第9話 アラハバキ宇宙仮説
災害を科学的に説明するにあたって──。
【疑問符はぽぽぽん、中でももっとも奇っ怪なのが、質量問題です】
質量の問題。質量保存の法則。無知蒙昧なワシでさえ及ぶ、広し宇宙の不文律。
物質はいかな化学変化がおきようと、質量が変わることはない。
氷が水に、水が蒸気に。体積が指数関数的に増大したとて──。
「質量自体はけっして変わらない、っていうアレ?」
【法則が否定されてきょうびひさしいけれど。ま、よっぽどのことが無い限り、ひいじいの認識はまちがっちゃいない】
「よっぽどのことが起きているんだね」
【んで、私の手元には八尾やんまのサマリがあります】
つまりは要介護時、やんまはどんな人間だったのか。
【脳梗塞の既往歴あり、後遺症は全身の麻痺。拘縮、尖足もひどく、ほぼ寝たきりの状態。失語症や嚥下障害なども併発しており、口腔での栄養摂取は不可。胃ろう造設にあたって食事摂取量が大幅に低下し、体重は四十キロを満たしてもいなかった】
「うへぇ、うんち製造器」
ほんとありがと、ヨロズ。ワシを死なせないでいてくれて。愛はいつの時代も残酷だね。
【で、だ。ひいじい、今何キロある?】
「五尺五寸の身丈を鑑みても、全盛期の筋肉量だ、70キロちかいかもしれん」
【あらら、余分な30キロはどこからきたの?】
ヨロズはさらに饒舌に早口に、己が仮説をまくしたてる。楽しんでいる。
【アマゾンに迫る森の、陸を埋め尽くす緑の、天文学的質量はどこからきたの? 『若返り、まずもって超常だ、常識は通用しない』そういえばそこまでだよ。でも私の心音が、思考停止を焼却するのよ。ちな、レディの質量は可変だぜ、法則は数ある例外に則して成り立たない】
「続けて」
そこまで言うんだ。あるんだろ? 仮説のディテールは。
【ここで登場するのが、くだんの『数ある例外』のひとつ。質量保存の法則すら無視できうる、『相対性理論』ってやつよ。ベロだしてE=mc^2。エネルギは、質量に交換可能っていうアインシュタインさまの例のアレ】
アレ、といわれましても。
【認めざるをえない事実として、質量はエネルギに交換可能なんだ】
「木を燃やせば、火という熱エネルギになる、みたいな?」
【んー、木を燃やしても空気中に有機物が逃げるだけで、全体質量は変わんないのよね。発火は目に見える酸化反応ってだけだし。今回のとはまた違うお話。具体的な例をあげるなら、我らが太陽とか、あとは核爆弾とか?】
げ。ワシの嫌いな奴。戦争を終わらせた悪魔みたいな奴。
【広島型原爆は核分裂を、水素爆弾ツァーリ・ボンバは核融合を利用していたのは有名だよね。どちらにも言えるのが、爆発後物質の質量がごくわずかに欠損していたという事実。消えたんだよ、本来あるはずの質量が、この世から完全に】
欠損はごくわずか。だがそのわずかばかりは、何に変質された?
【失われた質量は、『核爆発』という都市をまるごと吹き飛ばすエネルギに交換されたんだ。かの兵器を前に、質量保存の法則は成り立たっていないのよ】
質量がエネルギに?
『なぜ』の論理は無理解で。
ただ『そうなる』という歴然とした事実の前に、常識は無力だといたく痛感した。
無知であることを認めることから、科学の道は始まるのだろう。
ヨロズは『覚えなくていい』という前置きのあと、太陽のシステムも簡潔に語ってくれた。
四つの水素原子核が、一つのヘリウム原子核になる核融合反応が、太陽では常に起こっており。このさい保存則を無視し、0.7%ほど質量が小さくなっているらしい。
その失われた質量が、太陽の輝きというエネルギに変換されている。
太陽は今もなお消費され続け、やがて燃え尽き、消えてなくなる。
「でも、それは質量がエネルギに交換されたってだけの話で。今回おきた災害みたいに、新たな質量が降って湧いた事案とは話が違う──、あ」
【気づいた? そゆこと。相対性理論、E=mc^2。イコールで結ばれていると言うことは、必然的に逆もあり得るというわけさ】
「核爆弾や太陽が質量をエネルギに変えるのなら。災害は、エネルギを、質量に変えていたってこと?」
【ご名答。一般人でも体感できるくらいの実験成功例はまだないけれど、理論上莫大なエネルギさえあれば、無からでも質量は生み出せるのさ。たとえば、ビッグバンが宇宙を作ったみたいに】
「なるほど……」
【ま、この例も百年後使えているかわからない代物だけれどね。宇宙はそれぐらい不確かで、確かな未知に、満ち満ちているってこと】
「宇宙の話をしているの?」
【相対性理論だけじゃない。科学のすべては弦のように
科学の否定は、宇宙の否定をも意味しているのだから──。
ヨロズはどうやら、『分かった気にさせる』のがお得意だ。
「ありがとう。おかげで気持ちの悪い状況を、少しだけクリアにできた。すると見えてくるものもある。ヨロズ、お前の仮説にはまだ続きがある。そうだろう?」
【さっすが。ねぇひいじい、こたびの災害、すこし恣意的に感じない? きな臭いんだよね】
「続けて」
【災害範囲がえらく限定的なんだよ。日本全土、地球全土、ならまだしも。どうして京阪神間のみの異常? そもどうして島国で? 実験的じゃん……。いやまてよ。地球全土にしなかったのではなく、できなかったとう線も?】
「たとえば、エネルギ不足だから」
【生物にとって、地球にとって、災害はあまりにも都合がよすぎる。若返りを筆頭にね。植物が増えた、つまり食物連鎖は大きく加速されたわけだ。光合成が活発になれば地球温暖化も解決じゃん。森は人の文明を取り上げた災害だけれど、人という生態には何ら害をもたらしていないの。むしろ逆、この森はきっと恩寵なんだよ】
「まるで神の天恵みたい」
【神様、言い得て妙だね。ようするにソレは意思だ。地震や津波のような自然じゃない。私は災害を、こう仮説する。『全地球を若返らせるほどの。青色巨星ほどのエネルギをもつ、超常的な誰かが、故意に引き起こしたテロ行為』だと】
「そんなことがありえるの?」
【という疑問こそが科学をここまで発展させてきたんだぜ】
「証明方法は?」
【一つしか無い。私たちの手でテロリストを炙りだし、ヨロヨロチャンネルを媒介に、全世界へむけ生配信する。晒しあげ、バズらせる】
ねぇそれってとっても──。
【ビリビリしない?】
「いっい。謎の超常者、言うなれば『アラハバキ』。そのツラ、拝んでやりたいもんやの~」
こんなに楽しくて愉快な物語はいついらい、なんともう一歩熱くなる。
「じいさん、妄想で気持ちよくなっているところ悪いけれど、とりあえずは手頃な爆弾、もってきたよ」手元のすまほを消音に。
咬犬くんが吠えるとき、ワシはたまらなく予感する。湧く湧く。
「無線でおもしろい情報をキャッチした。僕、災害に乗じて院から逃げ出してきたわけだけれど。同じことが被災地全域の刑務所拘置所少年院で起こっていて。面の割れている逃亡犯は、どーせ避難してもつかまるだろ?」
なんだそれ、急激に楽しそう。
「だから被災地内にとどまろうって奴らが大勢でてきている。政府の思惑にあずからない独立国家でも、建国するつもりなのかね。逃亡犯、いま、仲間を集めている。すでに百人以上いるってさ」
まずい、たっちまう。
「じいさん、一緒にこいつら、潰しにいかない?」
爆発しちまう。
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