第25話 だから好き
原因の神、最強の蛮王、合衆国の鬼と、赤蝕のしらべ。
役者はすべて出揃った。
もちろん主役は赤である。
ランツさんの繰り出す無造作な一撃。ただの一振りが、戦場の様相を一変させる。
理不を振りまいていた野翁を文字通り撃砕してみせたのだ。それは曇天空に快晴をもたらすような、沈鬱な空気を破却するような。気持ちの良い一撃であった。
野翁は血しぶきをあげながら飛翔し、ビル群に衝突する。
およそ人間離れした圧巻の技、なせたのはひとえに少女ゆえだ。
若返り現象、これにどれだけのエネルギが必要なのかは定かでないが、常にピークである若者にとっては、別途の使い方が可能となった。進化である。
少女ランツはもはや、人類と呼ぶに遠すぎる怪力を獲得した。
「さすがです」
場にいる全員が理解する。
ミニミ機関銃、ロケットランチャでも打破できなかった蛮王を、彼女だけが唯一打ち倒せる可能性があると。
「ナラバ勢力図をシンプルに」
スミス将官の指示は迅速だった。標的を野翁から神に切り替えたのだ。
米軍の目的は神の奪取とみてまず間違いない。野翁のほうがイレギュラなのだ。件がランツさん相手に足止めを食うのなら、隙に神獲得を目指すのは当然の理屈。
米軍の物量にかかれば、さりもの神も苦戦を強いられるのは必須だろう。
ランツVS野翁。
米軍VS神。
二つの戦争が同時展開されるなか、さて、ワシはどう立ち回るべきが正解か?
一方的に突きつけられた不自然な自由が、奔放なモシンナガンを奥手にさせた。
発砲するM1ガーランドを気取るには、十二分の余暇であった。
「自由になったのではなく、させられた。ですよね、スミス将官」
「私、お尻蹴ります!」
混沌とした戦場でただ一人、ワシだけと戦うために──。
終戦以来のお楽しみ。
やんまVSスミス。
開戦。
一撃目の弾丸を躱し、次撃をいなし、三撃目で歯を食いしばる。
さすがセミオートライフル、連射能力が桁違いだ。
貫通したハラワタの弾痕目掛け、銃剣が深く突き刺さる。
銃撃は続き、内容物をぐちゃりと穿たれた。
「五、六、七──」
M1ガーランドは連射性に優れるが、エンブロック・クリップ装弾方式→、全弾を一篇に装填するという機能上、弾丸をすべて撃ち切らないとリロードが叶わない。
そして全弾発射後、空のクリップが弾倉から排出される動作により、金属を打ち鳴らしたような独特な異音が発生する。
「八」
──キン。
米国の銃は律儀に弾切れを合図する。
その特性は大戦で相まみえた──。
「我ら帝国兵が!!」
最も詳細に理解していた。
骨肉相食む闘争を君と明け暮れたワシだから。渾身のカウンタ、左が届く。
「ソシテ
スミスはワシの反撃に、ナイフの一閃を合わせた。
弾切れという現象を
「ぐっ!?」
ナイフは胸部を貫通し、心臓を壊せと──。させるものか。
躰を大きく捩じり、あばら骨で嚙み合わせる。幾ばくかの猶予。
捩じり、捻り、回転力をそのまま拳へ伝達させる。俗にいうコークスクリューパンチ、頬に直撃。よい手ごたえ。
仰け反るスミス、ナイフは取りこぼされた。
続けざま──。
渾身の右。連続する左。一、二、三。
殴打が走る。前蹴り、金的。拳打が駆ける。
「YES!!!!」
覚醒するスミス。
次はこちらの手番だと、殺害のための演武が舞う。
レバー。テンプル。ハート。
的確に急所を狙ってくる。
鍛え抜かれた恵体、生み出されるは暴力。
受け止めてはだめだ。立ち向かってはいけない。生物としての格式はあちらが
ならばこそ──。
「らしくいこう」
懐から一丁の散弾銃を取り出す。
銃身を切り詰め、銃床もなくし、取り回し性能にのみ特化した──。
狡犬直一が自決のさい使用した、ソードオフショットガン。
残弾一。吠えろ!!
「バン!!」
散弾はスミスに直撃した。
本来なら決着はついた。
だが奴は、何度もワシと戦ってきた
「想定ズミ!!」
タイマンにおいて、ワシが銃を使用する卑怯者であると熟知していた。
軍服を剥ぐ、鉄板が落ちる。
散弾銃を捨てる、あとは惰性も。
「終わらせよう」
「I Love──」
あらゆる武具を脱ぎ去った二人の鬼は、ただ相手を打ち倒さんとする概念に成った。
格闘家がかくあるように、互いの拳を打ち合わせる。賞賛の儀で、決戦の祈りだ。
構える。
呼吸──。
殴。
殴。
殴。
幸福は永く。
膂力はスミス、技はワシ。
拮抗していた。決闘をしていた。楽しかった。
二人の間にもはや優劣はなく。
拍動は共鳴し合い、高鳴る。
一生続けばいいなと思った。
だからこそ寂しいのだ。
決着は唐突だった。
「No……」
死角からの銃撃が、スミスの頭部に直撃。
合衆国の鬼はついに倒れる。
その弾丸は意図されたものでない。その敗北は願われたものでない。
「嗚呼これこそが──」
もしこの決闘に閲覧者がいたのなら、『拍子抜けだ』と客席を立つことだろう。
「戦争」の、流れ弾だった。
フレンドリーファイア。
雌雄を決したのは米軍の物量と、ありふれた不運だ。本当に、よくあることなのだ。
戦争が好き。手段を選ばなくていいから好き。
そして都度、そんな自分が嫌いだったことを思い出す。
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