第26話 彼の目は赤加賀智の如くして

 著しく心拍する戦況は、もはや当初の面影を残していない。

 米軍は野翁になすすべもなく惨敗し、乱入者である赤色に死闘を投げた。将軍は不運にも脱落し、だがこれにさしたる弊害はない。


 神は墜ちた。


 米軍は目的を達したのだ。

 双方の戦いはひどく一方的なものに終始した。

『若返りタッチ』は強力だったが、触れられなければ問題にならず、軍の主力兵器は銃である。


 中遠距離から銃撃され、神は近づく機会を喪失。蘇生は秒間数千発の弾幕を前に意味をなさず、戦闘不能に。その後速やかに確保された。

 

 神は超常である。しかしこと戦場でいえばドのつく素人でもあった。

 無防備に隙を晒し、痛みに耐えうる術を知らず、一挙手一投足が鈍重。パニックに陥っている節さえ見られた。

 その様はまるで、が戦場に放り込まれているようでさえあった。

 

 軍は即時撤退、戦場に残されたのはワシら三人だけになった。

 かといって二人の戦いに割って入れるほど勇敢愚かではない。


 ランツさんの一打が建物をなぎ倒すのだ。

 野翁の一歩が地を震撼させるのだ。


 ポケットからすまほを取り出す。ワシの役目は、この激闘を後生に残すことだと知る。生まれてきた意味とさえ断言できる。


 いざ──。


「大怪獣バトルや!」

 ランツさんは叫び、マンホールを投げた。野翁は身をのけぞって躱し、「ここから先は通行止め!」折った標識を投擲。

 少女は拳を乱暴に振り下ろし、鉄槍は深く地面に突き刺さった。


 十六分休符のち──。


 ぶつかり合う。大型トラック同士の正面衝突と形容できた。つまり大事故である。轟音は続く。

 ランツさん、すかさず標識を軸に回転、強烈な蹴りを見舞った。バランスを崩した野翁の隙を穿つ殴打、数度着弾。

「若い!!」

 だが野翁はその拳を掴み取り、少女を

 

 炸裂。ガラス片が雪ほどに舞う。ランツさんはビルに呑まれた。

「魔羅ぁ」

 野翁は垂直に飛ぶ。

「キラ星みたいに!」

 赤は反撃に打って出た。

 ビル窓から飛び出し強襲を試みる。

 彼方は零戦に例えられた怪物。そしてランツさんは比肩した。


 ──空中戦が始まる。 


 拳が触れる。野翁の片腕を飛ばす。

 拳が触れた。ランツさんのわき腹が弾けた。

 拳が触れる。野翁の眼球をつぶす。

 拳が触れた。ランツさんの肩先を穿たれた。

 拳が触れる。野翁の内臓を液状化する。

 拳が触れた。ランツさんの右足が血霧となった。


 一撃必殺が乱射される。


 二人の間に思惑はない。二人の間に因縁はない。だが二人は出逢ってしまった。己が暴力を振える、ただひとりの対等に。──遊び相手に。


 画竜点睛の滴。

 勝利は互いに望んでおらず。死すら想っていない。ただ現象を快楽していた。

 あまねくを顔料に、無地のキャンパスへ、自分色を塗りたくるみたいに。空は赤く糜爛びらんしていた。

 

 自然落下をへて墜落した二人は、大地という足場を得たため、──より加速する。


 そこからはもう、カメラで追うことは不可能だった。

 二人の残像だけが周囲を飛び交う。建造物が砂場の城のように崩落していく。音速を凌いだか、衝撃派がそこかしこ。


 たった二人。たった二つの純情が、大戦を再現していた。

 破壊と瓦解、粉塵と殺人に染まる火に触れると、懐かしくて、涙が零れた。

 これは神々の戦いだ。天地開闢の時代に存在あった、神代かみよの戦争だ。

 蛮王は荒ぶるあまり、局部が八つに増えて見えた。八ツ股の怪物である。

 

 ──彼の目は赤加賀智あかかがちの如くして、身一つに八頭八尾有り。


 八岐大蛇ヤマタノオロチへと至る蛮王。

 猛る赤の乙女はならば須佐之男スサノオ


 伝説の戦いはその後一晩続き──。



 地図上から、ポートアイランドが消失した。



 ワシはその決着を見届けた、唯一の証人である。

 全身を血で染め上げた両者に月明かりがさす。笑顔だけが異常に照らされている。


 死と再生をくりかえし、遠心力で振り回し。海綿体にを送り込んだ肉塊。引きちぎり、草薙の剣とする大蛇。


 対するは己が背骨を束ね、十拳の剣とした荒人神。

 

 最後の衝突は、恒星ほどの熱エネルギを生む。

 薙ぐつるぎ、大気を裂き、真空が爆ぜる。

 ふれ合った神器はプラズマ化し、死闘は殴り合いへ。


 シナプスも、ホメオスタシスも、きっと彼らの魂も。

 甘美な殺戮の毒素にあてられ、今はただ酔っている。


 その味なら知っています。ので、せいぜい楽しめ。くるりと狂え。


「勝手にやってろ、最強ども」


 ──衝。


 ワシの物語では二人の決着を明記しないことにする。誰が勝者であったかも示さないでおこう。

 

 二人の戦いが、神話の次元に達したからだ。

 

 ならば古事記でも読んでおけ。

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