第24話 赤の劇場化
戦争が大好きなワシだから、真に戦争を楽しめたことは一度もない。
弾幕の雨に晒されたときも、カノン砲を仕向けられたときも、そりゃあ心躍ったさ。
でもやっぱし戦争が大好きだから、ワシという男の生末は、いつだって次戦へ向く。かの地の主役は、間違いなく戦死者だというのに。
新たな舞台に立ちたいから。もう一度この戦火に迎えられたいから。機会に焦がれた鬼は、誰よりも生に執着し、空になった銃身に弾丸を込める。出来上がった屍の山を背に、次こそは手番かなと夢想にふける。だが終幕は、ついに訪れない。
同志たちの墓前にたち、戦没者であれば永劫残され続ける
でも、今はもう──。
「明日も、未来も!」
もう何も、鑑みなくていい。
野翁に潰された眼球や、えぐられた肝臓も、たちまちに癒え、拳を振るうことができるのだから。死を恐れず、欠損にひるまず、ただ怨敵を打倒するシステム。
「ワシごと撃て!」
米兵は躊躇することなく、銃撃をワシらにあびせた。神は静観の姿勢を貫き、ワシは最強に立ち向かっていた。
「飽いたな」
野翁はつぶやき、肉を台無しにする。下顎を落とし、二の腕を持っていかれた。地に叩きつけられ、全身の骨は砕けた。治癒効果を待つな。崩れた傍から直せ、奴の眼前へ向かえ。それまでに拳が振るえればいいじゃない。
「二人ナラ?」
恰幅の良い男が、将官の帽子を投げた。戦場においては地位も勲章も必要なく、時に戦場、出会いの場であったり。たまにいるんだ、社交的なヤツが。なんだか懐かしい気分。
「
白黒写真の残光が、輝きし黄金の日々を思い出させる。モノクロが色づくほどの戦情が、かつてにはあったのだろう。
「楽しむとしよう」
コンバットナイフと日本刀、鋭利な
肉は攻撃を伝達する回路なのだ。腕がちぎれても、骨がとぎれても、筋肉繊維と血さえ繋がっていれば攻撃は通る。その糸をつむぐことだけに神経を過集中する。
失った右腕を振るう。振り切ったころには拳がある。失くした右足で駆ける、踏み出したころには地を捉えている。蘇生を前提としたプログラムを組み立てろ。最善でなくていい。最速だけが、最強へ挑むに許される手段である。
急激に再構築されていく身体に精神は追いつかず、生と死は混濁する。意識の行方は曖昧となって、水面をなぞるかすかな反射だけが、武器を振るわせる指標になった。
死を排泄した痛覚は電子的な記号にしかならず、激痛であるほど反撃速度は上がった。脳はすでに戦場へ適応した。
野翁の両足を落とした、米兵が両腕を薙いだ。すかさず野翁をもちあげ、「いつまで観測者気取ってる」神へ放り投げる。
能面を被った正体不明の神、真に貴様が災害の原因というのなら、舞台装置らしい、ド派手な演出期待します。
「──」
神が野翁に触れた、たったそれだけの動作で、最強は無力化された。髭面の老体が、「んぎゃー」みるも繊細な赤子に様変わったのだ。
「なっ!?」
驚愕は加速する。神は矢継ぎ早に二の手へ転じ、米兵らを赤子へと変えた。
厳かな強面たちを、未成熟児へ化かすのだ。
どんな戦地よりも悍ましい。それはまさに災害の体現だった。
一人、二人と犠牲者は増え続ける。神が触れた者は例外なくオギャつく。赤の劇場化はよりパレードする。
血と、臓物と、火と、赤ちゃん。
混沌とした戦場には、転換が求められた。
赤。赤。赤といえば──。
「彼女の前を歩めるように」
追われる背中であるために。
ワシにはまだ、熱が足りない。
自壊を経て復活した野翁、食い止めるに、体温三十七度ではぬるすぎるのだ。
だから、だから──。
「スミス!」
「思イ出シタか、浮気者メ!!」
片翼の鬼は、ワシに軍用車両の燃料を浴びせた。ディーゼル駆動の熱量が求められたから。
スミス将官は一丁のショットガンを取り出す。
「ドラゴンブレス弾だ。ド派手二イコウ」
その実包に、通常の散弾は込められていない。
マグネシウム片で満たされたドラゴンブレス弾は、発射と共に空気と激しく反応し、火炎を吐く。銃口から数十メートルもの火柱が走る様相は、まさに業火の息吹、特上の花火玉だ。
「また実用性に乏しいものを」
「趣味ナノデ」
発砲。炎上。引火。
全身は紅蓮の炎に包まれた。
野翁に組み付く、摂氏三千度、熱々の抱擁だ。
「魔羅ぁ」
背骨を折られても、内臓をかき混ぜられても、決して放しはしない。
なぜか──、時間稼ぎだけが、ワシに求められた存在理由だからだ。
肉は焦げ、血は蒸気し、網膜炙られ、神経は酸化した。真皮をさらけだし、患部に風をあてる。激痛に意識は白光し、なおも蘇生は新たな
地獄があった。
「なぜそこまで」
すべては──。
「革命前夜の灯よ」
痛い、痛い、痛い、痛い、赤い、赤い、赤い、赤い。
赤といえば──。
「かっこええで、おじいちゃん」
ランツ・クネヒト・ループレヒトの現着である。
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