第11話 獅子威し

 大木をのぼり、背の高い阪神高速に乗る。

 ポートタワや、モザイクの観覧車などを横目に、大阪方面へむけて東進する。


 無線の情報が正しければ、犯罪者が指定した合流場所はそう遠くない。

 ヨロズに聞こえないよう会話をミュートにし、カメラマンの咬犬くんへ訪ねる。


「それってどこの情報?」

「確かな筋だよ。なにせ逃亡犯の音頭をとっている組織は、神戸では名の知れた指定暴力団だ」


 いくつか候補はあったが。独立国家なんて作ろうとするイカレポンチ、そう多くない。


「ヒモロギ組とかですか?」

「え、なんでわかったの」


 ヒモロギ組は神戸ヤクザ系の下部組織にあたり、太平洋戦争終結後、無法地帯とかした神戸で急速に力をつけた一派だ。


 ワシが若い頃はトリッキなシノギでブイブイ言わせていたが。進む世情と、過激化する闇社会の流れに、老いた任侠人のカシラがついていけず、後塵を拝して久しかった。

 

 それがどうして今になって? いやありえるか。なにせのだから。鬼ヤンマが戦情をとりもどしたのと同じく。

 アイツならやる。ワシには静かな確信があった。


「組長が知り合いなんです。共に沖縄本土で戦った、ワシの上官。分隊長様。彼は終戦後荒廃した神戸を憂い闇市をまとめた。ヤクザ者に堕ちると、それがあんがい性に合っていたみたいで、喜々としてワシを勧誘してきたこともありました」

「受けなかったの?」


「任侠とかよくわからないし。その時はまだ、家族がいたから……」

 ワシの雰囲気を察してか、そもそも興味が無い話題だったのか。咬犬君はそれ以上追求してこなかった。


 しばらく高速道路を歩いていると、まばらに人影がみえはじめた。三十人くらいはいるだろうか、雰囲気がえらく物々しくて、人相をたしかめるまでもなく犯罪者集団であると悟れた。


 昇り竜。和彫りの入れ墨が目立つ巨漢が近づいてくる。


「おうおうおう、おたくらも指示されてここへきた口か? シャバがこんなありさまになって、えらい戸惑っとるやろうが心配すんな。オヤジにこの班をまかされた、オレ様ヒモロギ組若頭がしゃかりきに面倒見たるわ。がっはっは」


 腕っ節だけが取り柄の、底の浅い底抜けの阿呆が呵々大笑。

 だがワシらは奥にいる、こそに恐怖した。


 比喩ではない。人でない。


 肌がざわめく、胸が電撃する、鼓動が衝撃に跳ねる。

 は? なんだそれ。なんだよこの高鳴り!?


「おいおいおい、見えたか咬犬くん!?」

「……納得はある。僕らはみな檻から抜け出してきたゴミ分だ。僕らこそ予想の種だった」


「かといって、なんですかこの急展開! うぅビリビリする!」

 ワシらの反応に続いて、他の犯罪者達からもどよめきがあがる。


「おいあんちゃん、さっきから何をいって──」

「ウドが間抜けめ! アレを見ろ!」

 若頭をはたいて指をさす。百メートルほどむこうに、奴はいた──。


 その姿は猛々しく。その姿は雄々しく。爬虫類脳が今すぐ逃げろと警鐘をならす。


 そっ首すら平らげる、赤く血濡れた死の大口。

 隆々な曲線美から放たれる爪牙は、肉、骨、命をたやすく裂くだろう。


 人間などしょせん、野生化において彼のにすぎず。そして『一兎を狩るにも全霊をだす』という俚諺りげんはあまりにも有名だった。


 我らが哺乳の王、百獣の怪物──。


「ライオン」


 檻から抜け出したのは犯罪者だけじゃない。ライオンだって、平等にチャンスは与えられていた。彼はそれを物にし。ワシと劇的した。運命的だなぁ。


 獅子吼ゆれば野干脳裂く。恐怖は伝播し、みな浮き足立つ。狂乱は近い。


「じいさん、どうぞ楽しんで」


 咬犬くんは考えた。ワシに好かれるためにはどうすればいい? 答えを吠えた。


 パァン──。


 快音が鳴り響く。空に向け銃を撃ったのだ。


 犯罪者達は銃なんて見慣れているから。『チャカがあればライオンなんて大丈夫だろう』という無責任な安堵が広がる。


 ソレは勘違いだ。銃声がなにを意味しているのか。

 獅子の耳には届いたかな、開戦の鏑矢ラブコールが──。


「この歳で初体験」


 獅子奮迅、奴は銃声聞きつけざまに駆ける。同じく飛び出すワシを、狩るべき獲物と見定め、獅子舞う。


「まだまだ成長ざかり!」


 いざ尋常に──。


「ビリビリでおねがいします!」

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