第27話 宇宙戦争

 混沌を焙煎したような、第一次神戸大戦は終結した。

 八尾軍は沈没し、米軍は将官を失い、能面は略取された。

 とはいえワシはこれといった戦果をあげられず、だが二つの最強という矛盾を見届けることができた。島が一つ沈んだ。大変な戦いだった。

 夜も深まり、歩道橋の上で野営をしていると、とある人物が来訪する。


 白。

 第一の印象は無垢な処女雪の白だった。


「初めまして、神様」

「ふん、驚かんのか」


 なにせあなたは可視光を反射する色だ。ハテナもだ。一目で超常だと理解する。 

 彼女は神秘をまとい、常世ならざる美しさをひけらかす。

 背丈こそ低く華奢だが、発せられるオーラはただならない。

 白磁の長髪は雑に結われ、特徴の麻呂眉毛が高圧的に見下してくる。

 そんな態度が様になるほど神々しく、目に焼き付いて脳が鳴る。


 劣等感の隙間を縫い、魂に畏怖を直接塗りたくってくる白々しさ。

 八尾が垂涎する理由もわかるというものだ。あまりにも麗しくて、まばゆくて。穢れはどうにも死にたくなるのです。

 

「戦場にいた能面は偽物だ。あいつは神じゃない。そういうことでしょ?」

「なぜ分かった」


 当初は小さな違和感だった。今、あなたを目撃して開花した。


「米軍が能面を拉致ったっていうのに、ワシらの蘇生力は減るばかりか増す一方だった」

 野翁は物理的に神と距離が近いほど、蘇生力は強く働くと説明していた。

 焚き火に手をかざし皮膚を焼く。「あっつ」ほら、いまだって治癒が激昂している。癒えていく様を見せつけてやれ。


「神を遵護するはずの野翁が、なのに能面へ興味を示さなかったのもでかい」

 米軍が能面を確保する最中であっても、奴は己が決戦に心酔していた。やや不自然だ。


「確信したのはあの弱さです。ただ弱いだけなら無視もできた。でもあの娘は、動くこと自体に難色をしめすほどの虚弱体質だった。まるでが、外へ連れ出されたような。つきまして、ワタクシひいじいです。たとえ仮面をしていようとも、あの娘がであることくらい、今なら分かる」


 立居振舞、姿勢に歩幅。真似のしようも無い生き様は、仮面一つで隠せない。

『ほう』。小さなつぶやきののち、下賤を見る目が多少ましになる。


「そこまで理解していて、なぜうぬはひ孫を助けなかった。寄り添わなかった?」

 戦場のことだけじゃない。これまでの生涯を神は問いているのだ。 


「ひいじいなんだ。あの娘の殺意くらい、とっくに気がついていた……」

 彼女がワシを好いていることも。その愛が贋作あることも。

 自由への飽くなき好奇も。足枷に対する劣情も。

 大好きだから、わかるんだ。わかっていた。ずっと。ずっと……。


「ワシはあの娘のために生きているし、あの娘がワシを殺すというのなら、快く受け入れるのです。だがその殺意に、他意が介入してはいけない」

 抵抗はしない。だが手助けもできない。ヨロズがワシを殺すというのなら、その意思は自らで決行すべきなのだ。


「わかっているじゃないか! 往来にして他力な殺意がまかり通ることはない。だからこそワは自らの手で曾祖父を討つよう仰いだ。それがあの様じゃ」

 ワシを赤子にするチャンスなら幾度もあった。できなかったのはあの娘の迷いだ。


「して、うぬはこれからどうするつもりじゃ?」

「もちろん取り戻します。ヨロズがワシを嫌悪しようと、ワシはあの娘のひいじいだから。死んでも救うし、殺されても愛するのです」


 ワシはヨロズの殺意に寄り添おう。

 ただしあの娘の悩みには近づいてやれない。

 原因がワシだからというのもある。そもそも君の悩みは自責の業じゃないか。


 洗脳された? 教育された? 強制された? 違うだろ。


 受け入れたのも。打ち明けてくれなかったのも。殺してくれないことも。

 あまねくお前の責任なんだ。


 玄関の鍵なら開いていた。

 いつだって君は外へ出られた。

 八尾は存外身内に甘い。時代は令和なんだ。レールこそ丁寧にひくが、逸れることだって認めてくれるはず。野翁をみてみろよ。あのわがままなやつを。


 ヨロズ。君は結局、どこまでいっても八尾の人間だということ。八尾家のことが好きでたまらない。だから八尾の方針に従うのだ。家を出て行くワシに、ついてきてはくれないのだ。


 ならば自業も自得も受け入れろ。

 君はワシの最愛だが、君はワシの宿敵です。


「歪じゃな」

「……。ところで、どうしてあなたはワシの所に?」


「案内役じゃよ。小娘が囚われの身となった。今のワには求めへ向かう力がない」

「タダで、というわけにはいきませんよ」


「いかようにでも」

「教えろよ、ふざけた茶番劇の真実を」


「後戻りはできんぞ?」

「どうでしょう、ソレ、経験がありませんので」


 発射された弾丸は、ぶち当たるまで進み続ける。

 軌道がそれ、先にどれほど大切なものがあろうとも、お構いなしに。


「そして約束しろ。ワが何を語っても驚かず傾聴しろと誓え。どうせ人の尺度では計れぬ話よ。ありのままを受け入れ、戸惑いは飲み干せ。永きを生きるワは、じゃが存外にせっかちなのだ」


 神は焚火のそばで膝を丸めた。その仕草に威厳はなく、姿相応の幼子にもみえた。


「生物の起源を、うぬは知っておるか?」

「詳しくは……」


 はるか古来の出来事だ。

──原初の海をただよう無数の物質ゴミ中から、奇跡的に細胞のようなものが湧いた。細胞は悠久の時を経て微生物になり。やがて多様な種へと発展していった。

「程度の曖昧な知識です」


 生物無き赤子の地球にて、最初の生命が発生する確率は。

『廃材置き場の上を竜巻が通過し、空中で旅客機が組みあがっている』のと同じだと聞いたことがある。ようはゼロに近いということだ。


「奇跡、いいえて妙じゃな。つまりは偶然の産物じゃ。だがその偶然が、超常の存在によってされたものだったとすれば?」


 奇跡はくるりと裏返り、必然に転じる。


「材料なら出揃っていた。古来の地球はアンモニアやメタン、水素などといった物質で充満していた。海底の熱水噴出孔という、化学変化が起きやすい環境も揃えられていた」


 旅客機の素材となる、『廃材置き場』ならあった。

 そしてあくる日、『竜巻』が起こる。


 古風で偉そうな、わかりにくい神の説明をまとめるとこうなった──。


 今から四十億年前、地球にとある隕石が来訪する。隕石には数多の有機物が付着しており。これが低分子化合物に満たされた、当時の海に衝突した。結果、生命のスープは煮込まれ、祖となる高分子生体有機物、が産まれることになった。


 神は『科学の授業をするつもりはない』ともおっしゃった。


「ここまでが人類の見解じゃ。だが真実はちと違う。隕石に付着していたのは、意思無き有機物なんかではない。より高次元な存在。うぬらが『神』と仰ぐ思念体そのものなのじゃ」


『廃材置き場』、『竜巻』。そして旅客機の製作図をもつ『神』が、こん日の生命を作り上げたと。彼女は深い紺碧の夜空を指さした。


「うぬが属する天の川銀河系よりもさらに外界、二百五十万光年先にあるアンドロメダ銀河。そこにはホモサピエンスを超越する知的生命体がなおも存在している。人が『神』と表現する者たちじゃ。神々は生命発生の土台をもつ惑星にむけ、『種』を飛ばした。そのうちの一つが地球へ流れ着き発芽した。『種』を文明は、『ヒルコ』と呼んだ」


 いますぐ話を遮り、星の数の疑問を呈したい衝動にかられた。

 神との協約と、それ以上の驚愕で黙らされたのだ。


「ヒルコは意図的に地球上の物質へ変化を促し、生命のロードマップを完成させた。あとの流れは生物史に譲ろう」

 

 単細胞生物は微生物へ。微生物は植物へ。魚類は海を捨て上陸し、恐竜からは翼がはえた。海獣は故郷へ還り、猿は立ち上がった。


 語らいは沈んでいく。今日のような、月すら陰る夜ほどに。


「つまり、地球に飛来したのは隕石でなく、神ヒルコを乗せた『葦舟』というわけですか?」


「宇宙船じゃ。搭乗するは神という名のエイリアンじゃ。いつまでも偶像にすがろうとするな、人が匂うぞ」


 神話。自然発生。進化論。時代に応じて概念も呼び名もコロコロと変わるが、今夜は一段と目まぐるしい。コペルニクスもびっくりのでんぐり返しだ。


「……話が逸れた。地球モデルは中でも大成した部類じゃが、宇宙には他にも耕された惑星が多くある」

「なぜ『神々』は、生命を作っているのです?」

「ワはヒルコを『種』と表現した。聞くが人類、うぬらはなぜ畑に種を蒔く?」


 恐怖する。

 神は両目をギョロりと見開き、じっとこちらを見据えている。瞳の奥にある闇色が、火に照らされ浮き彫りとなる。恐れは銃口よりもやや艶やかな光沢を放った。


「食べ物を育てるためです」

「自己増殖を繰り返す生命という『栄養源』。神は食物連鎖に則り種を蒔いた。そして──」

「今、地球は狙われている?」

「ご名答」


 地球という食物は、今宵メニューに加えられた。収穫の日は近い。


「次は災害のじゃ。もはや説明するまでもないが、災害は神ヒルコが故意に起こした。なぜだと思う?」


 人類は若返り現象を災害と表記した。だが地球目線、で考えてみるなら?


「現存生命の隆盛、絶滅種の復活、進化の強制、ある種の不死性……」


 八尾やんまという終わった感性の持主は、残酷かつ不謹慎な。だが芯穿つ的確な表現を導き出す。


「食べごろな地球食材を、料理するため?」

「話が早くて助かる。うぬらはすでにまな板の上なのじゃ。災害範囲が地球全土に及んだとき、神々はもろ手をあげて食卓につく。料理の完了。つまりは半世紀後、生命は平らげられることになる」


 真相を知った。災害の正体や、不出来な生物の役割も。そしてワシが産まれてきた理由もだ──。


「うぬ、なぜ笑っておる?」

「笑っている? ワシが?」


 頬に手を当てる。口角は引きつり、僅かに振るえていた。

 その振動はどこからやってきたものだろう。

 ビリビリと脈打つ、滾る震源。


 探る。探る。

 手を伸ばした先にあったのは──、熱き心臓の絶叫ビートである。


「いっい。そりゃしょうでしょう。笑うしかない状況なんだ。このままでは人類どころが全生命が滅びる。神様とかいう理不尽が、大挙をなして襲ってくれる。うぅ、まさに絶体絶命じゃないですか」

「是じゃ」


「して我々は、ただ一つだけ、理不尽に抗う術を持っています」

「それは?」


 人類が発明した最高にして最大の傑作。

 言語や、紙幣、よりも偉大な──。


「戦争ですよ」


 第一次神戸大戦が終結し。

『宇宙戦争』という素敵ワードが天啓された。


 今日ほど心躍った夜はない。

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