第13話 チャカチャカバンバン

 ゆらり。

 お目覚めて。

 ゆらり。


「おはよう、八尾ヤンマ」咬犬くんの膝枕。


 死ねなかったという奇妙な感慨、そして経験上、次にやってくるに備える。


「あぁ?」


 肩透かしをくらった。


 胸を銃撃されたとき。はたまた、刺突で腸をこぼしたとき。あとは火炎放射器でたたきにされたときと同じく、くるはずだった激痛はしかし。


「では、撮影開始」

【あ、ひいじい!? うぅ、無事でよかったぁ……】


 行きずりの少年と愛ひ孫、二人の声に取って代わられた。

 気怠い体を起こすと、洒落た飲み屋のソファ席に転がされていたとわかった。

 それもどうやら船内バーであるらしく、波の揺れが直に伝わってくる。


 アートブレイキ、魂のドラムスが蓄音機から猛々しく響く中、強面の男たちが酒を酌み交わしていた。  


「状況がよめん」  


 ワシらは依然、犯罪者集団の渦中にあるらしい。


 ふと窓を。


 船でよく見る丸形の舵窓げんそんをまっ黒く夜はのぞき。激闘からかなりたっているとわかった。


 雑な場面展開に気になることも多いが、まず不思議なのはワシのについてだ。


 獅子を相手に重症は免れなかった。文字通り激闘は骨を折った。

 かつトリは大事故が飾る。トラックとの。

 故意であるから事件ともいえる。笑い話だ。


 ただ、当事者であるワシがそれを笑えるのも健康体あってこそだ。

 死んでいてもおかしくない、いや、生きているほうが不思議なくらいの大ケガはどこ? 傷は閉じるどころか跡形もなく消え失せ、露出していた真皮は衣替え。

 

 獅子との甘い記録は残念なことに綺麗さっぱり蒸発していた。これでは痛みも実感も湧きやしない。


「どうしてケガ治ってんの?」

 ヨロズとの通話をミュートにし、咬犬こうがみ君に尋ねる。

「治るどころか、あれはもはや蘇生に近いね。僕が吹き飛ばした耳も、貫いた手のひらも完璧に治癒している」


 今の世は奇怪よ。

 百年物の含蓄なぞあざわらい、ハテナをフルコースでふるまってくれる。


「老化によって傷ついていた細胞は、若返り現象をへて復活した。どころか、無から新たに作り直された。のちに範囲内に入る生命も、等しく現象に見舞われるのだから、すでに若返っている被災者だって例外じゃないって話でしょ」


「つまり?」


「被災地内にいる者は、今もなお続けているんだよ。傷を負ったそばから、負う前の自分に」


 なるほど。そりゃあわけだ。

 ずっと不思議だった。

 あれほどの災害をうけて、どうしてケガ人をあまり見ない?

 

 いや、『あまり』どころじゃない。だ。


 災害内容が人体に攻撃的でなかったからだと半ば納得していたが。

 実際は火事が長く続き、植物爆発による事故も多発していた。二次災害はたしかに起きていた。


 地震や津波とはいかずとも、相応のケガ人がでていたはずで。ケガしたそばからしていたということか。

 みんなして若返ったから、ある種牧歌的な被災映像になった。


 今思い返せばアレもそうだ。咬犬くんとの決闘でおった手傷は中々のものだったが、特に尾を引くことはなかった。包帯で隠していたし、血が滲まなかったので交換もせず、治癒していたことを悟れなかった。怪我に無頓着であったことも遠因だろう。生傷が絶えない半生なもんで。


「むろん即死した場合は若返りの対象にならない。この情報が公にされていないのは、死者数がゼロじゃなかったからだ。お国は不確かな情報を流したがらないし、さすがのメディアも今回の事案には慎重になっている」


 被災地ではどんな怪我も欠損もたちまちに癒やしてしまう。


「都合がいいね」

「何者かが考えたプロットみたいだ」


 そんなオチがついたところで咬犬くんが机をこつき、周りを見ろと促してきた。

 気づいているよ。ウイスキではなく、犯罪者達の怪訝な目がワシにそそがれていることくらい。


 あちらから話しかけてこないのは、対応を決めあぐねているからだ、ワシのに。


 なにも欲求にかまけて、獅子へ挑んだわけじゃない。こうみえて年寄りらしく老獪ろうかいで、思惑だってもちろん。


 ワシらはヒモロギ組によってかき集められた、犯罪者集団の末端にすぎなかった。

 組織の目的や全体像すらつかめていない下っ端が、どうしてそれを打破することができる? ワシは戦争が好きだが同時に、いち兵士の枠を出ることはない。


 彼を知り己を知れば百戦あやうからず。

 昇進が求められた。二階級特進以上の。

 アレはそのためのパフォーマンスだ。


「さて、どうなる……」


 獅子威しというキチを演じて。実演して。取り扱いの難しい男だと疑わせ。高い実力の持ち主であることも示した。


 必要以上に、執拗に、ハッタリを利かせた。


 組織という構造上、扱いが難しければ難しいほど、高価値であればあるほど、その運用、判断、責任の所在はに委ねられる。某国において、核のスイッチを押すのは、いつだって戦場に出ない大統領だろ?


 つまるところ、手っ取り早くに近づく試算なのだ。

 直接会えるのなら御の字。

 一パーセントくらいは、そんな打算もあった。

 

「ようよう爺さん、お目覚めかい! いやぁすごいもんみさせられたわ。まさかライオンに直接向かっていくとわ。他の連中も爺さんには一目置いてるでー」


 その一目はドン引きのメガネだがね。


 フランクな口調でしゃべりかけてきたのは若頭。

 敵愾心てきがいしんをむける者も少なくないなか、あけすけな余裕はさすがリーダー格といった感じ。


「で、さっそく本題なんやが」


 きたか……。


「爺さん、ウチに入らん? ヘッドハンティングいうやつや」


 ワシは過去、組長じきじきに入門の誘いを受けた。が、ここはあえて隠しておこう。


「おいおい。ワシは今しがた目覚めたばかりですよ。どういう状況で、君たちが何を目的にしているかも知らないんだ」


 若頭は巨体をひそませ、小声で耳打ちしてきた。


「正直言うと、他の連中は寄せ集めの兵隊なんよ。悪く言えば使い捨ての手駒。『歩兵』みたいなもんやな。もちろん歩兵よろしく雑にあつかったりはせん。ただ俺らはあんさんに、『飛車角』クラスのポストを用意しようっちゅう話や」


『どのみちコマじゃないか』、とは言わない。ワシだってむかしは国という玉将ぎょくしょうに仕えていた身だ。アレは玉砕したが。


 ただ今回は、君らが対局相手。

 ワシを仲間に引き入れたいのなら、獲りに来るくらいの気概は見せてほしいね。

 本気で戦争してやれるのに。


「返答になっていないよ」

「詳しい話は、おやじに直接聞いてくれや。いま連絡しよる。ほら、こっち来なはれ」


 そういって案内されたカウンタ奥の応接間は、なんとになっていた。


 ワインセラのようにびっしりと銃が飾られている。大迫力。


 暴力団ならチャカくらいあるだろう、トカレフやマカロフといった粗悪品の拳銃類なら納得だった。


 だが武器庫に並べられた火器はどれもが長物。サブマシンガンやアサルトライフルといった高性能かつ高級な品ばかり。

 よくみれば軽機関銃やRPGなどの変わり種、槍やダンビラといった小物類まであった。


「この船はウチの所有でな。野郎ら引き詰めて、瀬戸内海をかるく遊泳しとんのや。へぇ。爺さん、ビビらへんねんな」

「船には百人くらいいた? みんな銃を持っていました。高速道路では空手だったのに。なら、君らが配ったんだろうという大方の予想はありました」


「目立っとったか? みんな服下のホルスタにしまわせとったやろ?」

「いっい」


 老人の昔取った杵柄よ。武器を持つものはその姿勢、重心の置き方が他と多少変わってくる。訓練を積んでいない素人ならより顕著だ。

 咬犬君の一件があって、カンが戻ったかな。


「胸にガバメントが二丁、腰にはリボルバ、右くるぶしにもあるね。君、意外と臆病なんだ」

「……。おのれ、ナニモンや」

「しがない老兵です」


 いけないいけない。いたずらが過ぎたか。


「はっ。そういうことにしといたるわ。爺さん、もうじき電話が鳴る。そのお方と話しせえ。銃も好きにもろといたらええわ」


 装飾の凝ったダイヤル式電話を指さす若頭は、興が覚めたと応接間を後に。


「警戒しないのですか?」

 ワシらから目を離して大丈夫なのかと尋ねる。

 ちなみに、大丈夫なわけがない。


「そんときは戦争やろ? いい返事を期待しておくわ」

「なるほど……」


 ヤクザがすごむとさすがに怖いね。


『やれるもんならやってみろ。正面から相手したる』

 隆々な背中は雄弁だった。


 若頭が部屋を出ると、ワシは物言わず武器を物色しはじめる。

 咬犬くんも続く。彼もだいぶワシの流儀を理解し始めたな。好感度はうなぎのぼり。

 そう、ワシは船を戦場舞台にしたいと考えている。

 ここでトドメをさす。


 海という隔絶された空間、百人という規模を活かしづらい狭い船内。そして豊富な武器。これほどの絶好を活かさない手はない。

 どうにか敵対する理由がほしいくらいです。


【ひいじい、これ、オフレコなんだけれど。今朝のライオンバトル、あれがけっこう好評でね。切り抜き勢も頑張ってくれたおかげで、今、同接視聴者がかなりいるんだ。バズらせのチャンスなんだよ】


 貪欲なひ孫は、爺に小遣いを強請ねだるように。


【ド派手にやっちゃえ】


 けしかける。

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