開戦編
第22話 混沌パレット
はじめて戦争に出逢ったとき、根底は覆った。
銃撃戦が、塹壕戦が、殲滅戦が、白兵戦が、強襲戦が、戦場が。稲妻が心臓を貫くほどのビリビリが、魂の螺旋をぐちゃぐちゃにしてくれたんだ。
火花の音につられ、森を抜けた先。
ワシは出逢ってしまった。
弾幕があった。
狂乱があった。
一目惚れだった。
戦争を目の当たりにしたあの日、幼子は恋に落ちたんだ。
一途だから今もしゃんと。そう思っていたが、どうやら驕りだったようです。
戦争にはもう一つ上の次元があった。
第一次神戸大戦。
芳香につられ、灯蛾は燃えた。
変異した遺伝子は防衛機能を損ない、濃密な悦楽に被爆した。
鬼ヤンマはまたしても恋をしたのです。惚れ直したとも言う。
人工島はいまや、祝祭の劇場とかし、踊り手を募っていた。
米軍と王者の戯れが、あまりにも楽しそうで。根はガキのまんまだから、言わずにはいられない、『僕もまぜて』と。
鮮やかな色彩に汚濁を墜とし、醜い混沌を作るのが昔から好きだった。
パレットがすごいことになるんだ。
モシンナガンを構える。空を射貫く。快音は波及する。
聞こえるかい? いるんだろ? ワシを見て。
「いっい」
ビルに潜むスナイパがこちらを視認した。スコープの対物レンズに朝日が差し込み、キラリと光った。
「そこかぁ」
駆ける。背嚢が射撃され、破れおちたグレネードを投擲。
「どん!」
バリケードを吹き飛ばし、エントランス内へ侵入。
「いち、に、さん」
階段のぼり、「失礼しまぁす」予想立てた一室をノック。
瞬間、向こう側から
「おっかね」
すかさず側面へ避けたが、首に手痛いのをもらった。致命傷は避けたが出血がひどい。
「にしても……」
あちらは相当な訓練をつんでいらっしゃる。戦闘に慣れている。ニヤつく心をどうにかおさえ、冷静に予想だてる。
狭いビルだ、おそらく多数はいない。地上から数十メートル、高所からの狙撃とくれば、スナイパとスポッタの二名と断定して良い。なるなる、ワシ一人で制圧できるやつじゃん。
ドアを蹴破り、発煙弾を転がし、「どうもー」室内へ闖入。
「ちぇ、ハズした」
中には狙撃手と観測手のほかに、無線技士と警護兵、指示を飛ばす分隊長まで揃いぶみ。全員がワシを外敵と見なし、標準を定めていた。掃討射撃が敢行される。
スモークをもってしても狭い室内、被弾は免れないだろう。では少々乱暴しましょう、かくなる上は、命をかけよう。どうせ安物だし!
肩口と脇腹を犠牲に突貫。無線技士を殴打で制圧。同時に衝撃信管グレネードを床に叩きつけ、無線技士を肉壁に爆風をそらす。あちらは警護兵が榴弾へ仁王立つことで背後へのダメージを防いでみせた。かっくいい。
すかさず得物を
「あわや」
スポッタの拳銃が火を放ち、頭蓋を少々えぐられるも、カウンタスナイプを決める。銃口手元に、バットの要領で狙撃手を打撃する。制圧完了。
「つっよいな君ら! なにもんだよ!」
全員が大平洋戦争の生き残りだと言われても、信じてしまうレヴェルだ。
「にしても直一くん、君はとんでもない呪縛をワシに架してくれたもんだね」
『この殺人、僕がもらってく』
死んでいった彼は強かにもワシを呪った。『殺人の禁止』。なんとまぁ不自由な束縛であり、あたりまえの協約です。みんな守ってんでしょ、偉いね~。
私にとって咬犬が特別であればあるほど、約束は尊守されなければいけない。
自らの死をもって、彼は呪式を完成させて見せた。実にあっぱれだ。
ところで無線を拾い上げ、全米兵へ口上をあげる。
「ただいまより、当方八尾やんまは貴軍に従属いたします。かの怪物は八尾野翁といい、当方にとっても打倒すべき怨敵であります」
協力要請の理由。
一分隊ですらこの強度、数百名もいるのなら、ワシ個人が適う道理はない。ならば多勢に協力し、せいぜい戦争を楽しむとしよう。それがワシという国家の運営方針です。
おっと、英語の方がよかったかな?
「……了解シタ」
帰ってきた片言の日本語は、なぜか懐かしさを覚えるものだった。上乗。
「さて、お次は?」
強化ガラス窓を銃弾で破る。潮風に硝煙の香りがほのかに混じる。
して、この位置にスナイパがいると言うことは……。
「ドンピシャじゃん」
米軍の標的が前線を突破したのなら、そのまま本陣へ向かうことが予想される。道中で標的を仕留めるべく、狙撃部隊はここで待ち構えていたのだろう。
──奴は来た。
遠方からでも威圧が肌をざわめかせた。
はち切れんばかりの肉体美を詳らかに、向かうものの全てを粉砕せん裸の王者がいた。破壊的筋肉の化身、または歩く絨毯爆撃。
過去一度きりの邂逅で、末端神経を燻る根源的恐怖をワシに植え付けた──。
「野翁!!」
八尾軍部総大将にして、最強最悪の神兵。『八尾野翁』。
やつ単騎を相手取るに、零式艦上戦闘機隊が必要とされ。従える八尾大隊の総戦力、超弩級戦艦大和にも例えられた。
その誉は名ばかりであるはずもなく、大戦時は三発目の原爆投下と、ソ連軍の北海道占領を阻止したほどだ。
あとはワシの
あぁ、キた──。
新鮮な、憎悪の痺れ。
「雪辱を果たす!!」
モシンナガンを構える。目算距離百メートル、射程圏内。
脳裏に恩愛がチラつく。心にぽっかりと空いた虚構は銃口に形が似ていた。
八尾が殺し弄んだ孫の。生涯唯独りの孫の。笑顔と死に顔が摩擦し、熱を帯びた。黒色火薬に引火し、それ!
「じいじ入魂!!」
弾丸は巨躯の脳天に命中。外すわけがなかった。そして知ってたさ。
「お前がその程度で死なんことは!」
傷はたちまちのうちに癒え、『ベ』と出された舌上に弾頭が転がされていた。「埒外が」だがこれで、彼奴がこちらを視認した。
すかさず窓から飛び降りる。身を逆さまに落ちていく。
ほうっておくか? すればワシは死ぬだろう。
それでもいいのか? みすみす玩具を壊すのか?
野翁は百メートルという距離を一歩で跳躍。ワシを受け止めるべく、落下地点へ手を伸ばした。
そうだよなぁ。
「遊び足りんよなぁ!」
お前が野翁だと知っているから──、すでにピンは抜いてある。
グレネードを放る。タイミングはピカイチ、奴は爆発をもろに受けた。だというのにワシの落下を防ぎ、爆風から逃すため突き飛ばしてみせた。神業──。
だが隙はうまれる。着地、急制動、同時にあげた手を振りかざし、「ってー!!」周囲のビルに陣取っていた狙撃手たちへ合図を送る。もれなく集中砲火が展開、四方より轟音が射出される。
「なんと」
戦闘ヘリさえ飛来した。回転するプロペラと機関銃、うなりをあげる。地形すら変えうるほどの弾幕を浴びせ、とどめの一撃といわんばかりに空対地ミサイルを発射した。
だれもが勝利を確信した中、「たかがヘリ一機で、零戦は墜ちるかな?」ワシだけが前進を辞さなかった。
奴はミサイルを掴み取り、「魔羅魔羅じゃあ!!」あまつさえヘリへ投げ返してみせたのだ。
ヘリは撃墜され、業火が大気を炙る。だがその灼熱をもってしてなお、全員が野翁から目をそらすことができなかった。
雄叫ぶ怪物を前に、根幹が恐怖したのだ。恐れは急速に伝播し、戦場へ重く沈殿する。蛮王は浴びる畏怖の悦びを隠すことなく、ゆえに──。
この一閃は気取れない。
「ワシだけが、お前の生存を確信していた」
だからワシだけが、お前の懐に近づけた。
対物ライフルでも、重機関銃でも、空対地ミサイルでもってなお前を倒せないというのなら。
「直接、この手で」
刀が野翁の心臓を貫いた。
勝利の確信はしかし——。
「ならばおのれは、首を断つべきだったのだ」
「!?」
全身の銃創、肉はそげ落ち、臓物零れ、骨さえ露出する焼身でなお。
心臓を穿たれてなお──。
「魔羅ぁ」
野翁の逸物は、高く天を指さしていた。
「肉体の回復効果は、神がもたらすエネルギを活用している。つまり、物理的に神に近いほど、神力はより膨大になる。数多の有効打をうけ、いまだ朽ちぬ魔羅ならば──」
神が近くにいる?
野翁はワシを鷲掴み、小石のごとく──。
「おのれ、ちょっと見てこいや」
「!?」
投擲した。
投げ飛ばされた躰は放物線を描く。急激な加速と減圧により意識が保てず、ブラックアウト。覚醒、嘔吐、気絶、覚醒。繰り返す。
敗北の悔しさを覚える暇さえなかった。死の実感だけが脳のもつ役目だった。
死に際、老爺は惨めに咽び泣く。
ヨロズに会いたい。ヨロズに会いたい。祈りは血の味がした。
ろくでもない晩年、君だけがワシの意味だった。
ヘモグロビンが心臓との再開に焦がれ、永き血管を一巡するように。
会いたいよ。最期にもう一度だけ。どうしようもなく君に会いたい。
そしたらもうちっと、頑張れる気がするんだ。
「ひいじい!?」
なぜだろう、酩酊する視界の端で、彼女とすれ違った気がした。
いまだ空中だと言うのに。
海に着水。全身の骨は砕け、流血が青色のパレットを汚す。
沈む、沈む。
混沌とした汚濁の底で、三葉虫が泳いでらぁ。
三葉虫にアンモナイト、アノマロカリスにハルキゲニア。奇異な幻覚と血の赤に混じって──、女の子が泳いでらぁ。
真っ赤な彼女は、ニッと笑った。
笑顔はあの男を想起させた。
ダイ隊長。
昔、彼にとある言葉を貰ったことがある。
『ジャズは転調の音楽である』
死を目前に、なんと女の子はワシの顔面をぶん殴った。
楽譜を破り捨て、指揮者を射殺し、激動のアドリブを吹くように。強く。
混沌としたワシ好みの
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