第30話 終幕

 高度数百メートルからの投身。無論躰はぐちゃりとはじける。

 しかして死の確定よりも迅速に行われる治癒。


「愛されているってかんじ」


 恵比寿神社境内、戦況はすでに佳境を迎えていた。

 なにせ八尾の祭神ヒルコの御許、モノノフが死守せんとする秘中の要だ。

 略奪者であるメリケンと、守護者八尾の交戦は必至だった。

 

 ほどほどに狭い境内は血の海と化し。参道に並べられた臓腑が臭いたつ。悪魔が主賓の市場は賑わって見えた。最前線は膿んでいた。

 

 強烈な情に意識がくらう。

 百年物の宿痾が笑顔する。


 みんなと一緒に戦いたい。僕も混ぜて。


 戦いたい。戦いたい。戦って、死にたい。

 気持ちよくなりたい。

 いますぐ殴って、頭ん中花火して、グロぶちまけて。

 めちゃくちゃにしてみたい。猟奇と慟哭のないまぜが臨海を引っ掻く。

 いつもどおりの、程度の知れた肉欲だ。


「でも、もういいんだ」

 

 いまさらなんだよ。

 大平洋戦争ほどの凄惨を。神戸大戦ほどの激闘を。最終戦争ほどの憧憬を。

 ワシはもう、全部の素敵を味わった。

 この程度の茶番劇チャンバラに、価値はもう見いだせない。鳴らないんだ。心臓が。


 ロック銃撃音を聞きながら、心はとても穏やかだ。

 中毒したいのに、起き上がれない。

 快晴に押しつぶされている。


 目が離せなくなる。淡く色づく澄んだ空から。

 神が愛した世界はどうにも美しくて。

 どす黒い戦意の夜空を、朝やけが追い越していく。

 今までありがとう。楽しかった。大好きでした。そんな感じに晴れていく。 


「ゴチでした」


 最期だから。僅かばかり浸っていよう。余韻に酔いしれて、青と黒の境目で、ジャズを踊ろう。

 

 早起きして、戸を開く。始発の音、鳥の挨拶を聞く。ぐっと伸びをして、吐く息が白い。それくらいスッキリとした面持ちで──。


「視線誘導」


 そして戦場に鬼が立つ。

 高高度からの落下、これ見よがしに。

 ド派手な復活、わざわざ見せつけて。

 どうして? 


 たった一瞬、ほんの刹那、戦場にいるもれなく全員が、ワシの痴態を視認した。

 それだけでいい。これだけの隙を、の顎が見逃さない。


 神社にはすでに、ヒルコを目指す野生の群れが集っていた。

 八百比丘尼だけではない。八百体HAPPYAKUの番が、共に神を死徒せんとするハッピーたちであるからして。


 始まると言っているのだ。人外魔境、群雄一挙の蹂躙が。


 カルバリアが。メガネウラが。コダイオオヤスデが。ムカシアミバネムシが。メトポサウルスが。エオラプトルが。トリケラトプスが。プテラノドンが。ティラノサウルスが。マンモスが。サーベルタイガが。オオウミガラスが。オオツノシカが。ニホンオオカミが。ドードーが。


 神を愛した数億年が、ヒルコの社を荒らす、不埒な者共を許すはずなく。

 神社なもんで、両手を合わせて──。

「いただきませ」


 銀蓋はそして開け放たれた。


 食人と再生、ビュッフェ形式の肉食と。

 草食の怒り、逆屠殺の体当たりが幕開け。


 人肉を平らぐ番たちは、怨嗟の牙を剥き出すというのに、なぜか、とても楽しそうにみえた。怒りと喜びに満ちた饗宴は自然的で、すがすがしく壮大だった。 


「あぁ、そういう……」


 違和感だった。神ヒルコはなぜ地球生命を愛してしまったのか。獲物であるのにも関わらず。

 今なら分かるよ。

 

 神様はきっと、地球生命が産まれながらにして有する、闘争本能ビリビリビート戦情大自然に恋をしたのだ。

 証拠に、災害は緑で溢れているじゃないか。


「確かにコレは惚れちまう……」


 ヒトが発明した戦争よりも、生命の根源たる闘争がまさった。

 なんという喜劇か。

 姉様、楽しんでいただけましたか?

 

「さて」


 ここは食卓のど真ん中。まもなくワシも食われて終わる。

 別にそれでもいいのだが、心残りはある。


 空を仰ぐ。探す。探す。探す。

 ワシはいつだって、ビリビリを探しています。


「お」


 見つけた。特等席にいた。

 目撃する。爆発な笑顔が眼窩に目撃する。


「ビリビリじゃ~」


『自分探し』なんて言葉がある。僕は不運にも、戦場でじぶんを見つけてしまった。

 友情、愛情、痴情は意味をなさない。だけが僕の喜びのすべてだった。

 

 もう一つ増えた。


 怪鳥にかっ攫われる。大地戦場が遠のく。

 眼下で敬礼するがいる。


「姉様、ヨロズが!」

「場違いじゃ。とうに余所へほかしてある」


 優しいんだから。


「やんま! ワはこれより神ヒルコの元へ向かう!」

「はい!」

 神ヒルコとの再会、それはあなたがための物語だ。ワシが立ち寄る意味も権利もない。もうお別れです。いってらっしゃいませなのです。


 ケツァルコアトルスがワシを放す。

「うぬも男を見せてこい」

 

 ならば聞け!


「姉様!」

 最後なんだ。空白に、どうかあなたの名前を記してください。


さち!」


 神ヒルコの幸。海の幸。


「幸!」


 八百幾ぶりに、ワシは少女の名を叫ぶ。

 伝説なんかじゃない。目の前にいるひとりの少女の名前だ。


 かくして鬼ヤンマの永き演目は終わった。

 次でようやく決戦だ。

 ひいおじいちゃん、最後の家族会議戦いだ。

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