第23話 晴天の霹靂

 ワシのしょうもない人生だって、いくつかの転機はあった。その一つが、『ことごとく少女に命を救われる』こと。


 戦後、廃人となったワシに生き甲斐をくれた孫。

 その孫を残虐にも殺され、失意の底にあったワシを掬い上げた最愛、ヨロズ。


 二人がいなければこの未来はなかったし、未来は沈んで海の藻屑だ。


 ──ところが未来は鼓動した。

『3番目の少女』


 彼女はワシをどどんぱと殴りつけ、陸に打ち上げた。すると肺を雑に踏み抜き、世界一暴力的な蘇生術をご披露した。


「アタシはオラフの子、ランツ・クネヒト・ループレヒト」


 こちらの現状は全身の複雑骨折。そんなのお構いなしに、少女は高らかと名乗りをあげた。みればランツさんも相当な手傷を負っており、治癒に専念するための待機を余儀なくされた。


 野翁曰く、『神に近いほど』治癒効果は強く働くらしい。目に見えて肉体が修復されていくのが分かる。皮膚を切開することなく、体内でオペを受けているような不快感を覚える。


 つまりが近くにいるのだろう。あの野翁が神を呼称し、かつ八尾家は『神を存護』するための団体と聞き及んでいる。ただならない予感に震えるし、もしやするとヨロズの『アラハバキ仮説』とも結びつくのかもしれない。


 秘密裏に日本を牛耳る八尾家のことだ。不思議ではな──。

「ふごっ!??」

 顔面をランツさんに蹴り上げられた。

 待機時間が少し延びた。


「じいさん、名前は?」

「……ヤンの子、八尾やんまと申します。ありがとう、助かったよ」


「……八尾やんま。こりゃ奇遇やな、こんなところで出くわすとは」

 要領を得ない返答に小首をひねる。ワシにこんな可愛らしい知己はいないし、これほど暴力的な子もきょうび知らない。君はいったい何者だ?


「アタシかてえらい目おーてきた。船沈められたり、沈め返したり。やけどじいさん、アンタは空から降ってきたんや。正直ビビった。ちとうらやましい。何に投げ飛ばされたん?」

「野翁といいます。とっても強ーて、怖いんです」

「はっ! わらしべ超者かいな。そいつ、ボコせたら気持ちええかな」

「とびきりに」

「あっは」


 ランツさんは赤らめる両頬を押さえ、行方に悶えていた。

 その仕草は年相応に可憐で、まるでスィーツの美味に感極まっているみたいだ。実在は戦場だというのに。


 彼女が何者なのかは、もうさしたる問題でない。

 およそ戦場にふさわしくない少女が、だとも怪物の精神性を持つことこそ、由々しき事態に他ならないのだから。


 ワシと同じ、狂乱した魂の持主。

 だから君のが、少しだけわかるんだ。


「ずっとずっと暇やった」

 人は生まれてくる時代を選べない。それは怪物だって同じだ。


 いったいどれほどの抑圧を、君はに強いられてきたんだい?

 少女はどれだけの我慢と自殺を、繰り返してきたという。

 それは心停止の苦しみに近い。


 血の流れは停滞し、四肢末端が壊死していく。徐々に、されど着実に。


 平和という不自由を築いたのはワシら老兵たちだ。それを誇りに思うのなら、同じく平和に苦しむ子供らを、無視する訳にはいかないはずだ。


「やがやがやが。ようやっと楽しめそうになってきた」


 時代は巡る。狂気だって代謝する。

 若返ったとしてもワシらはただの死に損ない、ぬるい残暑の陽炎だ。

 そして彼女は少女なのだ。


 時代はいつだって、少年少女のためにある。

 太陽のように苛烈な、きっと君のためにある。


「ここいらで潮時なのかもしれない」

 老兵は死なず、ただ消え去るのみ。

 一線を。前線を。退くべきときがついに来たのかも知れない。


「協力します。ワシの身命をとして、楽しい戦争を演出すると誓う」


 君のために。

 じいさんは夢見る若者が大好きですから。

 ついつい、応援したくなっちゃう。


 命救われた大恩を返そう。


「んー。これは持論やが、暇なんがダメなんちゃうねん。つまらん奴とおるんが退屈なんや」

「つまり?」

「つまらないぜ、じいさん。ホクホク笑顔で後方支援面すんなやボケ。道は進むもん、夢は追うもんやろ? 先人は、先陣きってこその本懐やないんか?」


 つまり?


「男なら背中で語れや」


 胸ぐらつかまれ、空へ放り投げられた。

 つまらない感性は、新時代に吹っ飛ばされた。いとも簡単に、いとおかしく。


 晴天のジジイは雲を貫き、怒声を轟かせる。

「またですか!!??」

 魂の叫びである。


 さすがに二度目ともなればこなれたもので、意識の手綱を離すことはなかったが。向かい風に激しくあおられ、百の思考は揺れていた。


 どうして少女がこんな芸当を? まして神戸ではなにが起こっている?

 ……まぁいいさ。


 発破かけられてんだ。女の子に、この歳で。細かいことはナシ。

 着地して、万が一五体満足であれたなら、真髄を見せるとしよう。


 楽しんでやる。


 大地が急速に近づき、激突する。四肢はもげ、およそ即死の一撃をたしかめる。幸か不幸か、ランツさんの投擲は百点満点、の御許であったため──。


「流転なるままに」

 完全復活をとげる。

 戦況は胎動し、場には野翁、米兵数個中隊、そして天照大御神の面を被った者がいた。──お前が神か。


「みなさん、おはようございます」

 素敵な一日の始まり、素敵な人生の幕開け。

 どうも素敵なワシの敵。


 心臓を叩け。

 心臓を叩け。

 心臓を叩け。


 せーのっ!


霹靂ビリビリ落雷ビ-トで参ります」

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