第14話 Sing, Sing, Sing!

 電話のコール音が、武器庫内に緊張をもたらす。

 ジリジリ、ジリジリ。


 受話器を取る。物語の転換に指先が震える。


『お初です、私はヒモロギ組・組長、神籬ひもろぎダイ申します。話は若頭から聞いとると思うんで、単刀直入に。あんさん、私と親子の盃をかわすつもりはありまへんか?』


 丁寧な口調とは裏腹に、ドスの利いた威圧的な声音は、やはり一国の主といったかんじ。と同時に、低音でもあった。


「ひさしぶりです。ダイ隊長」

『……。その声は八尾やんまくんか?』


 驚きと期待、あとは嬉しさのはらんだ返答に笑む。


 ダイ隊長率いる大日本帝国陸軍歩兵師団沖縄派遣第四分隊かき集めの兵士は、ワシら以外全員立派に戦死した。この世で彼を『隊長』と呼ぶのは、八尾やんまただ一人だ。


 一言でいい。それだけのトリガで甦る。硝煙の香りと、ありし火々の鉄血。

 我々の春は戦争なのだ。


「はい、ヤンマ一兵卒です」

『忘れられるわけがない。鬼神のごとき君の英傑ぶりに、何度命を救われたことか』


「あなたの鬼畜な強行軍に、幾度命を危うくしたか」


 『「その節はどうもありがとう」』


 神籬ダイがどんな男なのか、一言で言い表せば、やはり『自由』になる。


 だれよりも自由を愛し、自由に焦がれ、それゆえ自由に男が彼だ。


 狡猾で、強かで、人の上に立つカリスマもあって。『天才』と人は称するが。その実、おのが才覚以上を求める強欲な奴。


 自由のための権力に執着し、肥大化した立場に縛られる。 

 隊長、組長、つぎは王朝か?


 例えるのなら。


 ワシが自由の在処を見つけ出した放浪者であるとき。

 彼は自由環境を自らで築く開拓者。


 王道を歩む極悪人なのだ。


 おそらく彼とワシだけが、此度の災害に対して、瞬時に『まってました』と感激できた。イカれてんだわ。お互い。


 ワシは彼が好きだ。だから今から吐き出す言葉に、多少の勇気が必要だった。


「ワシも単刀直入にいいます、断ります」

『気持ちええやん。理由は?』


「ワシの上官はすでに決まっているので」

 八尾ヨロズ。


『ふん。ほならなんのために此処へ来たんや。矛盾しとるやないか、期待して損したわ』

「いっい」


 言ってやろうか。お前達を潰すためだと。

 ド派手にやれ。上官命令なんです。


『まぁええわ。どのみち口説き落としたる。六十年前には適わんかった恋煩いや』


 咬犬くんが黙って椅子をさしだす。腰をすえて話をしろと。忠犬ぶりに感謝。


『老人なもんで、長話が好きなんや。思い出にひと花さかそう』


 組長ヒモロギでなく。盟友ダイとして。


『戦争が終わって、私は故郷の神戸に帰った。百を超える空襲を受け、焼け野っ原になった神戸にや』


 文化財産は炎上、瓦礫々々のもと、惨状は壮絶を極めた。腐臭がそこかしこにただよい、蒸発した溜め池の底には茹で上がった妊婦。重度の火傷を負う少女の糜爛びらんした皮膚に蛆が沸いた。


 夏の日差しがカンカンに照る八月、隊長は地獄を見た。


 兵役で死者を見慣れていても。終戦から半月が立ってなお処理の追い付かない女、子供、老人らの腐乱死体には面食らったそうだ。


 兵士ではない。

 兵士ではない。

 なんの罪もない、無辜のなれ果て。


 ワシという戦争の悦楽があったことを無視できないように。

 卑劣極まる屍山血河も、忘れてはならない戦争の一側面だ。


『飢餓に苦しむ者も多くいた。GHQ占領時代の政府は死に体や。公的な配給なぞあてならんから、骨格が頑丈で無事やった、線路の高架下に闇市が興ったんや。できたばかりのころは不衛生、無秩序、混沌とかし、半ばスラム化しとった』


 ワシらが先日練り歩いた神戸元町。今も残るモトコーの怪しげな雰囲気は、戦後の闇市が由来だったりする。


『ほどなく駐留米軍の圧迫的な接収も始まって、貧困層は火の車。軍部、政治家、在日朝鮮人。ゆわれもない暴力からせめて細身を守るため、大衆がカオ役を欲するのは必然やった』


 ヒトが社会性動物である以上、無法の地帯には律が不可欠。たとえそれが必要悪だったとしても。


『地主の長男で、かつ兵役経験もあって。腕っぷしに自信があって、キモも据わっていた。なにより街を愛し、愛されていた。私はなし崩し的に祭りあげられた。始まりはひょんな成り行きにすぎず。しかし性にはあっていた』


 自己PRしちゃって。お見合いですか? まったくカリスマが溢れています。


 ワシはおそらく、史上もっとも多くの隊長に付き従ってきた雑兵だが(みんな死んだ)、彼ほどの逸材はついにいなかった。


『ヤクザ者にいい奴などおらん。例外はない。必ず誰かを不幸にするシステムや。ただ、悪という既得権益はときに秩序をもたらす』


 敗戦国日本は希望の光に縋る他なく。その『色』を選べる余裕はなかった。


 恐怖政治に秀でたヤクザは、戦後の闇を黒く照らし。単純明快な巨悪という力でもって、小悪党を払いのけた。 


『テキ屋系ヤクザの一派、その幹部として私は闇市をとりまとめた。警察、役場と連携をとり。暴徒化した在日の不良供を蹴り上げ。商売人たちが商いしやすいよう個人のシマを持たせた。経済の回転率を上げ、より多くの者らにおまんま食わすためや』


 公権力を失った政府では成し得なかった偉業。闇市の存在が、ひいてはダイ隊長の手腕が、戦後復興の一助になったことは間違い無いだろう。


 神戸闇市はのちに『三宮自由市場』と呼ばれる。スタンスは今も昔も変わっていない。ダイ隊長は自由を拓いたのだ。


『ヤクザはヒーローやない。最初は善意であっても、復興が軌道に乗ると次は利益を求める。シマを与えた商人から土地代と収益の一部をピンハネ。得たミカジメ料を元手に独自の事業を展開。それが成功すると多額の上納金を支払い、親分からの独立にも着手した。大手ヤクザの二部組織には違いないが、自分の國をもつことが許されたんや』


 ワシが勧誘されたのもその頃だ。


『そこからはやりたい放題や。賭博場、用心棒、密漁なんて古典的なシノギもそう。とくに力入れたんが武器商売。裏ルートで世界中から武器仕入れて、高値で他組に売り捌く』


 この客船に集められた銃火器は、商品の一部に過ぎない。


『昭和後期はどこもかしこも抗争に躍起になっていたから、バンバン飛ぶように銃が売れた。ゴミみたいな粗悪品ならロシアや中国からでも買えるやろう。大国の特殊部隊が使うような最先端のモン集められたんは、当時私だけやった。ヒモロギ組、黄金の時代やな』


 武器の戸口になれば、他組はヒモロギ組に手を出せなくなるだろう。

 下手に攻撃なんかして、武器を仕入れられなくなったら大損だし、抗争相手にその武器が流れたりなんかしたら目も当てられない。


 大手であってもヒモロギ組の顔色を伺わざるおえず。なによりダイ隊長は、どの組に肩入れすることもなく、大抗争時代でなお中立を保った。自組の人的損失をゼロに抑えたのだ。


 たかが中堅組織の息がこうも長く続いているのは、ダイ隊長の政治力あってこそ。


『やが弊害もある。他組がへたに武力を持ちすぎたせいで、抗争が過激化したんや。新聞開いたらやれ銃撃、やれ誅殺。しまいにはカタギのもんにも被害が出始めた』


 神戸ヤクザが日本一の勢力を持つとされるのは、その辺りが原因の一端。


『タチ悪いんが、銃仕入れる資金確保するために、非人道なシノギを各組が始めたことや。特殊詐欺に売春斡旋、児童ポルノに生活保護不正受給。最悪なんがシャブや。私ら軍人みたいにモルヒネで遊ぶんとは訳が違う。あれは人を廃人にする』


 白人至上主義レイシストのイタリアンマフィアなどは、黒人にのみ薬物を売り、子供などの手に届かないよう分別していたようだが。

 

 利益を求めすぎた日本のヤクザではそうもいかず。認識の甘い数多の若者が犠牲となった。


『他に目を瞑っても、シャブだけはあかん。葉っぱならまだしも、覚醒剤は失うものが多すぎる。私らは外道やが、悪魔に堕ちるつもりはあらへんのや。ヒモロギ組は武器商売を縮小し、薬物取引を固く禁じた。やけど一度美味い蜜を吸った阿呆供は、その味が忘れられへん。他組はお構いなしにカタギをシャブ漬けにしていった。影響力の落ちたヒモロギ組は、時代の流れを傍観することしかできひんかった』


 栄枯盛衰。いちじ栄華を極めたヒモロギ組は、そんなゆえあって今の立ち位置に落ち着いたわけだ。自由に生きるための手段だった物が、いつの間にか重い足かせになっていた。


『とはいっても自分でまいた種。自分でケツ拭わなあかん。ヤクザ親分最後のひと仕事として、私は腐りはてた裏社会、糾す機会をじっとうかがっていた。タイミングもよかった。平成三年に施行された『暴力団対策法』はしゃんと仕事をしたし、特に平成七年の『阪神淡路大震災』が契機やった』


 神戸を襲った史上最大規模の震災。これまで六が上限だった震度数を、七にまで引き上げさせた厄災。6432人が亡くなり、五十二万棟を超える被害を受けた天変地異は、今も鮮烈に我々市民の記憶に残っている。


 ダイ隊長はその震災すらも利用した。


『地震により三日三晩火事が続いた。知っとるもんは知っとるが、あの火災の一部はや。混乱に乗じ、様々な思惑が可燃性をおびていたんやな』


 やれ火事場泥棒が証拠隠滅を図った。やれ行政が治安の悪い長田区を燃毒した。

 根も葉もない噂は後を絶たない。


『私はヤクザの事務所、幹部宅、取引にかかわる重要施設へ火を放った。力をつけすぎた裏社会に打撃を与え。表では被災した一般市民に献身的なボランティアを行った。救援活動、支援物資の提供、炊き出しにイベント。善意もあったが『ヤクザは皆さんの味方です』とアピールすることこそが狙いやった。人は対外的なパフォーマンスというが。実のところカタギに手出ししずらい空気間を、身内内に作るのが目的やった』


 スケールの大きな話に返す言葉がなかった。ワシなんて当時、面白半分に暴力団を潰して回っていた。雑魚組織をいくつか壊滅させたりして。まったく恥ずかしい限りです。


『どういうわけが下部組織も同時期に消滅。おかげで少しは風通しもよくなった。悪しき風習はその後も脈々と続くが、全盛期に比べ神戸のヤクザ者は影響力を落とした。私も平成中期になると現役を退いて、隠居生活を送っておった』


 神籬ダイの波乱万丈な人生の一幕に区切りがつき、いよいよに題目が回る。咬犬君は『長い。誰が興味あんのこんな話』、という顔をしていた。


『やんま君、どうして私がこんな話をしたのかわかるか? 知ってもらうためや、私という男のを』

「聞く分には面白かったですけどね」


『世事はいい。まさに滑稽。あれほど自由を求めた私が、晩年は身から出た錆を研ぐのに必死で。何物も成すことはなかった。そこに自由はなく。保身、利権争いという嵐に耐える、ちゃちな雑草のひときれよ』


 そんなおりに、此度の若返りが起こった。

『もう一度』を与えられたダイ隊長の喜びたるや、『延長戦』程度に考えていたワシなぞ比べるまでもなく、ひとしおだっただろう。


『やからこそは成し得る。真の自由を勝ち取るがための『戦争』や』


 ……。さすがです。こいつ、本気でワシを口説きに来ている。


『独立国家建国という目論見はおおむね察しとるやろ。ならばなぜ、悪漢共をかき集めているのかというと──』


 政府に対抗するための武力集め、なんて予想はらしくも外れた。


『神戸から追い出すためや。全員、一切合切な。私の造る新たな国に、旧態依然とした悪は必要ない。存在すら邪魔や。若頭含めてな』


 話が好みの展開へシフトし始めた。飽きてきたころ合いの褒美に、背筋も自然とのびた。


『悪はただあるだけで他に伝播する。同じ木箱に腐敗した果実を入れてしまうと、ほかもダメになる。そんな話や。新しい時代の思想に、ヤクザはいらん。ほかしてしまえ』


 そのあたりの判断力は、さすが隊長といったかんじ。


『かといって殺すわけにもいかん。遠ざけたところで、被災範囲は広がり、元の木阿弥。ならばいっそ、全員僻地で隔離してしまえばいい。具体的には、瀬戸内海にある孤島にや』


 この船は島送りの送り船というわけね。


『どのみち外資集めが独立の肝や。せっかくならそれも担ってもらお。島を武力制圧し、芥子ケシや大麻なんかを育てさせればええ。時代は今や令和や。低依存性麻薬植物への認識は変わりつつある。私も成長した、シャブやなければ妥協もする。大規模な農業プランテーションは定住せなムズいから、住ます理由もできる』


 GHQが禁止して以来、大麻は頑なに違法だが、とっくに合法化している国も多い。

 令和の世でヤクザに百姓させようってか。


『あとこれはふと思いついた事業やが。被災地内では大けがしても治るんやろ? ほな、あえて腎臓や肝臓、肺に四肢なんかを摘出することで、治癒を待つ。治ってしまえば、また摘出。うまく回せば一人の人間から多量の臓器を生み出せてまうやん。やりようによっては臓器売買の先陣を切れるかもしれん』


 悪事の度が過ぎて眩暈してきました。


「仮に世代の新陳代謝が叶ったとして。隊長はどうやって新国家をまとめるのです?」


『私は何も政府と武力衝突しようおもとるわけやない。どうせこの国、いや世界は終わりや。文明は変革の必要に迫られとる。『被災地内への適応』が求められとんのや』


 植物の王国と文明の調和。まさに現問題に対する完璧なアンサ。


『いち早く適応国のモデルケースになれれば、世界からの評価を集められるし、日本政府と対等に話し合うこともできる。今は犯罪だとしても、のちに自治権が認められる可能性だってあるやろう。他国の承認さえ得られれば、独立国家の建国は可能なんや』


 日本国民だからこそ、字面にはテロリズムをそこはかとなく感じるが。隊長にとっては明確なヴィジョンのある、正当な手続きプランにすぎないのだ。

 

 ではなぜそこまでの行動をたらしめるのか。


 残念。

 これに関して、ワシは深く共感できてしまえる。

 深く共感できて、『深い理由』なんてないことがわかってしまう。


 ワシの行動原理が『面白そう』のひとつに尽きるのなら、隊長は──。


『はっは。なんや『自由』そうな話やろー、僕、今が楽しくてしようがない』


 子供じみた、戯言じみた。

「でも」

『本気やで』


 二人の愚直な思惑は交錯する、錯綜する、どこまでも深く、高く。

 船内に流れるジャズミュージック。

 シング・シング・シングの混沌としたアドリブのように。


『必要悪はもういらん。ただ、新たな国に象徴は必須や。激烈な、一度目を合わせると、もうそらすことができひんほどの熱量が。もう一度言う。八尾やんま、私のもとへ来い。お前という絶対悪がための王座は開けておく。私と共に自由を夢見んか?』


 返事は決まっている。


「魅力的ではありますが、断ります。権力に興味はありませんので。それにあなたは『日本政府と事をかまえるつもりはない』と仰った。なんてもったいない! それが一番面白そうなシナリオではありませんか!?」


 もし隊長が日本と戦争ことをかまえるつもりなら、ヨロズすら裏切り得ていたかもしれない。隊長風にいうと、それだけのが彼の野望にはあった。


 夢いっぱい、可能性の大爆発、ぶりぶりのかんぶりあ。


「なので代替案です。相応の報酬を支払うのなら、委託という形であなたの思惑を手伝ってもいい。ただし、あなたが穏健を謡うとき、ワシの扇動行為を許してください。だって、戦争したいじゃないですか。戦争するなら、真っ先に駆けつけますよ、ラッパ吹きでも鉄砲玉でも、なんでもしますよ」


『おいおいまてまて、あまりにもおのれの融通利かせすぎやないか? わがまま通り越して傍若無人やぞ。私はおのれと対等に話しているつもり、毛頭ない。もしおのれが組に不利益をもたらすなら、問答無用でおのれを誅す』


「認識をただすのはあんたのほうだ。対等ですらない、あんたがワシにこいねがうのです。『もうやめてください』ってね」

『は?』


「いっい。ワシのほうが立場が上だとわからせる必要があるみたいですね」

『は、はぁ?』


「いまの隊長では、ワシを御することなぞできないと証明します。手始めにヒモロギ組きっての武力集団、この船の構成員百人を、ワシ一人でボコボコにします。どうせ配信見てんでしょ。ご笑覧あれ~」


 通話を切る。

 世界を相手取るための、これはただの前哨戦。わかっていても昂ぶりは止められない。ビリ。ビリリ。


【ひいじい、さすがにこじつけがすぎる。イカれてるわ】


 老人一人VS指定暴力団組員百。


 ビリビリ、脈動。


 レッツジャム。


 

 

 

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