第10話 新東京都構想          

「うわぁ、なんだよこれ」


 もはや笑うほかない光景さまが広がっていた。

 災害から六日目の朝。長く続いた雨は去り、数日ぶりに外へ出たのだが。

 街はなんと、泥水に溺れていた。ヴェネチアのアクア・アルタばりに。


 水かさこそ十五センチほどですんでいるが、こうも大都市が氾濫するものか。

 まるで湿地帯だ、茶色く汚れた満州を懐古する。


 この様子では、地下施設や地下鉄道の類いはすべて沈んでしまったことだろう。


【ただでさえ木々で水路は死んでんだ。河川や下水の管理者も避難したわけだし、大雨とくれば、そりゃこうなる。むしろ近場に海があって助かったんじゃないの】


 植物にとっては六甲山の豊富な栄養素を雨水がはこんでくれるわけで。燦爛さんらんと照る太陽光を全身にあび、生命力に富んだ笑顔を存分に見せつけてくれた。


 風に揺らめく青葉、腐葉土の樺茶かばちゃな香り。

 羽虫に野鳥、ドブネズミやヌートリアなどの齧歯類。野生化した愛玩動物の姿も。

 バシャバシャと音をたてて、イタチやハクビシン、タヌキにテン、アライグマ。小動物の群れが無邪気にはしゃいでいて魅入る。


 神戸はもう、人の領域でない。


【考古学ファンからすれば、石炭紀時代の沼沢が再現されていて、少し愉快だけれどね】

「人ごとだと思って」


 家電量販店にて生配信用のカメラ、ピンマイク、ワイヤレスイヤホン? それらを充電するためのバッテリなどを一通りそろえたため、動画撮影の快適度は一段と増した。


 物言わぬ咬犬こうがみくんにカメラマンをまかせて、目的地であるの元へ急ぐ。


 集合場所は各地にあって。近いのは阪神高速道路の高架上。震災時の倒壊を機に補修工事をうけた長城は、いまも堅牢立派にそびえていた。

 大阪と神戸をつなぐ大動脈は都合のいい要所なわけだ。


【『行進してシットダウン』くん、銭チャ感謝。『河川関連だけでこの有様でしょ。原発とか大丈夫なの?』。ぜーんぜんヤバい。被災地にも原発は何基かあるんよ。元々頑強なつくりだから、木々で壊れるとかはないし、いまは停止したり注水したり、格納容器ベントなんかでやりくりしているみたいだけれど。いつまでも権衡状態を保てる保証はない。災害はつねに拡大しているもんで、稼働中原発の対処も早急に考えないと、メルトダウンは避けられないな。ま、そのへんは賢い大人がなんとかするでしょ】


「不謹慎な話だけれど、十五年前の福島の件があったからこそ、その程度ですんでいるという見方もできるだろう」


 原発以外にも、発電所、動物園、ダムなど、人の管理が必要な施設は数多に。頑張れ日本! みたいな話をしつつ進みつ、談笑は続く。インフラが死に、市民のほとんども避難し、三宮はゴーストタウンと化していた。閑散とした被災地とは裏腹に──。


【日本だけじゃない。この三日間、世界中が大慌てよ。京阪神だけの事象だったから静観できていた。拡大していると知ったいま、人ごとじゃなくなった。どこもかしこも自国の対応でてんてこ舞い、日本にかまけている余裕なんてないの。とくに頼りの近隣国が顕著で。鎖国状態だった日本はよりいっそう孤立しちゃった】


 島国かつ食料自給率の低い日本においてそれは致命的だ。数ヶ月はどうにか持ちこたえてほしいが、破綻の鎌首は目前、可及的速やかに対策を講じる必要がある。

 

【悪いことばかりじゃない。超法規的な処置として、なんと内閣では略式的に新法の設立が可能になったんだ。つまり、好きに法律をいじくれるってこと。世論を気にするあまり、行動の一々が遅い日本政府は今や、独裁国家なみにやりたい放題できる環境だぜ。暴走のリスクはつねにはらんでいるけれど、デメリットを無視してあまりある緊急事態なの。なんだかね、期待しちゃう、ウチの為政者はバカじゃないんだって。打ち出された新法の一つを例に挙げると、交渉を介さず、政府が地方自治体や企業に勅令できる権限を得た】


 避難場所の提出、および仮設住宅の建築依頼、医療サポートなどといった必要不可欠な協力要請。それらに金銭のやり取りが発生せず、長ったらしい契約もいらず。 

 今後の手厚い保証は大前提として、日本政府は現在全国民を即日自由に動かせる立場にある。


【そんな暴挙がまかり通るのは、国民全員の見解が一致しているからに他ならないぜ。このままだと日本が終わる。そんなの嫌じゃん。一丸となって対処していかなければならない正念場だって、みんな分かっているんだ。とやかく言っている暇があるのなら、一秒でも早くやれることをしろ。私の視聴者さんのなかにも、昼夜関係なしに無償で働いている人いるよ】


 災害はくしくも、政治を活性化させた。

 鎖国状態だから他国の介入はなく。

 声の大きな老人の顔色を伺わずに済むようにもなった。何せ老人は、そのうち皆さん若返る。


 日本円の価値がなくなったからこそ、開き直れた側面もあるだろう。予算を気にせず動けるのは、持たざる者の特権だ。


 時代は今や、令和維新に入った。維新であり。


「一新だ」


【北海道なんてすごいんだ。被災地よりもさらに広大な土地、そのほとんどを国に提供してくれた。おかげで数千万人規模の避難場所を確保できた】


 さすが試される大地といったかんじ。東北、九州もそれに続くだろう。ワシはぼんやりと疎開のことを思い出していた。なんだか戦時中みたい。ドキドキ。


【馬鹿げた計画も立ち上がったぜ。北海道は考えた、災害から首都圏を守るのは不可能だ。どうせウン千万人避難してくる。ならばはなから災害に適したを、急ピッチで建造すればいい。新東京都構想が実現すれば、首都陥落後、予想されうる国の脳死はどうにかふせげるし。ポートアイランドや横須賀のメガフロートをモデルケースにした人工島も施工されるはずよ】


「なんだかいよいよSFじみてきたね」


 そんななか、悠々自適に天国を謳歌するワシらは、まったくなんて罪なともがらか。

 せいぜい有意義な情報を、視聴者の皆さんへ伝えていくしだいだ。


【ではでは、ヨロヨロチャンネル大規模企画第一弾、『悪人どもをぶっ飛ばせ』、引き続きお楽しみください】

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