第28話 愛を剥き出す者たちは

「神々相手に戦争を仕掛けるつもりなのか」

「防衛戦争なぞ興味もありません。ワシはむしろ侵略戦争を起すべきだと」


 どうせ人類、数万年後には滅んでいる。地球上で起こった大量絶滅期を指折り数えたことはありますか? 太陽はいつまでも光るのですか? 繁栄を無知に盲信する浅はかな姿勢こそ、辞書は愚かと定義するのだ。


 それでも考えずにはいられない。絶滅を回避する冴えたやり方──。

 人類よりも高度な文明、すなわち神を、すれば良いのではないか。

 土地も、知恵も、すら我が手中に収めん。


 その行為戦争は、が至上命題である生物にとって、いたく自然な行いだとは思いませんか。


彼岸とは進化程度で埋まらない距離がある。千手観音相手にジャンケンで勝とうとする蛮行じゃ」

「へぇ? でもワタクシ、竹槍でB29を落としたことがありますよ」


ためなら神をも殺すか。うぬの定義に則せば、この星はオキアミこそ王者になる」

「どうでしょう。地球史上最大生物シロナガスクジラの主食はオキアミだと聞き及んでいます」


「捕食者こそ頂きか?」

「ええ。クジラの竜田揚げはおいしいのです」


「神は地球を食せるが?」

「して人間は雑食です。ゲテモノだっていただきますよ」


 負ける、勝てないの話はしていない。食うか食われるか。コレは適者生存の競争であり、甚だシンプルな戦争なのです。

 

「うぬの持論にケチをつけるつもりも、問答するつもりもない。であることを確かめたならそれでいい」


 気がかりだった。神はなぜワシなんかの元へやって来たのか。

 ただの案内役を求むなら、ヨロズほどに聡明な子や、八尾のように従順な者へ頼めば良い。戦うことしか能のないバカじゃなく。

 神はどうしてワシのグロを剥き出す必要があった?


「五十年というを神ヒルコが宣告した理由、考えてみると良い」

 ヨロズは京阪神のみの災害範囲について、アラハバキのエネルギ不足だと主張していた。

 では自問する。なぜ神はエネルギ調味料が不足している状態で、料理を始めざるをえなかった? 


「反撃の猶予を残すため?」


 終末は簡単な計算式でなりたつ。ヒルコは明確なカウントダウンを示したのだ。

 若返り現象は世に活気を。進化現象は個の強度を高めた。

 不滅の蛮王、加速の赤蝕、二人のような変異体がこれよりゾクゾクと現れ始める。  

 災害は終末への時限爆弾に見せかけた、地球生命に対するドーピング? 結果、戦争という余地を残した。


「ふん、さすがワの見込んだ男じゃ。そして是じゃ。神ヒルコは地球生命が神々に抗うことこそ望まれている。ワがせっかちな婆なのも無理なき話。残りたったの五十と有余年しかない。心ははやるし、血も湧きたつ」


 人類の宣戦布告を誘導している。本来神々サイドであるヒルコがなぜ?


「愛してしまったから。とても単純な話なのじゃ。神ヒルコは四十億年かけて、岩とガスの星を生命で満たした。道中、が湧いてしまうのはよもや必然であった」


 いくとしも、いくとしも。はるかいにしえより育て慈しんできた。若葉が芽吹き枯れていく。栄枯盛衰の循環を目の当たりにした。


 銀河の神々は『種が寝返る』という可能性を考慮できていなかったのだ。子を食事として差し出す母はいない。


「そも、災害など起さなければ、神々に食われることもないのでは……」

「規格外の野菜は捨てるものじゃ。どのみち消される運命にある」


 神はふと、天に指さす。

「アレ、なんだと思う」

 伺えば一匹のトンボが飛んでいた。


 およそ日本に生息するはずもない、雄大なトンボが緩やかに滑空していた。オニヤンマでも比にならないほどの翅は三十㎝を超す。だが驚きはない。ワシはアレに心当たりがある。


「幼年が災害後進化したように、同じ現象が全生物でおきているみたいです。ワシはこの一月山林でくらしましたが、多種の異常を目撃しました」


 人よりも生死のサイクルが早い昆虫類はより顕著だった。

 闊歩する甲虫、蠢く巨大ゴキブリ、人を呑むほどのヤスデ。石炭紀に存在したとされる、外骨格の理論値に達した異形の者達。

 ジャングルがもたらす豊富な酸素と食料も進化を後押ししたようだ。


 おかげさまでヨロヨロチャンネルは昆虫食がメインコンテンツになっています。いまさらトンボごときに驚きはない。


「否じゃ。あやつはトンボなどでなく。約三億年前に実在した絶滅種、じゃ」

「はぁ……」


「あやつだけではない。聞くがうぬ、お前はこの森林で、幾類もの生きた化石を目撃したのでは?」

 

 今は懐かしき鱗木に始まり、海中ではアノマロカリスやハルキゲニアといったミュータントも散見している。死者は復活しないはずの災害で、なぜ彼らだけが例外なのか。


「あやつらはヒルコのつがい。神に愛された花嫁たちじゃ」

「へ?」


「ヒルコは体内に核融合炉を有している。外的なエネルギ摂取の必要はないし、半永久的に存命し続けられるが、一方で移りゆく環境に適合するための進化手段を持たない」


 寿命が長ければ長いほど。生殖活動が僅かであればあるほど。選択的進化が緩やかになる。不滅であればなおのことだ。


「そのため神ヒルコは、自身の進化を他種に委ねるという生存戦略をとった。時節に登場した種族を模倣することで、環境に適合した肉体を獲得していく。つまるところ神は、時代ごとにその姿を変えている」


 神ヒルコは鱗木だった時代があったし、トンボだった時代もあった。かつては海を泳いでいたし、やがて空を飛びはじめた。


「模倣するためのオリジナルをつがいと呼び、神ヒルコはその者たちを寵愛した。報償として、番に自身の権能の一部、を賜った」


 不死ではあっても、不老ではない。


「年老いた番たちは仮死状態、いわば乾眠に入り、現代まで生き永らえてきた。してこたび発生した特異点こそ──」

「若返り現象」


 災害は番たちをも呼び覚ます爆撃だった。彼らは絶滅しておらず。災害の日をひとしれず待ちわび続けたのだ。


「番達は今、神ヒルコを目指している。中心地からほど遠くないこの地にて、絶滅種の多くが集まってきている。この子たちもワと同じなのじゃ」


 この子たち──。

 気がついていた。彼女の背後に多くのが集っていたことくらい。

「ガッガッガッ」

 だというのに抱腹絶倒の驚愕に魂が震えた。


 ケツァルコアトスが鳴いた。マンモスが地を揺らした。サーベルタイガが飛び跳ねた。そして──。


「求めへと向かっている、あなたも同じ──」

「隠すまでもない。ワが名は八百比丘尼。神ヒルコを寵愛した最後の番にして、神々を討たんとする物部モノノフじゃ」


 ギロリと剥き出された犬歯に、刀身よりも鋭利な殺意をみた。


「エビスカミ。うぬの戦意が本物ならば、最終戦争真髄を魅せてやろう。臆すな、心臓を鳴らせ。まもなく決戦じゃ。最果てを撃ち墜とす戦争じゃ」


 ドン、ドン、ドン。初恋の音色が響いて、すこし痛い。

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