第15話 戦争の味
『Mosin-Nagant M1891/30』、通称モシンナガンは口径が7.62mm、全長1,230 mmの長大なボルトアクションライフルだ。重量はなんと4キロを超える。
第一次、第二次世界大戦時中、主にソ連などで使われていた骨董品だが、あなどることなかれ。高い命中精度は色褪せることなく現役、スナイパーライフル型がたびたび近代の戦場に現れるほどだ。
金属部は新品同然の手入れがなされ、なめらかなウッドストックは艶をはなつ。細部にまでこだわり抜かれた意匠はもはや芸術作品の域。
ハンドルを引き、五発を弾倉に押し込み、ボルトアクション。
たしかな手応えに感動し、ため息が零れた。
ガチャリ。
ワシの相棒が決定した瞬間だ。
「他にもいろいろあるけれど。なぜそれを?」
彼に戦わせるつもりはないが、護身くらいは自力でやってもらおう。
「近代銃は馴染みがないので、実射経験が豊富なライフルに。モシンはシンプルなのがいいんです。いくら強力でも複雑な機構のせいで故障が多く、修理が大変となれば実用性に欠けてしまうでしょ」
かつロマンに劣る。
洗練されたフォルムはぱっと見でかっこうがいいし、なにより歴史が好みだ。
十九世紀末、ロシア帝国で開発されたモシンは、第二次大戦時、敵対国フィンランドの主要装備になった。鹵獲したドイツが自軍兵士へいち早く配備した。
自分たちが作った優れた銃で、多くの自軍を失う羽目になった。
戦場を選ばず、時代を選ばず、担い手を選ばず。
史上最強の狙撃兵と謳われた、かの英雄『シモヘイヘ』さえ愛用した。
ロマン。気分屋のワシからすれば重要なファクタだ。
「これだけで勝てるとも思っていませんが」
モシンは命中精度に優れる、ひるがえって連射性能に乏しい。
排莢、装填を手動で行う
補うためのサブウェポンだ。
モシンの先端にスパイク型の銃剣を取り付け、ホルダにコンバットナイフを差し、腰紐に軍刀をぶら下げる。あとは沢山のおもちゃをポケットに。
なつかしき1945年スタイルだ。
「痺れるじゃない」
おそらく扉の向こうでは百人全員、若頭の指示で臨戦態勢だ。
彼らに長物はもたせていないらしいが、近距離戦でモシンの利を発揮できるはずもなく、武器性能はイーブン。
「いっい」
今宵本領が試される。
戦場を知らない子供達へ、戦争のなんたるかを教えてあげなくちゃ。
「咬犬くん、かっこいく撮ってくださいね」
作戦はない。ワシはグルーヴ感をなによりも大切にする。
船旅を彩る名曲、クリフォードブラウンで『チェロキー』のように。
お洒落に。ハードに。
ビバップだ。
「レッツジャム」
扉を開くと、即時、全列十人が銃を構えた。
やるじゃん、フレンドリファイアを予防した陣形。
ちゃんとしている。
「ほいな」
弧を描く飛翔物、手のひらサイズの殺戮兵器。完成された外観は大戦時より変わることなく、我々に新鮮な恐怖をもたらしてくれる。
狭い船内だ、爆風は数十人を殺傷しうる。地獄絵図を手早く描き上げる、お気に入りの画材……。
「舐めんな!」
ほう! 多くが唖然とする中、ただひとり飛び出す若頭がグレネードを見事キャッチし、こちらへ投げ返してきた。
「ほいな♪」
ただ残念、場数が違う。
手のひらをスイングし、水平軌道で投げ返し返す。
「!? 伏せろ!!」
観念したか身を屈める、ワシは嬉々と歌い、手を叩く。
「いち、に、さん、し」
ひりつく沈黙。
しかし数秒たっても爆発しない。みな訝し始める。
「クソ! ピン抜いてねえやんけ!?」
いっい。ワシは信管を抜くことなくグレネードを投擲した。
爆発はしない。ただ奴らのペースを乱すことだけが狙いだ。
愉快な反応を受け取り、武器庫へ脱兎。
扉をドンと閉め──。
「撃て撃て撃てー!!」
響き渡る鉛の大合唱。
扉は蜂の巣にされ、木々はえぐれ、跳弾がひしめく。
彼らは死を目前にした。濃密度の恐怖だ。それが不発に終わるという安堵は麻薬に近い。やがてくる、コケにされた怒気と、鼓膜をつんざく銃声、痛覚を伴うリコイルに、粉塵、硝煙。
精神の立位が崩れ始める。
乱せ、乱せ、なおとり乱せ。
烏合の者らは半狂乱、平常は決壊し、余裕を失くした神経は──。
「よっと」
静かに背後で着地する、ワシの存在に気づけない。
解説→ワシは逃げるやいなや舷窓をめざし、狂躁に乗じモシンの銃声を隠した。
窓ガラスを撃ち、叩き割り。衣服でフチの破片を覆い、甲板へと飛び上がったのだ。
あとは気取られぬよう、頭上から船内へ回り込むだけで──。
「いっい、背後がら空き」
百人全員、ワシの射程だ。
「一人目」
背から口を塞ぎ、コンバットナイフで喉吠えを裂く。
殺しはしない、動脈は傷つけない。果ては仲間になるかもしれない兵力だ。
手のひらに驚きが伝わる。「痛いね、痛いね」すかさず足の健を切り、身動きを取れなくする。「よい子、よい子」
地べたに寝かせ、「二人、三人、四人」同様の手順で不意打つ。
「あ?」
「おっと」
五人目がさかしくもワシを察知する。
戸惑いのまなこが怒気に彩る──。
「みんな──」呼ばさせない。「ぐさ!」
モシンナガンの先端に取り付けた、スパイク型の銃剣で喉をひと刺し。
「──!!?」
血の濁流に溺れ、倒れる彼を抱きよせる。胸元に隠した彼の拳銃を抜き取る。
ダブルアクションリボルバ。
トリガを無理矢理に握り、他二人の太ももと肩を撃ち抜く。抱く彼の両足甲もドン。
騒音に気付き、数人がこちらへ振り向いた。
五人目くんを蹴っ飛ばし、覆い被せ、一人の身動きを封じる。
モシンナガンを
軍刀、鞘から抜刀、上段で構える。
ワシに有段者や侍のような高度な技術はありません。得意なのはせいぜい、両の手と重心、あとは覇気。あまねくを乗せ、力の限り振り下ろす、不恰好な強撃だけだ。
「せい!」
一人の腕を落とす。
返す刀でもう一方の手首も。
おお、抵抗が少ない。「切れ味抜群!」
お手手ストラップつきの
「ばん!」
弾丸は歯を射抜き、顎をカチ割り、頬を貫通。口元を押さえつけ、血が銃痕からピューっとこぼれだす。いっいっい。
腕なしの叫び声がホールに響き渡り、もれなく全員がワシに気づいた。
「ここまでで十。順調順調」
武器庫前の隊列は無作為にタマを消費した。
プロでもリロードにはいくばくかを要し。最後尾は武器を構えてすらいない。猛撃の開始まで目算──。
五秒。
それだけあれば、一群れを堕としてみせる。
一。
息を吸う。息を吸う。
脳内でチリチリと音が鳴る。
回転する電気パルス、殲滅ルートを計算し始めた。
心臓強度マシ、全身に酸素が巡るめく。型式がより闘争に最適化され。
カチッ。
切り替わった。
ニ。
コンバットナイフでオールバックの肝臓を貫く。
槍投げの要領で角刈りの土手腹にモシンをブッ刺す。
ナイフを抜き様に投擲、入れ墨へ切開手術。
「ノッてきた!」
三。
老人なもんで、杖ついて歩こう。
刀を逆手で持ち、突き刺すように
切っ先は甲板をも貫通し、血色の
「ほいほいほい」
走り、突き刺し、練り歩き、突き刺し、
四。
日本刀は世界屈指の切れ味を誇る。
ジュエリスチールとも呼ばれる高純度の玉鋼を、幾重にも織り重ね、熱し、槌を打つ。巨匠たちの魂をもくべ、鍛え磨き抜かれた刀身には、神が宿る。
弾丸すら一刀のもと切り裂くのだ。
ゆえに繊細で、ワシみたく乱暴雑雑しく扱えば、血脂にまみれ。
「程よくも」
刃こぼれは免れない。
まったく罰当たりな話だが、狙いはソコにある。
刃切れが落ちたということは。
「ぶん殴っても死ねないね」
軍刀今や、殴打の棒に。
頭、頭。
頭、頭。
あらんかぎりの暴力でもって、粛々と人間を破壊していく。
五。
さぁ、次の獲物は──。
「ん」
腹部に違和感を覚えた。
見下ろすと鮮血が楕円模様に広がっていた。
撃たれた──。
すかさずテーブルを倒し即席の盾にする。
とうに五秒はすぎた。銃撃の雨にそそがれ、机の風通しが良くなっていく。
「追い込まれてしまったな……」
いやはや、目算を見誤るとはワシも歳かね。
銃創は深く、止血の隙はない。
熱を伴う激痛に脂汗がどっとわくも、なお致命傷は避けていた業運に苦笑する。
「まだやれる……」
スモークグレネードを放る。室内であるため効果は絶大だ。催涙性の煙幕は視界をさえぎり、まともに食らえば戦闘の継続は困難だ。
煙はモクっと。姿勢を低くし、わずかな視認性を確保だ。
野犬のような走法で、バッタバッタに刀薙ぎ、高身長共を剪定する。
嗚咽する者を切り捨て、慌てふためく股を
血だまりはよい滑走路、
加速する肢体、躍動する
まずい。非常に楽しい。楽しいが過ぎて、鼻血でた。
「血ぃ」
ち。チ。懐かしき地。
血湧く沸くワク踊る肉、酔い酔いっと肉暮れに。
みどろ、血みどろ。ドロドロ、オドロ。
おしっこもれた。
「舐めんなボケカス! かかってこんかい!!」
若頭が吠えた。自ら大声を発してから、狙ってくれと言っているようなものだ。隊長、もちっとましな兵隊に育てとけよ。
フラッシュバンを放る。
殺傷性は無いが、強烈な光と爆音で敵の感覚器を麻痺させる。
得られる隙はごくわずか。
して、数秒をワシに与えるという危険性、いましがた証明したばかりです。
閃光が弾ける。
飛び出し、モシンナガンを回収。
錯乱した雑兵を三つ刺す。ひるがえって照準、引き金絞り、大将首とったり!
「ってー!!」
「おろ?」
ド。ド。ド。ド。ド。
頬、肩、脇腹、大腿、下腿。
弾幕に晒され、全身に銃撃を見舞う。
反射的にスモークグレネードを落としていたため、煙幕に紛れ事なきをえたが。
いやはや隊長、はやくも前言撤回です。
若頭は馬鹿でも
彼は多少愚かだが、ゆえに真っ当な兵士なのだ。
彼はあえて大声を発することで、ワシを誘いだした。
令和の世で、いかな経験を積んできたのか計り知れない、意外にも彼は戦闘に鋭利だ。
敗因をあげるのなら、おろかにもワシは若者を舐めていた。
若者の実力を過小評価し、身勝手にも自己を上位者であると位置づけていた。
老人の悪い癖だな!
思い至るべきだったのだ。ヒモロギ組が平時の世であれ。
『ダイ隊長』の直属部隊であることを。
かつてのワシと同じく、彼らは天才の指揮下にあり。
「ダサいなぁ、恥ずかしいなぁ」
認識を切り替えよう。
ヒモロギ組の戦闘能力は高い。
八十人は堕としたが、残り二十。
被災地内の治癒効果のほどを知らず、ワシは一歩も動けないレヴェルの重症だ。
窮地に立たされている。
なんという体たらく、こんなことになってしまったらもう。
「ガチでやるしかなくなるじゃん」
遊びは終わりだ。戦争はより非情な一面をみせる。
戦争とは、勝つためならあらゆる極悪非道が是正されるルールの呼称。
たとえば──。
「咬犬くん、命だけはどうか!」
百歳が少年に命乞いをする痴態も、あたりまえに許されている。
救援依頼じゃない。命乞いだ。
「みんな、動くな」
ホールに少年の声が響き渡る。
この戦争は、ワシVSヒモロギ組じゃない。
ワシ&咬犬君VSヒモロギ組でもない。
「こいつらの命がどうなってもいいのか」
初めから、ワシVS咬犬君VSヒモロギ組だったのだ。
なにせワシらは、殺し合い同盟を結んでいたのだから。
咬犬君は考えた。ワシにも、ヒモロギ組にも勝つ方法を。例のごとく、ワシに好かれる行動を。
武力では当然勝てない。つまり戦闘以外での勝ち筋を用意しなければいけない。
「どうか操舵手を殺すのだけはご勘弁! 後生です!」
咬犬くんは船の操縦士たちに膝をつかせ、ショットガンを向けていた。
ワシらがドンパチしている隙に舵輪へ向かい、人質を捕えてきたというわけだ。
我々乗組員の命を握っているのは、組長でも、ひいては国家でもない。
百人を収容し、船内バーや武器庫までもを擁している、巨大な客船。それを操る専門家たちだ。
航海士を失えば、当然目的の島にはたどり着けず。運よく本土に帰還できたとしても、組の目的は達せられない。
国の救助が叶った場合、待っているのは豚箱への片道切符だ。
もっとも、船を動かすことができず、難波してしまうのが大概だろう。
クルーは我々の舵を握っている。
この戦争は百人全員倒さなくたって、クルー数人を抑えるだけで済んだ戦いなのだ。
「ふんっ。そいつら以外にも船を操舵できるやつならおるわ」
若頭がカマをかける。
「なら、この船ごと自爆しよう」
咬犬君はダイナマイトを全身に括り付けていた。船底に穴をあけるどころか、この場にいる全員を吹き飛ばせる量だ。
「なんであんなもん積んでいるんですか!」
「島の開拓に必要なんや……」
「まっとうな理由……」
咬犬君、ノーベル賞は君のものだよ。
ワシと咬犬くんが結んだ条約、『他者を害してはならない』を反故にしている。
ただし、条約違反は戦争の常である。
「で、どうする? 死ぬ? べつにいいけど、それがいいけど」
「はぁ。俺らの負けや。お前ら、負傷者の治療したり」
煙も落ち着き、見ればなんと惨劇か。
阿鼻叫喚の負傷者たちと、笑えない量の手とか足。まったく酷いことをするやつもいたもんだ。
「なぁ、なんでこんな酷いことできたん?」
「ダイ隊長に褒められたかったのです」
「もう、ほんま勘弁してえや」
「いいよー」
そんなこんなで、終戦~。
勝者はピチピチの若人。青い発想には何人も勝てませんね。
んで、これからなにをしようか。
「咬犬くん、ワシらって、そもなにが目的で戦っていたの」
なぜ悪人を潰さなければいけなかったのか。誘ったのは君だろ?
戦利品もなければ、教訓も得られず。ならば何のための戦争だ?
「? さぁ。特に理由は」
そ。特に理由はない。そこに戦場があったから、みたいな。
べつにいいんだ。楽しかったし。
戦争はすごい!
勝っても負けても。
後味が最悪だ。
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