!あのウルフみてぇな女は突っ込んで行くぞ?」


「…あの子がゴブリンを呼んだのかしら?」


「それしか考えられんが…しかしそんなに早く呼べるものか?」


「でもこの状況は利用しないと…子供たちを連れ出したいわ」


「分かった!俺が馬車に入ってる牢のカギを開ける…その間近づく奴を何とかしてくれ」


「あ!?あの子…旋回してる?」


「掻き回してる様だな…ありゃ目が見えてないのはウソだ…いくぞ!!」





『馬車』


その男は鍵開け用のロックピックを持って居た


慣れた手つきで牢の鍵穴を探り解錠させようとする


カチャカチャ カチャカチャ



「ちょっと待ってろ…今出してやる」


「他の子供たちはもう一つの馬車の方か?」


「チッ見当たらねぇな…先に行っちまったか…」



ガチャン!



「おっし開いた!!出ろ!!」


「おい!!早く子供たちを連れてけぇ!!」


「いけない…兵隊達が押されてる…町の方までゴブリンが行ってしまいそう」


「おいお前等ぁ!!泣いてねぇでしっかり歩け!!」


「え~ん」


「こっちよ…早く」


「宿屋の地下か?」


「そこにしか行くところが無いわ」


「よし…俺が先に町まで走る!!戦える奴を集めてくる!!」


「おねがい…わたし達は迂回して宿屋の地下に行くわ」


「…にしても法王庁の兵隊共は役に立たなさすぎだな」


「おぼっちゃまばかりよ」


「じゃ!後は頼む!行ってくる」


「生きてたら酒場で!」


「分かってる!じゃぁな」



その男は走り方に雰囲気を持って居る


割と体格が良く大きな体が全速力で疾走して軽快に人々をすり抜けて行く姿は


何かを起こす期待をさせてしまう雰囲気だ…今物語が走り始めた





『孤児院の前』



四つ足で走り回る女…人々の目には異様に映っただろう


ゴブリンと兵隊達が混戦になったその間を走り回り、時には宙へクルクルと舞って居るのだから



(ゴブリンは全部で22匹…)


(その服はやっぱり動き難そうだねアハハ)


(足回りがキツイ)


(そろそろ逃げようか)


(この数のゴブリンだと町の方まで行きそうだね)


(一旦戻って隠れて様子見る?)


(着替えは返してもらいたいかな)


(夜まで待って取りに行こう)


(この町はもう離れた方がよさそうだね?)


(僕は楽しんでるよ)


(そうかい?)


(後でゆっくり教えてあげるよ。人間たちの話していた事をさ)


(少しだけ分かるようになってきたよ)


(へぇ)


(人間は言葉の中に感情が含まれているんだ…だから何を言ってるのか想像がつく)



安心、不安、感謝、幸福、欲望、恐怖、勇気…


全部言葉の中に隠れているんだ




その日


ゴブリンの襲撃で法王庁の兵隊達は壊滅した


町からの守備隊によりゴブリンを撃退したものの


被害は大きく30名程の死者が出た


被害が拡大した原因は法王庁の初動の悪さだった


ゴブリン襲撃の事実を隠したまま町の衛兵達を外まで護衛に付けさせたからだ


これは後に法王庁解体の一因となる事件だった

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